偽恋人解消

第43話

――赤城さんと別れてからその足で屋上に行き、いつもの場所に座って空を眺めた。

 その空色は、雨雲が蓋をしていて隙間から涙が流れ出そうになっている。 



 私、どうしたらいいかな。

 加茂井くんを諦めた方がいい?

 それとも、自分の気持ちを大切にするべきなの?


 何が正解かわからずにひやりと冷たい風に身を包みながら自問自答を繰り返した。

 彼と毎日一緒にいて気持ちがわからない。復讐のゴールは赤城さんにヤキモチを妬かせて忘れることだと思うけど、いまはどの地点にいるのだろう。

 赤城さんのことはもう忘れてくれたのかな。それとも、まだ気持ちが残っているのかな。

 赤城さんが復縁したいと言ってきたらやっぱり嬉しいのかな。もしそうだとしたら、偽恋人の私なんて邪魔になるよね……。



 ネガティブな気持ちのまま空を眺めていると屋上扉が開く音が聞こえた。しばらくすると、加茂井くんが私の方へやって来た。

 しかし、その表情はいまの空色と変わらない。

 彼は私の前に立つと、声を降り注がせた。



「やっぱりここにいたんだ」


「……もしかして、私を探してたんですか?」


「うん……。話がしたいから」


「何の話ですか?」


「さっきはB棟で木原に抱きしめられてたけど、二人で何してたの?」


「えっ……」


「俺と偽恋人中だってことを忘れてないよね」



 頭の中が赤城さんのことでいっぱいだったせいか、彼に指摘されてから木原くんに抱きしめられていたことを思い出した。



「木原くんと一緒にいるところを見てたんですね……。でも、偽恋人中のことは忘れてません」


「じゃあ、どうして」


「朝陽くんが気にしてくれて嬉しいです。逆に、どうして私のことをそんなに気にしてくれるんですか?」


「偽恋人だからに決まってるだろ」


「……そう、ですか」



 私は彼の答えを期待していた。

 でも、その答えは私の心の中の定型文と一緒だったから悲しくなる。



「それより、赤城さんと木原くんは別れたみたいですね」


「なんでお前がそれを……」


「良かったですね。これで問題なく赤城さんと復縁出来ますね」



 口先とは裏腹に心の中は土砂降りの雨が降り出した。それが体内を巡り巡って瞳ににじみ出そうだったから、その場を立ち上がって彼の隣を横切った。

 ところが、彼はすかさず私の手首を掴んで足を止めた。

 振り向くと、彼はポケットの中に手を突っ込んで何かを取り出して手のひらに乗せた。



「こんな消しゴムに願いを込めるくらい俺を好きでいてくれたのに、どうしてそういうことをあっさり言える訳?」



 それは、6月頃に教室で無くした筆箱の中の消しゴム。

 筆箱の中にしまっておいたはずが、紛失後に彼の手元に渡るなんて思ってもいなかった。



「……朝陽くんがどうしてその消しゴムを」


「教室のロッカーの上で見つけた。きっと、筆箱を拾った誰かがなにかの拍子で乗せたんだと思う。中を開いてみたら消しゴムが床に落ちちゃって、その時に俺との相合い傘が書かれていることに気づいたんだ」


「……」


「偽恋人になる前から想いを寄せてくれていたのに、沙理との復縁を願うなんておかしいだろ。それに、俺のテリトリーから出ていっていいなんて言ってないのに、木原についていくなんて……」



 一体どういうつもりでそんなことを言ってるのだろう。

 いま私の気持ちを知りたがってるの?

 ……ううん、それはない。さっきは偽恋人だと割りきってきたから。

 余計な期待をしたら裏切られた時のショックが大きくなるし、赤城さんが復縁したいことを知ってしまった分、気持ちを整理していかなければならない。

 だから、私は……。



「……いつも私ばかり縛られるんですね。朝陽くんはよくて、私はダメなんですか?」



 跳ね返す決断をした。



「えっ」


「私は朝陽くんを何一つ縛ってないのに、私だけテリトリーから出ちゃダメなんですか? どうして私だけ約束を守らなきゃいけないんですか。朝陽くんから弱みを握られてる訳じゃないのに」


「矢島……」


「偽恋人はいっぱい演じてきました。誰もが私達の交際を知るくらい知れ渡ったし、赤城さんの目にも届いています。だからもう充分ですよね」


「なに言って……」

「疲れるんです。木原くんとは本当に何でもないのに関係を疑われたり、朝陽くんの都合のいいように縛られたりするのが」


「そーゆーつもりで言った訳じゃなかっ……」

「だから、もう偽恋人なんて懲り懲りなんです。もう、終わりにしてくれませんか……。片想いなのに責められ続けることが辛いんです……」



 私はうつむいたままそう伝えると、彼の手をほどいて屋上扉の方へ向かった。

 バタバタと階段を駆け下りてから彼のお気に入りの場所の非常階段で足を止めると、堪えていた涙が洪水のように吹き出していく。



 ――きっと、これが正解だ。

 私が加茂井くんを突き放してあげれば赤城さんと幸せになれる。赤城さんはそれを願ってるし、加茂井くんも私が離れればきっと気が楽になるだろう。

 結局、私は偽恋人になれても最後まで好きになってもらえなかった。こんなに沢山二人の時間があったのに結果が残せなかったのは、想いを伝えきれなかったから。

 だから、これ以上期待しても無意味だとわかっている。


 そうやって割り切ろうと思ってるのに辛い……。人の幸せを願うことが。

 それに、よくよく考えたら、偽恋人は気が済むまでって言ってた。だから、未だに偽恋人が解消されてないってことは、まだ加茂井くんの気が済まない証拠なんだよね。

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