第11話
タレント・文化人・認定ホワイトハッカーとしての慌ただしい土日月の3日間を切り抜けた彼方。翌火曜日はオフとなり久々に従来のルーティンで過ごせる一日となった。この日は朝から自室で仕事に勤しみ、空いた時間に勉強。夜には最近ご無沙汰だった「ミユ」の推し活に精を出して一日を終える。
「もーう今日は最高の一日だったな」
「いつもの1日」を久しぶりに楽しめた喜びを享受したのは日付変わって深夜1時、もうあとは眠りに就くだけとなり洗面所で歯磨きしていたのだが…
「ただいま~」
「姉ちゃんお帰り…遅かったね」
この日、歌番組の収録があった美嘉が帰宅。収録長引いたのかと思ったが、妙に顔が赤いのを見ると察した。
「姉ちゃん飲んできたな…」
「そうらよ~収録終わったらプロデューサーに打ち上げ誘われてね~」
相当飲んで酔っ払っているようだ。そんな美嘉に彼方は一杯の水を渡す。
「まさか、他のメンバーも一緒に行ったの?」
「それは大丈夫~私以外は収録終わったらすぐ帰ったから~」
他のメンバーはまだ二十歳になっていないため、心配した彼方だったがそこは杞憂だった。
「だって飲ませたら大問題だし~業界で狙ってる奴多いからね~他のみんなを守るためでもあるんだよ~」
CheChillのメンバーは現在美嘉以外未成年だ。最近ではアルコールを飲まなくても飲み会の場にいるだけで問題になる事もある。事務所はそこまで厳しくしてないが、社会人である以上は節度を持つように指導している。まあ、今の美嘉の姿は節度守れてるとは言い難い。
「そう…でもそれだけじゃないよね?業界の上に取り入ってうまく立ち回ろうとしているわけ?」
「あちゃー、わかっていたか~彼方は勘も良すぎるね」
水を飲みながら美嘉は呆れるように観念した。芸能界を渡り歩くためにお偉いさんにアタックして人脈や関係を築いていこうとしていることを彼方に悟られた。
「まあ僕も芸能事務所に籍を置く身になったから理解はするけど…大事にはしないでね」
「芸歴1ヶ月も経ってないひよっこが説教するんじゃないわよ!」
少し酔いが醒めた美嘉は彼方の説教を強情に返してさっさと自分の部屋に行ってしまった。
「僕はああはなるまい…」
と思いながら、彼方も自室に入り眠りについた。
水曜日。彼方はこの日もオフだった。そのため昨日と同じスケジュールかと思いきや、予定が少々違うようで、先に勉強に入った。因みに美嘉らCheChillは新曲宣伝の電波ジャックがあるので朝3時から出かけている。学生兼ホワイトハッカーの片手間で文化人しているから別にこっちの仕事が無くても困るわけではない。むしろただでさえ本業が多忙なのにテレビにも多く出てる某予備校教師などは色々疎かにしてないかと心配になってしまう。昼食の時間になったので、仕事の手を一旦止めてスマホを見るとメッセージアプリからの通知が目に入った。
『彼方くん、おはようございます。今夜、彼方くんの家に伺ってよろしいですか?忙しいと思うけどお返事お願いします』
副社長の長浜みずきからだった。自分の家に来るという事は、事務所でも話しづらい事なのだろうと察した彼方。
「了解いたしました。19時に仕事あがりますので、それ以降の時間にお待ちしております」
と返信して昼食にありつく。15分くらいで食べ終えると再びスマホの通知音が鳴る。確認すると
「お返事ありがとうございます。それでは20時頃に伺います」
と詳細の時間が提示されたので了解の返事を済ますと、あとは来るまで従来通りのスケジュールをこなしていった。
19時ごろ、仕事が終わりリビングで軽い夕食をとりながらハードディスクレコーダーに撮り溜めしていたCheChillの電波ジャック出演部分を見ていたら玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
インターホンのモニターを見ると長浜みずきが映っていた。
『アースラン副社長の長浜です。本日は和泉彼方さんとの面会でお伺いしました』
「お待ちしておりました、今開けます」
ドアを開けて副社長をリビングまで招き入れる。
「お邪魔します」
