【最終回】18歳、女を知る。
とりあえず評価の高い店を三つほどピックアップした僕は、それぞれのホームページを眺めた。目的はもちろん料金の確認―もとい、記念すべき童貞卒業の相手となる女の子の選出である。
ちなみに僕は、巨乳派である。これは持論だが、女の子の胸というのは男の身長に相当するものだと思っていて、ある一定のラインまでなら絶対に大きい(高い)方が武器になる。ただ、好きになったら本当に関係ないので、愛と性欲の間にもちゃんとなんらかの違いがあることが分かる。
ということで僕は、胸が大きめのお姉さんタイプの人に狙いを定めた。単純な性欲処理というよりは、荒んだ心を癒してくれる肌の温もりを求めていたため、なるべく大人っぽい、包容力を感じさせるような人を探した。
……見つけてしまった。画面越しでも色気が伝わる、黒髪和風年上美人を。
僕はすぐに、その嬢が働く店に電話を掛けた。一応、掛ける前に『風俗 電話予約 やり方』とグーグル先生に教えを乞いといたが、何のトラブルもなく、その日の夕方に予約を取れた。こうして僕は、思い立って僅か数時間たらずで、嬢に童貞を捧げることが確定した。
それから家を出るまで、僕はシャワーを浴びて念入りに歯を磨いた。もしかしたら頭のどこかに、風俗で童貞を卒業することに対する、後ろめたさがあったのかもしれない。己の身体を清めることで、そうした邪念も一緒に排水溝に流し込んだ気分だった。
時間になった。玄関に置いた自転車に跨って、僕は家を出た。
風俗店に自転車で向かうとは、なんとも不釣り合いであろう。中3の文化祭、僕はクラスの劇で医者を演じた。その際、他の医者役の子はみんな革靴を履いていたにも関わらず、本番当日に革靴を家に忘れて、僕だけ泣く泣く、小汚いアシックスの体育館シューズを履いて舞台に立った。そんな笑い話にもならないクソエピソードが脳裏をよぎった。
湿った夏風が、僕の頬を撫でた。かすかな潮の香りが、鼻腔に侵入する。海沿いの温泉街に併設された風俗街に、到着したのだ。
海水浴場の近くにある駐輪場に愛車を停め、スマホのマップを頼りに、僕は店を目指した。
*
入店後、すぐに料金を払った僕は、嬢の準備が出来るまで、バーみたいな小部屋で待機させられた。カウンター席に座った僕は、壁にかかったテレビを見つめた。よく見るAVのインタビューみたいなのが流れていた。
やがて、受付のゴツい男に呼ばれた。バーを出て、狭い階段の前まで歩く。
「階段を上がってすぐのところに、女の子が待っております。それでは、お楽しみください」
ガタイの割に丁寧な接客。僕は軽く会釈して、ついに、大人の階段を昇った。
緩めの
「あ、ども……」
僕はボソッと挨拶した。向こうも何か言葉を返してくれたが、覚えてない。ロシア語だったから僕には聞き取れなかったのだろう、多分。
嬢が奥の部屋を指差した。どうやらそこが、実際にプレイする部屋らしい。黙って歩き出そうとした僕の手を、嬢の白い手が掴んだ。なるほど、もうこの瞬間から接客は始まっているのか。
僕は嬢に手を引かれながら、扉の前まで歩いた。女の子の手って、こんなにすべすべなのか、という軽い驚きを胸にしまって。
部屋に入った。空間全体に薄いモヤが掛かっている気がした。木目調の壁も相まって、サウナのような印象を受けた。靴を脱いで床に上がると、目の前にはベッドがあった。僕と嬢はそこに並んで腰かけ、簡素な会話をはじめた。
「あの、僕こういうお店来るの…いや、そもそも行為自体はじめてで…」
素直に事情を打ち明けた。はじめからそうするつもりだった。
「え?童貞?」
嬢がドストレートに尋ねた。僕は無言で頷く。
「だから、イチから教えてほしくて」
決意の滲んだ声で、僕は言った。下手に取り繕ろうより、無学を晒して、手取り足取り教えてもらう。これこそが、自分にとっても相手にとってもベストな姿勢であると、僕は判断した。
僕の要望を受け入れた嬢は、当たり前のように服を脱がしてくれた。そんなことまでしてくれるのか、という驚きと、誰かに服を脱がせられるのなんて、小学生ぶりだな、という謎の感慨が湧いた。
「これ、あんまり似合わないでしょ?」
と、嬢が自分の服を見下ろした。それは、緑色のチアガールの衣装だった。
「あっ」と僕は声を上げそうになった。何を隠そう、この服は僕が着させたものだった。電話予約の際、女の子の衣装について希望を聞かれた僕は、迷わず「チアガールで」と即答したのだった。
