冥王竜帰る~異世界で邪竜になったけど、平穏に生きるため頑張るぞ~

蛍光

異世界転移

第1話 召喚

 一月。

ただでさえ寒い時期、高校二年生の井沢イザワ ショウ 、つまり俺は、

高校二階のはじにある、普段は人気のないトイレではいつくばって、水を浴びせられている。


 授業中だというのに堂々とサボり、

バケツに貯めた水をかわるがわるオレに浴びせている奴らは、

一番身長が高く、高校生にしては筋骨隆々、金髪ショートヘアの男。

二番目に背が高く、メガネをかけた細身で、無駄に顔がいい男。

一番背の低い、丸坊主の、上記二人の腰巾着といった風体の男。

金髪ロングヘア、褐色のギャル風の女。

黒髪中分けセミロング、清楚を気取った女。

の、計五人。誰が見てもわかる。いじめだ。


 冬の水は冷たく、痛い。俺の身体は、恐怖もあるけど、

体温を上げるため、震える。歯がガチガチと音を鳴らす。

それを見て、目の前の連中は何が楽しいのか、俺を指さしてゲラゲラ笑っている。


 これが俺の日常。最初は他の奴がいじめを受けていた。

それを止めた。正しいことをした。

すると次の日から、俺がいじめの対象になった。よく聞くパターンだ。

それが自分の身に降りかかるとは思わなかったけど。


 俺は、普通だ。中流家庭の長男。勉強も並。スポーツは…ダメ。運動はからっきし。彼女はいない。

…いたこと無いけど。当然童貞。

趣味はゲームと小説(挿絵がたくさんあるほどよい)。

特に正義感が強いわけじゃない。かといって

警察沙汰になるほどの悪事をしたこともない。

将来の夢も無い。キツイことの少ない人生だといいな、とぼんやり願ってる。

その程度の普通の人間。

だから、他人のいじめを止めたのも、普通の道徳観から出た行為だ。

タイミングや気分が合えば他の誰かがやったかもしれない。

そう思うくらい普通の行為。だけど結果は普通じゃなかった。

 

教師は見て見ぬふり、教育委員会は無視、両親は三年のクラス変えで収まるからとう(どういう理屈だ)、そのくらい関心が無い。

誰も助けてくれない。


 とにかく、心を閉じて、嵐が過ぎるのを耐える。そう考えて、

暴行、恐喝、ゲテモノ食い、的当ての的、目の前で自慰行為などの

いじめテンプレを耐え続けてきた。

正しいことをした。その一念が、俺に耐える力をくれた。


 しかし、嵐は過ぎなかった。それどころか連中は

俺を、文句を言わないサンドバックと思うようになって、

いじめはエスカレートした。


 いじめている連中の顔を見ればわかる。心から、俺を人間と思っていない。

潰していいと言われた空き缶を一心不乱に踏みつける子供のような顔。

ネットで、一度叩いていいと思ったら、完全に消えるまでぶっ叩く。消えても叩く。

自制心の欠片も無い、サルみたいな連中だ。


「一月だもん、寒いよなぁ」

 そういながら、一番ガタイのいい男が、楽しそうに水をかけてくる。

他の連中も笑い、蹴り、スマホで録画している。


 何でこんなに不当な目に遭わなきゃならない。理不尽を受けなきゃならない。

心に暗い何かが溜まっていく。怒りのような高ぶる感情とは違う、暗く、冷たい何か。

これは何だろうと、思った時、目の前が光った。


 真っ白な世界。閃光で目がくらんだ。原因は何だろう。

カメラのフラッシュにしては光りすぎ、新たないじめの手段にしては意味不明。

など、とりとめのない事を考えている間に目が治る。


 ――暗い。知ってる表現をするなら「夜」だ。しかし真っ暗じゃない。

満月の夜くらいには周りが見える。

目の前には木がたくさん。手をつくと地面は土。天井を見上げると、満天の星空。


 ちょっと見とれてしまった。

 

 我に返る。どう見てもここはトイレじゃない。

一月より暖かい空気、手に感じる湿った土の感触、強い草の匂いが

それを確信させる。


 トイレにいたはずが、今は夜の森にいる。俺はどうかしてしまったのだろうか。とうとう心が壊れて、幻覚でも見ているのだろうか。

状況の変化と、苦痛から解放されたこともあり、俺はこの状況で、少しほうけた。


 その時、動物のうなり声。嫌な音色だ。

人間にかすかに残る動物の本能、それが危険を告げる。

対応を考える間も無く、そいつらは目の前に現れた。


 六頭。狼に似ているけど、身体のあちこちにトゲだか角だかが生えている。

見た事無い生物だ。

角は主に草食動物に生えるもの。とは云うものの、

こいつらの口からチラチラと見える歯は鋭く、とても草を食べるようには見えない。

大きさは、狼を想像して欲しい。その二倍デカい。ヤバい。


 ニセ狼?たちは、獲物であるオレを中心に円を描くように動く。

俺を殺して、食う。

逃げなきゃ死ぬ。しかし、動けない。身体がすくむ。

いじめでも受けたことのない、純粋な殺意、とでも云うのだろうか。

蛇に睨まれた蛙。強烈な諦観。心が死を受け入れろとわめく。俺は、ここで死ぬ。


 次の瞬間、俺が諦めるのを待っていたかのように、

ニセ狼たちは一斉に襲い掛かってきた。


 その時、心にほんの少しだけ溜まっていた、暗い何かを思い出した。

暗いと云っても、怒りや恨みのようなネガティブなものじゃない、何か。

善悪とか関係ない、冷たいだけの何か。

正直、どうにでもなれという気持ちもあった。


 だから「それ」を使った。


 刹那、全てのニセ狼は、勢いよく頭から地面に倒れ込んで

ピクリとも動かなくなった。恐る恐る触れると生気を感じない。

心臓も動いてない。六頭全て死んだ。


 何が起こった?


 危機を回避できたことは嬉しいけど、サッパリ意味がわからない。

混乱していると、上から何かが降ってくる。葉っぱだ。

大きな音を立てて、一斉に大量の葉が落ちてきた。

目を凝らすと、俺を中心にした半径五メートルほどの周りの木々が全て枯れ、その葉が落ちたとわかった。


 きっと、俺が使った「力」のせいだろう。


 何もかもわからないけど、とりあえずここを抜け出そう。

俺は、それだけを考えることにつとめた。

そうすることで不安を除き、

そうすることでようやく、すくんだ足が前に進んだ。

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