第3話

 想像通りだった。どこから構わず襲われるであろうと覚悟していたが、実際どこもかしくもチャリオット兵士が蠢いていた。彼らは命令に忠実で敵対者、つまりは自分以外のチャリオット、パペットであったり人間であったりを見つけたら始末に走る、という基本命令であったらしい。曲がり角から電ノコを振り被り落としにかかったり、槍と警棒を合わせたような独自の武器を合わせた刺突を繰り出したりと様々だった。

「ここまで跋扈しているとは思わなかった。だけど、何故ああも大仰な武器ばかりなの?」

 アズールが言葉を発した。自分も、それには気付いていた。

「もっと危険な毒、酸性の融解毒でも吹きかければそれだけで私達の足は止まるのに。彼らはどうにも危険な一歩手前、いえ、自分が受ける事を念頭に置いた武器ばかり使ってる」

「まさか、倫理観とか平和条約に賛成してる訳がない、のにな」

 彼女の言う通り、もっと卑怯に、自分達ではどうしようもない危険な薬品を辺り一面に流して足止めをしてしまえばいい。そうすればパペットはおろか人間だって簡単に仕留められる。シンギュラリティ発生時は弾丸しかなかっただろうが、ここまで新たな戦車や兵士を作れるようになっているのだ、そんな人間の発想など無視してしまえばいい。仮に人間から発生したから、人間に離れられないのなら————。

「まずは行けるところまで行こう。新しい武装でも整えられたら面倒だ」

 そう言って、自分を騙すことにした。

 工場は多く分けて三つのエリアに分かれているらしい。まずは巨大な溶解炉、次に鉄板など大雑把な鋳造エリア、次に繊細な電子回路。今自分達は溶解炉のエリアを歩いているが、何も足元の全てが溶岩か、マグマの様に煮えたぎっている訳ではなかった。時たま蒸気さえ上がるが、耐え難い暑さなどは今のところなかった。

 我々パペットからすれば。

 今我々が歩いている場所はやはりアルミニウムなどの金属を溶かす炉のすぐそばだった。それが数十どころか数百と並んでいる光景はなかなかに壮観であった。一体何リットルの金属が溶けているのかもわからないが、先ほどと比べて静かであった。

 ここは彼らにとって自身の血肉にも等しい金属が流れているエリアなのだ、ここで大爆発でも起こしてしまえば、自分達の分身をもう鋳造できなくなってしまうからだろうか。

「ここでの戦闘は彼らも避けてるみたい」

「実際、ここのひとつでも破壊されたら自分達も溶けるからだろうな」

 こんな世間話が出来てしまう程であった。

 ただ気に成る事があるのも事実だった。

「さっきからドローン、飛んでるな」

「熱と気圧の関係で飛空には適していない筈なのに」

 自分達の監視、もあるだろうが、彼らが未だ溶解炉の暴走や危険な兆候を見逃さないように見張っている気がした。人間を排除しておいてやっている事は人間の真似事なのだから、どうにも愚かしい。それともあれが最善なのだろうか。

「なに?」

 その時だった。

「なんの音?」

 アズールと共に自分が元来た道を振り返った。それは仄暗い洞穴から風が抜ける様な、高い、けれど大きな獣が哭くような声だった。今更戻るつもりはお互いないだろう、だけど暗い道から聞こえる音には耳を澄まし、眼球に整備されている遠見の機能を使うには値した。

「あれは、何?」

「退こう─────」

 この言葉にアズールは無言で答えた。否が応でも応えざるを得なかった。

 まるで火の海だった。今まで歩いて来た道をなぞる様に炎の柱が数秒単位で迫り、自分達へと絡みつこうと。作戦だなんだと言っている暇はなかった。確かに自分達にも耐熱性はある。それこそ溶解炉に落とされない限り溶ける、燃える事はない。だが、迫って来ている炎の正体は液体そのものだった。火炎放射器を思い起こす、あれは確かに炎を吹き出して見えるが、実際は燃える粘液を放出し火炎をつける論理的な兵器である。