「いや、そんなことないですよ」と返しつつ、僕は今の今まで、嬢の服装なんて全く気にも留めていなかった自分に驚いた。あまり自覚はなかったが、やはり無意識のうちに緊張していたらしい。
しゅる、と衣擦れの音がした。恥じらう様子もなく、嬢はチアの衣装を脱いだ。美しい曲線を描いた、白くて細い体が露わになる。
あっという間に、僕たちは全裸で向かい合った。再び嬢に手を引かれて、お風呂場に足を進めた。
「……さすがに元気だね」
嬢は、ボディソープで泡だてた手で、がちがちになった僕の陰茎を、包み込むようにして触った。嬢は全身を使って僕の体を洗ってくれた。柔らかな胸が押し当てられた時は、本当に、理性がブッ飛びそうになった。今振り返ってみても、あの瞬間が一番興奮した。
次いで、二人で湯舟に浸かった。僕はそこで、はじめて
風呂が終わると、僕たちはベッドに向かった。そして、これまた人生ではじめてのキスをした。ちゅっちゅっ、と唇を触れ合わせ、嬢の動きに合わせて舌を絡めた。
「こらっ…すぐ舌を入れようとしないっ」
吐息じみた声で、嬢が僕に注意した。キスすらも初体験であることを事前に伝えていたため、レクチャーするつもりで言ってくれたのだろう。僕はなんだかそれが嬉しくて、頬が緩みそうになるのを必死で我慢した。
その後は、諸々の前戯を体験して、ついに挿入した。18歳、女を知った瞬間だった。
これ以上の行為については、あまり詳細に書くとBANされる恐れがあるため、割愛させていただく。ただ、色々な意味でプロフェッショナルを感じたとだけ、伝えておく。
*
では、今回の検証である『肌を重ねることで本当に生を実感できるのか?』の結果発表を行いたいと思う。
結論としては、行為中に強烈な生の実感が湧くことは、なかった。ただ、行為が終わって店を出た後、そよ風を顔に浴びた僕は、少しだけ、強くなれたような気がした。
今回僕は、お店で働くプロの女性と肌を重ねた。個人的には素晴らしい体験ができたと思っている。僕の相手をしてくれた嬢には、感謝しかない。彼女と抱き合った時に感じた体温と胸の鼓動は、たしかに、命の喜びそのものだった。もしもこれが、心の底から愛している人のものだったなら、それはきっと、僕に何かを決意させるには十分すぎるほどの熱となるだろう。
僕はずっと、孤独だった。創作という、もはや趣味の一言で片づけるには、あまりに魅惑的で中毒的な行為に、すっかり魂を奪われた。どこのサークルにも入らず、バイトも必要最低限に抑えた。意味がないと判断すれば、授業すら切った。
そうしてこの半年間、僕は小説を書き続けた。ただひたすらに、狂ったようにキーボードを叩いた。文字をタイプした。物語を生み出した。
―それは、間違いなく幸せな時間だった。趣味の範疇はとうに超え、絶対に譲れない夢へと置き換わった。ありあまる若さと時間を注ぎ込み、目標に向かって突き進んだ。ある意味、誰よりも大学生らしい生活を送れていたのかもしれない。
だけど、それは同時に、孤独という魔物の潜む洞窟に、自らを投げ入れる行為でもあった。時に傷つき、時に汚れ、時に自分の首を絞めた。夏前には、本当に一度心が折れかけた。
それでも僕は、今もこうして、言葉を紡いでいる。きっと、夏休みに体験した嬢との交わりが、僕に力を与えてくれたおかげだと思う。先日、大好きなレーベルの公募に、長編小説を応募することができた。この夏すべてを使って書き上げた、僕の魂の結晶だ。顔も名前も知らない審査員の心に届くことを、祈っている。
―今後の展望は、まあ、創作に関しては敢えて言わないでおく。みんな、常に何かと戦っているのだ。夢を語る時間があるなら、夢を叶える努力をしよう。
ただ、そうだな……。これからは、もう少し現実の人間関係も、大切にしていきたい。ついに十月から大学も始まる。後期からは、もっと自分から、周囲に接していきたい。それこそ、女の子とも仲良くなろう。せっかく、恋愛潔癖症を脱したのだから!
………と思っていた矢先、どうやら風俗で童貞を卒業した男のことを、『素人童貞』と呼ぶらしいことが判明した。そしてこの素人童貞、女性からの印象は最悪らしい。
詰んだ☆
【THE END】
生と性を知るために風俗店に行ってきた話 霜月夜空 @jksicou
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