第2話
──真情と出逢ったのは、大学生の頃だった。
私は幼い頃から虐めを受けていて、そこから抜け出す為に、知っている人の居ない場所へ行こうと思い、ただそれ一心で机に齧り付いた。
家にお金が無い事を知っていたから、私立高校に行きたいとは一言も口にした事は無い。
勉強の甲斐あり、高校は県でも有数の偏差値のある公立高校に進むことが出来た。
しかし頭の良い高校に行ったところで、過去の自分を知る人が全く居ない訳では無かった。
私を虐めていた訳ではないが、その現場を知っている墨原さん、蛸林さんが居た。
今も虐めを受けている訳では無いのに、何故か心が安らぐことは無かった。
高校での失敗を学び、大学はさらに勉強を重ね、県外の、国内でもトップレベルの大学に進むことができた。
大学へは電車で向かっていたが、駅と大学はあまり近いとは言えない距離だった。
見知らぬ街ということもあり、私はしばらく周りの人について行く事でしか、大学へ向かう方法を知らなかった。
一回生、五月の終わり頃に問題が発生した。その日は講義の内容が難しく、友達も居ない私は一人図書館を利用して復習していた。その為帰ろうと思った時間にはあまり人がいなかった。
大抵の人達にとっては取り留めもない、蜘蛛の巣程度の問題なのだろうが、友達もおらず、駅までの道もあまり知らない私にとってはかなりの大問題だった。
今まで紙の参考書ばかり利用し、機械から遠ざかって生きてきた自分を恥じた。おかげで今現在も機械には疎く、スマホの地図もまともに使えなかった。
そんな私に話しかけ、案内をくれたのが真情だった。
真情はどうやら私と同じく一回生で同じ講義に参加していたようで、その講義を理解出来なかった友人にそれを教えていて遅れたようだった。また、奇遇なことに真情も電車を利用しての通学だったようで、道も駅までのみ知っているらしかった。
スマホの地図すら使えない程の機械音痴の私にとっては、その道を教えてくれるだけでも、この上なくありがたいことだった。
それから私は真情とよく話すようになり、二回生の七月に付き合うことになった。真情はあまり顔が良い方では無かったが、口が上手く、よく話す方だったため、口数の少ない私とも相性が良かった。
また地頭も良く、勉強を数をこなす事のみで行っていたため要領が悪かった私によく講義の内容を分かりやすく説明してくれた。
真情と私は一般的な恋仲であったと思う。食事もいつも奢られている訳ではなく、三回に一回は私もお金を出していた。誕生日や記念日のプレゼントも付き合う際に一万円から二万円程のものにしようと話し合っていたため、そこに収まる範囲でプレゼントをしていた。真情は時々その金額を少し上回っていたが、大袈裟には越えていなかったため、私も焼き菓子などで越えた分のお返しができた。
就活の時も同じ会社にしようと話し合ったが、要領の悪い私と要領の良い真情が同じ会社に雇って貰えるはずもなく、真情は有名企業であるY社へ、私は大学の名前のみでそこそこといった企業のN社へ就職した。
それでもまだ真情との関係は続き、社会人二年目からは同棲をしていた。真情の務めるY社に近い場所のアパートを借りたため、N社からは遠ざかってしまったが、それよりも真情と過ごせる時間が増えたのが嬉しかった。
私が妊娠しづらい体質だったのもあり、子供ができたのは同棲四年目だった。もしかしたら一生できないかも知れない。そう不安もあり、検査薬を二回使用した後、改めて産婦人科へ向かった。
それ程に信じられなかったが、産婦人科で妊娠を発表された時にようやく実感が発生した。
検査薬が陽性だった時は驚きのあまり声も出なかったが、産婦人科で陽性を言い渡された時、実感が湧いた時には今まで流したことが無いほどの涙が溢れ出た。
何故か分からないが、自分もようやく一人前に成れたんだと、そう感じた気がした。
妊娠が確定した後、しばらく育児休暇をとることにした。入社五年目はまだ新人扱いのようで、少し揉めることもあったが、自分の意見を貫き通した。新たな命、我が子の為に。
休暇をとると所属する部署の人へ報告をした際、顔はひきつっていたが、皆快く祝ってくれた。
妊娠中、お腹が大きくなるまでは花嫁修業と思い、仕事をしていた時間を使って家事の練習や子育て本を読み漁った。
私が二十六歳になった年の八月二十二日、ようやく息子が産まれた。九ヶ月にも満たない妊娠期間で、二ヶ月程早く産まれ、体重も二五〇〇グラムと他の赤ちゃんよりも軽く、小さかったが、しっかりとそこに居た。私の、真情の赤ちゃんが。
医者からは発達障害があり、成長の弊害になるかもしれないと言われたが、大丈夫だ。私の、私と真情二人の子供だから、どんな困難も乗り越えてくれる。
赤ちゃんの名前は真情の真から読みと意味をとり、
私とあの人との、愛の結晶。今までは愛の結晶だなんて大袈裟な物言いであまり好みではなかったが、今ではこれが一時間しっくりくる。
さぁ、がんばろう。
ノースポール 坂下 ミヤビ @to-banjan
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