to the future
第13話 花吹雪
『桜』と聞いて、おそらく最も多くの人が思い浮かべるであろうソメイヨシノは、毎年3月下旬頃から、日本列島を南から北に向かう形で咲いていく。この桜の開花予想日を繋いだ線が、俗に言う『桜前線』。
ただ、今年の桜前線は例年とは違った形を描いている。端的に言えば、九州より北側に位置する中国地方が、3月20日現在、一足早く花を咲かせているのだ。狂い咲きとはいかないまでも、これは間違いなく早咲きである――
西高の昇降口前で、満開の桜を見上げながら、僕は今朝のニュースキャスターの言葉を、思い出していた。
「やばい、緊張してきた……」
「誰か、救急車の手配をたのむ……」
すぐそばで、友人たちが胸に手を当てていた。もうすぐ行われる合格発表に、居ても立っても居られない。そんな感じだ。
「秋久、おまえ余裕そうだなー」
「え、そう見える?」
羨むような視線を向けてきた友人に、僕はおどけてみせた。
――緊張は、していた。でもそれ以上に、ワクワクしていた。ここは単なるスタートライン。痛みも悲しみも振り切って、僕は、前に進まなくちゃいけない。
「来たぞ!」
誰かが叫んだ。掲示板に掛かった白い幕が取り払われ、合格者の受験番号が露わになる。同時に、周囲でひしめいていた、制服姿の同級生たちが、掲示板に一挙に押し寄せた。
「いくぞ!俺たちの伝説のはじまりだ!」
友人の一人が、果敢に叫んだ。それに続いて、僕たちも掲示板に向かって突き進んでいく。
人波をかき分け、最前列に辿り着く。踊るように並んだ受験番号。一つ一つなぞるように、僕はそれらを目で追っていく。果たして、僕の受験番号は……………
「………あった」
言葉が漏れた。僕は、西高に合格していた。
「ぃぃぃいよっしゃああああああああ!!!」
気付けば、僕は叫んでいた。喜びが爆発した瞬間だった。
一緒に来た友人も、みんな揃って合格だった。僕たちは健闘を称え合い、4月から始まる高校生活、苦楽を共にすることを誓った。
「……さて、報告するか」
ポケットから、新品のスマホを取り出した。本当は合格祝いに買ってもらう予定だったけど、はる姉と一緒に母さんに頼み込んで、なんとか今日までに手に入れることができた。
操作にはだいぶ慣れた。すいすいと画面をスライドして、父さんと母さん、はる姉、そして航に、『受かった』とメールを送っていく。航からは、短く『俺も』と、すぐに返信が来た。東高の合格発表も、今まさに行われている。まあ、航が落ちることはないだろう、とは思っていた。
「よし……」
僕は短く息を吐いた。震える指で、慎重に画面に触れる。
表示された連絡先の名前を見て、どきん、と大きく、心臓が高鳴った。
――僕には、二つのスタートラインがあった。一つは、無事に合格して、高校生になること。これは今さっき、果たしたも同然だ。そして、もう一つは……
その時。びゅおおっ、と、一陣の春風が走り抜けた。すぐ近くの桜の梢が揺れて、秩序を失くした薄紅の
不規則な軌道を描きながら、散った桜が、一つ、また一つ、僕の頭や肩、さらには地面にまで、降り積もっていく。
その様に、冬の冷たさも、厳しさもない。あるのはただ、春に
「花吹雪……」
だけど、僕の目に映る花びらは――まるで、舞い散る雪のようだった。そして、僕にとっての雪は………
二つ目のスタートライン。そこに立つため、僕は、初めてのメッセージを、雪乃に送った。
【了】
雪の名残は恋模様 霜月夜空 @jksicou
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