寡黙で美女な「お師匠さま」は如何ですか?
移季 流実
寡黙で美女な「お師匠さま」は如何ですか?
私は魔女と呼ばれ人々から忌み嫌われていた。
雪のような白い髪に、血のように鮮やかな朱い瞳の私は伝承される魔女と同じだという理由で迫害されてきた。
実際に物語の中に出てくる魔女と大差のない生活を送ってきたと思う。森の奥でひっそりと薬草と毒の研究をしていた。
それをますます気味悪がった村の人達は私に寄りつこうとしなかった。
私は一人で生きていた。他人と関わっていたのは時折少し遠くの街にローブを被って出かけて薬を売ったくらいだった。
そんな私の住処に、あの少年は突然やって来た。
「俺を……あんたの弟子にしてくれ」
真っ直ぐなアメジスト色の瞳でその少年は……ルイは私を見た。あんな目を向けてもらえたのなんて一体幾年振りだったか。
「帰りなさい」
そう言って冷たく追い返したのにルイはめげずに何度もやって来て、その純粋な紫の瞳で私を見つめた。
結局弟子としてルイを迎え入れることに決めてそれからずっとルイは私の光だった。
何も知らなかったルイに礼儀から矜持から薬学毒学まで叩き込んだのは私だと自負している。
私の光。私の可愛い可愛い弟子。
ルイが幼いながらに私に尊敬混じりの恋慕を向けていたことには気がついていた。
私は、その無垢な少年時代の恋を、綺麗なままにしておいてあげたかった。
*
コン、コン、コン……
扉が3回ノックされた。
「……お客ですか、支配人……どうぞ……」
古いベッドに腰掛けて月を眺めていた私は、振り返らずに答えた。
今夜は月が美しいから一晩中眺めるつもりが珍しく客が入るとは。
私は吐息を零す。
軋んだ音を立ててゆっくりと扉は開かれた。
「お師匠さま……」
その声は、私に在りし日のことを回顧させた。
私の光。
「……懐かしい呼称ね……昔のことを思い出す」
私の光。
「……久しいね、ルイ」
「……一体、どうして
甘ったるい香りのする薄暗い室内。
ルイは何も言わなかった。
「いけない子。……王都に旅立って悪いものをたくさん見たのね……」
窓から月の光が私たちを照らした。
私は、ルイの手を軽く引っ張りルイはそれに合わせて私に近づいた。私はルイの頭をそっと撫でた。ルイはそれに、昔の記憶を重ねたのか、私の瞳を見つめて涙ぐんだ。
「……おっしゃってください、お師匠さま」
「……そうね、ルイは優し過ぎるから……言えないな」
「おっしゃってください!」
空気を震わせる声でルイは言った。少し困ってしまうな。
「わがままになっちゃったのね……こんなお店にもなるようになっちゃって……悪い子……」
「無理矢理、連れてこられたのです」
「叱られたらまず謝るのでしょう、ルイ」
ルイは、泣き崩れて私の膝に縋りついてしまった。私はルイを優しく抱きしめた。身体は大きくなっても中身は昔のままみたい……私の光。
今も昔も私のたまに泣いてくれるのはお前だけ。
そんなお前を困らせたくはないんだよ。
「私をこうしたのは……あなたが仕える王宮……」
三年程前かしら、と前置きをした。
「ある日王都から使者が来てね……誘われたけど……断ったの……そうしたら殺されかけたんだ。生きていたかったから惨めったらしく命乞いをしたよ……それで生かされて……今ここにいるの……」
おそらくは私の噂が王都で有名な薬師となったルイから流れた。そして王宮が私を独占しようとした。
もし王宮の物にならぬなら殺してしまえという条件を付けて。
皮肉にもルイは現在は王宮に仕えている。
ルイは唇を噛み締めた。
ああ。ルイ。
幼さの残る純粋なお前には、重すぎる話だろうね。
私の光。
良いんだよ。何も聞かなかったことにしてお帰り。
「お師匠さま……俺は、王宮を去ります」
息を呑む。私はルイの頭を撫でる手を止めた。王宮はそう簡単に去れるところではない。口封じのために殺されたとしてもおかしくはなかった。そんなことはさせられない。
「流行り病を収めると言って出て行って、五年も顔を見せなかったお前が……今さら、何を言っているの……帰りなさい……」
「流行り病ならば既に収まってっております。俺は、貴方に教わったことを活かしたかったのです。お師匠さま……」
私は、かつて森の奥の住処に訪ねてきた少年を思い出した。何度追い返してもめげずにやって来た、あの紫の瞳の少年。
「俺と一緒にここを出ましょう。森に帰って二人で暮らしましょう」
そう言うと私の膝の前で跪いていたルイは立ち上がった。
私は目を逸らすしかなかった。
不意に身体が宙に浮いた。一瞬遅れてルイが私を抱き上げたのだと気がついた。