 よって、今の自分達は逃げるしか道がなかった。

「チャリオットがいなかった理由はこれか────」

 口の中で呟き、悪態を付く。

「溶解炉は頑丈に完全な耐熱性がある、あの程度じゃあ焦げもつかない」

 まるで余裕がある様に見えるが、着実に火の液体は迫っていた。到底逃げ出せない。だが、それはやはり工場だった。早い段階で溶解炉エリアを走り抜けた甲斐があった。目の前に長いライン、レーンが見えた。ふたりで見合わせもしないでレーンに乗り、近場のレバーを蹴り飛ばす。即座に動いたレーンが火から徐々に離れ始める。

 だが、レーンがあるという事は真上から落ちる工業部品もあった。

「避けて!!」

 突き飛ばされる、と同時にアズールを持ち上げて大きく前へと飛ぶ。驚いただろうか、自分共々まさか宙を浮く程の膂力があるとは。しかし、そんなことに構う暇も無かった。

 落とされるプレス機と工業部品の数々。それをどこかのゲームの様に避けてやり過ごし駆け抜ける。時たま巨大で迫ってくる鉄塊はケラウノスの刃で切り裂き、道を開け駆ける。

 だが彼女は見えなかったらしい。否、彼女達は。火の海の向こう。溶解の果てに何かが蠢めいていたのを。自分は、それを口に出すべきかと思ったが、探しに戻れる筈もなく。

「火は止まったみたい。安全な所で降りよう」

 そう告げると、無言でアズールも応えてくれた。

 とは言うものの、今もプレス機が頭上から降り注ぎ、視界も悪い状況だった。だが、不思議な事に恐らくは監視員が座るであろう椅子のあるレーン外を発見、移動し、そのまま降りる。先程の駆動は心臓に悪かった。ないけど。あるのなら寿命というものが縮んだ思いだ。

「どう思う?」

「誘い込まれた、な。さっき炎の海あれは向こうにとっても掛けだったのかもしれない。あれに耐えられる強度を俺達が持っているのなら、作戦変更。ドローンで連続自爆だったかもしれない。もうあの溶解炉は捨てたみたいだ。鉄とかスチール、アルミよりも高度な素材を手に入れたのかもしれない」

「例えば?」

「それはわからない。だけど、今の武装が届く範囲だと良いな」

 監視員の椅子に座りながら天井を眺める。大量のパイプが等間隔に並び、ある種芸術的な光景を作り出していた。当初からこうなる様に設計した結果なのか、それとも多くの増築の結果、偶発的に構築された光景なのか。自分には関係ないとしても考えてしまう。

「何を見ているの?パイプの行き先に興味がある」

「いや、パイプをどれだけ見てもなにもわからない。今少しだけ同情してただけだよ」

 同情?と呟くアズールを無視して椅子から起き上がる。火の海が迫っていたのが嘘の様な光景に包まれていた。やはり、あれは自分達を追い詰める罠であったらしい。

「行けるか?」

「この先はプレス機、溶解炉から流れ着いた鉄骨や工業部品を冷却して形を作る工程の部屋に入る。恐らくプレス機以上に危険な何かがいる。あなたは恐ろしくない?」

「何が怖い。俺達は結局ここまで辿り着いた。もう戻る事もできない以上、それを破壊するしかない。もう選択肢はない上、そう迫ったのは君だ。俺を試してるのか?」

 ふわり、と笑ったアズールを確認した後、アミスに勝てると思うか?と告げると「あなたが勝てないのならここに集ったパペット達では誰も勝てない」と返される。

「ゴムとプラスチックの強みを見せてやるよ。行こう」

 


 予想は的中した。そこにいたのは。

「これは斬り甲斐がありそうじゃないか」

 先程の椅子群には道が続いていた。恐らく監視員、従業員、研究員が通るであろう回廊を見つけた自分達は外からの支援にノイズが入り始めていた。つい、思い出した事がある。そう思ってアズールに聞いてみた。

「このシンギュラリティを乗りこなす、そう言っていたな」

「そこまでは言っていない、だけど、そうね、私達はそうするつもり。ちなみに私達とはヒューマノイド型のパペット全員の総意。いまだに門で燻っているおもちゃ達じゃない。真に次の人類、人類の次に位置する私達にはそれをする権利がある。いえ、私達じゃないと止める事も利用する事も出来ない。あなたもそう思うでしょう。禁忌とされた人工頭脳による接触と改良を続ける、シンギュラリティを続ける個体であるあなたなら」

「あくまで俺は、そういう発想と着想の元作り上げられただけで、それに至るように鍛造されたわけじゃない。それにこの五体を失うつもりはない。いずれは人間を超えるだろうが」

