第2話

 恐らく擦ればそれだけで手足を捥ぎ取る砲弾を避けた自分と青髪のガイノイドは、ほぼ同時に着地した。砲弾を撃ち放った正体を見つめる事数秒。それは再度、装填をした様でもう一度我々に砲塔を向けた。排熱と排莢を行う姿は巨大な拳銃を想像させるが、やはり規模が違う。四本足のそれはそれぞれの足に球体が搭載され、左右にも前後にも動かせ、丸い形から隙間に落下する可能性もない実践的な姿を持っていた。いや、そればかりではない。

「どうする。続けるか?」

 そう問うた時、青いガイノイドは言葉を忘れていた。恐らく視覚からのデータを皆へと同調させる為だ。数秒の間の転送の後、青いガイノイドは答えた。

「……私達では勝てない。あれに拮抗する武装は私達には搭載されていない」

「諦める、か?」

「私のデータは同胞への手向けになる。あれとの遭遇を避け、中央へと向かえばそれだけで我々の勝利になる。あなたも、こう言うのね。運が無かった。これでおしまい」

 なんとも悲観的だ。ロボットは皆こうなのか?昔のアミスもこうではあった。だが、どうにも自分はまだまだ諦めきれていない。搭載されたシステム、武装、頭脳、性能こそが確かに我々だが、だからといってそう悲観する事でもないだろう。確かに新たな量産品に敵う事はないだろう。確かに新たなイノベーションに届く事はないだろう。しかし。

「過去の遺物。結局、どれもこれもそれを目指して真似てるだけだ」

 自分は駆動した。初速を50キロ。瞬時に70キロにまで届く我が脚部はそれだけの衝撃に耐えられる様に作られていた。否、そうなる様に今も成長し続けていた。

「え、」

「信じていないだろうが、俺は成長するロボットだ」

 おおよそ樹木とも呼べるだろう、成長と呼ばれるだろう行為をする、この身体には核など無かった。人間にも心臓こそあるが、あれは結局血液ポンプでしかない。奪えば死ぬが、別の臓器を奪っても死ぬ。恐らく人間の鼓動という神秘にも届く、駆動をするのがこの身体。

「まずは足」

 ケラウノスの刃を刀身として振るう。鞭よりも鋭く早い電光迸る一撃に、四脚戦車は反応出来なかった。当然だ、あれは同じ様な戦車を相手に性能テスト、或いは人間を的確に始末する事を念頭に置いた機能しか持っていない。流石にシンギュラリティが発生したとはいえ、その場その場で進化する機械の頭脳など持ち合わせていまい。具体的には自分の様に刃を持って向かって来る愚か者など興味も無かっただろう。

「次だ」

 右と左の足を切り落とした後、下がった砲塔を短く切り詰める。ケラウノスは万全だった、容赦無く溶断された砲塔を下げて後ろに戻る戦車を追いかけ、飛び越え更に後ろの左右の足も切り落とす。これではダメだ。羽をもがれた鳥も同然。カタカタと短くなった砲塔を後ろへと、自分のいる方向へと回すが、ケラウノスの刃をずぶりと突き刺し融解させる。

「こんな物だよ。最新の世代だろうと、結局は狙う対象を想定出来ない以上、想像出来ない以上」

 伝えながらケラウノスの刃を右腕へと戻す。もはや勝敗も決し、口論の必要もない。自分は自分の機能を証明し、勝利した。彼女であろう青いガイノイドは座り込み手元のバトンを握りしめていた。想像出来なかった事だろう。目の前の時代錯誤のヒューマノイドが、完全武装の最新鋭の戦車にその身一つで勝利するなんて。その刃など知らないと。

「でだ。始めるか。悪いが俺は性能の比べ合いに手は抜かないタイプに設定されてる。そのバトンから腕、容赦無く切断出来る。試すか?」

「いいえ、いいえ。やめておく」

「それが良い。戦闘用も接客用ガイノイドの価値も知らないがそれだけの造形だ。余程手を加えられてる、時間も資金も使われてる筈だ、無駄に傷をつけない方が良い」

 近づきながら、その旨伝え僅かに視線を向ける。

「ヒューマノイド、君達は早々にここから立ち去るべきだ。性能差が有り過ぎる。弾丸一発は避けられるみたいだが、隠密と爆破任務だけで生存出来るほど、ここは簡単な場面は敷かれていない。せめてアレを突破できる銃火器は持ち合わせるべきだ」

