第6話 冥王竜

 ワーレンは、魔王の前で左膝をつき頭を下げる。

俺もそれにならう。相手が誰だろうと礼は尽くすべきだろう。この世界の事を知らないからとりあえず真似しておこうというのもある。横で指くわえて突っ立っているトカゲも座らせる。


 「よい、おもてを上げよ」

舞台俳優のような、よく響く声だ。

直答じきとうを許す。おぬし、冥王竜を呼んだのは他でもない。我ら魔族にくみすることをうながすためだ」

俺は頭を上げる。しかし魔王の顔を直視すると見とれてしまうので、少し視線を下げる。自然と胸をガン見することになる。きっと気づかれているだろう。情けない。

「ぶしつけながら、まずは冥王竜とは何でしょうか?」

俺は記憶の中から精一杯、雰囲気に合うような、それっぽい云い回しを引っ張り出した。

「ふむ」

「私からご説明いたします。」

ワーレンが割って入る。結局お前が喋るのかよ!もしかして…馬車の中で話さなかったのは、シンプルに俺が嫌いだからか?編み物まで用意して?回りくどいんだよ!


 「冥王竜とは、千年前、この大地を蹂躙した最悪の邪竜です。余りの無法ぶりに、それまで仲が悪かった魔族と人間が協力し、それが唯一の共闘となりましたが、冥王竜を異界に追放することに成功しました。その追放先の異界というのが、あなたがたの世界です」

「俺たちの…」

「あなたがたの世界は、いわゆる、ゴミ捨て場です」

「ゴミ捨て場…」

「様々な異界の中で、唯一魔力のない世界。そのため、あらゆる世界の邪魔者の追放先となった。それがあなたの宇宙、地球です。」

「…」

「魔力の無い地球に追放された冥王竜は、残った魔力で人化し、生きながらえた。子を成し、血脈けつみゃくを継ぎ、そしてあなたが生まれた」

「俺が…冥王竜の子孫」

「魔力の無い世界では雑魚同然、いな、人並の力すら出せずにいたかもしれません。それがこの、魔力のある世界に戻ることで、邪竜の力を取り戻した。それがあなたです」

「…」


 「おぬしは本来この世界に来るはずではなかった。たまたま、勇者召喚の儀に巻き込まれたにすぎない」

「勇者召喚の儀」

「我ら魔族と人間は、仲が悪い。過去に何度も戦った。しかしこの数百年は小競り合いはあるものの、おおむね平穏だ。」

「魔王様の偉大なる功績であります」

ワーレンが口をはさむ。目の前の魔王が即位してから平穏になった、ということか。待て。すると、この魔王は数百年生きていることになる。

長命種ってヤツか。すごい。これぞ異世界。


 「それをよく思わぬ人間どもが増えた。魔族を除き、魔族の地を奪い、人の生活圏を拡大する。そう企む連中は魔族に対するため、勇者召喚の儀を行った」

それであのクズ共が選ばれたのか。悪い冗談だ。

「ふふふ…」

ふいに魔王が笑い出した。

滑稽こっけいだ。自分たちのために勇者を呼んだというのに、たまたま、偶然、召喚の場にいた、自分たちを滅ぼしかねない冥王竜までまで呼んでしまった」

魔王が笑うたびにデカいおっぱいが揺れる。ガン見するおのれの目が憎い。

いや、おぬしは元はこの世界の竜なのだ。帰ってきた。と云うべきか」

魔王の目が笑い、まっすぐ俺を見つめる。その目は知っている。いじめを受けていた時によく見た、さげすみや嘲笑ちょうしょうの目だ。

冥王竜とは、千年前の存在だったとしても、魔王にそういう目をさせるくらいのカスだった、ということだろう。しかしその嫌悪を俺に向けられても困る。不当な気分になった俺は、心を身構える。


