第9話

 アイドルグループ・Chechillの本格的な活動開始から2年目に突入した。裕美は通っていた高校を1年目終わりに休学して、「ミユ」としてChechillの活動に専念していた。と言っても各メンバーが個人でも仕事受けるようになった一方で、CheChillでの活動に絞っているセンターの「ミユ」とグラビアアイドルで比較的調整が容易な美嘉はスケジュールが空くときが他のメンバーに比べて多い。そんな時「ミユ」こと裕美は独学で情報処理の分野を中心に勉強している。2年目の夏、事務所内の一室で勉強している「ミユ」の姿をみて入ってきた美嘉は不満を漏らす。


「ミユ・・・なんでアンタ、学校辞めてるのに勉強しているの?別に学あっても芸能界はもっと別のモノで渡り歩けるって言わなかった?」


「私の勝手でしょ、何事も勉強よ。渡り歩くにも学ぶ事は大事よ」


「その情報系の勉強しているのを見ると、なんかムカつくのよ!パソコンに没頭して気持ち悪いっていうか・・・」


退学ではなく休学している事を知らない美嘉の持論や偏見を聞き流して、「ミユ」は勉強で使っているノートパソコンでブラウザを開くと、ポータルサイトのトップぺージにあるニュースが目にかかった。


「世界を変える若き才能に15歳」
この見出しにひかれた「ミユ」がクリックすると、正しいタイトルとして「世界を変える若き才能に15歳の天才ホワイトハッカー選出!」と記載されており、記事の内容はというと…

とある海外メディアが毎年この時期に発表する「世界を変える若き才能50人・日本編」の中の1人が15歳の天才認定ホワイトハッカー・和泉彼方であり、史上最年少の選出である。

 

 というものだった。勿論顔写真も掲載されていた。男子としてはかなり可愛い顔立ちであり、ニュースページの下のコメント欄は彼方の技術的な凄さよりも「可愛い」といったコメントで埋め尽くされていた。そして「和泉」という名字にピンときた「ミユ」は美嘉に詰め寄る。


