第3話 お礼
「あの、先ほどはありがとうございました」
「いやいいよ、大した事してないし」
駅のホームに向かう途中で、南さんにお礼を言われた。俺はとりあえず無難な返しをしておいた。だって本当に大したことしてないし。南さんを助けたのは全くの偶然だ。自分が難を逃れるついでに、南さんを助けた事になっただけでしかない。
「それに、一度は南さんのことを見過ごしたわけだしね」
「それはあそこに居合わせた他の人たちも一緒です。結果的に相川君は私を助けてくれたじゃないですか」
「うーん、それも意図してやったわけじゃないから、助けたって実感言われても、って感じなんだよなぁ……」
一応、南さんを置いて行かないように、手を掴んで引っ張りながら走っていた。そうでもしなきゃ、自分一人で逃げてしまいそうだったからな。
「では、何かお礼をさせてください」
「それも良いよ。さっきも言ったけど意図して助けた訳じゃないから。別にお礼が欲しくて助けたわけじゃない」
「でも……」
「じゃあ、その敬語を止めてくれよ。同学年だし、席隣なのによそよそしい態度で話しかけられるのはあんまり好きじゃない。話しかけないって言うなら話は別だけどね」
「………話しかけない訳ないでしょ。改めて、私は南春香。よろしくね」
「ああ、俺は相川律。よろしくな。んじゃ」
「え、ちょっと待───」
「今日は用事があるから、また学校でな!」
南さんを遮るように、少し強めに別れを告げた。もうすぐ電車が来るし、これ以上の面倒ごとは避けたい。電車の方向も違うみたいだしな。
まだ何か言いたげな南さんを残して、一人駅のホームに向かう。今日は疲れた。帰ってゆっくりくつろぎたい。勉強はしなきゃいけないがな。
それにしても、稀有な出会いだったな。ラブコメとかではここから恋に発展する展開がテンプレ的なものだが、果たしてどうだろうか。席も隣だし、意外と─────
「いや、現実的に見て、ないな」
そうだ何を考えているんだお前は。もうそんな気持ちは抱かないって、あの日決めたじゃないか。
自分の妄想に対する嫌悪感をため息と共に吐き出し、帰りの電車に乗り込んだ。
<<南春華side>>
「……行っちゃった」
少し急ぎ足でホームに向かう彼の後ろ姿を見送りながら、私は大きく息を吐いた。
彼の名前は相川律。結構身長は高くて、前髪がまつ毛を覆うくらいに伸びていて、
ぱっと見地味目な印象を受けたけど、奥二重の瞳とシュッとした鼻筋で結構イケメンな方だと思う。そんな彼を最初に見たのはHRの時。隣の席が彼で、二言三言言葉を交わしたけど、そこから大した会話もないまま終わってしまった。クラスの人みんなと交流を図りたいので、また明日話しかけようと思って下校し、駅に着いた時にそれは起こった。
チャラそうな見た目の大学生2人にナンパされてしまったのだ。
遠回しに断っても引き下がる気配はない。周りを見てみても素通りしていく人だけで、助けてくれそうな人は見当たらない。意を決して逃げ出したけど、その時に彼とぶつかってしまい、結果的に彼に助けてもらうことになった。あの時は手を掴まれていたんだけど、男の人と手なんて繋いだ事ないからドキッとしたし、結構強い力で引っ張られてさらにドキドキしてしまった。お礼がしたいと言っても受け入れてくれないし、連絡先を聞こうと思ったら先に帰ってしまった。
「彼、カッコよかったなぁ……」
私の中で、彼が私を引っ張って助けてくれた時と、その後のお礼を言った時の優しそうな笑みが頭から離れない。私は結構ロマンチストだ。恋愛小説みたいな展開に憧れるし、自分いつかって気持ちもあった。だから、彼にぶつかって、助けてもらった時は運命だって感じたんだ。現に、まだ心臓が痛いくらいにドキドキしてるし。
聞いてて落ち着く声。逞しい体つき。硬い手のひら。優しい笑み。
全てが頭から離れなくて、私ってちょろいのかもって思うけど、彼なら良いか、いや彼が良いと思ってからはもう止まらなかった。
早く明日にならないかな。もっと彼とお話ししたい。
非リアなリアリストは夢を見ない ケイ系あ~る @kawayomu0914
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