ありがとうございました

ガラドンドン

ありがとうございました

その人の事を知ったのは、ちょっとしたバズポストからだった。


アカウント名、@todo


偶々見かけただけのポスト。けれど、妙なリズムの良さと惹きつける文章。todoさんの周りでは、妙に盛り上がったり、todoさんを面白おかしく扱っているアカウント達が大勢いて。楽しそうだな、と思ったのは覚えている。

自然と鍵垢でフォローをしていた。その時はまだ、只見ているだけだった。


その後、彼の作品を見たのも偶々だった。


@pino


@todoと相互フォローで、todoさんを題材にして自由に作品を書いているようだった。オーソドックスな極道から、女子高生、陰陽師、怪異に至るまで。

todoさんをあらゆる人間として描く無法加減、自由自在さ。何よりその執筆速度。


pinoのポストも、todoさんと同じくリズム感が心地良く。todoさんも好き勝手に描かれる事を許容しているようで。pinoは、作品を書いている事が楽しくて仕方が無いように見えて。羨ましいとすら感じる程で。


オレも、学生の頃は文芸部なんかに入って。少しは小説を書いていた。短編も短編の、字数だけ盛るような自己満足の冗長小説だったけど。楽しかった。


もう何年前の事だろう?また書いてみたい、またいつか。そのいつかはもうずっと来ずに、オレは結婚までしてしまっていた。

書かなくなった切っ掛けなんてものは無い。只なんとなく書く気になれず。時間が漫然と過ぎて来ていただけだ。


todoノベルと名付けられたそれらを読んで、todoさんの周りは面白おかしくtodoさんを扱って。また、楽しそうだなと思った。オレはpinoの事もフォローした。


その時もまだ、見ているだけだった。


暫くは、pinoや他の人のtodoノベル作品を読み。todoさんや周りの方のポストをTLに流す日々を送っていた。

まだ、占める生活における割合は大したものじゃあなかった。時間の暇な時に、流れて来るTLの中にいる。その位の認識。

それでも、pinoを知ってからのtodoノベルは毎作品読んでいた。魅せられていた。


転機は、そう。コンテスト。やっぱりコンテストだ。

突然の事だった。


@todo

【ご案内】todoノベルコンテスト2024 開催のお知らせ


todoさんが、自らtodoノベルの投稿企画コンテストを開催したのだ。

評価軸は『面白さ』。一人三作まで応募可能。その他の条件等ほぼあって無いかのようなものだった。


心臓が跳ねた音が、確かに聞こえた。

pinoのtodoノベルを読んでいて、その敷居の低さ。自由さ。何より、主催であるtodoさんの懐の深さは良く分かっていた。


久しぶりに、小説を書いてみたいと思った。今なら、これなら書けるんじゃないかと思った。オレは既に、todoさんの存在感と。pinoのtodoノベルの面白さ、自由さに既に囚われていたから。

これだけ自由に書いても良いのなら、と。

楽しそうな遊びに混ざってみたい子どもと、同じ様な気持ちでもあったのかもしれない。


ほぼ毎日描かれている、pinoのtodoノベル。無法さ、世界観の自由さ。他アカウントからも投稿されていくtodoノベルによって広がって行くtodoバースの世界観。その存在自体が後押しをしてくれた。


──後押しをされてしまった。


一念発起。完全に新しいアカウントをつくって、todoさん達をフォローしなおした。

鍵垢の自分のアカウントは、妻や、友人達も知っているから。身内にも知られない環境で、新しくやってみたくなったのだ。


直接彼等と、1リプライ程度ながらも絡みもした。沢山のアカウントにフォローされるような人達だ。

お前つまらんねんとか、バッサリ切り捨てられたらどうしようかと怯えまくってはいたけれど。ごくごく普通に、新しくtodoノベル関係で参入したアカウントとして受け入れて貰えて。心底安心して、執筆に取り掛かった。


一作目が書けた。時間が掛かってしまったけれど、久しぶりに書けた起承転結のある短編。出来上がった瞬間の嬉しさは、破格のものだった。自己満足ではあると思っていたし、出来栄えだって周囲と比べてしまえばお粗末なものだっただろう。


けれど、書き上げるモチベーションをくれていたのは、間違いなくtodoさん、pino、そしてtodoノベルを書いている人達が楽しそうにしているからで。オレは静かに、皆さんに感謝をした。