「あなたのそれを模倣出来れば」

「それも止めるべきだ。これは、言い難いが大陸間禁止条項に当たる力を持ってる。もし模倣して失敗すれば良いが、成功した場合君達の雇い主共々皆消される。俺達に人権は無いんだ。そして付け加えれば、これを使える程君は強くない」

 これがうなだれる。という物だろう、動かなくなった青いガイノイドの腕を掴み、肩を背負う。微かに「え、」と言われるが無視して道の端へと動かし突き飛ばす。

「俺はこのまま中央へ向かう。君はここであの戦車の装甲と動力、馬力を調べて同胞に伝えて欲しい。出来る限り俺が破壊していくが、アレ一体で東門の戦線は瓦解する」

「出来ない。私も一緒に中央へと向かわなければ、」

「さっきから違和感がある。君、もしかして心でもあるのか?なのに理解出来ない。命令されたからって自己保存の原則を無視して、確実に破壊される道行きを行くなんて。なんなんだ?」

 どうにも要領を得ない。彼女の言う事は自分が破滅する道を行きたがって見える。

 戦車に出会う前なら任務遂行は可能と言うのも理解出来るが、あれ程の怪物と出会ってまで行きたいとは。まるで自爆でもしろと言われているようだ。無意味だが。

「心なんて」

「その言葉遣いに自己矛盾。心とはそういうものだよ、見つからない様に隠しておいてくれ。見つかれば異常ありとフォーマットされる。俺は、自他共に認める心あるロボットだが」

 後ろで戦車が爆発する。ケラウノスの刃の熱が何かに引火したらしい。燃料はないらしいから指されていた油か砲弾の火薬であろう。青いガイノイドも、それをしばし見た後立ち上がって小さく頷く。ようやく理解してくれたと思い背を向けるが、足音が背中でピタリと止まる。

「私の武力ではあなたには届かない。だけど、私には鍵が配布されている。中央行政区間の建物はどれも防衛隊が指揮されていた。そして許された人間しか入れないシステムも成されている」

「どれも焼き切ればいい。それが出来なほど、この刃は細くない。それにどれも新たに更新。或いは人間そのものが入れない様に仕様が変わってる筈だ」

「それは人間が居なくなったから無意味。まだシステムを改造出来るほど、いえ、まだもしかしたら人間が残っているかもしれない。私の背後には多くのヒューマノイド・パペットがいる。あなた個人では出来ない群衆の作戦を取れる。邪魔にはならないし、しない」

 こう断言されると、どうにも断りにくい。

「アミス、どうすればいい?」

「あなたの好きすればいい。どうせいずれ私達の性能には届かなくなってついてこれなくなる。放置すれば早々に破壊される。早いか遅いかの違いだけ」

 どうにもアミスの反応が悪い。否、冷たい。

「————良いだろう。ついてきてくれ、正し、俺より前に行かない事。戦闘の邪魔だと判断されるような真似はしないでくれ」

「わかった、約束する」

「軽く言ってくれる。じゃあ、作戦会議だ、俺達の目的は中央集権街、行政地区への侵入だ。現在、俺達は東門の南、地図で言うと下側にいる。可能な限り戦車にチャリオット達は掃討していきたい。虱潰しに行っても良いが————」

「それでは時間が掛かる。それに、思った以上にパペット達も戦闘が行えている。まずは東門に戻って欲しい。戦力の集中は重要だけど無駄に遊ばしておくほど放置できる戦力もない。もっと高機動型のヒューマノイドを街に侵入させられれば、さっきみたいな重要戦力、センチュリオンの把握も出来る。あなたの目的にも叶う」

 センチュリオン、なるほど百人隊長とは。なかなか語彙力がある。先ほどの戦車は楽に終わったが、今後はアレを数秒で破壊したパペットが来ると続々と報告されるだろう。一筋縄ではいかなくなるかもしれない。もっと言えば、隠れるかもしれない。

