第5話 魔王

「お待ちしておりました、冥王竜様」

目の前に現れた、執事然とした人外の男は、俺たちにうやうやしく礼をして

言葉を続ける。

「私はワーレンと申します。冥王竜様がこの世に顕現けんげんせし時より、お迎えに上がるつもりでしたが、人間どもに捕らえられてのちは、お助けする機をうかがっておりました。」

「冥王竜?俺のことですか?」

冥王竜。騎士共の竜と云う呼び方と合う。

「左様でございます」

「人間どもと云うからには、多分ですけど、あなたは魔族ですか?」

「左様でございます」

見た目からの安易な想像は合っていた。ベタな異世界だな。と思った。

「魔族が俺を迎えに来た、と」

「左様でございます」

「どこに行くんですか?」

「魔王様の元へ」


 魔王!急にビッグネームが出てきた。

魔王が俺を呼んでいる。誘いに乗るか?逃げるにしてもどこに向かえばいいかもわからない現状ではそれも一つの手だ。

しかし、魔王に騎士共と同じような扱いをされない保証はない。

「お前はどう思う?」

横に座り込んでいるトカゲに聞く。一仕事終えたのと、夜のせいか眠そうだ。

「あう、あーぅ」

肯定とも否定とも取れない。好きにしろという返事、に感じた。


 「わかりました。あなたと共に行きます」

「ただしコイツも一緒に」

トカゲを持ち上げる。トカゲは少し楽しそうに手足を動かす。

安全とは云いきれない。やみくもに逃げるよりはマシだという消去法だ。

後ろの城からかすかに、騎士共の乗る馬のいななく声も聞こえる、もたもたしてはいられない。

今一つの理由は、トカゲがおそらく魔族だから。目の前の男も魔族なら、トカゲを同族と見てくれるかもしれない。だったらトカゲといる、どう見ても人間の俺にも、多少なりとも仲間意識を向けてくれるかもしれない。

要するに、トカゲの子供をダシに、自分の安全をほんの少し担保させた。それでようやくワーレンという魔族についていく決断ができた。


 我ながら情けない。

だからこそ、ってわけじゃないが、後ろめたい分、コイツの命は守ろうと思う。

ついていく選択が間違いだったら最悪の場合、「力」を使う。今度こそ、使ってみせる。


 「構いません。ありがとうございます。それでは」

ワーレンが指を鳴らすと林の暗闇の中から静かに馬車が現れた。

馬車を引く二頭の馬はどちらも黒く、大きく、美しい。額に三つ目の目がある。

御者は全身黒い服で目深まぶかに帽子をかぶり、軽く礼をする。

馬車も真っ黒で、上手く云えないが、何だかとげとげしいデザインをしている。

つまり、超カッコいい。


 俺たちは促されるままに馬車に乗る。

俺とトカゲが並んで、俺の対面にワーレンが座る。彼の合図で馬車が出発する。

思いのほか速い。流れる景色から時速四十キロは出ているんじゃないだろうか。

普通の馬車の倍だ。

また、異世界モノだと揺れまくってケツが痛い、というのが定番だが、

現代の車かと思うくらい揺れない。

「これがこの世界の普通の馬車ですか?」

目の前に座っているワーレンにたずねる。

「冥王竜様を乗せるのです。特注品をご用意させていただきました」

「はあ…ども」

特別扱いされて気分がよくなる。右隣りですっかり眠っているトカゲをよそに

俺は窓から流れる、夜の景色を眺めていた。


 「冥王竜とは何ですか?」

静かに進む、無音の馬車の中、沈黙に少し居心地が悪くなった俺は、ふと、思っていた疑問を目の前のワーレンに投げかけた。

「千年前この世界を滅ぼしかけた竜でございます」

「俺がその竜だと?」

「これ以上は、このような場でお伝えするべきではございません。後は魔王様よりお聞きください」

「はあ…」

はぐらかされた?でも、後で魔王から聞けるならいいか。ワーレンは意図的に口数を少なくしているように見える。執事ってこういうものなのだろうか。

するとワーレンは自身の背もたれを開き、道具を出して編み物を始めた。

「失礼」

何で?今?そんなのする暇あるなら俺の質問に答えろよ。と思ったけど、ワーレンは愚痴が云えないほどの真剣なまなざしで編んでいる。自分の世界に入る。話しかけるな、という無言のサイン。

