第4話 脱出

 牢に繋がれている俺の前に現れたのは、女の子の人面トカゲだった。

月の光に照らされたソイツは頬がこけ、手足も細く、今にも倒れそうな足取りで

ふらふらと近づいてくる。

コイツも牢に入れられていたのか。今まで気づかなかった。

というかここに来た騎士たちは誰も、コイツを気にしていなかった。

すっかり忘れられているじゃないか。酷い連中だ。

騎士たちへの嫌悪感がさらに増した。


 うつろな目をして近づいてくるトカゲを見て、俺はゾっとした。

「コイツ、俺を食うつもりじゃないだろうな」

そう思って警戒していると、ソイツはしゃがみ込んだ。顔を地面に近づける。

どうやら長田おさだが出した小便を飲もうとしているらしい。

「やめとけ」

俺はさきほどの長田たちや、そいつらの行いを黙って受け入れた自分、クズの小便を飲もうとする子供、全てにむかむかして、ほんのちょっとだけ残っている太ももで、子供が飲もうとするのを邪魔した。

防がれた子供は態勢を崩し、俺のわずかに残った太ももに手をつく。


 その時、人面トカゲが光った。

俺は腹を刺された時、一瞬加速した騎士を思い出していた。

トカゲ、子供のこけた頬はみるみるぷにぷにになり、ガリガリだった手足は

毎日細胞分裂してるんじゃないかと思わせる子供特有のみちみちした状態になった。

俺はこの展開を知っている。ラノベや漫画で何度も読み、何度も見たシーン。このトカゲが美女になるんだ。

そして俺をここから助け出してくれるんだ。そういう…


 トカゲは元気になったが、子供のまま変わらなかった。


 元気になった原因はおそらく、俺に触れたからだろう。

騎士共から得た情報から察するに、俺は邪竜のような何からしい。

そんな俺の中にあるエネルギー?的なものを摂取した。と推測する。

「そうだろう?ていうか言葉わかるか?」

何の気なく喋りかけてみた。


 「ぎゃう!あうっ!」

返事のつもりだろうか。子供の人面トカゲは元気にわめく。

「何て?」

「あーぃ。あうあうっ。」

「わからないな、礼でも云ってるのか?」

「あうっ!」

「ふむ。こっちが云ってることはわかるのか」

「あうー」

顔だけは二、三歳くらいのガキンチョなので、話の通じない幼児と会話してる気分になる。

「ふーん。不思議な感じ。

俺はショウ。井沢いざわしょうだ」

「あーあーあい。ああーい」

「そうか、わからん」

「あうー」

「まあ、お互い死ぬまでの付き合いだろうが。よろしくな」

冷めた調子で云う。強がった。子供相手に何云ってるんだ俺は。

餓死を待つ現状と、美女変身の期待が砕かれたせいで気弱になっている。情けない。


 すると人面トカゲは身振り手振りを始めた。壁を指さし、一生懸命息を吹きかける。

「壁を吹いて壊す。とでもいうのか。三匹の子豚かお前は。いや、吹き壊すのは狼の方か」

そう云われると、トカゲは動きを止める。大きく息を吸い、勢いよく息を吹いた。

口から火炎が出た。


 「熱っつい!」

トカゲが出した炎は、俺から離れていたのにとてつもなく熱かった。

その証拠に、炎が当たった壁が少し溶けている。

「ものすごい高温の炎を吐く。そういう力があるってことか」

「あーい」

すごい。さすが異世界。何でもアリだ。魔法か何かの力だろうか。

「もしかして、その力でここを脱出するのか?」

「あう、あう」

「そうか。短い付き合いだったが元気でな」

俺は元気が出た。俺はコイツが助かる一助になれた。その事実が、先ほどの強がった情けなさを小さくしてくれる。

それだけで俺は……痛い。痛い。

トカゲが俺を叩く。

「何だよ」

トカゲは俺と自分を交互に指さす。

「…俺も助けてくれんの?」

「ぎゃう!」

「そいつは嬉しいが…こんなんでどうやる?」

俺は無い手足を振る。

「あう…」

トカゲは言葉に詰まる。具体的な案は無いらしい。


 それでも嬉しかった。この世界で、初めて人?のやさしさに触れた。

元の世界でも無かったことだ。

要はとにかくここを出られればいい。

俺はまた捕まってもいい。というかこの身体では逃げるのは無理だろう。