 一体何処から漏れたのか。自分達の存在を、このいちパペットでさえし知ってしまっていた。だが、実際時間の問題ではあったかもしれない。シンギュラリティなど遅かれ早かれ起こる人間の進化の過程。特異点でしかない。ならば、それを模す何かが生まれてもと思うのは当然だっただろう。

「あなたの支援者、アミス、彼女もそうなのね」

「俺は身体的な進化して特異点に。アミスは発想とフィードバックの過程でそれに、だけどな」

「手を貸す、そんなつもりは無い?」

「表舞台に出るには、俺達は早過ぎる。遠慮するよ」

 ある種原始的な鉄鋼業の製鉄所な場所から研究機関を思わせる白い廊下となっていた。湿り気などない道には軽い風さえ吹いていない。高級感、とは違う非人間的な道を守りたいらしくチャリオット達もなりを潜めていた。それは楽ではあるのだが、後ろの彼女には困った。

「あなたもいずれは私達と同じ様に人間から離れる時が来る」

「そうかもなしれない」

「なら早い方がいいい。向こうの彼女もそう思っている筈」

「だったら、困るなぁ」

 口説き落とすと決めたら、何処までも。自分を指揮官機と定めている彼女は自軍の戦力を増やす為にこうやって規模を増やしてきたのかもしれない。人間なら、この様子で熱心に請われれば頷いてしまうかもしれないが、自分も同じパペットであった。それだけで頷くほど簡単でも、逆に熱心でもなかった。まぁ、彼女の目的は腕のケラウノスの刃だろうが。

 お喋りの甲斐があった。不気味な回廊を通り抜け、白い広い部屋の扉の前へと到達した。恐らくここに電子回路が一度納められ、確認、通電をして出来の有無を見られるのだろう。

「気は治まったか?」

「あなたが頷くまで続ける気、あなたこそまだ折れない?」

「俺は結局ロボットだからな。何故と問われても、答えは同じなんだ」

「自称、心があるロボットじゃなかったの?」

「俺が人間なら心変わりもあっただろうが、開発者は裏触れないんだ。さぁ、行こう」

 扉に触れるが、やはり自分では開かなかった。代わりにとアズールに視線を向けると、白々しく首を振る。冗談はやめてくれ、とこちらも首を振るがやはりわからないと肩をすくめる。「助けて、アミス」と嘆くと「彼女の案には賛同出来ない」と応えられる。

「アミスもそう言ってる。だから、」

「だけど無視していい物でもない。実際、私達はいずれ二人だけで暮らしていく。その為に種を撒いておくのも必要かもしれない。それにシェリム。あなたの実績はそろそろ公になるべき。何度あなたが世界を救ったと思ってるの。あなたの力、知らしめるいい機会」

 と、アミスらしくない事を言われた。姿を隠す事こそが我々の共通認識であったのに。

「……だからと言って、俺は褒められたい訳じゃない。アズール、やってくれ」

「仕方ない。あなたを困らせる訳にはいかない」

 位置を変えて、扉の前に立ったアズールは爪をカードキーの線に合わせた。たったそれだけで扉は開き自分達を出迎えてくれた。彼女は満足気にハンマーを背負い一歩前に出る。

 そこに待っていたのがまるで鎧だった。

「人、」

 アズールがそう言ったのも理解出来た。白い鎧を身に付けた人間台のそれは起き上がると自身の得物らしく赤い閃光をあげる幅が広い刀身を持ち上げた。その姿に、少し胸がざわ付いた。似ていると思ったから。

「あの剣。あなたに」

「たまたま似てるだけだ。まだ模倣は出来ない」

 アズールを腕で下がらせ、一歩大きく踏み込んだ。迎える様にあちら側も赤い刀身を突き付けて迫った。あちらは知らなかったらしいケラウノスの刃は鞭として活用出来る。赤い刀身に巻き付け引き寄せ、バランスを崩させる。そのまま刀身を踏み付け解いたケラウノスの刃を兜に叩き付ける。刀身は兜に傷をつけそのままじわりと埋没していく。

 だが、鎧の腕力で持ち上げられた自分は、赤い剣から離れ背後に戻り─────入れ替わりにハンマーを振り上げたアズールが迫り、兜の傷に対して一撃を加える。人体なら確実に頭を落とす衝撃であった。そして落としたハンマーの槌を次に顎へと叩き付ける。

