第3話 魔獣の捜索(後編)

森の前に立つ一行。警備隊の隊長は慎重に木々の幹を調べ、魔獣のものらしい毛がこびりついた木を見つけた。そのこすった跡はロタクの肩と同じくらいの高さだった。その木の横から森の中を見ると、下草が踏み荒らされたような痕跡があった。


「魔獣はこの奥に行ったようだな」と隊長。


「中に入って跡を追いますか?」とひとりの警備兵が聞いた。


「いや、森の中では身動きがとれん。やつの図体がでかくても、敏捷に襲いかかられたら避けようがない。おい、小僧!」と隊長はロタクを呼んだ。


「何でしょうか?」と急いで隊長の前に寄るロタク。


「革袋を貸せ」


隊長に言われて肩にかけていた革袋を差し出すと、隊長は鞄の中から陶器の瓶を取り出した。


瓶を傾けると、中からどろりとした緑色の液体が垂れてきた。


「小僧、こいつを手に取って、この木の毛が着いたところの周囲に塗りたくれ。向かい側の木にも同じ高さに塗れ」


「は、はい」言われた通りにするロタク。その液体はどろどろしていて気持ち悪かったので、ロタクは急いで木の肌に塗った。


「これは何ですか?」と聞くピダラン。


「ヒカリゴケをすり潰したものだ。夜になるとぼんやりと光るから、魔獣が灯りが届かないところに離れても位置を知ることができる」


「・・・塗り終わりました」と報告するロタク。瓶に蓋をして鞄に戻したが、ロタクの手の平は緑色に染まってしまい、草でこすっても取れなかった。


「農場に戻るぞ!」隊長の言葉に従って厩舎のそばに戻るロタクたち。厩舎の近くに石でかまどを作ると火を焚き、その周囲に腰を下ろした。


警備兵たちは荷物の中からたいまつ用の木の棒を取り出し、その先端に布を巻きつけた。夜の灯りに使うのだ。もちろんロタクやヤオラたちもたいまつ作りを手伝った。


そして焚き火を囲んで夕食を摂る。持参してきたパンをナイフで切り、ドンクに提供してもらったバターを塗って焚き火で軽く炙る。これはロタクたちも分けてもらった。


警備兵たちはほかに干し肉と干しぶどうも持参していて一緒に食べていたが、これらは分けてはもらえなかった。


食事をしている間に徐々に周囲が暗くなってきた。警備兵たちは森の方を時々警戒していたが、何も異変は起こらなかった。


「今夜はやって来ないか?」と隊長がつぶやいた時、ヤオラが「バターを火にくべると匂いに釣られてやって来るかも」と言った。


そして自分の袋から草に包んだバターを取り出すと、そのまま焚き火の中に放り込んだ。たちまち周囲に香ばしい匂いが立ちこめる。


ロタクは、そんなことをしたら本当に魔獣が現れるんじゃないかと心配だったが、かと言って何日もここで番をするのも面倒だし、第一レクチェル王国への旅が遅れてしまう。警備隊の人たちに早めに討伐してもらった方がいいかも、と思い直した。


しばらくして森の方から獣の唸る声が聞こえてきた。ほんとうに魔獣が現れたのだ!


警備兵たちは立ち上がるとすぐにたいまつに火を着け、周囲の地面にたいまつを刺していった。たいまつの火を見ないように目の横を手で覆って森の方を見つめる隊長。


「来るぞ」


ヤオラも同じようにしてみると、暗闇の中にかすかな緑色の光が見えた。


「ほんとうだ。緑色に光っている」


ロタクも同じようにしようとしたが、自分の手の平全体がぼんやりと緑色に光っているのに気づいた。焚き火のそばにいた時には気がつかなかったのだ。


斧槍ハルバードを構える警備兵たちとピダランとヤオラ。ロタクは武器をもらえなかったので、昨夜と同じように急いで周囲の石を拾い集めた。


そうこうしているうちに近づいて来る魔獣。その両肩が緑色に光っていた。


「ほ、本物の魔獣だ!」と警備兵のひとりが叫んでおののいていた。おそらくこの町で魔獣を見たことがなかったのだろう。


隊長が斧槍ハルバードを振り上げて突撃して行った。4人の警備兵も同じようにして続く。そして魔獣の体に斧槍ハルバードの斧刃を振り下ろしたが、その厚い毛皮に阻まれて傷つけることはできなかった。


