第3話 再会

 俺をいじめていた五人と一人の騎士が柵の向こう側に並んで立つ。

騎士は除くとして、五人とも高級そうな衣装、鎧に身を包んでいる。

こんな場所じゃなきゃゲームや映画のコスプレといっても通じるだろう。

連中は口を開くなり、俺を罵倒した。

「ぎゃははは!コイツほんとに手足ないじゃん!」

「マジかよ…こんな生き恥さらすなら、俺ァ舌かみ切って死ぬぜ?」

「キモ!…うける~!」

「そんなことよりここ臭すぎ…うえっ」

男二人、女二人がわめく。

「これは魔法で再生を防いでいるのですか?」

罵倒に参加しなかったメガネをかけた男が、隣の、赤い緩やかなロングウェーブの髪をした女騎士にたずねる。

「はい、この竜の身体はすぐに再生してしまうので、特級魔法で抑えつけています」


 …竜?

「それで?この後は?」男が続ける。

「このままです。何をしても殺せないので、放置して、餓死させます」

女騎士はしれっと恐ろしいことを口にする。

「ぎゃはっ!そりゃひでぇ!」

金髪ショートの一番デカい男が笑うと、騎士を除く全員がつられて笑った。

俺は、相変わらずだなこいつらは。と、何の感慨もなく思った。


 「それじゃこれが最後のお別れってか?」

「そうなります。我らとしてはあなた方勇者一行をこのような汚い場所に入れ、

あまつさえこのような邪悪の権化ごんげに会わせることすら避けるべきだと…」

「わかったわかった」

デカい男と女騎士のやり取りは続く。

「じゃ、開けて」

「は?」

「牢屋開けろって、二度云わせんな」

「…はっ」

女騎士は嫌々ながら牢屋の鍵を外し、柵を開く。

金髪のデカい男――長田おさだ春斗はるとは、牢の中に入り、俺の目の前までくるとニヤニヤしながら股間をまさぐる。

慣れない服装のせいか、ちょっともたついてからイチモツを出すと、

俺の顔に小便を浴びせてきた。生暖かい。首輪のせいで動けない。口を閉じ、耐えるしかなかった。


 あの「力」を使うこともできた。

でも、できなかった。人を殺すことができない。

俺の心はまだ、日本の高校生だった。


  ジョボジョボと、牢屋に小便の音が響く。

「ぎゃはは!水浴びの続きだ!」

「うわ~アイツよく平気で受けてんな。引くわ~」

「マジうける!あ~スマホで撮っときたいわ~」

「臭い場所で臭い事しないでよ」

「……ふん」

ああ、こいつらはこういう連中だった。俺は心の中であきれた。


 その時俺にかかる小便が止まった。女騎士が、まだ出ている長田の小便を手で防いだからだ。

「何してんだテメーは?」

「餓死させると云ったはずです。飲料を与えないでください」

「……」

「…ぎゃはははは!そりゃそうだ!」

その言葉に五人は大うけした。長田はイチモツをしまうと牢を出る。

「じゃあな井沢クン!あの世で俺ら勇者の活躍を、指くわえて見てな!

あっ!指ねぇか!ぎゃはははは!」

そう云うと、五人は牢を去っていった。

残った女騎士は、俺の服で小便のついた手を拭くと

「あんなゴミ共の世話など…」と、かすかに震えた声でつぶやいた後

俺の顔を蹴り飛ばし、唾を吐き、乱暴に鍵をかけると足早に去っていった。


 再び牢屋は静かになる。顔を振り、ついた汚物をとばす。腹の底から怒りが沸いてくる。殺せなかった自分に失望する。同時に、ちょっとだけ、それを我慢できた自分を誇る。

 

 ひどい目に遭った。けど得たものも多い。

女騎士が俺のことを竜、邪悪の権化と呼んでいた。きっと奴らにとって

俺は邪竜というかそういう系の何かなんだろう。

サブカル(ゲームやラノベ)に触れているせいか、我ながら理解が早い。

とすると、俺は人間じゃないのか?…まともな人間ではないな。

普通の奴に、生き物即死させたり、再生能力は無い。

改めて思うと、自分が、自分の知らない何かになっていることに身震いする。

ここまでだ。わかったこと以上のことは考えないようにしようと自分をいましめる。

また堂々巡りにおちいるだけだ。


 そしてあの五人。連中が勇者だって?あんなのが?世も末だな。

というか勇者とか…異世界モノみたいじゃないか。いや、そうなのか。

角の生えた狼もどき。騎士団。光る技を使う騎士。クズ勇者。

俺の殺す「力」。死んでも生き返る。「魔法」で再生妨害。


 ここは、「そういう世界」なのか。

異世界転生…転移。そんなことが本当に起こるなんて。しかも自分に。

そう考えると、少し興奮する。本当ならこんな経験、誰でもできる事じゃない。

急に、この世界に興味が沸く。

知りたいと思うのは人間の本能だ。また、知ることは危機回避にもつながる。

ぼんやりと、この世界を見て回りたい、と思った。


 しかし、こんな風に繋がれていてはどうにもできない。今が危機の真っ最中だ。

奴らは俺を餓死させると云っていた。本当に餓死するかはわからないけど、

するなら死ぬし、しないなら一生ここに繋がれていることになる。

やはり詰んでいる。


 自分の未来が真っ暗なことを再確認して、異世界に来た興奮もさめた頃、

牢屋右奥に小さな物音がした。誰もいないと思っていたので少し…結構驚いた。

牢屋の隅、月の光も届かない暗闇を凝視すると、確かに何かうごめくものがある。

何かいる。ネズミにしてはデカそうだ。そう思った時、血の気が引く。

ネズミとかって生きてる奴の肉を食うっけ?

自分の四肢から見える、切断面の肉が食われるんじゃないだろうか。

そう思うと、どっと冷や汗が出てきた。さらに暗闇を見つめる。


 それはゆっくりと現れた。というかふらふらしてる。

二、三歳児くらいの大きさの、シャツ一枚を着たトカゲ。

その身体に女の子の頭が乗っかっている。

いわゆる人面トカゲ。といった見た目の子供が現れた。

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