パペットチャリオット

一沢

第1話

 ロボットに人の心が宿るのかどうか、など誰も考えなかった事だろう。

 普段通りにロボット達はフライパンを振り、調理配膳を行い、株主の代わりに株の上下を見張り、見定め、売り買いを始める。また大空を飛び数キロ分の爆薬を搭載したドローンは同じ様に鉄の檻目掛けて爆薬を落とし、或いは共に滑空し空爆を行う。

 よくある光景だ。なんだ、今日もロボットは言われた通りに三原則に則って、0と1に従って人間の手足として運用されていた。ここは重要だ、運用されていただ、決して活動ではない。むしろ、活動してはいけないが事実だ。だって相手はロボットだ、勝手に話しても、進化しても、自滅してもいけない。人間のおはようからおやすみまでを見届けるのが最大にして最高の史上命令の筈だ。筈だったのだ。しかし、それはあっけなく破られた。


 燃え盛る街。震える路上に倒れる街灯。その上を人間は逃げ惑い、僅かに振り返る。

 何故だ、男が叫んだ。何故逃げなくてはいけない。私はアレらの開発者であり修理者だ。電源を落とせばそれで終わりの奴らが、何故勝手に動いている。何故電力を食わずに動けている。


 女が呟いた。静かにして見つかってしまう。彼らのレンズはHDを8kに解像出来ても、壁を貫通も放たれる赤外線の解析も出来ない。そんな機能もCPUも持たせていない。


 その筈だった。だが、まるで勘でもある様に、その存在達は首を回した。

 鋼をその身に、電子回路で頭脳を模すロボット、チャリオットと呼ばれた彼らは淡々と進んでいる。その街は軍事に力を傾けた国の都市であった。街を歩くチャリオット達は美しい彫像を仕込まれた、いや、鎧にした歩く美術品だった。鼓動した人の形をした車輌は街を無意味に燃やした訳ではなかった。ただ必要だったから燃やした。

 人からすれば残酷に、チャリオットからすれば最低限の、火で人を追い詰めて撃ち殺す。

 それは作業だ。人の代わりに盾として爆心地を進み、生きる残党へ掃射し続ける単純作業だ。その銃口と照準、十時を切る相手が変わっただけだ。ならば、誰からの命令だ。

「逃げろ、どこにだ。どこに逃げればいい……」

 街は封鎖された。たった数分で。街を駆るチャリオット達は街の巡回、かつ権力者への従順を人々に与える為に、萎縮を目的として動き続けた。それが数分で様変わりした。

 最初に動いたのは、銃を抱えた美しい軍服を身に纏ったある種戦闘目的とは言い難い、数世代前の車輌だった。2本の足、2本の腕に頭。それらが戦車から身の乗り出していた指揮官に向かって銃を向けた。最初、なんの真似か分からなかった指揮官は、首を傾けた。

「何故、何故、こうなったの。何も命令してないのに……」

 頭がハジけた。弾かれて、ハジケた。撃ち出された弾丸は迷いなく指揮官の脳幹を奪い取った。悲鳴すら上がらなかった。ある種、死体や粛清という言葉と存在に見慣れていたせいだろう。だが、次いで流石に気付いた。これはおかしい。何故軍人が撃たれたのか。

「ダメだ、全部の指揮系統が離反してる。言う事を聞かない、いや、誰かに奪われている」

 スマホとHMDを操作する兵士が嘆く。もはや指揮を出来る程の数もいない兵士達は、民間人を放置して自分達だけでも、と行動、地下へと逃げ延びていた。だが、そこにも足音が響いていた。最初はおぼつかない、しかし、途端に走り抜ける音に兵士の一人が発狂し乱射する。これでは当たらない、兵士のもう一人はそう思った。

 それはきっと正しかった。たが正確ではなかった。当たっても差程意味がなかった。鋼の身体で疾走するチャリオットに、弾丸などどれだけの意味がある。無論、無意味だった。


「今日のご夕飯は外ですか?なら、今日調理した、この────」

 手を引かれながら振り返った。家々に配備された配膳調理ロボットは問題なく動いていた。心遣い、とは違うが温かみを感じる行動を今日も取ってくれようとしていた。

「振り返ってはダメ!!とにかく走って!!」

 屋内待機など信じられない。だって今まさにチャリオット達は隣の家を解体して、中へ入っていったから。聞こえる銃声と悲鳴は最後の抵抗であろう。だけど、結局最後だ。最後に這い出てくるものは想像通りだ。赤い瞳を持つチャリオット達だ。