魔獣は右手を振り上げると一旋した。斧槍ハルバードが弾き返され、警備兵たちが体勢を崩す。


「こ、こいつ!獣のくせに手を使うぞ!」隊長が叫んだ。


警備兵の間から壊れた斧槍ハルバードを突き出すピダランとヤオラ。しかしその攻撃も魔獣の腕の一振りで薙ぎ払われた。


攻撃が一切聞かない警備兵たちににじり寄る魔獣。ロタクはあわてて手に持っていた石を魔獣めがけて投げつけた。


目の近くに当たる石。その攻撃で魔獣はロタクの方を向いた。


「ひぃっ!」魔獣のにらみに恐れをなしたロタクは、残りの石を放り投げてあわてて逃げ出した。


魔獣は、逃げるロタクの両手の緑色の光を見つめていた。体に付着した臭い汁。それと同じものをあの人間が付けている。あいつのせいで俺の体に臭い汁が付いた・・・。


そう思ったのか、魔獣は警備兵たちを無視してロタクの跡を追い始めた。


農地の中を一心不乱に走るロタク。その後から魔獣が近づいて来るのに気がついてロタクは悲鳴を上げた。


魔獣が早足になる。


「ロタク!」ヤオラの叫び声が響いた。


ロタクに飛びかかる魔獣。その時、魔獣の横から盾を持った巨大な女戦士が現れて魔獣に体当たりした。


地面に飛ばされる魔獣。現れた女戦士は全身が淡く輝いており、盾を持ったまま直立して魔獣を見下ろした。


女戦士を見上げて唸る魔獣。女戦士は魔獣を見下ろしたまま直立している。


魔獣は観念したのかきびすを返して森の方へ逃げ帰って行った。それを見届けた女戦士の姿は徐々に薄れ、やがて暗闇の中に消えていった。


ロタクの元に駆け寄るヤオラ、ピダラン、警備兵たち。


「さっきのは何だ!?何が起こったんだ!?」と詰問する警備隊の隊長。ロタクは何も答えることができなかった。


「・・・実は昨夜も同じようなことがありました」とピダランは隊長に話しかけた。


「ロタクが魔獣に襲われかけた時、同じように巨大な戦士が現れてロタクを守ったのです」


「何!?あの巨大な女戦士が昨夜も現れたというのか!?」


「いえ、昨夜は同じくらいの大きさでしたが、いにしえの王のような風体でした」


「それをこの小僧が出したと言うのか!?」


「い、いえ、僕は・・・」と口を出すロタク。


「ロタクにも昨夜が初めての経験で、どうすれば巨大な戦士を呼び出せるのかわかっておりません」とピダランが説明を続けた。


「この小僧は何かとんでもない天稟スキルでも持っているのか?幻術か魔術の天稟スキルを・・・」


「いえ、ロタクとこちらにいるヤオラは、二人とも天稟スキルをもらい損ねまして、それで北のレクチェル王国に赴く旅に出たところなのです」


「・・・天稟スキルを持っていないのに巨人を呼び寄せることができるだと?」


「いえ、呼び出せるわけでは・・・」とロタクが口をはさんだが、隊長は聞かずに話し続けた。


「これは一度グラプト教の司教に調べてもらう必要があるな」と隊長が言ったのでロタクはぎょっとした。


「しかし、あの魔獣はどうするので?」と隊長に聞くピダラン。


「そうですよ、隊長。我々だけでは魔獣を討伐するどころか、追い返すことも難しいですぜ」と警備兵のひとりも言った。


「急ぎ王都や近隣の町から人手を集めるしかない。今度は弓兵を揃え、火矢で撃退しよう。俺はその間に小僧とほかの二人を王都に連れて行く」


「た、隊長、それはずるいですぞ!」と警備兵のひとりが叫んだ。


「魔獣を退治するまで残ってください!」と別の警備兵も言った。


「バカもん!俺は逃げるわけじゃないぞ!」と言い返す隊長。


警備兵たちがもめている間にピダランとヤオラとロタクが額を寄せた。


「僕は王都になんか戻らないぞ!」と宣言するヤオラ。


「そうだな。教会ではロタクだけでなく我々も取り調べられるかもしれない。それも何日もだ」とピダラン。「そうなったらレクチェル王国にはたどり着けないぞ」


「僕も調べられるのは嫌だけど、・・・どのように調べられるの?」


「下手すれば、悪魔か何かだと疑われて、拷問されるかもしれないな」


「嫌だよ!僕は悪魔なんかじゃないよ!」


「そうなったら僕も・・・王子だから拷問まではされないかもしれないけど、危険人物として王宮に幽閉されかねない!」


「じゃあ、どうする?」と二人に聞き返すピダラン。


「今夜のうちに逃げ出すしかないだろう。魔獣のことなんかかまっちゃいられない!」とヤオラが囁いた。


ピダランは興奮している警備兵たちをなだめに行き、明日また話し合いましょうと強引に話をまとめて警備兵たちを休ませることに成功した。


警備兵たちが寝静まった後、ピダラン、ヤオラ、ロタクの3人はこっそりと立ち上がり、荷物をまとめてドンクの農場を後にした。

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天稟恩寵の儀〜神から与えられたスキルは人生を左右するか?〜 変形P @henkei-p

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