第10話

 「ミユ」こと裕美の事をここまで語ってきたが話を現在の彼方の家に戻そう。


 文化人として芸能事務所に所属してから1.2週間、正確には先の土日で和泉彼方の名前は凄い勢いで日本全国に知られるようになった。土曜日は朝のニュース番組でコメントする為に自室からリモートで出演した時、既に彼方を知っていた人達を中心にSNS上で話題になった。それ以上に日曜日のCheChillの生配信中にゲスト出演した際にサイバー攻撃を可能な限り防いだ事が報道されると更に話題を独占する結果となった。

月曜の朝、そんな彼方のニュースをテレビで見て面白くないと感じる人物がいた。この日はオフの実の姉・美嘉である。


「何よ…私より目立っちゃって…」

人気急上昇中のアイドルグループの「リーダー」も務めているグラビアアイドルである自分を差し置いて、引きこもってパソコンばかりいじっている弟がこうも注目を浴びていることに不満を漏らしていた。

「私なんてグラドルの時ですら注目されるのに時間かかったのに、なんで彼方は一瞬なのよ…」


 美嘉がグラビアアイドルのしてデビューしたのは5,6年前の中学2年の頃だ。この時から中学生離れした美しい顔立ちと抜群のスタイルを誇っていた美嘉は自ら事務所に売り込んでデビューした。ある程度の人気は誇っていたものの、グラビアだけでやっていくのは当然だけど難しい。そこで高校2年に事務所が社運をかけた大型アイドルユニットのプロジェクトを耳にした。当時なかなか次の一手がこなかった美嘉は藁にもすがる思いで飛びついた。事務所内での各部門毎のオーディションで猛烈にアピールした結果、グラビア部門から見事メンバーの座を勝ち取った。こうして美嘉の芸能生活はより華やかになっていく…とはいかなかった。


 確かに結成されたグループ・CheChillは人気があがっているものの、美嘉自身はリーダーとしての役割も与えられながらもCheChillとしての活動が主であり個人の活動はグラビアが少し増えた程度で伸び悩んでいた。その事を見かねて一時事務所は「おバカキャラ」でバラエティでも売り出そうとしていたが美嘉は拒否。というのも学業がボロボロでホンマもののバカである事がバレたくなかったのだ。美嘉は大の勉強嫌いで当初は高校に行くつもりは無く、中卒でグラドルをやっていくつもりだった。しかし事務所の方針として「高校だけは卒業せよ」と言われたものだから仕方なく芸能科がある偏差値40台の私立高校に通って、留年ギリギリのところをなんとか卒業した。そもそも学がなくて無くても芸能界を渡り歩く術を身につけておけばなんとかなると美嘉は思っていた。だが最近は予算削減で比較的低予算で作れるクイズ番組や教養バラエティが多くなり、「学のあるタレント」「賑やかし担当」「珍回答で盛り上げ、重ねる毎に成長が見込めるおバカタレント」が重用される。「バカなうえプライドが高い」美嘉は何れも当てはまらず声がかからない。その座は同じグループのエレナが「成長を見込める枠」で受け持つ様になっていた。


「はい、はい、わかりました。ではこの打ち合わせは本日夕方に行いますのでよろしくお願いします」

朝早くから忙しなく電話しながら彼方がリビングに入ってきた。

「姉ちゃんおはよう…ってずっとリビングで寝てたの?」

電話を終えた彼方が美嘉の様子を見て呆れていた。

「別にいいでしょ、昨日の撮影で疲れていたんだから。それに今日はオフなんだからゆっくりさせてよ」

美嘉の言い訳じみた反論に彼方は「はいはい」と流して出かける準備をしていた。

「あれ、彼方は今から出かけるの?」

「うん、事務所から電話かかってきて午前中に昨日あったサイバー攻撃に関する取材があって、その後は得意先のセキュリティ対策の緊急会議が入った。悪いけど今から出かけるから帰るのは夜遅くなる。お腹空いたら好きな冷食食べておいて」

「またぁ?たまには別のモノ食べさせてよ」

「なんなら出ていって一人暮らししてもいいんだよ。ここは『僕の家』なんだから。そりゃ姉ちゃんも働いているから普通に生活は出来るだろうけど、稼ぎを好きに使いたいからこの家にいるくせに文句言い過ぎなんだよ!」

「…ごめんなさい」

「わかればいい。それじゃあいってきます」

美嘉の抵抗にいつもの台詞で返した彼方は早々と自宅を後にした。

「結局好き勝手やるには家では彼方に従うしかないのか…」

 前にも話したが住んでいる家はホワイトハッカーとして大成した彼方が実質的な家主である。美嘉が文句を言えば「出ていくか?」と返されるため大人しくするしかない。ただでさえ彼方に「ミユ」を逢わせないという意地悪をしているのに不問にしてくれているのだから、これ以上文句は言えないはずだ。一人暮らしするにも今の都内ではワンルームでも月10万以上いくところは多いため、薄給の美嘉には厳しい。事務所が所有するセキュリティ万全のマンションの寮があるがルールが厳しいうえ、事務所内の審査がある。美嘉の性格からして寮に入るのも簡単ではない。結局は彼方が所有する家で渋々間借りみたいな生活をするしかないのだ。