「どうぞこちらに座ってください。お茶をお出しします」
「いいわよ、時間も惜しいし早速お話ししたいの」
リビングのソファに腰掛けてもらいお茶を淹れようとした彼方を静止した副社長。
「わ、わかりました」
急な話の持っていき方に戸惑うも彼方は承知して、同じソファに腰掛けると副社長は語り始めた。
「今日伺ったのは美嘉についてなの」
「姉ちゃんについてですか?」
話というのは美嘉の最近の素行についてだ。
「最近の美嘉に疑問があるの。彼女、二十歳になって飲酒が解禁された途端に関係者との飲み会には参加しては地位ある人物にアタックを仕掛けているみたいなの」
内容は実の弟でも頭を抱えていた事だった。確かに最近の姉は帰るのが夜遅くになり、決まって酔っ払っている。動機も容易に察せるものだった。
「そういえば栞とエレナから聞いたことがあります。事務所に所属する前に出たイベントが終わった後、僕たちをほったらかして関係者の打ち上げに参加してました。それに昨日も飲んで帰ってはクダまいていたよ」
「全く…あの子たるんでるわよ…」
みずきは呆れていた。二十歳になるまでは事務所側がしっかり押さえ込んできたけれど、解禁したら箍が外れたように飲みに出るようになった美嘉。
「それに最近美嘉単体の仕事が徐々に増えているんだけど、どこかおかしいの」
CheChillの他メンバーに比べて仕事量が少ない美嘉だったが、20歳になって飲酒解禁したら単体での仕事が結構舞い込んできたのである。事務所としては嬉しい悲鳴となるものだが、みずきは本気で頭を抱えていた。マスコミやSNSを活用する人達に見られたら一巻の終わりだからだ。現時点では美嘉に関する情報は流れてないものの、いつ発覚するかわからないから釘を刺すため彼方に協力を仰ぎにきたのだ。
「彼方くんなら何かわかるんじゃないかなと思って、急だったけど伺ったの」
副社長の立場とはいえ、彼女に関する事を探るのは限界があった。だから美嘉の弟を頼ってきた。そんなみずきに対して彼方は藪から棒に話し出した。
「まさか自分たちを狙っている業界人を返り討ちにして、逆に業界で口利きを狙っているんじゃ…」
「どういうこと?」
「これは憶測に過ぎないのですが…」
彼方は美嘉は自分が渡り歩く為に豊満な身体と狡猾な手段を使っているのではという推測を話した。彼方は昨日美嘉が
『自分達を狙う奴は多い。他のみんなを身を挺して守っている』
とさぞ誇らしく語っていたことを話した。そこから飲み会の席で自分の芸能界で力がありそうなが男が言い寄ってきたら薬やらスタンガンなどで無力化させて、目覚めた時に姉ちゃんは『暴行された』などとでっち上げて脅迫の材料にしているのではと話した。芸能界に関わって日が浅いけれどこれくらいのことは考えられるていでの彼方の憶測が終わると、
「あなた…まだ16か17よね?」
年齢に対して相応でないところを副社長に突っ込まれた。
「でもまあこれは私も思うところはあるわ。美嘉単体で入ってきた仕事の中には大型特番でのアシスタントもあるわ。何らかの力が働いていることが疑われても仕方のないモノばかりよ…」
彼方の憶測にみずきの疑念が妙に当てはまり、美嘉の成人になってからの素行の悪さがどういうものかおぼろげに見えてきた。
「でも憶測や疑念だけでは美嘉をたしなめることはできないわ…しっかりとした証拠がないと…」
事務所としては飲み会に行く事を禁止するだけでは意味がないから、証拠を見せて飲み会から先の行為に関して厳重注意したいと考えていた。しかしその証拠が入手できなければはぐらかされてしまうのでどうしたものかと悩むみずきを尻目に少し考えた彼方が妙案を言い出した。
「姉ちゃんのパソコンに画像あるかもしれない…そうだ、姉ちゃんのパソコンを確認しよう」
「か、確認ってそう簡単にできるの?」
彼方は美嘉のパソコンに画像があれば証拠になりうると踏まえて提案した。
「でもそんな簡単に見れるとは…」
「大丈夫です。僕、姉ちゃんにパソコンの最低限の操作方法教えてるんです」
