ごおう、ごおう
夜瀬 深桜
第1話
ごおう、ごおう、と、聞こえる。
さっきからずっと聞こえているのだが、これは何の音だろうか。
ホテルの、少し硬い布団の感触。
小さく聞こえる、友達の寝息。
明日にはこの旅行は終わって、私たちは家に帰る。日常に戻る。
ホテルのベッドで眠るのもこれが最後だ。
だというのに。眠れない。
今日は一日中遊園地で思い切り遊んで、疲れ具合は充分。明日は帰りの飛行機の時間が早いから、早起きしなければいけない。
さっきまではあんなに眠たかったのに。遊園地からのごくわずか、徒歩数分の距離を、あんなに長く感じるほどに疲れていたのに。
確かに今も疲労が残っていることは間違いないが、しかしどうにも目が冴えていた。
そしてこの音。
ごおう、ごおう、というような、あるいは、ごろごろごろごろ、というような。
どこから聞こえるのかもわからないこの音が、一定の間隔で鳴り続けている。
おそらく、私たちがチェックインしたときからずっと、この音はしていたのだろう。
入眠の妨げになるほどの大きな音ではないが、時計の秒針の音と同じく、一度気が付いてしまうと、もう駄目だった。
この音は一体何なんだろうか。
何がこの音を発しているんだ。
目を瞑ったまま、少し考えてみる。
まず思い付くのは、空調。
この室内を快適な温度に保つためにどこかから、一定時間に一回空気が運ばれてきていて、その時に音がなる。
大きなエアコンが鳴らしている音だと思うと、とりあえず納得はいく。
あるいは、車輪の音のようにも聞こえる。
ホテルのスタッフの方が、廊下で何か、台車のようなものを使って荷物を運んでいて、目的地に着いたら、荷物の積み降ろしのために立ち止まる。そしてそれが済んだらまた動きだす。
ホテルにある台車なら車輪が軋んだりしないで、こんな音が鳴るのかもしれない。
あり得ない話ではない。
他には、上の部屋が発している騒音、ということも考えられる。
だとしたら普通に止めてほしいが。
だけど。
ふっと、こんなイメージが浮かんだ。
ジェットコースターである。
あの遊園地にある、大きなジェットコースター。
閉園して誰もいなくなった遊園地で、ジェットコースターが走っている。
普段は何人ものお客さんを乗せている車体が、今はうんと軽くなって、自由に走っている。
よく整備された車輪はレールの上を抵抗なく進み、一番高い場所から静かに滑り落ちる。それで勢いをつけて、走り続けるのだ。
そしてその、普段よりずっと軽くなった自重が車輪に乗って、レールとの間でこの音を立てる。
今だけは、その音は叫び声にかき消されたりしない。
もちろん実際には、この音はそうやって発されたものではないだろう。
夜中にジェットコースターが走るわけがない。
仮にそんなことがあったとしても、その音が数百メートル離れたこのホテルまで響き渡っていたら、大問題だ。
結局、音の正体はわからずじまいだった。
うっすらとした疑問と、走り続けるジェットコースターの空想を抱えたまま、私は意識を手放した。
ごおう、ごおう 夜瀬 深桜 @YoruseMio
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