 「話がそれたな。再び云う。おぬしを呼んだのは、魔族にくみしてもらうためだ」

「それは…魔族側に立って、人間と戦え。と云うことでしょうか?」

左様さよう

「俺に、人間を殺せと」

「左様。おぬしが人間どもにどういう扱いを受けたのかは想像にかたくない。連中にとっておぬしは冥王竜。死をまき散らすだけの災厄なのだ」


 災厄。最悪だ。めまいがした。

俺が、人間の敵だとすれば、他人と関われない。

人は独りでは生きていけない。他人と関われなければまともな生活は望めない。

平穏が、遠ざかる。

「しかし、魔族は違う。我らは冥王竜を、その力を恐れない。ゆえにこうして対話する」

俺を恐れない。だから呼んだ。仲間として。俺の生きる場所は、魔族の地だけ。


 そういうことか。いじめていた連中。奴らが人間の勇者で、俺は魔族の冥王竜。

そういう仕組み。それが俺のこの世界での立ち位置。俺は魔族として勇者共を叩き潰す。これから行われるのはそういう物語。召喚されたのは運命だったのだ。


 …なんて、都合がよすぎる。ワーレンが云っていた。冥王竜の追放には魔族も関わっていた、と。なら、魔族が俺を恐れないはずがない。

蔑んだ目を向ける魔王からの甘い言葉。きっと裏がある。返答をしかねる。沈黙。気まずさに耐えかねた俺は言葉を絞り出す。

「か…考える時間が欲しいです」

結局、先延ばしを選ぶ。即答できない情けなさ。わからないんだから仕方ないだろう。

「思慮深いのはいいことだ」

魔王の目が笑う。まただ。嫌な目。魔王は言葉をつづける。

「もっといい方法がある」


 魔王は俺に向かって手をかざす。瞬間、俺の首が光り、首輪が現れた。魔法?

驚いた俺は、すぐさま外そうと首輪を持ち力をこめる。びくともしない。

「案ずるな。おぬしが人間の側に行かれると困るのでな。そのための処置だ。

その首輪は我らの好きな時に、おぬしに痛みを与えることができる。このように」

魔王が手でサインを作る、グーの状態から親指と小指を出す。アロハポーズとか、角の印と呼ばれるハンドサインだ。それを口元に寄せ、何かを呟くと、首に痛みが走る。俺はあまりの激痛に、はいつくばってもがく。

魔王が手を元に戻し、呟きを止めると痛みも消える。俺は、床に頬をつけながら、西遊記に出てくる孫悟空の頭の輪っかを思い出していた。

「首輪からの痛みで死ぬことはない。冥王竜はこの程度では死なないからな。しかし、痛みを与え続けて気絶させることはできる。気絶させ続けて餓死させることもできる。

人間にも聞かされたかもしれないが、おぬしを殺す唯一の手段は、餓死だ。

その首輪はそれができる。覚えおけ」

「…そんなこと、知らせていいのか?」

もう敬語はいらないだろう。

「知ったところで、餓死するような状態になった時点で詰んでいる。どうしようもないだろう?」

騎士たちに囚われていたことを思い出す。

「過去、竜の姿ゆえかなわなかった餓死と云う殺し方が、人の姿になったことでかなう。不思議な因果とは思わぬか?」

「俺をどうするつもりだ?」

「どうもしない。この城に住み、ゆるりと過ごせ。暇なら城下に行くのもいい。犯罪を除く、市井しせいとのあらゆる関わりを許す。首輪はただの保険だ。魔族に敵対しなければ無用の長物。アクセサリーとでも思うといい」

「…」


 魔王は玉座をおり、俺に近づく。

「魔王様」

ワーレンが、俺の反撃を心配する。

「よい。この男は暗愚では無い」

「はっ」

魔王は、はいつくばっている俺の目の前まで来ると片膝をつく。

「今一度云う。我らの仲間になり、共に戦ってくれると嬉しい」

「首輪をつけるような奴が云う事か」

「それに」

魔王は両手で自分の胸を持ち上げる。

「我らの仲間として手柄を立てれば、褒美にこの身体を与えてもよい」

これは効いた。バカっぽく口をぽかんと開けているのが自分でもわかる。すかさず、横にいるトカゲにわき腹を蹴られなければ、うなずいてしまいそうだった。情けない。

「以上だ。ゆっくり休め。…最後に諦めがつくことを一つ、首輪は死ぬまで外せないぞ」

魔王はそう云うと、せき込む俺を無視して颯爽と退出した。所作まで美しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冥王竜帰る~異世界で邪竜になったけど、平穏に生きるため頑張るぞ~ 蛍光 @keikou0090

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