 完璧な二撃目であった。チャリオットの兵士ならばそれだけで粉々になる筈だった。

 背後、自分の隣に戻ったアズールが息を吐き、排熱機関を起動させる。

「何、赤く染まっていく」

「血、血管みたいだ」

 あおの様子は唐突だった。重い鎧だから鈍いのだと考えて動いていた。だが、それはあちら側はスロースターターなだけだったらしい。白い鎧に赤い血の気が差していく、赤い血管に近い回路が浮き上がるその光景は迷路を無理やり赤い液体で塗りつぶしていく様子にも見えた。そして、それを悠長に眺めている暇は自分達にはなかった。

「仕留める————」

 完全に脚部と内臓エンジンを駆動させる。アズールからすれば途端に自分が消えたにも見える速度であった筈だ。そこで刀身ではなく鞭を選んだ。実体化した電気を電子パルスが維持し続けるケラウノスの刃は、実際に実体剣として扱える。

 ならば単純だ。実体化した鞭の先端の速度は優に音速を超える————。

 しなり、螺旋を描き、喰らい付く鞭の狙いは寸分狂わなかった。最速の動きで鎧と鎧の継ぎ目、顎を通り過ぎ首へと至り貫通し、首を落す程に抉り戻った筈だった。だが、なおもあれは自分の目の前まで弾けるように跳んだ————。

「動くな!!」

 そう叫んだ。久々に喉の生体機関を酷使した。

 鞭を途中で落とし、改めて刃を刀身とした。振り落とされる赤い剣、受け止める電気の刃は間に合った。だが、若干動きが遅かった所為だ、足の踏ん張りが効かずに先ほどまで開いていた扉に飛ばされ激突する。

 音はそれほどでもなかっただろう。だが。

 激突時に頭を打ったらしい。眩暈だ。一気に染まる赤い視界が忌々しい。

「アレを受け止めるな。両断される———」

 見えない目でアズールへと叫ぶ、だが————。

 二度目の激突音が聞こえた。

「アズール!!」

「問題ない!!私は避けられた!!」

 未だ視覚を赤い色に奪われている所為だ。それが事実かどうかもわからない。急ぎ、「アミス」と呟き、視界の異常処理に走って貰う。視界はみるみるうちに回復し、赤いブロックノイズは消えていった。そこにはハンマーを手に的確な距離を測るアズールと、地面に刀身を落した白い鎧が立っていた。

 どうやら俺を吹き飛ばした一撃の後、二撃目を振り落としたが、それをアズールに避けられた音だったらしい。その判断は優秀だった。あれは受けてはいけない。

「動ける?」

「ああ、問題なし。流石に痛かったけど」

 言い流しながら、今現在アズールに視線を向けている白い鎧へと切りかかった。刀身はやはり鎧には傷をつけられる。そこに赤い剣を振り回されるが、あちらは剣の技術など持っている様子ではなかった。便利な鈍器レベルの考えなのだろう。

 更にアズールが白い鎧の間合いの僅か外、それはハンマーの全力を出せる槌の範疇を最中、渾身の一撃を放つ。やはり指揮官機ロボットの一撃だ。先ほどから完全に、美しさを感じる槌の攻撃は鎧の足元をすくい、膝立ちをさせる。

「やって!!」

 自分は白い鎧、今は熱を感じる赤い白い鎧を駆け上がり刀身を首と後頭部の後ろへと突き刺した。振り払う勢いは巨大な獣を思い起こさせた。その重量だけで自分達を圧殺出来る程だと察しさせた。だが、狙いは正しかったらしい。人間を模している異常、カメラは頭、回路の頭、そこを溶断する電子の刃を突き刺したのだ。

 あちらの回路はもはやズタボロであろう。

 —————なのに。自分は振り落とされた————

「違う、」

 アズールが言葉にした。

「アレは防御性を上げる為でも、掴まれにくくする為でもない。全身が脳回路」

 自分の同じ意見にたどり着いた。

「全身が脳に近い、補えるって事か……」

 白い鎧、センチュリオンの装甲はただ固いだけではなかった。無駄を一切なくした全身が脳に近い性能をした怪物であった。これは倒せない。そう思った。脳に近い回路さえ焼き切ればチャリオットならば倒せる。脳に近い部位さえないパペットなら全身をくまなく砕けば倒せる。あれはその中間、否、上位互換にあたる。

