アリヤースの話⑦

石畳の上を車体を揺らしながら馬車が進んでいく。

街中の為スピードは当然遅い。

見た目通りこの馬車は乗り心地が悪い。

振動がダイレクトに腰へと伝わる。

だが目の前の人物の機嫌が悪いのは乗り心地が原因ではないだろう。


「いやあ、まさか領主直属の君が来るなんて思わなかったよ。……実は暇だったり?」

「ちっ……!」


場を和ませる為に冗談を言ってみたが返答は大きな舌打ちだった。


「……貴様が関係する事は私に連絡をする様に兵士達に伝えている。」

「ははっ、そうだったんだ。」


空気に負けない様に無理に笑ってみるが効果はない。

というかむしろ逆効果で兵士さんの機嫌はドンドン悪くなっていく。


「まあ、俺から連絡するつもりだったし丁度良いや。ねぇ、兵士さん。」

「……なんだ。」

「減刑し・て?」


俺は両手を胸の前で組み子供がする様に頼んでみた。


「……」


ウィンクもしてみる。


「……何か反応してくれないと俺が滑ったみたいじゃないか。」

「俺はこんなキ〇ガイの相手をする為に兵士になった訳じゃないのに……」

「ちょっ、マジの愚痴を本人目の前にして言わないでよ。」


普通に傷つくから。

兵士さんは深呼吸の様に深いため息を吐いた後に口を開いた。


「何故私がそんな事をしなければならない。」

「別に罪を無くして欲しいって言ってるわけじゃない。早く出れる様に取り計らって欲しいんだ。なんだったら、ほら、お嬢様に伝えてくれるだけでもいいよ。」


俺のその言葉に兵士さんは眉をピクりと動かした。


「調子に乗るなよ。何故カリーナ様が貴様に良いように使われなければならない。」

「そんなつもりはないよ。でも優しい優しい彼女から何かあったら言ってくれって言われちゃってるからさ。それは知ってるでしょ?」


兵士さんは難しい顔をしている。

実はあの事件の後、領主の娘であるカリーナ様から兵士さん経由で手紙が届いた。

大貴族からの手紙に警戒したが中を開けてビックリそれは10数枚にも及ぶ謝辞の手紙だった。

父親である領主が冤罪を掛けた事への謝罪。

にも関わらず自分の呪い解呪に協力した事への感謝。

加えて取り戻してくれた金貨について。

それらについて事細かにこちらの行動を高く評価し俺だけでなく関わったナクティス達全員にも言及して書かれた手紙の出来は領主に悪感情を抱いていた彼らでさえ素直に関心する程だった。


【今後、ご自身やご自身の身の回りで不都合がございましたら遠慮なくお申し付けください。私個人の裁量内でご助力させて頂きます。】


その手紙はそんな言葉で締めくくられた。


まさしく天と地の差の身分差のある相手に送るには分不相応な手紙だった。

既に父親である領主から報酬は頂いている訳だし、俺が冤罪を掛けられて拷問された事については彼女自身に咎はない。

にも関わらずこの手紙を書いた彼女はそれだけ自身の呪いを解呪する手助けをした俺達に感謝しているのかもしれない。

私個人の裁量内という文言も彼女の気遣いが垣間見える。

俺達が領主に貸しを作ると警戒させない為の配慮だろう。


あの領主とは似ても似つかないとナクティスは苦笑していた。


「何故カリーナ様はあの様な……!」

「へへっ、やっぱりいい事はするもんだよね。……そんな殺意のこもった目をしないでよ。怖いなぁ。」

「私はカリーナ様のお言葉に従う。それが仕事だ。だが忠告しておくぞ。カリーナ様のご厚意を良い事に御威光にあやかって横暴をするとそれはいずれ領主様の耳に届く事になるぞ。」

