第2話 受難

朝。

一晩中森を歩き、ようやく道らしきものがある平野に出た。

目の前の、幅二メートルほどの道らしきものは、わだちがあることから、それなりに使われているのだろうが、妙にでこぼこしており、あまり整備されていない印象がある。こんな荒い道、田舎でもめったにない。それは背後の森と並行して真っ直ぐ伸びている。

道の先は、左右どちらも一キロほど先で盛り上がっていて、どこに続いているのか見えない。


 俺、井沢いざわしょうは、

高校のトイレにいたはずがいつの間にか、どこかもわからない森にいて、

獣に襲われ、不眠不休でさまよい歩き続け、ようやくここにたどり着いた。


 思い返すと、波乱に満ちた一晩だった。

道なき道を進み、獣と暗闇におびえ、睡魔と戦い、危険を脱した。

見渡しの良い、落ち着いた平野を見て、今の平穏を噛みしめる。


 その時、平穏これが欲しい、とかすかに思った。

いじめという、人との関係から来る苦痛ストレスとは違う。自然から受ける死の苦痛ストレス

質の違うストレスを受けたせいか、いつもの諦めの感情とは、違う思いが浮かんだのかもしれない。


 その思いは、わずかな地面の揺れで遮られた。地震かと思ったけど、大勢が何かを踏み鳴らす音だとわかった。左の道の先、盛り上がった道の向こうに土煙が上がっている。音はそこから来ていた。次第に大きくなってくる。


 道の向こうから、最初に、上に伸びた、尖って揺れるものが見えた。

すぐに槍だとわかった。次に旗。何か意味のある紋章が様々に装飾された旗。

中世ヨーロッパって感じのアレ。それがいくつか見えた。

その次に何十人もの頭。上半身。乗っている馬。全身。土煙。の順で見えた。


 一言で云うなら、騎士団。全員槍や旗を持ち、全身を西洋甲冑でかためた

数十人の団体がこちらに向かってくる。何かのイベント、パレードだろうか。


 俺はどうにかして声を掛けようと、まずは道に近づく。

馬に乗った集団てのが少し怖いけど、何もわからない現状の怖さよりはマシだ。


 すると、騎士団の中から一人、突出した。

飛び出た騎士?は、馬の腹を叩いて速度を上げ、上に向けていた槍を下げる。

その見た目は、映画とかにある、馬に乗って互いに槍を突くシーンを思い起こさせた。その騎士は、一直線に俺に近づいてくるように見えた。


 危険を察知した俺は、再び森に入るため、駆け出す。

混乱する。何で?。俺に恨みでもあるのか。ニセ狼を殺したからか。

わからない。混乱が収まらない。何で。何で。何で。


 振り返ると丁度、騎士が少し光ったように見えた。次の瞬間、

文字通り一瞬で、騎士と馬は、俺との距離を詰めた。

急に加速した。そう表現するのが一番しっくりくる現象だった。


 俺は森に入る前に、後ろから槍で腹をつらぬかれた。下を向くと

へそのあたりから槍が飛び出ている。めちゃくちゃ血が出てくる。

痛い。そして熱い。焼けるようだ。息も苦しくなってきた。目の前が暗くなる。

俺はここで死ぬのか。わけのわからないまま。


 嫌だ。

夢が無い奴は死んでもいいのか。

普通に生きてるだけの奴は死んでもいいのか。

いじめを受けるような奴は死んでもいいのか。

理不尽を何かのせいにしたくて、誰に向けているのかわからない恨み節が出る。


 昨夜の出来事を思い出す。あの力を使おう。せめて一矢報いてやる。

けれども、無い。冷たい何かを感じられない。ニセ狼の時、使い切ったのだろうか。


 ここまでか。そう考えると同時に、俺の意識は途切れた。


―――何度目かの目覚め。

ここは牢屋。実物は見た事無いけど、映画やゲームで見る牢屋そのものだ。

どこかの塔の一室らしい。何度か出入りしている内にわかった。

横に広く、五、六人は収容できそうだ。電球やロウソクも無いので、端は暗く見えない。そこに俺は、柵を目の前に、壁を背にして、首輪でつながれている。

背にした壁の上部には、申し訳程度の格子付きの窓があり、

そこから冷たい月の光が差し込んでいる。


 俺の手足は切り落されていた。


 俺は、捕まった騎士団にとって、殺しても飽き足らない、憎たらしい存在らしい。

そうじゃなきゃこんな仕打ちは受けないだろう。

最初に槍で突かれてから一週間。騎士たちから様々な責め苦を受けた。

溺死、焼死、失血死(古代ローマにあった、腕の静脈を開いて血を抜く死刑方法)、牛引き(手足を牛に繋ぎ、それぞれの牛を四方に歩かせて四肢を引きちぎる刑罰)、などなど,さまざまな方法で何度も殺された。

そして今俺は、切落とされた手足の付け根からみずみずしい切断面を晒している。


 それでも生きている。

不思議なことに、俺の身体は受けた傷がすぐ治ってしまう。

余談だが、斬首は特に治りが早かった。首だけ斬っても一瞬で再生していた。

俺自身の心の中に、首切りに対する特別な恐怖でもあるのだろうか。

それが再生を加速させている。思いと再生の相関関係。確信は無い。


 ともかく、そんな奴がいれば気味悪く思っても仕方ない。俺も自分が不気味に感じる。だからといって、何度も殺されるいわれはない。

受けた苦痛は忘れない。いつか返してやる。殺したいってほどじゃないけど。

何故って、殺された怒りのおかげか、冷たい「何か」が再び溜まったのを感じられたからだ。


 とはいえ使いようがない。この「何か」は、おそらく

近くにいる生き物をまとめて殺す「力」だ。

そんなものを使っても、人が死ぬだけで首輪は外せないし、牢を開けることもできない。

そもそも俺に人が殺せるのか。どこにでもいる、日本の高校性に。無理だ。詰んでいる。どん詰まりだ。


 詰んでいることを再確認すると、湧きあがる感情。悲しい。苦しい。腹立たしい。

そもそもここはどこで、俺は何なんだ。わからない。わからないから不安になる。

不安になるから、解消するために考える。

考えようにも情報が無い。何もわからないので不安になる。堂々巡りだ。


 ドアが開く音がした。明かりと共に何人もの足音が牢屋に近づいてくる。


 そこに現れたのは、俺をいじめていた連中だった。

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