「あんまり見つかりたくないけど、仕方ない。結局東門で迎撃する事になるとは」

 と、悪態を付くと「パペット達はとても脆いけど、あの守護隊のような小物まであなたが掃討していては終わりがない。それに、どうやら東門の戦況が傾いたみたい。このままでは外にチャリオット達が溢れ出す。それだけは避けるべき」と言われる。

「———了解。じゃあ、行こう」

 答えは簡潔に。動きは俊敏に。高機動型と銘打たれているのは事実のようで、30キロの速度に問題なくガイノイドはついて来れている。瓦礫を飛び越え、月に隠れ、街中を疾走し、人の死骸を確認する。街角にまだ生き残りはいないかと視線を走らせるが、やはりどれもこれも焼け焦げている。視線を戻し、青いガイノイドに向ける。

「これは?」

「俺の認識信号。語外の言葉をそれで伝える」

「いつ私の頭脳に侵入したの?」

「秘密だ。こっちにも外部補助がいる」

 頭の中だけで伝え終えると、途端に通信————青いガイノイドから入る。

「あともう少しで東門。パペット達は完全に外部に押し出されたらしい。壁と門を盾に迎撃と続けているけど、あの戦車達が三台でパペットを破壊して砲弾を浴びせている」

 逆に言えば、それだけの戦力を保持して外に出れないとは。

 パペット側の指揮官はどうやら有能のようだ。それともパペット側にも秘密の戦力があったのかもしれない。どちらにせよ、シンギュラリティが発生して生まれた戦車、センチュリオンを外に出す訳にはいかない。世界のパワーバランスが崩れる。

「君は一時的な撤退を指揮しろ、センチュリオンは俺が破壊する————」

 現場に到着した後、自分は早速始末に掛かった。

 電光を走らせた右腕から成るケラウノスの刃を振るい、近場のチャリオット兵士へと切りかかる。溶断は完遂した、中身の破片と油ごと切り裂いた腕を更にセンチュリオンの足へと向ける。装甲も易々と切り裂かれ、鍔迫り合いを成す事なく斬れた。



「早速だが、中央へ向かう————」

 三台の戦車を破壊した後、パペット側の勢いが戻り守備隊の撃破が終わり始めた。戻ってきた青いガイノイドへとそう伝えると、門の端から、背後から続々と他のヒューマノイド達が街へと走っていく。人間と愛し合うだの言われているパペットとは思えない程、軽快で高速の動きには目を見張る。

「どう改造したんだ。軍事目的の頭脳だと、即座に操縦を奪われるのに」

「脚部人口筋肉を増加させて、内臓に当たる部位を完全に換装した。モーターを30馬力に変えただけ」

「元からそう換装出来る様に造られていたみたいだな」

「まさか、ふふふ」

 楽し気だ。本人は否定するだろうが、その笑みは獲物を見つけた時に動物がする牙を覗かせる行為そのものだった。

 ヒューマノイド達が街へと走り切ったのを確認した後、自分達も街の中を走り抜けた。未だ銃声が轟く東門周辺ではあったが、入ってくるのは武装したパペットのみ。人間は第三部隊が完全に侵入し、掃討が終わった後である。気にも掛けない。

「聞いてなかったけど、君の識別番号、名前は?」

「あなたは、シェリムだったわね。私は、アズール」

 空、とは。それはそれは壮大な名前だった。

「早速だがアズール。センチュリオンの場所は?」

「一番近場だと。上?」

 思わず真上を見た。そして————。

 完全に影に隠れる前にアズールとは左右に避け、街の窓へと飛び込む。

 真上から現れたのは先ほど戦車とは似ても似つかないヒューマノイド型だった。

 だが、アズールの様に背丈まで人間を模したものではなく、長い手足と背を使い、長いハンマーを持ち合わせていた。それを真上から落とし、こちらの頭でも砕くつもりだったのか。

「大丈夫?」

 アミスが心配そうに聞いてくるので、声を張って、「問題ない」と言う。

 ケラウノスの刃を持ち出し、道の中へと飛び出すと、同じようにアズールもバトンを手に飛び出ていた。

「戦闘に加わるな、君の性能では」

「わかってる。だけど、あなただけ狙うつもりはないみたい」

 そういうや否や、アズールは瞬発的にセンチュリオンの足元へと入り、バトンを叩きつける。無論、然程ダメージや損傷は与えられなかったが、不可思議な事にそれだけでセンチュリオンが僅かに傾いた。だが、センチュリオンもハンマーを振り被った。