「ご忠告ありがとう。そんなつもりはないし、一応配慮もするさ。今回の件も表向きは多額の献金をしたと嘯くよ。」

「仮にも貴様は領主様から表彰されたばかりなのだ。余計な事を言わずに口を閉じていろ。」


ああ、そうか。

そこまで考えていなかったけど、俺の醜聞は領主に恥をかかせる事にもなるのか。

金を持っているアピールをしたかったけど彼の言う通り黙っていよう。

逆に黙っていた方が周囲は勝手に勘違いして俺を大きく見積もってくれるかもしれないしね。


「分かったよ。それで……どれくらい短くしてくれる?詳しくないけど今回の場合どれくらいの刑期になるの?あれだったらボランティア活動とかもするけど。」


まるでお小遣いをねだる子供の様に兵士さんを見つめる。

彼はまた深くため息。

それが吐き終わると同時に馬車が停車した。

数秒後、鉄製のドアが開く。


「出ろ。」

「あっ、もう着いたんだ。早いね。……なんかただの裏路地に見えるんだけど。」


馬車から降りるとそこは人気がないただの裏路地だった。


「馬車を動かしていたのは人の目がない所を探していただけだ。さっさと私の視界から消えてくれ。」

「えっ?いいの?俺、傷害事件の犯人だけど。」


俺の問いかけに今日彼は初めて笑みを見せた。


「知らなかったのか。冒険者の命の価値は低い。私だけの裁量で貴様を無罪放免に出来る程度にはな。分かったか?分かったらカリーナ様の慈愛に感謝しながら何もせずに大人しく帰れ。」

