第3話 魔獣の捜索(前編)

ロタクたちが翌朝起きた頃に農夫のドンクが朝食を持って来た。また麦粥とバター一塊のようだった。


「昨夜魔獣が出た」とピダランがドンクに報告すると、ドンクは目を丸くして驚いた。


「や、野犬じゃなかっただか?」


「牛を襲うような野犬などいない。牛よりもでかそうな犬型の魔獣だったぞ」


「ま、魔獣だとすると、町の警備隊に来てもらわにゃならん。あんたたちは無事だったか?」


「あ?・・・ああ、何とか追い返した。それよりなんで魔獣を野犬と間違えたんだ?」


「この辺に魔獣なんぞ出たことがねえ。夜中に犬の吼えるような声を聞いたんで、野犬だとばかり思っていただ」


「要するに家の中から出て来て確認しなかったわけだな?」とピダランが聞くと、ドンクはうなずいた。


「家畜も大事だが、おらの命の方がもっと大事だ」


「その判断は間違っちゃいない。しかし俺たちだけで毎晩魔獣を追い払うのは荷が重い。とりあえず昨夜の手当をくれ。そしたら俺たちが警備隊の詰め所に報告しておく」


そうピダランが言うと、ドンクはしぶしぶ小銅貨3枚を出した。ピダランは手当と食事を受け取るとロタクとヤオラに分けた。


おどおどしながら戻って行くドンク。ピダランたちはもらった麦粥をのどに流し込むと、バターは草に包んで各自の革袋にしまった。さすがにのどを通りそうになかったからだ。


麦粥が入っていた椀を厩舎の前の地面に置くと、「さあ、警備隊の詰め所に行って来るか」とピダランが言い、ロタクとヤオラはうなずいた。


「それからどうするの?」と聞くロタク。


「別の町に行くか、もう一度斡旋所に寄って別の仕事を探すかだな」


「警備隊の手伝いをして駄賃をもらうのはどうだい?」とヤオラが言った。王子だった割には金を稼ぐことに積極的だ、とロタクは思った。


「そしてまたあの魔獣と戦うのか?今度こそ大けがをするぞ」とピダランが嗜めた。


「またロタクにあの『巨大な戦士』または『いにしえの王』を出してもらえばいいさ」


「ぼ、僕が出せるかわからないよ!」と言い返すロタク。


「いちいちロタクを危険な目に遭わせていたら、いずれ死んでしまうぞ。それにあの『いにしえの王』?は突っ立っていただけだった。守ってはくれたが、魔獣を攻撃しなかった。どれだけあてになるか、わからんぞ」


「『いにしえの王』が大剣を振るったら、あの魔獣なんかいちころだろうに。何とかしろよ、ロタク」


「そんなこと言われても無理だよ」とロタクが言い返しているうちに3人は町中に入り、警備隊詰め所の前に着いた。


ドアを開けて中に入るピダラン。ヤオラとロタクが続いて入る。中にはテーブルと椅子が何脚も並び、数人の警備兵が座っていた。剣を腰に下げ、狩人風の衣装を全員が身につけていた。


「何か用か?」とひとりの警備兵がピダランに聞いた。


「私は北方へ旅をしているピダランと申します。この二人は連れです。実は昨夜ドンクさんの農場の夜番をしていたら魔獣が現れまして・・・」


「はあ、魔獣だと!?」その警備兵が大きな声を上げ、他の警備兵たちもピダランたちを注視した。


「はい。このぐらいの大きさの犬型の魔獣で、ドンクさんちの家畜を襲おうとしていたんです。私たち3人で何とか追い払いましたが、とうてい倒すことはできなかったので、また出るやも知れません。そこでこちらに報告に来た次第です」


詰め所内はにわかにあわただしくなり、何人かの警備兵は詰め所を飛び出して行った。ピダランたちはテーブルに着かされ、数人の警備兵からより詳しい情報を求められた。


昨夜の見たことをそのまま説明するピダラン。ただし『いにしえの王』については話さなかった。警備兵たちはピダランの説明内容をロタクとヤオラにも確認してきたので、二人は何度もうなずき返した。


そのうちに外に飛び出していた警備兵が戻って来て、ピダランたちに質問していた警備兵に何かを囁いた。囁かれた方の警備兵はピダランが腰に下げているショートソードを見ると、