オレが一作目を書いている数日間の内に。pinoは毎日作品を書き上げていた。

全部とても面白くて、読めた事が嬉しかった。


一作目をコンテストへと応募した。

驚く事に、todoさんから感想を貰えた。todoさんは、目に入ったtodoノベル全てに一つ一つ感想を述べてくれているようだった。

感想に忖度は無くて、述べるべき所はしっかりと述べ、自分が良いと思った点は良いと言う。

todoノベルを書いている人は、多かれ少なかれtodoさんと言う題材に魅力を感じた人間達ばかりだろう。その渦中の人物その人から、書けば直接感想を話して貰えるのだ。


そんなの、舞い上がらない方がおかしい。

オレはますますtodoノベルへと熱中していった。


todoノベル関係で知った人の小説を、時間を忘れて読み耽ったりもした。

todoノベルの事を知らなければ、恐らく知る機会すら自分には無かっただろう作品。自分の世界が広がって行く実感が確かにあった。

寧ろ、これまでが狭すぎる世界で生きて来ただけだったのかもしれない。


この世界の事を知れて、本当に嬉しいと思っていた。

todoさんと。pinoや、その周りのtodoノベルを書いて、盛り上げている人皆さんにも。心の底から、感謝をしていた。

彼等は彼等で楽しんでいるだけで、オレに感謝をされるような謂れなんてきっと無いのだろうけど。

ただ毎日、楽しく騒いでくれている姿。それだけで勇気や、気力が沸いて来る事だってあるんだ。


只。この頃から、執筆をしていない時間が惜しいと感じ始めるようになった。

執筆をしていない時間が、焦りの形で自分を苛むようになって来ていた。


毎日、誰かしらがtodoノベルを書き上げ、todoさんに感想を貰えている。pinoに至ってはほぼ毎日そうだった。

オレには、数日でなんとか数千文字程度の作品を一作。形に出来るか出来ないか程度が限界だった。

自分も書きたい。書かなければ。目にしたtodoノベルが面白く、画期的な内容であればある程。感動と共に、自分も、と言う感情が強まって行った。


感想を貰えれば嬉しいが、感想を貰う事が目的では勿論無かった。


怖かったのだ。

自分のこの、楽しいが。モチベーションが。いつか、小説を書く事をなんとなくで止めてしまった時のように。漫然と消えてしまうのでは無いかと言う事が。

今の喜びが。惰性に染まっていってしまうかもしれない瞬間が恐ろしくて。ずっとtodoノベルの事を考えていたかった。


仕事中。休憩時間。TLを眺めている時間。映画を見ている時間。友人とゲームをしている時間。

いずれは、妻との会話さえも。惜しくなり始めていた。


二作目が完成した。我ながら自分の好きな作品が書けたな、と思った。

少しふざけた要素も入れてしまった為、todoさんには困惑もされたが。自分の熱が、一作品書いただけで終わらなかった事にも安堵をした。


pinoはその頃には、もう何作目になるかも分からないtodoノベルを書き上げていた。


不思議な話だ。

この楽しい世界に、連れて来てくれたような。勝手ながらも、恩人のように思っていた人ですらあるpinoに。ほの暗い嫉妬を覚えるようになり始めていたのだから。

自分がまた書くようになったからだろうか。pinoの凄さが、筆の速さが身に染みるようになった。自分がうんうん唸りながらtodoノベルを書いている間に、pinoのtodoノベルの通知が来るのだ。

勿論即座に読む。生きる栄養だからだ。最早オレの生はpinoのtodoノベル無くしては成り立たないものとなっていた。


読み終えたオレは、酸素を補給したかのように深い呼吸をして。感想を、いつものようにpinoへと引用リプの形で書きこむ。大好きです。産まれてきてくれてありがとうございますと。


