第10話 忍び寄る生命の危機――戦後日本最低の区画整理
耳原病院との訴訟が、実質勝訴といってよい裁判上の和解成立により、医療事故に苦しむ人たちへの訴訟の参考提言をすること。そのための書物の作成に勤しむ。
長く苦しい日々の中で形成されて来た意欲が、私にペンを持たせ、というかパソコンのキイボードを叩かせる動作を促すはずであったのに、実際に行動に移せたのは先の裁判確定から十二年の歳月が流れ去った後のことであった。何故これほどまでに遅れてしまったのかは、【堺を食い物悪人】と呼ばれる人物との争いが、耳原病院事件裁判とほぼ時を同じくして勃発したからであった。
詐欺、脅迫、恐喝に横領、大阪維新の会議員米田敏文君に対する脅迫及び選挙妨害、保険金殺人等を平然と犯してきたと思われる人物が間近に迫り、私との戦いの火ぶたが正に切られようとしていたのだった。反社会的勢力とのタイトな闘い。読者が書物としての【耳原病院が謝罪し、一千万を支払った理由】を手に取られる三年余り前になるが、生身へのトラック激突による四カ月の長期入院を余儀なくされ、現在も生命の危機にさらされる私の生きざまを知って貰って、暴力団関係者や公金に吸い付くシラミもどきへの対策にして戴ければ有難いと思う。
以下では、【堺を食い物悪人】の人物像、手を染めてきた犯罪事実、その間に形成されてきた人脈として【経歴作用ひき逃げ議員】、【堺市議会議長たこアキ君】、【大阪地検事務官パラ事務くん】との関係等について詳しく述べていきたい。これにより、私が不慮の死を遂げたときは、読者の方々に証人として、殺人罪の可能性を語り継いで貰うのも本書を表す理由の一つといってよいからである。
なお、すでに述べたが、実像に限りなく近い名称で彼らが登場するのが【嵐山-保津峡-堺、五兆円の埋蔵貴金属と外科医を目指す六人の高校生(整形外科医南埜正五郎追悼作品)】で、カクヨム上にアップしてあるので、興味をお持ちの方は時間の空いた折に読んでみて下さい。
⑴ 代表世話人〈強欲アブラや君〉
両親の離婚により、一歳の時に南埜宏・フジヱ夫婦の養子となったことはすでに述べたところで、実父の親族とは相続放棄書偽造事件発覚以降、後妻に入った女性の一家を除いて、親しく付き合うようになった。叔父の妻から、
「癌で亡くなる直前、お医者さんが『本当に、もう、呼ばれる方はいらっしゃらないんですね』って、何度も念を押しはるんやけど、私ら、義姉(ねえ)さんが怖いから、あんたの名前を出されへんかったんや。義兄(にい)さん、亡くなる直前まで、あんたが来てくれるのを期待して、病室のドアをじっと見つめてたんやで」
実父の最期を聞かされると、私は堪らなくなる。財産が絡むと人間は卑しくなる。相続財産がらみは、卑しさが倍加するように思う。この点は、養母の相続財産に関しても、同じことが起こった。夫が財産をなくし、借家暮らしをしていた娘を哀れに思ったのか、祖父は娘が相続権を主張しやすいよう、証書を残してあった。が、もう一人の相続人により、それを隠されたのだった。
横道にそれたが、実父に話を戻すと、南海電鉄に勤務していた実父・中尾悦治郎に会いに行ったのは、私が二十歳の時だった。余ほど嬉しかったのだろう、叔母から実父の喜ぶ様を後日、涙交じりに語られたが、あの時、もう少し時間をとって実父と話しておけば良かったと今も後悔している。
あれが後にも先にも、もの心ついてからの、実父との最初で最後の別れになってしまったからだ。あれから四年後、実父は癌でなくなってしまった。私には入院も、もちろん病状も知らされていなかったので、息を引き取る間際の堺市民病院へ駆けつけようがなかったのである。
ところで、あれほど私への財産の流れを阻止すべくなされた、相続放棄書偽造だったが、結局、実父の土地の一部は私の手に収まったのである。深井小学校六年生のとき、昼の休み時間に学校を抜け出してよく寝そべったレンゲ畑。これが実父の土地であったのは、当時は知る由もなかった。そして四十年後、この土地を私が取得し、ここに、戦後日本最低と呼ばれることになる区画整理が入った。
代表世話人として地権者の同意書を集め出したのが、以前アブラ屋を営んでいたことから〈アブラや〉と地区住民に呼ばれていた〈強欲アブラや君〉だった。本書では、税金を食い物にするダークmanたちを、実態に近い愛称で呼ぶことにしているが、いずれ裁判になった場合に実名が明らかになるので、それまでは愛称を楽しんで戴きたいと思う。