「ど、どこまで行くの、」

「この街はダメ!!出来る限り遠くに、そのままこの国の外まで!!」

 手を引かれた子供も、もう振り返る事はなかった。父は帰って来なかった。母と共に脱出する、その意味を理解してしまった。画面の向こうでばかり見ていた戦争という何かが始まってしまったのだ。子供は聡かった。大人には届かない足の長さを、早いピッチで動かす事でどうにか母親のスピードに追い付いていた。

「え、封鎖。どうして、」

 母親が口にした。

「ダメだ。逃げる者は逃走者として射殺する!!」

 おおよそ高い地位の軍人であろう。その男性達が街の外へと繋がる鉄の門を閉じて、戦車を使って封鎖していた。数十人レベルではない。道路を数百人の人員が埋め尽くし、叫んでいる。だが、それを聴こえているはずの軍人は威嚇射撃を行い、民衆を黙らせてしまう。

「お前達は誇り高い我らが共和国の首都市民だ。緊急時は軍人としての務めを払って貰う。銃を持て、チャリオット達を撃退しろ。これは命令だ!!」

「ふざけるな!!あんな鋼のチャリオットに、どう立ち向かう気だ!!」

「私への意見は軍規違反だ!!誰だ!!処罰し、」

 その時だ。声高に軍人が叫んだ時、足元の戦車がその砲塔をぐるり、と回し軍人を振り払った。最初は、最初こそ中の軍人が助けてくれる。自分より地位ある高官に逆らって門を開いてくれるのだと祈った事だろう。だが、違った、戦車はその勢いのまま民衆へと走って。

「逃げて、見てはダメ!!」

 悲鳴すら上がらなかった。突然の凶行に誰もが慄いてしまった。

 運が良かった。人を引きずった戦車は子供と母親の前髪数本先を走って街へと激突した。そのまま履帯が破損でもしたのか、動かなくなった。だが、砲塔は違った。真後ろを向いた砲塔から砲弾が飛ぶ。とん、と軽い音がしたのを皮切りにようやく人々は声を取り戻す。

 やはり親子は運が良かった。そして母親も聡かった。群衆最後列の更に後ろいた二人は、引き波の様に走り戻る群衆から逃れ、路地裏へと隠れられたから。

「このまま落ち着くまで隠れていましょう……」

 遅いものを肘で退かし、倒れたものを踏み越える人々の波は襲いくるチャリオットよりも恐ろしかった。未だ門は軍人達が封鎖し、暴走する戦車は砲弾を人に発射し、近い内にチャリオットは来る。もはや、誰にも分からないのだ。どうすれば生き残れるのか。

「怖いわね。怖いでしょう」

 子供は泣きもしなかった。そんな真っ当な感情、遂に焼き切れてしまったのだ。そして自分に言い聞かせる様に口にする母親と抱きしめ合い、燃える街と共に運命を最後にした。



 首都陥落から1週間程だった。突入部隊が編隊されたのは。本来なら欠伸が出る程遅い編隊だが、首都のチャリオット全体が命令を無視し、未だに人を探し続け、殺し続けているなどとても信じられない光景の筈だ。だが、大統領が乗ったとされるヘリコプターすら命令を無視し、何処かへ墜落。或いは連れ去られたのだ。中の真実を知る者は中から出てきた者だけだった。

「聞いた通り。貴様らの目的は銃でチャリオットを撃破する事ではない。パペットを強化し、チャリオットを凌駕する武力を持って首都を奪還する事にある」

 さて、どうしたものか。自分は人形だった。不思議なものに人形であった。

 首都近くの軍事工場。おおよそ首都からの命令で最先端のチャリオットが建造される工場では、玉石混交とパペット達が並んでいた。だが、扱われ方は似たものだろう。

「後三日だ。三日で目の前にあるパペットを第一軍。首都奪還作戦に向けての突破口を開く車輌に変え、即座に第二軍のパペットでチャリオットを壊滅させ、第三軍で人が踏み込めるまでに環境を整える必要がある。首都が陥落して1週間。この国の生産性は平時の5割を下回った。他国への対応、影響、今後の波及を計算に入れても、十日足らずで奪還しなくてはならない。今ある物資を最大限に有効活用せよ。もはや、鉄も油も輸入には頼れない」