本心からだ。本心からだが、胸に秘めた悔しさは流石に書かない。


間に合わない。届かない。敵わない。

書くもの全部が好きなのに、書くもの全部が恨めしい。todoさんの広がる形、存在感、癖に刺さる物語を取捨選択できる事に頭を焼かれていた筈なのに。

pinoの存在そのものにも、脳と胸を焼かれる様になった。一度熱さで変質したものは、もう二度と戻らないのに。


その頃にはオレはもう、恐らく少しおかしくなって来ていたのだろう。


書く為の時間を邪魔する妻が、疎ましくなって来てしまっていた。

いや。妻には勿論、邪魔をしているつもりなんてものは無かった。只これまで通りオレに話しかけて来ているだけ。変わってしまったのは明らかにオレの方だ。

そもそも、妻には自分が執筆をしている事は完全に黙っていたのだから。

執筆中に話し掛けて来て欲しく無いと、どれだけオレが思っても。話し掛けて来る事は当然の事だったのだ。


それだけじゃなく。

休みの日に出かける先の話題。翌日の夕飯について。今見たいドラマの話題なんかも。これまでは楽しんで話していた筈の妻との会話の時間。その瞬間瞬間に。

自分は、時間を無駄にしてしまっているのでは無いか。と言う意識が挟み込まれるようになっていた。


自分の人生が、todoノベルによって壊れていくように感じ出した。それでも、止めるつもりは一切無かった。止めたいと思う事も無かった。


帰れば妻に話し掛けられて、心を深く掘った集中が途切れさせられてしまうから。

仕事が忙しいから、帰りが遅くなるなんて言って。

適当なベンチに腰掛けて、スマホから小説を書いたりもした。


帰り道に溜息が吐かれるようになった。

いつも妻は、オレの喜ぶと思う夕餉をつくって。仕事で遅くなると言いながら、小説を書いている私を待っている。

きっと帰れば、笑顔でおかえりと言ってくれるのだろう。そして、遅くなった帰りと二人の時間を埋め合わせるかのように。オレに、話し掛けて来るのだろう。

そんな姿を、愛しいと感じていた筈だった。


陰鬱だった。自分にではなく、声を掛けてくるだろう妻に対してのものだった。


恥ずかしい話だ。

唾棄する事だ。人でなしの誹りが相応しい。


彼女自身は何も変わっていないのに、オレだけが醜くなってしまった気持ちになった。それをtodoノベルのせいにしたくは無かった。勿論実際、オレ自身が不器用で、弱いせいだからだ。

そもそもが、オレの身の丈に合わない世界だったのかもしれない。


けれど。身の丈に合わない遠さでも。それが人としては最低な行いと分かっていても。

手を、目を、心を、執着を、todoノベルの作品に這わせ続けたいと思えた。大好きだったからだ。知る事が、読む事が幸福だったからだ。

日常生活に支障を来すかどうかが、精神病の基準だと聞いた事がある。

それならばオレはとっくに、病気と呼べるものだったのだろう。


これは、一人の人間が壊れる恐ろしい話なんだろうか。

それとも、脳が幸福を誤認した幸せな話なんだろうか。これは、幸せなんだろうか。


散々読んだ、作品の中のtodoさんや、todoノベルに関わって不幸になっていった登場人物達の事を思い出す。まるで自分自身が、todoノベルの登場人物になってしまったかのような錯覚を覚えた。