「……ひゃあ!? ……ルイ……降ろしなさい……」
私は王宮の人間にこの娼館に売られた身。いなくなったなんて発覚すれば王宮は私に追っ手を放つに違いなかった。
ルイ。私の光。お前にはそんなことに巻き込まれずに明るい場所で生きていてほしいの。
「嫌です」
ルイは私の
ルイが昔身も心も少年だった頃、私の白髪は月夜に静かに映えて美しいと言ったのを思い出した。
「愚か者……躾け直さないといけないのかしら……」
私はルイに横抱きにされたまま顔を見上げてルイの目を見据える。月光に照らされて彼の目は煌めいた。
「はい、お師匠さま。是非にも」
ルイは、ベッドに腰掛けたままの私に近づいた。アメジストの瞳が煌めいて、ルイの口から微かな吐息が零れ口元がそっと私の唇に触れた。
……五年ぶりの師匠との再会で劣情を催すなんて。……本当に……躾け直さないといけないのかしら。
その日、私はルイに連れられて娼館を去った。
*
あれからひと月。
私は三年ぶりに森の住処へと帰ってきた。
「おはようございます。お師匠さま。お身体の加減はいかがですか?」
ルイも一緒に。
あれから、ルイは王都で王宮に反旗を翻した。
私の状況を知る以前から闇深い王宮の情報を集めていたらしい。
神殿や有力な貴族たちを薬師としての名声で味方につけた。現在、神殿や貴族たちは王宮に異議申し立てを続々と行っていると聞く。
王宮は有力貴族達の相手で手一杯であり、私達に刺客を送り込む余裕などないだろう。
「お前には……もう師匠だなんて呼ばせられないね」
「……悲しいことをおっしゃらないでください。貴方はいつまでも俺のお師匠さまです。流行り病も貴方に教わった知識なしでは収められませんでした」
「私は……これでもお前に感謝しているし……尊敬しているんだよ……」
久方ぶりの師匠との再会で劣情を催したこと以外はね、と私はルイに顔を近づけて耳元で囁いた。
ルイは顔を紅潮させて首を振り、何か言おうとしていたが言葉になっていなかった。
その様子に微笑み、私はさらにルイの耳に顔を近づけた。
「一度だけ言うからよくお聞き……ありがとう、ルイ……私の光……」
*
少年の頃。
俺があの人を初めて見たのは、母に荷物持ちとして連れて行かれた市場。ローブを羽織り、何か物を売りに来ているようだったのに、人目につかないようにひっそりと歩いていたのが印象的だった。
あの人は……お師匠さまは薬を売っていた。
「おおこの薬草はリーラ森で採ったのですな」
「……ええ……」
静かな人だと思った。ローブから綺麗な白髪が溢れた。
人々は取り扱われていた薬草の品質の高さに感嘆を零していたが、白い髪とあの朱い瞳を見ると途端に怯えたように逃げ出してしまった。
朱い瞳は魔女の瞳。……何故だろう。あんなにも美しいのに。
母が出店の店主と話をしているのを待たされて手持ち無沙汰に俺はその人を眺めていた。
その人のことは何故かずっと頭から離れなかった。
ある日、俺の家族は王都に出かけた。そして二度と帰って来なかった。王都で流行り病にかかり皆死んでしまったのだった。父も母も姉も。
俺は記憶を頼りに、あの人の居るはずの場所へ走った。
リーラ森。彼女はその近くにいるはずだった。
日が暮れるのも忘れて探し回って見つけた。
そして俺は何度も何度も通った末にあの人の弟子となることができた。
あの人、否お師匠さまには何から何まで叩き込まれた。礼儀、矜持、知識。大切にしてもらっていたという自覚はあった。
俺が王都に出ることを決めたのは、お師匠さまの素晴らしさを証明するためだった。お師匠さまは俺を強くは止めなかった。
人々が魔女と忌み嫌う彼女は、避けられるべき人物ではないと分かってもらいたかった。
あのような場所で再会することになるなど考えてもいなかった。
*
俺は王宮に勤め始めてから関わるようになった年長の薬師に騙されて娼館に付き添わされた。建物に入ってから気がつき出ようとした。
あの人の姿絵が張り出されているのが目に入るまでは。
「……なぜ、あの人がここに」
瞬間、我を忘れて支配人と呼ばれた男に掴み掛かった。
「お前らあの人に一体何をしたんだ!?」
「し、知りません! 詳しくは言えんのです。あの女は王宮からの預かりもので……これ以上言えば私の命も……」
俺は震える支配人を離し、あの人の下へ案内させた。
扉が開かれて目に入った彼女の
*
ルイ。私の光。
お師匠さま。俺のすべて。……大切な人。
寡黙で美女な「お師匠さま」は如何ですか? 移季 流実 @uturogirumi
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