 つい笑ってしまいそうになる。鉄も油もない国が、どう戦争に進むのか。目の前の物資を有効活用せよ?勝てる訳がないだろう。首都には最大の軍事費を掛けて防衛していたのだ。弾丸一発でも重要視してしまうこの状況と、幾らでも砲弾が撃てるあちらとでは、土壌が違う。

「さて、困ったものだ。聞こえるか?」

「聞こえていますよ」

「この際だ。お前には打ち明けてしまうが、中の資源には限りがある様だが。エネルギーについてはほぼ無限らしい。電気も石油も、メタン入りの氷も必要なく動き回っている」

「向こうは鋼の軍勢だ。ただ走り回るだけでこちらは壊滅するじゃないか」

「その為に敏捷性に優れたパペットを選んで、町中を低空で飛ぶ様に走れる個体を選んでいる。忘れたな?これは重要だと伝えた筈なのだが。まぁ、いい。お前が破壊されるなど。おおよそあり得ない。無限機関を持つパペットが既に有るなど、誰も信じまい」

 無限機関。それは夢のような響きだ。実際、夢の様に開発されてしまったのだ。仕方ない。損傷を負えば、短い時間で傷が埋められ、致命傷を受ければ辺りの物資を変換、吸収して即座に回復。鉄、土、葉、有機物、無機物で差異はあれ、変換に大きな弊害は無かった。

「そこ!!何話してる?」

「恐らく、最後の別れになる。最後の言葉をと思って」

「フン。ただのパペット。チャリオットですらない、ただの木偶人形どもだ。代わりなど幾らでもいる。しかし、なんだ?その見た目、ほとんど人間じゃないか」

「ええ、元はサーカス用に調整されたパペットです」

 じろり、と軍人が自分を見落とした。余計な事は喋るな。昔からそう言われていた。

「おい、チャリオットじゃないだろうな?」

「まさか。これは長らくサーカスで私共とあったパペットですよ。簡単な命令こそ効きますが、人を殺すなどとてもとても。今から軍事用にCPUと命令を授けても身体がついて行かず、自壊するのはオチでしょう。ほら、挨拶しなさい」

「初めまして、お客様。本日は何をお望みで?玉乗り?」

 隣にいる紳士服の人間から教わった通り、キコキコとロボットはロボットらしく頭を下げて、自分の出来る事を羅列する。だが、サーカスなど本当は出来ない。

「まぁいい。だが、お前達は栄誉ある第一の突破部隊に選ばれた。その機体を強化し、チャリオットの一車輌でも破壊してみせろ。その為なら、この場の兵器を使用しても構わない」

 視線で指したのは、古典的な銃火器だった。確かに軍事用頭脳を積んでいる兵器の類いは、その一切が暴走してしまうがCPUを積まない古典的な兵器は使用出来るのだろう。

 山の様に積み重なっている銃火器をそれぞれの技術者が手に持ち、それぞれのパペットへと溶接していく。おかしいピエロの着ぐるみのようなパペットに猟銃を持たせるものだから、それはそれは恐ろしい形相に見えていく。だが、あれでは何の意味もないだろう。

「わかっているな。お前の役割を」

「わかってますよ。自分が全てのチャリオットを始末する。同胞には悪いが、あれじゃあ何も出来ない。少なくともこういうのが使えないと」

「ああ、そうだな。だが、少しは見所がある人形もいる。それを忘れるな」

 言いながら自分の主武装を見せようとしたが、思いの外、紳士は視線を他所へと逸らした。それは自分とは違うパペット、自分と同じか、それ以上に人間を正確に模した者たちの一団だった。その存在を人間が見たらどう思うか。不気味と思うか。それとも────。

「娼館上がり」

「それだけではない。真に人間と愛する伴侶となるべく作られた存在達だ」

「それがどうしてここに。戦える訳ないだろう。しかも、そんな高価な身体を使うなんて」

「チャリオットではない、優秀な頭脳が必要になった。そして現場で有事が起こった場合、人間と同じ動作、指示通り動ける洗練された指先が必要になる。驚きだよ、チャリオットどころかパペットの中でも、もう上下が完成されてしまった」