今のオレの肚には。幸せだとはまるで到底言えないような、汚泥に似た淀みが熏んでいる。

燃え切っても、燃え尽きても、燃え盛ってもくれない癖に。ずっと肚を焼き続ける、くすんだ火だ。

自分だけを焼き続ける癖に、燃え続けろと消えてくれない。

自燃自縛。自業自壊の、疾走のつもりの鈍走だ。

疾さの足りないオレの心は、鈍やかに死んでいく癖に。自分が疾く走っているかのような錯覚を覚えている。


乾いていくような感覚が急き立てて。進む脚は遅く、自滅が迫っていく。いつか、一人で勝手に燃え尽きる。

誰にも、何かにも届く事も無く。自らを愛しみ、振り返っていてくれた者を、遠くに忘れ。愚かさの自覚にまた罅が割れていく。


いっその事。狂人になりたかった。苦しみたくなかった。その方が躊躇無く作品を生み出せると思った。


オレはまだ苦しんでいる。苦しみたくも無いのに。

喜びながら、興奮しながら、苦しみながらも。次々と新しく産み出されていく話達を、読み耽る手は止まらなかった。


そんな空想の文章を書いて。消した。


三作目が出来た。広がるtodoノベルの世界観を丸ごと使い、趣味と好きな要素を詰め込んだものだった。

書いている間は楽しかったし、出来上がった時もまた嬉しかった。

只、コンテストに応募出来るのは一人三作まで。これを応募する最後の一作にするかどうかは、迷う所だった。


ネットで有名なアカウントが、todoさんのコンテストの題材と、週刊連載雑誌の人気作品を見事に合わせ調理した二次創作を投稿したのだ。

読んでいて、本当に楽しかったし。度肝を抜かれ、意表を突かれたその作品に、心の底から感服と敬服をした。


私は、そのノベルに満足感と感謝を得て、翌日の朝仕事へと向かった。その日は、コンテストの応募期間の締め切り日だった。



これはもう、今日中に一作書き上げるのは無理だな。

オレは仕事の休憩時間にそう判断して。時間が無かった時に応募しようと考えていた三作目を、コンテストへと提出した。

その日は仕事が忙しかった事と。帰宅をしてからの時間で、プロット段階の作品を完成させられる自信が無かったからだ。

少しの自分への落胆と、それでも当初の目標の3作は応募出来たのだから、と言う慰めを覚えながら。

その後は、作品を書くのは諦めて。昼休憩は午後の仕事の為に仮眠を取った。


仕事が漸く終わった帰り道。通知設定をしている、そのアカウントの投稿を見て。

ふざけていると思った。


オレは諦めたのに。そのアカウントは、pinoは息をするように。事も無げに、完成度の高い一作を仕上げていた。


先の有名アカウントと同じ作品、題材を扱って。

オリジナリティを溢れさせながら。これまた、納得感、説得力、クオリティの高いものを仕上げていたのだ。

pinoは、有名アカウントの作品に触発されて書いたとポストしていた。それも、仕事からの帰宅後に、直ぐに書き上げたと。


気が狂ってしまいそうだった。

オレには越えられ無い壁を、余りにもいとも容易く超えていたpinoの存在に。オレはまた、心の底からの感動の感想をpinoに引用リプしていた。

出来が良すぎてひっくり返るかと思った。本当に。大好き。


オレの中のオタクはpinoの作品に限界をしていたが、オレ自身も限界だった。


執筆をしなければ。したいと。もう3作の応募はしてしまっていたが。

何かを、最後の足掻きかのように書き残したいと思った。今書ききらなければ。このまま何もせず漫然と、締め切りを迎えてしまったら。

オレはまたきっと、何も書かなくなってしまうから。


今の感情で書けるようなプロットの作品は無かった。だからオレは、一から書き始める事にした。


todoノベルに狂ってしまった。オレ自身の話を題材にして。

todoノベルは、敷居が低くて、自由で。何よりも、懐が深いから。


『ごはん出来てるよ~!早く帰って来て~!』と言う妻からの通知を、私は無視した。

少しでも、人に邪魔されない状態で執筆がしたかった。いつものベンチでスマホに向かって執筆をする私の顔は、通行人にはどう映っていただろうか。


仕事で遅くなる言い訳の限界が来そうな時間に自宅へ戻ると、妻は待ってましたと言わんばかりの笑顔でオレを出迎えてくれた。

食卓には、オレが帰るのを待っていてくれたのであろう。色取り取りの品目が、暖かそうに置かれていた。


オレは、「仕事で疲れてるから」。


と。謝りもせずに直ぐに食事に取り掛かった。妻は笑顔のままだった。


「ねぇ、金曜ロードショーやってるよ!

おもちゃ物語ドライだよ、一緒に見よ?」


掻き込むように食事を終えた私に、妻がそう話し掛けて来る。

今日は一週間の終わりの日だ。私とのんびり過ごしたい気持ちがあるのだろう。


「仕事で疲れてるし、やっとかなきゃいけないタスクもあるから」


私はそう嘯いて、部屋の扉を閉め、パソコンの前へと座る。

閉まる扉越しに、妻の目線が追いかけて来ていたような気がした。


打ち込んでいく。打ち込んでいく。

残り締め切りまで二時間。大丈夫だ、オレなら出来る。だって、pinoは1時間や2時間で作品を完成させていたんだから。オレにだって、出来る筈だ。


そんな感情を燃料に燃やしている筈なのに。時折、TLを見てしまうのがオレの弱さだ。

TLでは、締め切り間近と言う事もあり。怒涛の勢いで、コンテスト応募作品が増えて行っている。じっくりと読み耽る間も無く、またパソコンへと向かい合う。


今は只、ネタが被っていないのを祈るばかりだ。脳裏によぎった、『ネタが被っていないからどうなるって言うんだ?』と言う言葉は、鬱々とした感情と文字に変換して打ち込みを続ける。


妻の事を顧みない、最低で独りよがりな作品を。

オレは最後まで。自分の身勝手さに反省もせず。todoノベルにのめり込む。

こんなものが、楽しくて、眩くて。なにより皆が面白おかしく騒げるような、todoノベルであって良いのだろうか。


もしも、オレがtodoノベルの登場人物であるのなら。

どうか、オレに罰を与えに来てください。todoさん。




オレは最後に、作品のURLを貼り付けてポストと共に投稿をする。

煮え滾る想いだった。けれど、そんな事を知らせたくは。知って欲しくは無かったから。

明るい表現で。なにより、嘘偽りの無い感謝を込めて、ポストした。


『くぅ~~~!!0時間に合わなかった!

けど、コンテストを皆さんと一緒に騒げてめちゃくちゃ楽しかったです!

こんなに沢山の人の作品を読めて、同じ題材で楽しませて貰える機会があるとは思ってませんでした!


主催してくださったtodoさん!本当に、ありがとうございました!』


これが終われば。オレは、元の生活に戻れるのだろうか。


きっとそんな日はもう来ない。オレの人生は。todoノベルと、todoさんのお陰で。壊れる事が出来たのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ありがとうございました ガラドンドン @garanndo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