第7話 歌舞伎町探偵2
空調の風が頬を撫でる。まだ午前中とはいえ、晴れた猛暑の中を歩いてきた身には心地よかった。
案内されたのは歌舞伎町ホールの更に上の階――3階のゲームセンターであった。
ナムコトーキョーと呼ばれるこの場所は一見普通のゲームセンターに見えるが、奥にはフード&ドリンクを楽しめるコーナーがあるらしい……これもまた公式サイトの情報だが。
「うるさいところですみません。母がどうしてもここでないと嫌だと駄々をこねてしまって」
そう話す天野瑠合は時間の経過で冷静さを取り戻したのか、会ったばかりのクールな少女に戻っており、社交辞令的な謝罪を行ってきていた。
「いえ。興味深い場所なので、むしろ嬉しいよ」
言いながらも僕は周囲の写真を何枚か撮影を行っている。
色々と興味深い物が多く、小説のネタになりそうな要素がそこかしこにあり、退屈しない場所であった。
自分でも分かる程目を輝かせながら歩いていると、僕たちはゲームセンターの奥に行きついた。
「ここがミュージック&プレイラウンジとなっています」
「へえ」
サイトを見て存在は知っていたが、やはりリアルに来てみると『リアリティ』が違う。
そこは静寂とは真逆の場所であった。大型の液晶画面には女性キャラクターの映像が写っており、人間顔負けのノリノリさでDJを行っている。
不思議な音楽空間が繰り広げられていた。
(いいね。面白い)
僕は液晶画面のキャラクターの写真を何枚か撮影しながら、先程から気になっている事を尋ねてみる事にした。
「? 天野百合さんは、まだ来ていないのかな?」
ラウンジという名前の通り、十分すぎる程のテーブルとイスが存在するが、客は一人として存在していない。当然、探偵の姿もない。
無人にも関わらず画面の中でハイテンションな女性DJがシュールな光景となっており、彼女が人間ではない事を物語ってるようであった。
「いえ。母はこの先の個室で待ってます」
しかし探偵がいるのはそこではないようで、少女は更に奥へと進んで行った。
「ああ。そういえば個室があったんでしたね」
ここに来る前に公式サイトで下調べをしたが、そんな情報も載っていたな。
「こちらです」
バーカウンターを左に曲がった位置。ネオンサインのディスプレイが壁に掛かっており、自然と目を引いた。
だが、その奥に更に何かがあることに僕は気がつく。
「……極上の部屋」
ガラス張りの扉の横には確かにその文字が、ネオン管で描かれていた。
「ええと……天野さん。ひょっとしてここですか?」
正直面食らった。そこはあまりにも派手であったからだ。およそ探偵が取材を受ける場所としては似つかわしくない程に。
「はい。ひょっとしてここです」
幸い探偵の娘である少女は感性がまともなのか、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。小説家さんの取材を受けるのには合わないんじゃないかと話したのですが、泣きながら駄々を捏ねられてしまって、折れさせられました」
「あの、本当に相手お母さんですか?」
さっきから与えられる情報は、母というより、手のかかる我が儘な妹と言われたほうがしっくりとくるのだが。
「普段は壊滅的に駄目な人ですが、やる時はやる人です。だからここを選んだのも何か理由があるのではないかと思います」
「……成る程」
僕はこの歌舞伎町タワーの正面入口一階のコーヒーのチェーン店を思い出していた。確かに取材ならあそこでも問題ない筈なのに、わざわざこちらを選んだには何かしらの理由が存在しているのかもしれない。
「ですがこの部屋は普段、お母さんが依頼を受ける時にも使用している場所なので、ある意味で取材には適しているかもしれません」
「おお!」
それはいい情報だ。
ひょっとしたらここを取材場所として指定したのも、実際に使っている現場を見せようという粋な計らいなのかもしれないと、ポジティブに考えることにした。
「早速行こう! 写真とか撮っても大丈夫かな?」
「動画はこの施設から禁止されていますが、写真撮影は問題ありません。しかし少々お待ちを……さっきから母にLINEでメッセージを送っているのですが、返信がないんですよね」
首を傾げる瑠合の案内の元、目的地に到着する。
『極上の部屋』の扉の中央は部屋の中を外からも見られるように、ガラス張りになっていた。
だからはっきりと見えた。部屋の中で誰かが床に倒れているのが。
「……お母さん?」
少女が呆然とした呟きを漏らした。
「!」
反射的にドアの取っ手に手をかけ、力いっぱいに引く。
鍵が掛かっていたなら鍵ごと力づくで開けるつもりであったが、意外にもすんなりと扉は開く。
『極上の部屋』は思ったより広かった。10人ぐらいは余裕で入れそうなスペースに加え、角部屋でしかも窓はガラス引り。部屋にあるテーブルやソファー、モニターも黒を基調としており、高級感がある。
なるほど。確かに悪くない部屋だ。部屋の前に置かれた立て札には、宴会や打ち上げにお勧めと書かれていたが、確かに少人数での打ち上げなら悪くない場所かもしれない。
……しかしそんな事はどうでもいい。
「大丈夫ですか!!」
駆け寄り、倒れている人間――白髪の女性を抱き起す。
(まさか……)
頭の中で浮かぶのは最悪の可能性。ミステリで言えば『お約束』の展開であった。
心臓の鼓動を確認し、脈を測る。
「お、お母さんは?」
恐る恐るといった様子で娘が後ろから尋ねてきた為、僕は振り返りながら答えた。
「……全然生きてるね」
心拍正常。脈拍正常。呼吸も確認。
女性は普通に生きていた。
つまり導き出される答えは一つ。
「君のお母さん普通に寝てるだけだと思う」
「……」
少女の心配げな顔が一瞬で無表情に切り替わった。
クール系死神JS美少女と探偵始めました 僕と結婚する未来を予知したってマジですか? 岸辺 露満 @toklnoayumu
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