「やって!!」

 言われるまでもなかった。ケラウノスの刃を刀身に変え、背面跳びで逃れたアズールに入れ替わって、ハンマーを下から切り上げ、ギリギリの距離へと迫る。そして、全力の切り落としを見舞い、背丈の長いセンチュリオン真後ろへと叩き飛ばす。

「出力が足りない、か」

 ケラウノスの刃は確かに奴の胸から腹を叩いた。だが、そのボディーに傷こそつけても切り裂くにまで届かなかった。驚きはなかった。実際、ケラウノスの刃の出力は今を以って10%にも届いていない。全力を今出すわけにはいかなかった。

「攻め切れない?」

「いや、どうやらアレは専用にチューニングされたパルス波相殺の身体を持ってるらしい。切り裂くには非効率なだけだよ———単純に向こうの電源を落せばいい」

「要は叩けばいいのね」

 パルス波相殺ボディースーツとでも呼ぶべき身体を持ったセンチュリオンは、常にその相殺の波を発せられる訳ではないだろう。触れた瞬間に相殺機能が発動するようだが、続けて二度目には恐らく通じない。

「驚いたよ。さっきのはどうやって」

「これには相手のカメラを妨害、画像解析を遮断する情報が備わっている。一瞬だけだけど」

「十分だ」

 相手の眼を奪えるとは、恐ろしい能力だった。知らずに受けたらどうなっていたか。

「もう一度使えるか?」

「問題なく」

 それが合図だった。アズールが先頭を走り、自分はケラウノスの刃を刀身にしながら後を行く。未だ先程の一撃にバランスを取れていないハンマーのセンチュリオンは瓦礫から起き上がるが、そこに顔面目掛けてバトンの刺突が刺さる。顔のカメラへの一撃に視線が揺らぎ、続けて届くケラウノスの刃が顔のカメラへと突き刺さる。

 青い火花を見せるケラウノスの刃とセンチュリオンのカメラ。カメラは問題なく破壊出来たが、それ以上先、恐らくは頭脳に当たる部分へは時間を掛けても侵入出来なかった。

「離れて!!」

 アズールの声に呼応し、センチュリオンから離れると同時に、ハンマーの突きが自分の元居た場所に繰り出される。ただの突きではあるが、その重量とピストン運動に近い一撃は冷却さえ忘れる瞬間的な発露を思い起こさせた。

 そして、今度は自分に向かってハンマーを振り上げ、そのまま長大化させる。

 今度は受けられない。そう判断した自分はハンマーの範囲内、更に中へと入る。直後に落とされる槌が地面に大穴を落とし、奥歯を震わせる振動を起こす。柄の根本、センチュリオンの手元へと動いていた自分は今度こそ、と相手の頭に刃を突き刺す。

「また振り上げる、離れて!!」

「まだいける!!」

 アズールの声へ反応しながら、右へと流れ頭を輪切りにする。片方のカメラを失い、完全に倒れたセンチュリオンの背後を取る。完全に取った、そう感じたであろうアズールはバトンと更に突き刺し視界を奪い、自分はハンマーの間合いよりも更に中に入り、今度こそ全力の切り上げを行い、一撃目の相殺を失わせる。そして───────。

「取ったッ!!」

 颪の切り落としを行いセンチュリオンの肩口から下半身の脚根元まで両断する。

 そして、その勢いのまま半回転、力を込め、更に回転し十時に身体を半身ずつ切り落とす。回路が焼き切れたらしいハンマーのセンチュリオン完全に力を失い、己が武器を落とし仰向けに倒れる。念の為、靴底で叩いてみても、僅かに動くのみで敵対行動は取らない。

「終わった?」

「恐らく。だけど、違和感がある」

 そう言って、落としたハンマーを拾い上げる。

「なんか小さくなってないか?」

 巨体、と言っても自分達の⒈5倍程度の大きさの兵士が持ち上げていたハンマーにしては小型に見えた。否、違った。手元のスイッチを触るとハンマーが数段階大きく長くなった。