「はあ…」

編み物で虚を突かれた俺は、それ以上たずねるのを諦め、再び窓の外の景色を眺める。


 馬のひづめの音と、馬車の車輪の音だけが響く、落ち着いた時間の中、俺は騎士に捕まる直前、森から出た時のことを思い出した。平穏。

いじめの苦痛から、何度も殺される苦痛から抜け出して得たこの気持ち。

俺は、これが欲しい。森から出た時より、何度も殺された分、その想いは強くなっていた。一時の安全から、そんな甘い考えが頭に浮かぶ。疲れもあり、俺はその甘さに誘われ、そのまま眠りについた。


 肩をゆすられ、目を覚ます。

「冥王竜様、着きました」

馬車の窓から陽が差し込んでいる。

「朝?」

「昼前です。お二方ともぐっすりお休みでしたので、そのままにさせていただきました。」

何時間くらい走ったのだろう。いや、それよりも、一日も経たずに着いたのか。

話のニュアンスから人間と魔族は仲が良いとは云えないと思った。

ラノベなどでもだいたいそうだから、そういう先入観もある。

対立する二つの種族、騎士のいた場所と、魔族の王がいる場所が一日も経たない距離にある。近すぎないか?

世界が狭いのか。もしくは魔王が前線に来ているのだろうか。

「魔王…と云う人は、先頭で戦うタイプなのでしょうか?」

唐突な質問だったけどワーレンはすぐに答えてくれた。

「「人」ではありませんが。魔王様は後方、ここ魔王城で指揮をっております。

おそらく、着くのが早いことをご懸念されているのでしょうが、ご安心を。

緊急時ということもあり、お眠りの間に転移魔法を使いました。想像をはるかに超える距離を移動しましたので。」

転移魔法!起きて体験したかった。


 馬車を下りると、左右は壁、前方と後方も、門のついた壁。ワーレンが着いたと云っていたから、魔王城内なのだろう。周りには資材らしきものがポツポツあるくらいで、どうにも城っぽい感じがしない、殺風景だ。魔族の兵士などもいない、人手不足?いぶかしんでいる俺を見てワーレンが答える。

「魔払いをしております。冥王竜様はやんごとなき御方。衆目しゅうもくにさらすのは、はばかられます。また、見目みめが人間と同じということもあり、余計な誤解を生みかねません。」

なるほど。一応筋は通っている。気がする。

横を見るとトカゲが目一杯顔を上げている。何事かと思い真似をしてみると、前方の壁の上に、てっぺんが見えないほどの建物がある。トカゲと二人して、口をぽかんと開ける。これが魔王城の本丸だろう。こちらも、乗っていた馬車に似た黒くとげとげしいデザイン。

カッコいい。


 城内。俺とトカゲ、ワーレンの足音だけが静かに響く。

人…魔払いが徹底している。こんな大きな建物なのに誰にも会わない。それが不安を掻き立てる。目の前を歩くワーレンを見る。

そもそもこの男は本当に魔王の関係者なのだろうか。塔から脱出した後、すかさず現れた。俺を狙っていたのはその通りなのだろう。だが、何のために。

そうだ。仮に俺が冥王竜とか云う存在だとして、何で魔王が会いたがる。静寂が俺に余計な思考をさせる。


 「ここです」

気が付くと大きな扉の前。三メートルはあるだろうか。つまり、これほど大きい扉でないと通れない生き物がいるということか。余計なことを考えていると、ワーレンは扉を押し開く。三人で中に進み入る。

中は、約十メートル四方の広間になっている。横の壁には、壁にも、とげとげしい装飾が施され、彫像が綺麗に並んでいる。

正面奥は三段ほど床が高くなっていて椅子が一つ、誰かが座っている。いわゆる玉座ってやつだ。窓からの光の加減で座っている人物はよく見えなかったけど、近づくにつれはっきりしてくる。


 これが魔王。

綺麗な二つの角、透き通るような灰色の肌に、ストレートの黒髪。胸は大きくウエストは引き締まり、尻も太もももデカい。着ている服もきわどく、少し激しい動きをしたら脱げてしまいそうだ。漫画みたいな見た目という表現が適当だ。

顔もすごい。こんな美人は今まで、現実でもネットでも見た事が無い。全体的に顔が小さく、切れ長の二重の目に、すらっとした鼻、唇は厚ぼったく、妙にテラテラしてる。耳はエルフ?みたいに長く、そのせいかイヤリングが目につく。価値はわからないが高級そうだ。いや、魔王がつけているからこそ高級に見えるのかもしれない。また、目元に涙ほくろがある。

見とれると同時に、そのあり得無い美しさに怖くなった。


 「よく来たな。冥王竜」

声もいい。

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