青い足跡

@yuki0141

 蓮の葉に留まった夜露を指で弾いた時、まやかしか蛙が飛び出してきた。

僕は俄然瞠目していたが、こともなげな面(おも)を崩すことなく紫陽花の袂に腰を下ろした。横目に映る秀でた小花の青さに、とある少女の眼差しが呼び起こされる。その少女は六月の末に産まれたらしく記憶に誤りがなければ来週の今日二十の年をむかえるであろう子だった。


 元気にやっているだろうか。

曇天の空を見上げては蘇る、僕が少女にした悪事の数々。親父が連れてきた三番目の女の連れ子だった少女を、鼻つまみ者のように扱って一度も口を聞かなかった僕の贖いは何処で執り行われるわけもなく、ただこの心に罪の根を張らせるばかりだった。

 円らな瞳に翳りが差した時の瞼のその清らかな青さが、僕の不安を掻き立てる、そんな美人な子。僕は確実にその少女の纏う茫漠とした儚さに落ちていた。それをこの季節、厚い雲の下紫陽花と並ぶ度、憎いほど思い知る。当時の僕に、彼女を思いやるだけの器が備わっていなかったこと。親父の二の舞を酷く恐れ自身の純心を認めてやれなかったこと。歳を重ね現実という道を歩み出した今、過去に重ねられた欺瞞が段々と表に返されていくのを、ただ拳を固くして佇んでいることしか僕にはできない。


 気づけば額に土気を孕んだ雨粒がしたたり始めていた。徐々に強く、僕の頬を打ち付ける。身動ぎもせずただ彼女が雨に打たれていなければと願う僕は、暫し口元を綻ばせて、ひたりと目を瞑った。

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