「それ、捨てるの?」

「使い途がないからな。欲しいのか?」

 と、伝えると頷かれる為、ぽん、と渡すと手元のバトンを腰に佩きハンマーを手にした。身の丈、とまでは言わないがそれなりに長いハンマーをくるり、と回し慣れた様子で構える。なんとなく気に入ったのか、それとも過去にそういった作業に就いていたのか様になっていた。

「これはシンギュラリティの産物。センチュリオンが敵として使っていた得物、いい武器になる」

「それは頼りになるよ、重くないのか?」

「私は高品質のパーツで換装された指揮官機。この程度ならバトンと変わらない」

 誇らしく言った為、問題ないのだろう。

 ならばと、中央へと続く大通りに走ると確かにアズールは問題なく付いて来れていた。中央へと続く道もやはり人々の倒れた背中に埋もれていた。車に乗り込もうとして、撃ち殺されたであろう光景に、僅かに目が付いた。チャリオットが優先したのは人の排除だった。

 当然かもしれない。いくら人造兵士と言えども電源を落とせば、それで何も出来なくなる。しかし電源ボックス、燃料タンク、それぞれあれど今はどの機体も頼っていない。

 ならば意味がない。人など無視すれば良い。なら別の理由があったのだ。

 人を排除しなければならない何かが。恐らく、それを理解しなければ、このシンギュラリティは止まらない。この首都の工場や中央集権街を制圧しても、またどこかで発生する。

「止まって」

 アミスの声だった。

「中央の前に地下に行って」

「確か、工場があるんだったか?」

「そう。そして街中から多くの資材が地下へと流れて行ってる」

 新たに兵器を製造する為か、少し派手にやり過ぎたかもしれない。

「ミサイル迎撃システム、ホワイトウォールシステム、あれはいいのか?」

「少なくとも今解除したとしても、すぐに弾道兵器を撃ち込むには多くの条約、法案の可決が必要になる。まだ人が生き残ってるかもしれない。それに私達がいる以上、許されない」

 どうやら自分達の存在が、上層にまで届いてしまったらしい。あれだけ違法だ、なんだと追いかけ回しておいて、いざ必要となったらこれだ。なんともし難い。

「アズール」

「わかってる。こちらも港の資材が地下街へ運ばれているのを確認した。だけどパペット達は地下へ送るには数が少ない。私達で始末をつけるしかないみたい。ここからなら地下街へいける道がある」

 言いながら視線を向けた先は巨大な博物館を思わせる建物、しかしそれはあくまでも市役所だった。

「地下街は基本的には工場しかない。誰が入ったか確認、入って良いのかの判断をする為に作り出されたのが、あの役所。早速向かいましょう」

 これも指揮官機だからか。自分の意見こそが、優先される思考回路を持っている。

「どうかした?」

 青い髪を揺らし、その整った顔を僅かに歪ませる。

「何も」

「そう?」

 ハンマーを手にしたアズールと共に役所に向かうと、やはりそこの道も人の死体に覆われていた。皆助けを求めて入ったのだろうが、役所の警備ロボットも操られていたようだ。

「遅い遅い」

 役所の敷地に入った途端、警棒を持つ警備ロボットがこちらを視認、飛び掛かってきたが打ち返す様にアズールがハンマーを振い、警備ロボットの一体を胴体ごと弾き飛ばす。そしてもう一体の警棒を半歩下り避け、内に誘い込むようにハンマーを落として頭を砕く。

「やはり、良いものね」

 砕く砕く。しかも、回路を破壊する電極でも搭載されているらしく、砕いた端から警備ロボット達が動かなくなる。これではどちらがパペットでチャリオットとわからなくなる。

「どう?役に立てそう?」

「ハンマー、好きなのか?」

「私の役目は人間への処刑ボタン担当。砕く、殺すは本来の役目通り」

 通りで人間型への攻撃に手心が無いと思った。しかも、それが本来の役割と来た。

「人間の処刑って事は、」

「人間への刑罰担当官はほぼ全てパペットに変わってる。人間がする事もあるけど、形骸化してる。知らないかもしれないけど、人間から人間の死刑はあまりにも心的負荷が大きい」