「お前は剣が使えるのか?」と聞いてきた。


「私は王都の警備兵をしていたので、剣の扱いを多少は心得ています。こちらの若者も」とピダランは言ってヤオラに手をかざした。


「剣の練習をしたことがあるようです。ただし剣は持っていません。残りのひとりは未経験です」


「そうか。・・・今警備兵をかき集めているが、人数が足りなさそうなので手伝ってくれないか?もちろん金は払う」と警備兵が言った。


「わかりました。・・・いつ頃ドンクさんのところへ行きますか?」


「昼を過ぎてからだな。明るいうちに周囲の森を調べ、見つからなかったら農場のそばで野営をすることになる」


「いくらくれるんだ?」とヤオラが口をはさんだ。


「ひとり銅貨一枚だ。そこの剣を使えないやつには荷物運びをしてもらう」


銅貨1枚でも安いと思ったが、それでも今日の稼ぎの10倍だ。


「それでは仕事の斡旋所に顔を出して報告し、食べるものを買ってから昼過ぎにここに戻ってきます」とピダランは言って立ち上がった。


ピダランについて詰め所を出るヤオラとロタク。


「またあの魔獣と戦うのかい?」とロタクが不安を口に出した。「あの『いにしえの王』がまた出てくれるかわからないのに」


「今夜は警備兵がおおぜい来るはずだから、俺たちに危険は及ばないだろうよ。ひょっとしたら今夜は魔獣が出ないかもしれない。そうなったら銅貨1枚丸儲けだぞ」とピダランが言った。


仕事の斡旋所に入るとピダランは今朝までの仕事の結果を報告した後で、


「何かいい仕事は入ってないか?」と職員に聞いた。


「昼から警備兵に同行するんじゃないのか?」とヤオラが聞くと、


「もっと実入りのいい安全な仕事があればそっちに乗り換えるさ。正直に警備隊の詰め所に戻る義理はないしな」と、つい最近まで王都の警備兵だったピダランが人ごとのように言った。


しかし今日の斡旋所には、魔獣討伐要員の募集以外の仕事はなかった。


「こっちを優先しろとの警備隊からのお達しだ。ほかの仕事は紹介できないよ」と職員に言われ、仕方なくピダランたちは斡旋所を出た。


今日もらった小銅貨でパンを一切れ買い、袋に入れる3人。昼食などといったぜいたくができる余裕はなかった。


そのまま町の広場で時間をつぶし、昼頃になったらピダランたち3人は警備隊の詰め所に顔を出した。


「ええっ!?」詰め所に入ったピダランが驚きの声を上げた。そこには戦いの準備を整えた警備兵が5人しかいなかったからだ。


「ご、5人で行かれるのですかっ!?」とピダランは今朝質問してきた警備兵に聞いた。この人が魔獣捜索部隊の隊長らしい。


「そうだ。昨夜はお前たち3人で撃退できたのだろう?ならばこの斧槍ハルバードを持つ我ら5人の熟練警備兵で倒せるだろう」と隊長は言った。


斧槍ハルバードとは大人の背丈より少し長い槍の穂先の下に斧のような刃をつけた武器だ。敵に近づくことなく突いたり斬りかかったりすることができる。しかしその穂先は短く、斧刃も手の平サイズで、薪を割ることすらできなさそうな代物だった。


「魔獣を突くならもっと長い長槍サリーサの方が・・・」とピダランは言いかけたが、おそらくそのような武器はこの詰め所にはないのであろう。


「お前らにはこれを貸してやろう」と隊長は言って、ピダランとヤオラに斧刃が取れた斧槍ハルバードを渡した。


「小僧は荷物持ちだ!」とロタクは言われ、床に置かれている革袋を指さされた。食糧やワイン樽が詰められたその革袋は、ロタクがやっとのことで担げるほどの大きさだった。


「よし、出発だ。お前ら先導しろ」とピダランたちは言われ、3人は詰め所から外に出た。その後に斧槍ハルバードをかついだ警備兵5人が気楽そうについて来る。


「大丈夫かなあ、あいつら?」とヤオラがピダランに愚痴った。


「魔獣と出くわさないことを祈ろう」とピダラン。ロタクは荷物が重くて会話する余裕がなかった。


一行は街中を過ぎて農地が広がる郊外に出た。そのまままっすぐドンクの農場に向かう。天気はとても良く、のどかな雰囲気だ。とても魔獣が出るような土地には見えない。


のんびりと歩いてようやくドンクの農場に着く。そこで警備隊の隊長がドンクの話を聞きに母屋の中に入って行った。ピダランたちは昨夜戦った厩舎の横に移動し、魔獣の痕跡がないか調べた。魔獣のものらしい毛の塊がいくつも落ちていたが、ただそれだけだった。


しばらくして隊長がドンクとともに外に出てきた。そしてそのまま厩舎の襲われた跡を確認すると、ピダランたちの方に近寄って来た。


「お前たちが見た魔獣は、どっちへ逃げて行ったんだ?」


「あっちだよ」とロタクが少し離れた森を指さした。


「そこにねぐらがあるかもしれん。捜索に行こう。・・・小僧は荷物の中から革鞄を出してついて来い」


警備隊たちは斧槍ハルバードを前方に傾け、森に向かって草地を歩き始めた。同じように壊れた斧槍ハルバードを抱えたピダランとヤオラが続く。その後からようやく革鞄を見つけたロタクがその鞄を肩にかけ、あわてて追いかけて行った。

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