 全身を砕かねば、試行し、反復し、実験する。ならば、あれは————。

「俺の着想を見抜いたか。もしくはそれに至ったか」

 自分の殺し方ならば簡単だ。全身を燃え盛る溶解炉、いや、そこに落ちても自分は生き返る。ケラウノスの刃を自刃目的で全身に突き刺せばあるいは、と言えるだろう。だが、あれは違う。あれは全身が鎧で耐熱性も耐電性、対物性も高かった。

「どうする?」

「いよいよ、俺達が呼ばれた理由があったよ」

 え、と囁かれる。その声に、自分は応える力を持っていた。

「アミス」

「行ける。そこは地下かもしれない。だけど我々の創造主はそこにさえ、地球の裏にさえ届く雷電の加護を与えてくれた。私達は選ばれし新人類」

 恐らく細胞が震えている。これを使うのは久々だった。

「どうしたの————」

「時間稼ぎも必要ない」

 立ち上がり、敵を視認する。

「離れてろ。これが今できる最善だ」

 アミスという送電側がいる。そして自分という受信側がいる。ならば答えは簡単だ。ケラウノスの刃はその身の10%以下の力しか使っていない。

 白い鎧が迫る。あちら側も気付いたのいだ。もしくは知って、理解していたのだ。

「耐えてみせろ。これが俺の雷電だ」

 身体が浮き上がる。あまりにも受け取る電圧が高過ぎるのだ。全身の細胞が震え、熱を起こす。送られてくる電流の量が尋常外なのだろう。あらゆる神秘性の中心。雷霆、稲妻に、神の怒りに、轟音。人間では有史以降2000年かかってようやく実現できた粒子の流れと波の奔流———それを我々は生まれた時から保持していた。

 —————今一切の淀みなく、ここにあらゆる神話は崩壊する。

「何%にする?」

「まずは30ぐらいかな」

 自分を中心に外界と内界とで分けられる。身体は軽く電子ひとつひとつの集合体となる。これは自分の身体を雷針に分解、再想像を繰り返す物理的な実験に近い。だが、規模がまるで違う。この身体を分解するほどの電力を使っている以上、諸人では触れるだけで同じように分解、燃え尽きていく。

 電雷は一瞬だった。

 突き出した片手から放出される雷電に貫かれる身体が硬直、続いて痙攣する。

 動く事さえ許されない世界と全身を貫く電子達の世界。赤い鎧は更に熱せられ弾けて砕けていく。アズールの顔が驚きではない、信じられない物でも見る顔でもない。主の到来を思わせる救われた顔をしていた。

「次のボルトだ」

 片手から発せられる雷の奔流は留まる事を知らなかった。実体化した電気を受けてようやく白い鎧もその身を持ち上げられ、壁へと叩きつけられる。

「ようやく33%だ」

 轟音さえ置き去りにする光の柱。火よりも確実に、鋭く素早い電子達。

 遂に耐えきれなくなったのだ。鎧の中央、胸から腹を貫通した電気が次々と爆発していく。それが連鎖的に全身に起こり赤い回路が焼け焦げ弾ける。

 そして————身体が融解される。

 部屋さえ分解され始めた。白い部屋も黒い壁が見え始め、収められていたドリルや陽電子器がその身を晒し始めた。一皮むければこの程度だ。この場は自分達を始末するために作り出された部屋であったらしい。



「アレは一体……」

「あんまり聞かない方がいい。大陸では禁止、この国々でも散々追い掛け回された現象だから。君がいくら指揮官機だとしても、具体的な物は知らない方がいい」

 今もくらくらしているアズールを壁に寄り掛からせながら話していた。

「アレは、その、なんだ。色々あるんだ」

「あんなもの現代の最新兵器でもあり得ない。陽電子砲でもない。あれで33%?ならそれより上は何?時空でも輪切りにする気?断層なんて、未来さえゆがめる電子の奔流を何故、そんな簡単に扱えるの?私達なんて、最初から必要なかったじゃない」

「落ち着け。俺達が投入されると決まったのはほんの二日前だ。多分君達はシンギュラリティ発生時から考えられていたんだろう。時間と場合が掛け違っただけだよ」

 ハンマーを足元に足を抱えるアズールは、まさに人間の様にいじけていた。

 確かに自分達が利用しようと考えてシンギュラリティと同等か、もしくはそれ以上の技が既に外の世界で完成、実証段階にまであったと知れれば落胆してもおかしくないのかもしれない。