「肝に銘じておくよ。ていうか手錠が付けられたまま……」


手首の鉄の錠を見せてアピールするが馬車はそれを無視して走り去ってしまった。


「行っちゃった。」


俺に付けられている手錠は魔力操作妨害の機構もないただの鉄の錠だった。

なので少し力を込めただけで壊れた。


さて……帰るか。

馬車はアリヤース達に使わせたので俺は久しぶりに徒歩で帰路についた。


-----------------------------------------------------------------------


「ただいまー。」

「オオヤ!」


俺が帰宅するとカイドーとアルヴェンが出迎えてくれた。


「大丈夫だったのか?」

「うん、ご覧の通り五体満足で解放されたよ。アリヤースは?」

「あ、ああ。今はオオヤのベッドで寝かせている。起きてはいると思う。」

「そっか。」


俺はカウンター奥の扉に足を向ける。

しかし、後ろから引き留める様にカイドーから肩を掴まれた。


「ん?どうしたの?」

「あー、その、なんだ。オオヤ。アリヤースについてなんだが。」

「大丈夫。叱るなんて真似はしないよ。」

「いや、そういう事でも、ないんだ。」


カイドーは俺に何かを伝えたい様だ。

しかし言いづらい事なのか言いよどんでいる。


「……迷惑を掛けたんだ。話した方が良いだろう。」

「あー、まあそうだよなぁ。オオヤ、少し聞いてくれるか?」


決心した顔をしたカイドーは何故アリヤースが危険な行動をしてまで依頼を達成したのかについて教えてくれた。

原因は一言で言うと【焦り】だった。

しかし俺が何か大きな事に巻き込まれるなんて不吉な予言をするものだ。

だが実際俺はこの巨大都市の領主とその令嬢と関係が出来てしまっている。

荒唐無稽だと笑い飛ばす事は出来ない。


「オオヤ、お前からすればそんな事しなくていいと言うだろう。だけど、それをアリヤースには言わないで欲しいんだ。」

「分かったよ。」

「いや、お前の言い分も分かるし、それは正論だ。だけど……。えっ、良いのか?」

「うん、そういう事情なら。」


カイドーとアルヴェンは俺の了承が意外だったようで少し驚いている。

アリヤースは、俺が仲間達を大切に思っている様に俺の事を大切に思い心配してくれているのだ。

依然までの俺ならそんな事はする必要はないから無理をするなと言ったかもしれない。

だけど俺は同じ事を過去にナクティスにしてかなり怒られた。

俺も同じ間違いは二度はしたくない。

改めて俺は自室に向かった。

そこにはベッドに寝転ぶアリヤースがいた。

俺の入室に気づくと弾ける様に上体を起こした。


「オオヤ!無事だったのね!」

「まあね。怪我の調子はどうだい?」

「完全に治ったわ!」


彼女の性格を考えれば強がりな可能性があるが俺のベッドは特別製で治療魔法を永続的にかけ続けている。

本当に治っているのだろう。

今もなお使用していたのはカイドー達に言われてかな。

俺はテーブル用の椅子を引いてベッドの近くに腰を掛けた。


「それは良かった。それでアリヤース。ちょっと聞きたい事があるんだけど。」

「何かしら?」

「えーっとね。」


カイドーから聞いた内容を簡単にまとめて聞いてみた。

すると彼女の顔色はまず青くなり、そしてすぐに赤くなった。

今はその憤怒の表情でカイドーを睨んでいる。

目は口程に物を言う。

それは明らかに俺にその事を伝えた事について不服な様だ。


「アリヤース。まず、最初に誤解無いように言っておくと君の向上心を否定する気は一切ない。」

「えっ?」


真っ向から否定されるとカイドー達と同じように思っていたのか俺の言葉に彼女は驚いていた。


「確かに俺は皆に無理して傷ついて欲しくないと思っている。でもアリヤースは人形でもましてや俺の所有物でもないんだ。俺のエゴでアリヤースのしたい事を制限しようとは思わない。」

「そ、そう。」

「俺はそれをサポートするだけだ。」


その為のギルドマスターで、その為の俺のスキルであるはずだ。


「そ、そんな、もう十分色々して貰っているもの。……今回の件も私の不始末で迷惑をかけて本当、ご、ごめんなさい」


アリヤースは何かをこらえるように俯きながら言葉を詰まらせている。

今回の件、アリヤースにもやりようは確かにあったかもしれない。

しかし、俺は彼女に責任はひとつもないと思っている。

だが向上心の高い彼女はそんな言葉を望んでいる訳ではないだろう。


「この程度、別に全然構わないさ。何せ俺はアリヤースに大きな借りがあるんだからね。」

「えっ、借り?そんなもの……」

「金貨3万枚。」

「……あっ!」


そのワードに彼女は虚を突かれた様な顔となった。


「この前の騒動の時に君が見つけた金貨だ。それを考えればアリヤースはこの宿で他の追随を許さない程に稼いでいるよ。」

「で、でも結局領主に取られちゃったじゃない。」

「取られたんじゃない。差し出したんだ。俺が判断してね。それには大きな差がある。俺はあれで為政者側に大きな恩を売れた。実際、あまり大きな声で言えないけど俺があっさり帰ってこれたのはそれがあったからだ。」


少し違うかもしれないが概ねその通りだろう。


「数か月前はただのケチな宿の主人だった俺が短い間にこの都市の中で権力者に融通を利かせる事が出来る立場になった。それは君がくれた金貨3万枚で買った物だ。」

「そんなものただの偶然よ。」

「偶然じゃないだろ。アリヤースはあの混乱した状況で意欲的にプラスアルファで出来る事を考えて行動したんだ。だから金貨を見つける事が出来た。」


実際俺はあの時犠牲者を出さない事で頭が一杯で金貨の事など一切考えていなかった。

その足りない部分を補ってくれるのがアリヤースであり皆だ。


「確かにナクティスは凄い。はっきり言って今のアリヤース。というか俺含めて宿の全員で束になってナクティスと戦っても絶対に勝てないだろう。」


宿の外という条件なら俺などナクティスに瞬殺される。

俺は自信過剰だとよく言われるが戦力差に関してはシビアに見ているつもりだ。


「だが現実、お金という面であれば圧倒的な成果を上げたのはアリヤースだ。戦闘力が冒険者としての力量を計る絶対的指標ではない事はアリヤースも理解しているだろ?だから俺に毎月稼いだ金額を聞きに来ている訳だ。」

「それは勿論分かっているわ。レイダリーやアルメーは戦闘力だけじゃない強みがあるもの。でも私は……。」

「自信を持って。君は優秀だ。」

「お、お世辞は良いわよ。」

「にやけ面が隠しきれてないぞ。」

「うっさい!」


今回の件で露骨に落ち込みネガティブ思考に陥っていたアリヤースだが早速調子が戻ってきた。

こういう面でも俺は彼女を評価している。


「アリヤースは少し俺やナクティスを過大評価し、自分を過小評価しているのかもしれない。俺なんか冷静に見れば大分至らない点が多いと思うけど。」


特に人間関係とか。

後、正直長期的目標を立てたりするのも苦手だ。

俺の欠点を羅列すると完全に経営者失格だろう。

例えば今回の件は俺が初期対応を間違えなければ発生しなかった可能性が高い。


「何も高い目標を持つ事は悪い事じゃない。精神的に向上心がない者は馬鹿であるってどっかの偉い人も言ってたし。」


俺はその文章が出てくる小説を読んだことがないので間違った捉え方をしている可能性があるがどうせこの世界では誰も確かめようが無い。

都合よく使わせてもらおう。

何せ一万円札の人なのだ。

この程度許してくれるぐらいには懐は深い筈だ。


「でも正しい現状認識は必要だと思う。それが無ければ間違った目標の元で間違った方向に進んでしまうかもしれない。現状を認識し、地に足の着いた目標を立てればふわふわとした理想とギャップを感じて不要な焦りもなくなるんじゃないかな。」