 死刑以外で身体刑が許されていない、この国で刑罰の全てをパペットが担当している、ということは知らず知らずのうちに刑務官もパペットの多くが担当しているのかもしれない。今のアズールを見ればわかる。アズールに覆面でも被せて作業をさせれば、もはや人間かどうかはわからないし、関係がなくなるであろう。

「いや、なんとなくわかるよ。行こう」

 二人で役所から地下へと入り、列車のホームに入る。恐ろしい、そこにはまだ列車が動いていた。顔を見合わせて、恐る恐る入り込むと、問題なく発車した。考えて見れば列車はパペットでは無い、かと言ってチャリオットでもない機械だった。

「さっきの話。パペットが刑務官って話、ほんとなのか?」

「掃除に犯罪者の搬送。脱走者の捕縛、全て私達ヒューマノイドが担当してる。パペットは人間の生活に関係する全ての作業に関わっている。なら食事に配膳、介護から子育て、性交まで全てを担当してもおかしく無い。あなたはどう?パペットなら戦闘用ではないでしょう」

「俺はサーカスの、」

「嘘は言わない。サーカスにそんな電気が実体化するブレードが必要だとは思わない」

「嘘じゃない。実際、サーカスを名目に世界中を旅して来た。今は、ようやく大人しく出来る居場所を見つけたけど。まぁ、その為にこうやって荒事の担当をしてる、それだけだよ」

 実際嘘は言っていないのだから、問題ない。自分はアミスと共にここまで来れた。

「ふーん、そう。なら信じてあげる。少なくとも今は敵ではなさそう」

「そういう君はどうだ?敵になり得るか?」

「まさか」

 開いた扉の前で、ハンマーを構えた。

「あなたの刃、それの前に立つ事だけは避けたい。だから敵にはならない」

 言いながら二人で降りた時、巨大な蒸気の音がした。

 上層の街から完全に降って来た自分達を見下ろしたのは、もはや異界と言っても過言ではない世界だった。上下に蠢くカム機構。鉄を熱し溶かす溶解炉。小さな部品を正確に切り取って製造していくドリル。元の形がどれほど残っているかもわからない中に降り立った自分達は一歩づつ鉄製の階段を降りていく。向こうからしても異物が入って来たなど許し難い状況だろうに、今も自分達は無事に降り続けられている。

 そして、完全に降り立ち煉瓦床に足底を落とした時、再度蒸気が鳴る。

「ドローン、か」

 自分達を見下ろしたのは工場だけではなかった。まるで蜻蛉の様なドローンだった。

「爆発はしないみたいだな」

「ここはある意味向こうの中枢。爆発は出来ないみたい」

 試しに鞭にしたケラウノスの刃で撃ち落としてみても、ドローンはただ落ちるのみだった。だが正直、どこから襲われるかわからないなか、おぼつかない足取りでいくのは遠慮したかったが、アズールもアミスも当然といった感じに急かしてきた。

「どうしたの、早く行かない?」

「何故止まったの?何かあった?」

 僅かに後者のアミスの方が自分を思ってくれている気もするが、どちらも元は悲観主義だったのに、今はこうも交戦的だ。まぁ、戦うのは自分がメインなのだが。

「なんでもない。じゃあ、行こうか」

 危険な事は間違いないが、ここさえ落とせば次なる兵器の量産には時間がかかるであろう。だが、ここをどう落とすかがわからない。目に入るもの全てを両断すれば良いのだろうか。

「二人とも相談だ。ここをどう破壊すれば良い」

「まずは資材の搬入口を破壊すべき。それだけで────いや、どれだけ破壊してもすぐに修復される。シンギュラリティが発生した以上、私達の常識では計れない何かが起こっている可能性がある。それでも必要なパーツがある」

「そう、パーツ。つまりは電子回路。電子回路を製造するのは工場の中でも更に鋭利化された空間で鋳造される。その空間を破壊、或いは必要な材料を奪えば新たな兵器の開発は止まる」

 電子回路の製造ラインとは、考えるだけでゾッとするほどの多くの工程がなされている上、息の水分だけで酸化しかねないほど繊細なラインを組んで鋳造される程だった。無論、アズールや自分、多くのパペット、チャリオットの中に搭載された万能にして、必須のパーツだった。

「よし、気が引けるが電子回路ラインを破壊しに行こう」

 そう告げると、二人とも頷いて返してくれた。

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