「まぁ、ショックは受けるかもしれないが、これは俺が起動する時間よりずっと前から完成していた力だ。実際ケラウノスの刃は何度も見てるんだ。そんなにおかしい技術でもないだろう。それよりも、これで回路レーンは全て焼き切ったんだ。当初の目的は果たしたんだじゃないか?」

 ここでアレを披露するつもりは無かったが、結果的に力はいい方向に作用した。あまりにも高過ぎる電子の波を受けてレーンは完全に停止、電子回路を作り出すドリルもアームも、無論部品だって焼き切れてしまった。

 ここから改めて作り出すには、今も部屋の端々で迸る電気を耐電させるほかない。そんな真似をするぐらいなら、別の場所で一から作り出すか、10年程待った方がいいだろう。

「そろそろ上に戻る。これで工場は完全に閉鎖された」

「————わかったわ。そう考える事にする。付いて来て、ここからなら上に戻るエレベーターがある筈だから。上級研究員が使っている耐圧エレベーターだから、さっきの一撃にも多分だけど耐えられている。いなければ階段だから覚悟して」

 どれだけ深いかはなんとなくわかっているが、どうにもアズールが冷たい。

「シェリム。謝らなければならない事がある」

 と、秘匿回線でアミスが伝えてきた。

「さっきの奔流。思った以上にその位置が深くて周りに干渉する器具が多かったから多分本来の33%じゃなくて25%ぐらい————」

「大丈夫。なんとなくわかってた。前よりも電気の純度が低いとは思ってたから」

「怒らない?」

「怒らないし、感謝してる。いつも面倒見てくれてありがとう。それはアズールには言わない方が良さそう」

 また怒られて、これ以上機嫌を悪くする訳にはいかなかった。

「アズール、聞きたい事がある。真上の恐らく中央集権街、そこには入るのにも鍵が必要なのか?」

 と聞くと、振り返ってアズールが頷いた。

「その鍵、チャリオットは皆持ってるのか?」

「いいえ、この街のチャリオットは皆型番で認証されてる。流石に戦車ひとつひとつに鍵を付ける訳にはいかない。いえ、私みたいな指揮官機にはあるでしょうけど、それがまだ鋳造されている確証はない。実際、あなたが工場を全て破壊したから」

 楽に残骸でも持っていけば入れるかと思ったが、なかなかに出来そうだった。

「だけど、破壊したチャリオットを持ち歩くのは推奨しない。中央集権街は、常に見張られている。そんなところに兵器の残骸を持ち歩くパペットなんていたら蜂の巣だから」

「ああ、やめておくよ。それより、いつから心を持った。何故、俺が読める?」

「あなたはとてもロボットらしい。最短で効率的で、それでいて分かり易い」

 そういわれると、そうなのか?と告げたくなったがやめておいた。

 きっと更に不機嫌にさせてしまうと分かったから。

 アズールの言う通り、エレベーターは問題なく動いた。そして人間が付ける様のヘルメットまで用意してある。自分達には無用の長物だが、これひとつで防御力のひとつでもあがるのかと思うと、気に成ってしまう。

「外のパペット、彼らはどうだ?」

「ようやく東門の攻防が済んで駆逐している所。外の人間にとっては最初の勝利だから大いに喜んでいるみたい。だけど、それ以上は明日にすると決めたよう。弾丸や砲弾の補充に時間、そして装甲の追加にも時間を掛けているみたいね」

「どう思う?勝てると思うか?」

「無理でしょうね。少なくとも、あの白いセンチュリオンが生産でもされていたら勝てる訳がない。あなたこそどう思う?回路を持った反復が可能なチャリオットが、ただの人形でしかないパペットに負けると思う?」

「実際、扱うのは人間だからな。何度も失敗しても、パペットの量産は安い。なら全く届かない、という事はなくなると思う」

 確かにね、と呟き、アズールは背を向けた。そして振り向く。

「今、同胞にパペットの確認の任を増やした。悪くない出来がいるみたい。まぁ、そんな事より次はようやく中央集権街。私も、隙を見せずに入るわ」

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パペットチャリオット 一沢 @katei1217

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る