彼方は美嘉にパソコンの操作方法を教えていた。といっても初歩中の初歩しか教えていない。なんせ美嘉は変にプライドが高く弟に教わる事を嫌悪していたけど、彼方が説得して最低限の操作を教え込んだ。
「それに姉ちゃんはスマホとの同期やファイルの保存方法など最低限しか扱えないし、僕がホワイトハッカーである事をいい事にセキュリティなどの管理を丸投げしてるんです。だから姉ちゃんには管理しやすくするために全て『共有フォルダ』に保存してもらうようにしていたんです。僕のパソコンから姉ちゃんのパソコンを遠隔管理しているので画像も確認できるんですよ」
「そ、そうなんだ」
「それじゃあ今からパソコン取ってきますので待っててください」
彼方は自分の部屋へと颯爽と向かい、数分後にノートパソコンを抱えてやってきた。
「お待たせしました。それでは見てみますよ…」
「ええ…覚悟はしてるわ」
パソコンを立ち上げた瞬間、彼方とみずきには緊張が走っていた。パソコン内には和泉家の共有ファイルがあり、そこには「美嘉の写真」とタイトルがつけられたフォルダがあった。
「このフォルダに業界人と関わった証拠はあるのかしら?」
みずきは疑うように彼方に問いかける。
「わかりません…でもこのフォルダは姉ちゃんがスマホで撮った写真を同期させるように僕が設定したので可能性はあります」
「わかったわ、開いてちょうだい」
覚悟を決めたみずきの決意を聞いて、彼方は「美嘉の写真」とつけられたフォルダのアイコンをクリックした。そこで保存していた写真のサムネイルが表示されると未成年が見てはならないものが写っていた。
「彼方君、これは君が見てはいけないものだわ…私が確認するわ、いいわね?」
「わかりました…それじゃあ今度こそお茶を淹れますね」
「ええ、今は喉渇いたからお願いね」
「もし持ち帰りたかったらデータをフォルダに纏めて圧縮してください」
「わかったわ」
写真の確認と選別はみずきに任せて、彼方はパソコンを離れた。本当は見るのも辛いのに証拠を掴む為に血眼になって画面を見ているみずきに彼方は何を思ったのだろうか?
(最近の姉ちゃんは副社長の頭を抱えさせるほどに調子に乗ってる…いざという時は…)
これまで牽制の意味で美嘉に対して「嫌なら出てけ」を使っていたが、本気で追い出していく事を考えていかないといけなくなった。
(ま、それはその時だ)
お茶を淹れながら実の姉との対峙が本格的になりそうな事を悟った。
みずきにお茶を出した彼方は少し離れて座った。みずきは依然真剣にパソコンの画面と睨めっこしていたが、数分後どうやら纏まったようだ。
「彼方君、集めたデータを私のUSBメモリに移していいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
みずきはUSBメモリにデータを写し終わると、すぐさま帰り支度をする。
「今日は急に押しかけて悪かったわ。それに『お土産』まで頂き申し訳ないわ」
「それは構いませんよ。副社長も忙しいのにわざわざウチに来ていただきありがとうございます。気をつけて帰ってください」
「勿論よ。それじゃあまた何かあったら連絡するわ」
帰ろうとするみずきに彼方は最後に
「使い所間違えないでくださいよ」
と忠告をする。
「誰にモノ言ってるの?私だってタイミングを伺って出すわ」
とみずきは返した。そして互いに「お疲れ様でした」と言いみずきは出ていった。
「ふう…」
所属事務所の副社長の訪問に少し緊張していた彼方はため息をつくと、疲れがどっときて自室のベッドになだれ込む。
「もしまだいる時に姉ちゃんが帰ってきたらヤバかったな…」
みずき副社長が家を出たのは22時過ぎだところだった。いつもなら飲んでもこの時間に美嘉は帰宅してくるはずなのにどうも今日は遅すぎる。
「まさか…」
美嘉は今日もまた大物を釣り上げるためによからぬ事をしてるのではと思うけど…
「僕が考えても仕方ない、寝よ…」
と眠れないわけではなく、スッと眠りについた。
最推しに逢いたい~Sister's Wall~ 草薙薫 @kaoru-kusanagi
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