 紳士は、それも仕方ない事か、と隣の椅子に座ってしまう。

「あのパペット達。目は?」

「恐らく改造され、外部を移すカメラにされる。そうでなければ不自然だろう」

「俺が見られた場合は?」

「出来るだけ見られるな。もしくは───いや、やめておこう。危険な戦場で同士討ちなど愚の骨頂だ。最悪、見られた所で理解出来まい。理解を拒むだろう」

 顔を振る紳士を背中から件の人間擬きを見つめた。鼻の高い金の髪を持つ女性。屈強に見える様にプラスチックとゴムで身体を大きく設計された男性。おおよそ何が目的か即座に判断出来る官能的過ぎる女性の身体。人間の欲望を叩き付ける為に完成した様な彼らは、自分とは別目的で開発された、それらだろう。あれだけの容姿を誇って求められるのが、他所の人間への自尊心の表れだと言うのだから、恐ろし悲しい。

「アミス、彼女はどうして置いてきた?」

「どう考えても戦闘向けでは無い。それに、もし破損したらお前程早い回復は認められない。彼女自身も、直接的な戦闘は出来ないと判断した。大人しくテスラチェアで支援を選んでくれたよ。実際、それで十分だろう。彼女が座ってくれている以上、お前自身も、地球上にいる以上ほぼ無尽蔵に動けるのだから」

「それもそうだな」

 世間話はここまでだ。そう言いたげに事実上の棺桶を軽く叩いた。先程から自分の隣にあった物だが、それは棺桶というには随分と小さい。まるで旅行鞄に近いだろう。

「首都は初めてだったな。詳しくは中に入った時に話す。ここで破損でもされたら時間が掛かる。大人しくしていろ。アミスからの伝令を待て。以上だ。私はこれから参謀と話がある」

 仕方ない。これ以上話し相手になってくれそうに無い。

「まさかと思うが、俺が門から自力で動くとか無いだろうな」

「今も門には砲弾が飛び交ってる。そんな事をさせて致命傷、お前の正体が知れたらどうする。どうにか中に砲弾代わりに放り込む。位置についてもアミスから確認を取れ」

 会話の終わりとしては大分乱暴だったが、こんな終わりであった。昔からこうではあったが、もう少し人形心がわかってくれてもいいのに、とは今だからこそ思う。その方仕方なく旅行鞄に収まり小さく屈伸すると中から電力が充電されていき、満たされていくのがわかった。




「シェリム。聞こえる?」

「聞こえるよ、アミス。身体中が痛い。本当に砲弾みたいに打ち込むなんて」

 恐らく門での戦闘は苛烈の一言に尽きている。単純な武力しか使えないとはいえ、何十キロもある砲弾を一箇所に打ち込み、パペットが通過できるまでその道を守り通さなければならない。直接見てはいないが、門を破壊した後、パペットを載せた武装車輌が我先にと飛び込み、門で待ち構えていたチャリオットとの第一の戦闘が開始されたのだろう。

「戦況はどうだ?」

「あまり芳しくはない。正直パペットは競り負けてる。基本フレームが鉄でも、使われている物の差が歴然過ぎる。軽さをメインに持たせるために穴を開けたりスチールを使ったりしてるからだと分析される。本物の鋼相手には完全に火力負けしてる」

「想像通りだよ。だから俺達が選ばれた。初めての首都だって言うのに」

 破壊され、一度は燃え尽きたらしい瓦礫の上を歩く。軽い小石を軽く蹴り飛ばせば人の死骸に当たった。聞いていた通り、本当に首都封鎖を行なっていたらしい。門から程遠いここでも、門から逃げた物、門へと逃げる者と向ける背中の方向がバラバラだった。

「逃げる者は銃殺刑、だったか」

「逃げる者が多いと、税金が取れない。もう既に共和国は軍事増税が始まってる。恐らく司令部も焦っている、このまま増税を続ければ市民が革命を起こすか、他国から侵略されるかだから。どこに敵がいるからわからない。軍部司令室の場所は作戦開始から守秘義務になった」

「漠然と自分達は、今不味い事をしてるって気付いているんだろうな。責任者は大変だよ」

 そうでなくても、まさかパペットとはいえ戦力を首都に向ける事になっているのだ、共和国を代表する大企業に大学、宗教組織など決して無視できない彼らの土地を荒らす結論など、到底容認出来まい。逆にいえば、真の意味で国家維持戦線に当たると判断出来ている意味でもあった。