さて、〈強欲アブラや君〉に戻ると、彼が代表世話人になり、この男の小・中の同級生だった元堺市役所幹部で、連合自治会長に就いたこともある〈ホステスの尻さわり章(あき)くん〉が加わり、あと一人が後に改良区の理事長になる〈隅いち欲クン〉だった。この三人が中心になり、地権者の取りまとめをし始め、私のところへも〈ホステスの尻さわり章(あき)くん〉が接触して来た。堺市役所の主査の肩書を持つ山野氏と〈ホステスの尻さわり章(あき)くん〉が、区画整理予定地近くまで出てきて、
「先生の減歩(げんぶ)率は、十二%くらいですわ」
山野主査が私に明言した。なお減歩というのは、区画整理の結果、地権者の土地が減らされることで、その率を減歩率という。減らされた部分を売却して区画整理事業費に当てたり、区画整理地内の道路に使用するため、減歩が認められているのだ。
「ま、そんなもんでしょうな」
撤去費用のかかる障害物がほとんど無く、また幅が五十メートル道路・泉北一号線に接する一等地であるのだから、原歩率の算定は困難ではなかった。大学で行政法を担当する私にはむしろ容易で、山野氏への私の返答はそっけないものだった。三人で野々宮神社近くの喫茶店へ入り、区画整理へ向けての協力を宜しくお願いします、と正面に座った二人に頭を下げられると、減歩率も適正との判断に至っていたことから、
「分かりました」
私も協力を約束して、喫茶店を後にしたのだった。
ところが、である。区画整理に向けた手続きが進むに従い、何度かの説明会が開かれ、代表世話人としての肩書を貰ったからか、〈強欲アブラや君〉が胸を張って躊躇いもなく平均減歩率が三十四%と告げたのであった。
――どうも、おかしい‥‥‥。
私の直感で、不正の臭いがプンプンするのである。詳しい説明を求めても、あいまいなままに終始し、これでは協力できないと〈強欲アブラや君〉に告げると、
「南埜さんがなんぼ反対しても、三分の二以上の賛成があったら強行できるんですわ。もう八十五%の賛成もろてるんで、南埜さんが反対しても区画整理は進むんですわ」
〈強欲アブラや君〉が居丈高に大見得を切った。
「おお! よう言うたな。そんならどこまで出来るか、やって貰おうやないか」
売り言葉に買い言葉で、私も地権者に囲まれた中で、〈強欲アブラや君〉を挑発したのだった。
「しかし、アホみたいなやつやな。組合施行の区画整理では、出来るだけ地権者の合意を得て進めるいうのんが、鉄則になってんのに、こんな簡単に地権者を怒らせるやなんて。おまけにガーさんの土地、区画整理道路にかかってんやから、ガーさんの承諾なかったら、ほぼ区画整理は進まへんのに」
説明会から三日後の天王寺サミットでの丹ちゃんの感想だった。
「うん、なんか、プレッシャーかかってるみたいで、やっこさん相当焦ってたぞ。この地区がようなるように、私ら無料で動いてまんねん、ていうのが口癖やけど、あの焦りよう見たら、不正を画策してるようやな。いずれにしても、〈強欲アブラや君〉のお手並み拝見というとこで、しばらく様子を見てみるわ」
悪事はバレるのが世の常で、事実、理事長と副理事長はタダ働きどころか、億に及ぶ報酬を騙し取っていたことが後日判明するのであるが、この時の私には知る由もなかった。ただ、名誉や信用とはかりにかければ、悪事は割が合わないとの信念を持っていたので、私に焦りはなく、〈強欲アブラや君〉たちの行為に対しても鷹揚であった。
菊ちゃんが仕事の都合で不参加だったので、二人だけの天王寺サミットは活気がなく、早々とお開きにして通天閣界隈へ足を延ばした。新世界から天王寺駅へ向かう人たちとすれ違いながら、広い陸橋をわたると、雑多な賑わいを見せる大阪庶民の憩いの場、新世界だった。けばけばしいネオンまぶしい大通りを抜け、狭い路地に張り付く串カツ店へ入り、二人並んでカウンターでカツを味わう。百%の牛脂(ヘット)で上げたカツはカリッとした舌触りで、通天閣を間近に見上げて飲むビールが喉に心地よかった。
「な、ガーさん。人生、平々凡々で行きたかったのに、親父は脳こうそくで倒れ、お袋は認知症。世の中、思い通りにはいかへんもんやな」
酔いがまわると、丹ちゃんは両親を思い浮かべ、生ビールのジョッキをカウンターに戻し溜め息をついた。
「まあ、な」