例えば俺の元の世界に帰りたいという目標もふわふわとした物だった。

その為に今思えば無意味に極端な行動に走っていた。


「……オオヤ、唐突過ぎてアリヤースの頭が追い付いていない。」

「えっ?あっ。」


アリヤースは俺の話をポカンとした顔で見ている。

カイドーとアルヴェンも眉を上げて俺を珍しそうに見ている。


「いや、俺も少し驚いた。言うのもなんだがアリヤースを慰める言葉を言うもんだと思っていたから。」

「ああ、なるほど。でもアリヤースは情緒的サポートが欲しいわけじゃないと思って。最初に言った通り俺の役目は君達のサポートだ。目標があるならそれについて一緒に考えていけたらと思っている。」


それにアリヤースには下手な慰めは逆効果な気がする。


「俺は今回の話でアリヤースに落ち度はないと思っている。でも、アリヤースの理想次第では失敗と言える行動もあったのかもしれない。その評価にはアリヤース自身の目標を知る必要がある。だから教えてくれないか、アリヤースの目標はなんなの?」

「私は……」


アリヤースは次に続く言葉が出てこない様だ。

俺はそんな彼女を安心させる目的で微笑みかける。


「別に変に言葉を取り繕う必要はない。思い浮かんだ事をそのまま喋れば良い。ここにアリヤースの敵はいないんだ。誰も君を否定しない。」

「そう……よね。私達は仲間、なんだもの。」


アリヤースは最初は覚束ない様子だったが話していく内に段々と眉間に皺もなくなって心の内を話し始めてくれた。


「私、オオヤの役に立ちたい。」

「十分に俺の助けになっているよ。でもそういう事じゃないんだろ?」

「うん、私は……」

「ねぇ、お腹減ったのだけれど。いつになったら夕食を作ってくれるのよ。」


しかし、それは唐突な乱入者によって中断された。

室内にいる全員がその狼藉ものを見る。

思わずその人物はたじろいだ。


「な、なによ。」

「リシア……。君、空気読めないね。」

「は、はぁ~!?貴方が今日は私の好物を作ってくれるって約束したんでしょ!?……いや、あなた達も何よその目。言っておくけれど私も今日貴方達の為に働いたんだから!」

「ふぅ……。ま、リシアももう我慢出来ないみたいだし、どうだろうアリヤース。食事をしながら話すっていうのは。」


何で私が我儘な食いしん坊みたいになっているのよ!

と抗議するリシアの声を聞こえないフリをしてアリヤースに提案する。

すると彼女は破顔した。


「ふっ、くく……。そうね、私もお腹減ったわ。」

「実は俺もさっきから腹が空いて全然話聞いてなか……ぐっふ!冗談だから強く叩くなアリヤース!」


偶然の巡り合わせだが俺達は同じ組織に所属する仲間となった。

成功を一緒に喜び、失敗を共有し、悩みを相談する。

そんな健全な組織にしたいと俺は思っている。

その為に必要なのはコミュニケーションだ。

今回の件は特別な事じゃない。

今後も良い事、悪いことで話合う事は沢山あるだろう。

であればどんな時も美味しい食事と供に気楽に話す様にした方がいい。


俺達は軽く笑いあいながらフロントに向かっていった。



【リシアがした事。】

・オオヤの影に忍びガガジとの話し合いに着いていった。

・話し合い中に弱みとなりそうな書類をこっそり探った。

・逃げようとするブロワーの足を掴み転ばせた。

・ギルドマスター室にある隠し金庫から金貨をくすねてオオヤに渡した。


報酬:オオヤのエビチリ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で宿屋経営をしていたらいつの間にか帝国一の冒険者ギルドになってました。 @kikikuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