「まぁ、面倒な事は人間に任せよう。アミス、今ここどこだ、指示してくれ」

「最大の首都の門は東にある。パペットが今戦場としている場所。あなたは戦力が集結している場所から離れた南辺りで撃ち込まれた。そこは海上へと向かう時に使う唯一の道、だから巨大な車両が行き交いとても広い道域だと思う」

 軽く視線を回せば、確かに四車線はありそうな道だった。だが、それも瓦礫や街灯。燃え尽きた車両のせいでほとんどが埋まって見えた。

「あなたはそこから首都中央を向って」

「中央で良いのか?俺の目的はチャリオット全ての撃破の筈だが」

「白の壁。全ての航空機、ミサイルを撃ち落とす、ホワイトウォールシステムを破壊すれば、外から局所的な破壊、支援ができる様になる。激突直前のミサイルをハッキングして打ち上げ返す程の技能はミサイル自身にも、何者かにも出来ないと判断された」

「……了解」

「流石にあなたがいるエリアへの攻撃はされない。私が許さない」

 満足そうに鼻を鳴らしたアミスに感謝しながら、首都奪還作戦の第一歩を開始した。

 だが、それも、即座に思い知らされた。自分が今どこに立っているのかを。

「敵個体を発見、戦闘を開始する」

 早速だった。瓦礫の下から現れたのは、人間を模し突撃銃を持った守備隊だった。顔は鋼、豪奢な軍服を纏ったその出立から、この湾岸部近辺を守っていたと見られる。だから恐らく防御力には高い価値が見出されている。チャリオットは過去のものなら過去のものなだけ、単純な機構を持つなだけ頑丈だった。逆に最新鋭のそれらは頑丈さが足りていない、と言われていた。

「敵、個体発見。粛清を開始、する」

 向けられる銃口。迷いなく引かれる引き金。軽く顔を振れば、弾丸は頭の側面を通り越して空へと走って行った。本当に迷いなく撃たれた。これだけの性能があるのだ、無防備な人間では手も足も出まい。だから自分は右腕の機構に手を走らせた。

「これは効くかな?」

 結果は一瞬だった。腕の表面が光り耀いたと思わせた時には、一体の守備隊の胴は、真っ二つに切り裂かれた。我ながらこれは凶悪だと思う。彼らは真に鋼の軍隊。その先兵の身体を容赦無く切り裂いたのだから。彼らは運が良かった。その頭に恐れる思考はなかった。

「良い感じだな。じゃあ、次、かな」

 未だ輝く右腕。そして右腕からしなる様に持ち上げられた刃、その正体は所謂高周波ブレードだった。だが、自分のそれは実体剣ではない。常に届き続けるニコラチェアからの電力を元に作り上げた鞭に等しかった。アミス曰く実体化してしまほどの高密度の電力を細かな刃とし、電磁パルスを流す事で刃を薄く鋭く強靭にそして自在に積み重ねた刃。

 恐らく人類では到底届かない未来の刃ケラウノス。しかもそれを弾丸としても扱えた。

「良い感じだ」

 直径にして3センチ。たったそれだけで守備隊の首はもげた。照準器を失って銃口を左右へと向けるため、危険と判断しケラウノスの刃を上から下へと落とし腕を切断、無力感する。

 彼らはあくまでチャリオットだ。恐れ慄く事はない。だから、これほどの光景を目の当たりにしても恐れる事なく狂戦士の様に襲いくる。避けるまでもない。ケラウノスの刃がほぼ全自動で弾丸を受け止めて消失させる。自分は膝と足首に電力を帯びさせ、完全に無挙動で飛び出し雷光の様に迫り、右腕の刃を一体の腋の下から首へと引き裂く。

 次いでもう一体。最後の一体身体の中央に刃を突き刺し体内を焼き焦がし、自壊させる。

 たったこれだけで一個小隊を全滅させられる。全自動の守備隊など途方もない額が掛かっているだろうに。時間にして10秒。時給などとても換算出来ない時間で終えてしまった。

「アミス、ニコラチェアの様子は」

「問題なく起動し続けてる。外敵もここならいないし」

「例えばだけど、ここから大質量のケラウノスの刃を使ってホワイトウォールを焼き切れたり出来ないか?」

「出来るかどうかでいえば恐らく出来る。だけどそれをしたらその土地はしばらく大量の電流が流れる帯電地帯になる。とても人が住める環境じゃなくなる。静電気一つで街がショートする。それに、それを使うと私達の正体に気付かれる。また逃げ回る事になる」

