episode 6


「ところでリンクス、コイツを見てほしい」湯浴み場で気付いた背中の痣を見せる。「見覚えは無いか。手がかりになるかもしれん」


 一部から鋭い視線が突き刺さる。元凶を辿る糸口になるのならば、受け入れる他ない。

 リンクスは小さく唸りながら、ゆっくりと痣をなぞる。少なくとも、あのバカ狗よりは見識がありそうだ。


「よく分からんな」

「時間掛けて出した答えソレかよ」


 前言撤回だ馬鹿野郎。


「気になるのは痣の残り香から、黒魔術の痕跡が無い」

「だから何だというんだ」

「うぬは学び舎に通ったことが無いのか?」


 ドデカい溜め息を吐かれてしまった。残念ながら俺の都合に合わないことは、全く覚えていないのだから仕方ない。

 間違いなく言えるのは、過去の俺が魔術云々とは無縁だったことだ。今の俺が魔法の話を聞いても、全然興味が湧かない。


「痣の犯人がヒトと仮定して――人間どもが魔法を使う時、術式にいずれかの特徴が残る。世のために尽くす白魔術と、己が欲を満たす黒魔術だ」

「分かりやすい善玉と悪玉だな」

「ど阿呆ゥ」ケルベロスが呆れた声で割り込む。「人間どもが求める幸福とやらに、小僧は殺されたのだぞ」

「うぬを亡き者にした奴は今頃、とんだ英雄気取りやもしれんな」

「お前ら、いったいナ、ニ……を」


 言っているのか、理解が及ぶにつれて声が萎んでいく。

 恐ろしい事実を認めたくないが……つまり、俺の命は大義名分の下に使われてしまった、ということになる。


 いや、今更、取り繕っても仕方ない。俺は、見知らぬ誰かの綺麗事のために、化け物に変えられてしまった。

 吸血姫のおかげで辛うじて生きているものの、文字通り背中に大きな咎を背負わされるわ、人間とも異形とも付かない半端者になるわ……


「人類幸福の礎に人体実験とは、つくづく人の業の深さに感心する」


 リンクスの嘲笑に哀愁が漂う。

 他種族から見た人間とは、どこまで醜く映っているのだろうか。散々、人外を蔑んでおきながら言うことではないが、人の身勝手さを初めて思い知った。


「全く度し難い連中よなぁ、キッドよ?」

「……世界平和を標榜する酔狂など、そう多くは居ないはずだ。それに何人も肥やしとなれば噂になる」


 一人二人で成せる所業とは思えない。活きた材料を効率良く集めるには、体裁を整える必要になる。

 例えば出稼ぎで故郷から発つ者を、野盗や事故を装って攫ってしまえば、遺品が無くとも言い訳が立つ。


「この古城と同じ目に遭ってる所が、他にも有るかもな」とは、ケルベロスの弁。

 その場合、相手は複数の拠点を持つ可能性が出てくる。虱潰しに探していると、俺がお尋ね者になりかねない。せっかく帰る場所を見つけても、罪人では元も子もない。


「えぇい、まどろっこしいッ」


 吸血姫の一喝が重苦しい空気を引き裂く。


「次に屍を捨てに来る人間どもから、洗いざらい吐かせろ。いざとなったら、余が手を下す」

「身も蓋もないな、ご主人は」

「小僧、助かったな。は口の方が早かった」

「ベロちゃん、それはどういう意味だ?」


 竜の尾でも踏んだのか、地獄の番犬は尻尾を巻いて逃走を図る。吸血姫は扇子を握り締めて、ヒールブーツを物ともせずに後を追った。

 遠くで折檻が落ちて、今際の叫びが木霊する。そのまま待ちぼうけを食らっているうちに、食堂からは誰も居なくなった。


 こんな調子で上手く行くのか……緊張感の欠片もない化け物どもに、先が思いやられる。肩を落としていると、どこからか一匹の小さな飛来物が舞い込んで、頭の上を旋回し始めた。


「うわっ蝙蝠だ、あっちいけッ」

「やめろ馬鹿者、余の使いを追い払うな」


 甲高い声が三百六十度から巡ってくる。俺が目覚めてからというもの、偉そうな喋り方しか出来ない奴らばかりで、青肌の姫様と分かるまで随分と掛かった。


「いいからついてこい――獲物が来るぞ」


 リンクスの一言に、背中の痣が疼く。

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勇者蘇生 丹波春厦 @tanbaharuka

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