コイツさえ逃がすことができれば、それで十分だ。

そこで一つ、思いついた。


 「俺に向かって炎を吐いて、俺ごと壁を溶かせ」

トカゲは首をぶんぶん横に振る。俺が死ぬ。そう思っているのだろう。

「何でかわからないが、俺は死なない身体を持ってる。

だからいくら炎で溶かされても再生できる。」

「あう!」

トカゲは牢屋の柵を指さした。

「柵を溶かし、普通に扉から出ていくのは悪手だ。騎士たちがいる。動けない俺を連れていくのも無理だろう。

俺と共に行くなら、この首輪を外し、扉以外から外に出る必要がある。お前の炎の力を使うなら壁を溶かすのがいい。しかし壁を溶かしたら他の場所も崩れ、きっとデカい音が出る」

「…」

「なので、一撃で全て済ませる。そのためには、俺と俺の首輪ごと壁を溶かして出るのが一番だ、どうだ?」

「………」

「大丈夫だって。手足切落とされてるのにこんなに元気な奴いるか?」

俺はトカゲの不安を払拭ふっしょくするかのように力いっぱい身体を動かす。

「…ぎゃうぎゃうぎゃう!」

予想以上にクネクネしてしまった動きが面白かったのか、トカゲは転げまわって笑い出した。

「笑いすぎだろ!」

ちょっと悲しくなった。

笑い終わったトカゲは立ち上がると俺の肩をポンポンと、したり顔で叩いて慰めた。

「複雑な気分…」

ともかく了承してくれたようだ。さっそく実行することになった。


 自分から提案したとはいえ、焼死はキツイ。熱いのもそうだが、

死因のほとんどが、呼吸器官が焼ける事での窒息死だからだ。ああ嫌だ。

トカゲは俺の目の前に立つ。それを見て告げる。

「始めてくれ」

云うや否や、すかさずトカゲは力いっぱい息を吸い、火炎を吐き出した。

「やっぱ心の準備…」

全身が炎に包まれる。熱い、痛い、身体が焼ける。悪あがきで息を止める。

少しは大丈夫だと思ってたけど、のどが溶けたせいで結局息ができなくなる。

轟音。溶けた壁の上部が、支えがなくなり崩れる。

押される感覚。まだ目が再生していないのでわからないが、トカゲの子供は俺と共に壁の外に出るつもりだろう。義理堅い奴だ。

次に落ちる感覚。首輪もきちんと溶けたとわかる。無事壁の外に出た。

後は落ちた先でコイツが逃げられれば。そう思った瞬間、何かにぶつかり、全身が冷えた。


 水堀に落ちた。目が再生した。俺がいた塔の牢屋は建物の端、堀沿いに建っていたようだ。

しかも夜。ツイてる。さらにツイてることに、手足が再生した。

特級魔法で阻害されていたはず。考えられる理由としては、塔から離れたせい。

塔の周りから叫び声が聞こえる。轟音で騎士共が騒ぎ出したのだろう。

手足再生の理由は、今はどうでもいい、ここから離れるのが先決だ。

周りを見渡す。数メートル先でトカゲが溺れていた。素早くつかみ上げ俺の頭に載せる。トカゲは頭にしがみつく。

「恩人だ。死なせないさ」

「あう!あ!おげぇ!」

しこたま飲んでいた水を吐く。俺の顔にかかる。

「……」

俺たちは夜の闇に紛れ、静かに水堀を泳ぎ、人気のない場所に見当をつけ堀を登った。

目の前には森、というほど木はみっしりしていない、林と云った方が適当だろう。

そういう景色がある。

振り返ると俺たちがいた塔は、かなりデカい城の一角で、遠目から見ても圧倒されそうな、立派な景観をしていた。

俺たちを捕らえていた連中は、思った以上の大きな力を持っているかもしれない。

想像する。

騎士団だけじゃない、そいつらに命令している連中。例えば貴族や王様。

人権の希薄な世界で、その権力者が、胸先三寸で他人の生殺与奪を決める。

映画や歴史で嫌と云うほど見た、理不尽な死が満ちた世界。

ここにも理不尽がある。自分の考えに身震いする。


 「できるだけ離れるぞ」

「あう、あう」

気を取り直し、トカゲと共に林に向かって走り出した矢先、目の前に誰かが現れた。

「お待ちしておりました、冥王竜様」

山羊か何かの角を持ち、青い肌に綺麗な服を着た、五十代を過ぎた風貌の男は、

現れるなりうやうやしく俺に一礼すると、そう云った。

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