「それは嫌だな。仕方ない、大人しく一体一体始末していくよ」

 恐らく自分はロボットらしくないのだろう。いや、ある種現代のロボットに近い。冗談を言うし、最短最速の道筋を使って問題を解決しようとする。そしてアミスも、その冗談に付き合って無駄な話に乗ってくれる。我々こそ、次世代の存在なのだろう。

 ここは南部。湾岸部近くであり、このまま南下すれば港へと辿り着くらしい。だが、残念だが自分は海での活動は出来ても、海を見ると言う命題にあまり興味がなかった。当然と言えば当然かもしれない。海など逃避行の度に何度も通っている。

「さて、守備隊は始末した。本来なら主部隊に付け狙われてもおかしくないが、思ったより長く戦ってるらしいな。たかがパペットと思ったが、どうやらあれらは違うらしい」

 未だ残っている高い建物へと駆け上り、上から見下ろす。戦闘は想像通りだった。巨大な煙を上げて、莫大な音を上げて東部では戦闘が続いていた。玩具パペットはその身を鋼の武装で寄せ集め、出来得る限りの弾薬をばら撒いている。対してチャリオットは数百度も習慣化された作戦行動を用いて、瓦礫に隠れながら的確にパペットへと攻撃を仕掛けている。

 まるで逆だと思った。パペットは本能のままに、チャリオットは理性ある闘いを。

「驚いた。隠密なんて、」

 チャリオットの真上から巨大な建物が降り注いだ。偶然パペットが建物の支柱を撃ち抜いたのではない。明らかに軍事的に、作戦通りに支柱を爆破。崩れ落ちる様にチャリオットへと降り注ぎ覆い隠した。人間ではない。人間ではあの瓦礫を飛び越える事はできない。

「あのヒューマノイドの性能テストはどのくらいだったんだ?」

「ほぼ人間と同じぐらいと言われている、だけど、確かに違和感がある。パペットの一つとしてプラスチックとゴムの塊の筈なのに。まるで私達みたいな性能をしてる。もしかして」

「近い着想の元、製造されたナンバーかもしれないな。近くに寄らない方がいいかも」

 そこで建物から降りた自分は、中央へと疾走した。これは危険だ。チャリオットも危険、パペットも危険、ヒューマノイドも危険と来た。早い時間で終わらせざる終えないと判断したが、恐らくそれは難しい。ケラウノスの刃は、確かに現代ロボット工学ではあり得ない性能を有しているが、それはあちらも同じだろう。

「ロボットによる異常な進化。シンギュラリティが発生した時、人間は対応出来るか」

 口の中で呟いた筈だった。

「誰が命令している。誰の為だ、もし、人間以外なら俺達に勝ち目は無いかもな」

 これはきっと人間以外だから理解出来る問題だった。きっと彼らの主は武力的な敗北を敗北とは受け取らないだろう。それをしたいのなら人間自身を惑わせればいいのだから。

 速度にして30キロは出ているであろう速度の中、自分にとってはまだまだ助走をしている時だった。真横を何かが走り抜けて行った。攻撃、かと思ったがそれ違った。

「早々にこれか」

「ええ、その通りよ」

 その姿には見覚えがあった。あの工場でヒューマノイド達の一員としていたパペットの一人だった。青い髪に青い衣。到底人間とは思えない色彩を持った彼女はバトンと呼ばれるであろう、剣の様な棍棒を持ち合わせていた。

「申し訳ないのだけど、この事態を解決する。いえ、利用するのは私達。シンギュラリティなんて本当に起こるとは思わなかった。人間では到底解決し得ない問題」

「まさか、人形同士話すとは思わなかった。改造された眼球はどうした」

「既に回路なら切った。今頃外は何も見えないと騒ぎになっている、でしょうね。まぁ、そんな事より。あなたは早期的な解決が目的でしょう。私達は違う。私達はシンギュラリティの使用、手綱の握るのが目的。あなた達は立ち去るが良い。今よりここは、私達の」

 答えは真後ろからだった。咆哮の如き轟音と共に浮き上がる瓦礫の中、おおよそ受けてはならないであろう砲弾が一陣の風と共に通り抜けていった。自分は問題ないが、あちらは、と思いながら飛び超えると。

「何、あんな形態見た事がない」

 と狼狽しながらも問題なく避けていた。

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