 午前中の取材と午後の得意先との緊急会議を終えた彼方が夜いたのはレストランだった。夕方、会議後の帰宅途中に勉強の資料を探しに高校に立ち寄ったときに学友のトオルとケンタに会い、流れで誘われたからだ。美嘉には元々夜遅くなると伝えていたし、このまま食べて帰ることにした。

「彼方、この土日随分慌ただしかったな…」

「サイバー犯罪のコメントを求められてニュースのゲスト出演した翌日にはサイバー攻撃に立ち向かった立役者だもんな」

「そして今日は昨日のことで対応に追われて大変だったよ…」

格安で食べられるところではなく、少々値の張るイタリアンで男子高校生3人が話しながら食べていた。普通なら一月分の小遣いが飛びそうなところではあるが、ホワイトハッカーとアプリのヒットメーカーである3人なら余裕である。パスタやメイン料理に舌鼓をうちながら彼方の活躍ぶりを賞賛していったが、話は徐々に現実的な問題へと変わっていく。

「それはそうと、俺たちの会社も他人事ではなくなるよな…」

高校生ながらに大ヒットアプリメーカーを経営するトオルとケンタにとっても今回のサイバー攻撃は不安だった。自分や会社が生み出したアプリにも影響がくるのはもとより、会社を実質的に回していくれる彼らを守らないといけないからだ。

「なんなら僕見てやろうか?タダでとは言えないけれど」

「本当か、助かるよ。せめて友達価格でお願いします」

男子高校生達の軽い言い合いにも見えるが、実際にはホワイトハッカーとベンチャー企業家の交渉だ。内容に機密性はほぼ無いが半個室のテーブルで話すのは少し浅はかだろう。まあそれは置いといて、ひとまず目処をつけて料理を再び楽しむことにした3人のもとに思わぬ人物達が寄ってきた。


「あ~カーくんだ!何の話してるの~」

「カナちゃんおはよう。こんなところで会うなんて奇遇だね」

有菜とエレナが彼方を見つけて声をかけてきた。彼方はいつも顔をあわすから軽く挨拶をする程度だがトオルとケンタは感極まったのか、少し興奮していた。

「あの…CheChillのアリナさんとエレナさんですよね?」

「俺たち、ファンなんですよ!こんなとこで会えるなんて感激です」

「おいおい、騒ぎになるから抑えてよ!」

半個室とは言え、少し大きい声がすれば他の客に人気アイドルの存在が知られてしまいパニックになるので彼方はみんなを宥めた。

「全く気をつけてよ。トオルとケンタだけじゃなくて有菜とエレナさんも」

「「「「はーい」」」」」

彼方が騒がしくなる前に場を収めたあと、有菜とエレナも彼方達の席に相席して食事することになった。

「へぇ~トオルさんとケンタさんって色んなアプリ出してる会社をやってるんだ~」

「はい、ゲームだけでなく、日々の生活に少しでも便利にするものも作っているんですよ」

「ふ~ん、ボクもいくつかここのアプリ使ってるけど、使い勝手いいね。これからも頼むよ」

「動画クリエイターでもあるアリナさんの太鼓判もらえるなんて感激です」

4人が話に花を咲かせているなか彼方はトイレで電話していた。

「はい…お姉ちゃん?」

『彼方今何時だと思ってんの?私お腹空いたんだけど、いつ帰ってくるの?』

「今日遅くなるから冷食食べてって言ったよね?」

『そうだけど…でも丸一日3食が冷食だと物足りないよ』

「わかった…好きなものデリバリーしていいから、領収書だけ貰っておいて。僕が後で出すから」

『はーい、ありがとう彼方。それじゃあね~』

姉の美嘉から夕食のおねだりだった。まあこっちも良いもの食べてるわけだからこれくらいのわがままは受け入れておくことにした。姉との電話を終えた彼方が席に戻ると、

「カナちゃん、聞いて聞いて。私、トオルさんに次に出すアプリのイメージキャラクターになってくれないかと誘われたの」

エレナが嬉しそうに、

「今は口頭で起用を検討しているだけと伝えたけど、後日正式に事務所にオファーしようと思うんだ」

どうやらトオルが先程エレナにオファーしたようだ。しかし口約束だけで済ますのではなく事務所にオファーをかけて筋を通すようだ。


「こっちはアリナさんとコラボして新しいアプリ作らないかって誘われたんだ」

「ケンタさん、カー君ぐらいにボクと波長合うから一度やってみたくなったんだ」

こちらも勢いで有菜とケンタが新しいアプリ作りという話になっていた。

まあトオルもケンタも現役高校生の年齢とは言え社会人として会社を持つから一般的な事も弁えているし、ノリと勢いだけで話を進めはしないというのはわかっていた。

そんな彼らを見て彼方は

「なんだかんだで僕の周りの人間関係って恵まれている。僕が縁で繋がりも出来ていく」

と実感した。これも思い切って文化人として事務所に所属したことから変わったことの一つだろう。こうして文化人としての活動と仕事で慌しかった3日間の終わりは彼方にとって比較的穏やかに終わっていった。


 でも今後、家族関係を揺るがしかねない事態が起こることはまだ知る由も無かった。

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