「ねえ、この彼方君ってさあ…美嘉の弟だったりする?」


「…認めたくないけど、そうなるわね」


「ミユ」の質問を不機嫌に答える美嘉はさらに続ける。


「事務所にマスコミから『彼方君は美嘉さんの弟であること、公表していいですか?』と問い合わせあったけど、断固拒否してやったわ」


「どうして?もったいないよ~あ、さっき言ってた私の勉強が気に入らない理由って彼方君が原因なの?」


「そうよ。アイツ、家で引きこもってパソコンばかりイジっていて…なのに私よりデキるから両親は家をプレゼントするし…」

 
世界が認める程にデキる弟の事を悪い面しか言わない美嘉に疑念を抱いた「ミユ」は、


「いいと思うけどな…ねえ、私この分野興味あるし可愛い顔しているから逢ってみたいな~」


 とダメモトで美嘉に取り持ってもらおうと頼み込むが、


「え…ダメダメ、絶対にダメ!アイツいいところ無いから…ミユみたいに凄いアイドルとあわせたらダメにされるわ」

 
美嘉の返事はNo。


「いけず…」


「何とでも言いなさい。ミユはトップアイドルになれる素質持っているのよ!うちの弟と逢わせて仕事が疎かになったらたまったもんじゃないわ」


美嘉が歪で頑な姿勢を崩さないため、「ミユ」は膨れっ面をする。


「これ以上、私の弟のことについては言わないこと、いいわね!?」


「…」


美嘉の強引な禁止令に「ミユ」は無言で呆れるしか無かった。ただそのまま大人しくするつもりも無かった。翌日、この事を美乃梨達に打ち明けることにしたのだ。



「みんなに聞きたい事があるんだけど…」


その日はグループ全体での写真撮影で全員が集まっていたので、美嘉が単体での撮影の時に意を決して話しだした。


「あらミユから言い出すなんて珍しいわね、どうかしたの?」


麻衣が一番最初に反応して返す。美嘉以外のメンバー全員が聞く姿勢になってくれたところで「ミユ」はスマホから昨日検索した美嘉の弟関連のニュースのページを見せる。


「あ、カーくんの事を取り上げた記事じゃない」


「本当だ!カナちゃんが世界的に有名になったんだ」


ニュースを見た有菜とエレナは彼方に対して親密な呼び方をして、他の3人はうんうんと頷いていた。これに疑問を感じていた「ミユ」は投げかける。


「なんでみんなこの彼方くんのこと知っているの?私が美嘉の弟って知ったのは昨日なんだよ」


その質問に答えたのは美乃梨だった。


「ごめんなさい…美嘉からはあなたには黙ってて言われたけど、私達はデビューしてから彼方さんとはよくお会いしてたの」


「どうして私だけ除いて逢っていたの?」


「ミユ」の仲間はずれにされた憤りに、美乃梨達は少し沈黙した。数分後、口をあけたのは栞だった。


「仕方ないわよ、美嘉がリーダー権限でカーくんとミユを絶対に関わらせないように制限かけてたみたいでした」


 栞の意を決した開口に麻衣も続く。


「彼方くんも同じだったみたいですよ。彼、CheChill結成当初から応援してくれていて、特にミユを推していたわ。それなのに美嘉は彼方さんの頼みを聞き入れずに、勝手に私たちを送り込んで交流させることで諦めさせる作戦に出たの」


美嘉の意地のためだけに稚拙な作戦に使われていたことを知り、彼女達への羨ましさは消えてしまい、美嘉に都合よく使われていた事を知らされた「ミユ」。そこから美乃梨が話を切り上げる為に言い出した。


「こうなったら隙をついてミユとカナちゃんを繋げる為に私達が一肌脱ぎましょう」


「「「「おー!」」」」


こうして逢えない二人をなんとしてでも繋げる為の作戦が実行されることとなった。

 ミユと彼方を結ぶ作戦がスタートしたとはいえ、彼女達はそれなりに忙しいうえ、美嘉にバレないようにする為には慎重に事を進めないといけないので時間がかかる。しかし少し時が経ち10月のある日、美嘉以外のメンバーと副社長が集まった。メンバーの有菜があるものを突き止めたからだ。
「カー君から聞き出して通っている高校がわかったわ。この通信制高校に通っているわ」
彼方が通っている高校が判明したので有菜が学校案内ページを開いた。一同で見ると、


「ふーん、基本は週一日の通学と動画授業やレポートでOKか。いいんじゃないの、復学しなさい」


もともと「高校は卒業しなさい」という方針だった副社長は「ミユ」の復学を勧めた。


「ありがとうございます!でも美嘉にバレたら…」


「その点は心配ご無用。週一通学なら誤魔化せるわ」
懸念材料の美嘉もスケジュールを誤魔化せばなんとかなるようで、ミユは決心した。


「ありがとうございます。私ここの学校受けます!」


こうして彼方と同じ高校への復学・編入の決意を固めた「ミユ」。更にもう一つ意を決して打ち明けることにした。


「ついでではあるんだけどみんなに話したい事があるの…」


「なになに?」

「私の本当の名前は…米原裕美です!」

学校に通う以上、芸名を通すのは難しいので美嘉以外のメンバーに本名である「米原裕美」を明かすことにしたのだ。なお、副社長にもいつかは明かすと相談していて了承済みだった。


「そうなんだ」


「でもこれからも芸能人としては『ミユ』でいいんだよね?」


「勿論よ。これからも変わらずによろしくね」


 本当の自分を打ち明けた裕美は少し気持ちが軽くなった。メンバーも受け入れてくれたので今まで少しあった厚い壁も薄くなった感じである。

 半年の忙しい中の勉強の末、翌年の4月に彼方の通う通信制高校への復学を果たした裕美はついに念願の時を迎える。


「ふふふ・・・まだ気づいてないの?」

「え?」

「私よ、同じ高校に週1であっている米原裕美よ‼」

「ええー!!」

「ようこそ私たちの事務所へ。これからは学校でも芸能の世界でもよろしくね」

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