相槌を打って、私も苦笑いを返した。両親の離婚、養家の没落、再起の夢を砕く第二室戸台風被害、大雪による高校受験の混乱。大学受験も雪による大幅な遅刻だったが、開始時間ずらしのおかげで辛うじて受験が叶った。ボンボン育ちの丹ちゃんと違って、非凡性では筋金入りといってよい私の人生で、幼少時から楽天性が身に沁みついて、精神は結構、強じんだった。くよくよと思い悩んでいたのでは、とっくに潰れてしまっていただろう。
「さあ、もう十一時だ。そろそろ帰るか」
今夜も解散の音頭は私がとったのだった。
⑵ 〈堺を食い物悪人〉とは
丹ちゃんが、私と〈堺を食い物悪人〉を較べ、嘆息交じりに述べた言葉が印象に残っている。
「ガーさんと〈堺を食い物悪人〉は、シチリアで生まれた男の子の、コインの表と裏やな」
昔、貧しかったシチリアでは男の子が生まれると、コインを投げ上げ、表が出ると聖職者の道を歩ませ、裏が出るとマフィアにしたという。〈堺を食い物悪人〉は若い頃から暴力団の賭場に出入りし、負けが込んでは、
「金とって来んかい!」
と怒鳴りつけられては、ほうほうの体で愛人のところへ逃げ走り、彼女が溜めた五百円玉のビン詰めを持参しては又バクチに興じるという生活を送っていた。負けが込んで、頼母子講の掛け金まで持ち逃げしたが、殺すよりは生かした方がよいとのヤクザ組織幹部の考えで、生コン事業のノウハウを教え込まれ、半グレ的手法で経済ヤクザに転身したというのがもっぱらの噂である。
先の丹ちゃんの喩(たとえ)は、私が〈堺を食い物悪人〉の近くで育っていれば、彼に近い人種になっていたということを暗示しているのではなく、二人はそれほど容貌が似ていて、入れ替わっても何ら不思議でないと世間が思うであろうことを示唆したものだった。丹ちゃんに悪意があっての喩ではないのである。いずれにしても私はこの先、コインの裏と表に喩えられる男と死闘を繰り広げるのであり、私の打つ手打つ手に、丹ちゃんの解説が喧(かまびす)しい。
「あっ! ガーさん、こん度の打つ手は、敵主戦力の無力化の戦法やな」
丹ちゃんに言われるまでもなく、ユリウス・カエサルが対ガリア戦でその効果をいかんなく享受した敵主戦力の無力化戦法。この戦法をまねて、堺市や堺市土地開発公社を脅し取得した巨額の資金その他の不正蓄財を吐き出させ、〈堺を食い物悪人〉の勢力弱体を図る必要があった。そのためにまず、国税局の査察部門への脱税の情報提供。次は、包囲網による敵主戦力の機能的弱体化作戦へとつなげるのだ。
「あっ! これは、アレキサンダー大王が自軍の四倍近いペルシャ王ダレイオス率いる大軍を破った、イッソスの戦いで使った戦法やな!」
マケドニアの若き王が、世界制覇の大きな一歩を印した戦い。そこでの戦略を、こちらが頼みもしないのに丹ちゃんが自慢げに解説を加える。まさに伝説の戦略で、この戦略は生涯ローマを敵とすることを、九歳の時に神の前で父に誓わせられたハンニバルによって承継された。
象を率いてのアルプス越えまで敢行し、ローマを追い詰め苦しめ続けたハンニバルだったが、皮肉なことに、ローマを救った三十三歳の若き指揮官スキピオ・アフリカヌスもこの戦略を学んでいたのだった。そしてこの戦略を対ガリア戦でいかんなく発揮したのが、丹ちゃんが最も尊敬する、ユリウス・カエサルであったのだ。
凡人の私は、天才カエサルの戦略を参考にさせて貰い、ネットを使う情報戦略で、〈堺を食い物悪人〉がいかにダーティな手段を使って悪事を働いてきたかを明らかにし、どれほど多くの女性を囲い、また地元の若い女性に理不尽なことをしてきたかをネットを使って公表し、これまで〈堺を食い物悪人〉の味方をしてきた人たちを彼に敵する包囲網に加えようと試みたのだった。
そして最後の決戦に備え、積み上げられた膨大な資料を前に、時系列に従い悪事の数々を順を追って書き記して行くべく整理しているのが、いま現在の私である。ただ、本書の主たる目的が、耳原病院での父の医療事故死とその後の顛末を知ってもらうことであり、この点はこれまでの記述で果たせたと思っている。
後は、出来るだけ早い機会に〈堺threeダークmenと戦後日本最低の区画整理〉を書き上げて、税金に吸い付くシラミもどきたちの行いを知ってもらい、読者の方々と共に普通の人々による包囲網で、税金に群がる政治屋や談合常習ゼネコン、違法測量コンサルに悪徳住宅会社、かれらの牙を抜いて行けるよう努めて行きたい。
なぜ耳原病院が謝罪し、一千万円の支払いに応じたのか(整形外科医南埜正五郎追悼作品) 南埜純一 @jun1southfield
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