45.打ち上げ花火

 夏休みの間も楓花は就職活動を続けていたけれど、受付を締め切っている企業が増え、受けたいと思えるものがなかった。稀に書類が通って面接に進んでも、一緒になった他の学生に圧倒されて楓花にはお祈りメールばかり届いていた。

 翔琉はスポーツ用品店に、彩里はデパートに、晴大はもちろんスカイクリアへの就職が決まっているけれど、楓花にはまだ何もなかった。考えすぎてもダメだと思ってアルバイトを増やしてみたけれど、気分転換にはならなかった。

「そんな落ち込むなって」

 アルバイトが午前中で終わった日、楓花は久々に隣のensoleilléへ行った。注文を済ませて待っていると、晴大が向かいに座った。

「……座ってて良いん?」

「いま客いてないし。それに、楓花のことみんな知ってるからな」

「えっ」

「昼やし、俺も休憩」

 よく見ると晴大はエプロンを外していた。手の空いているスタッフ何人かが、わざわざ楓花に挨拶をしに来てくれた。就職活動で落ち込んでいると話すと、厨房のほうから『デザートサービスしまーす』と聞こえた。

「みんな内定貰ってんのに、私だけ……」

「うちに来てくれたら大歓迎ですよ、晴大さんの彼女さんやったら、誰も文句言わないです」

 料理を持ってきてくれた店長がテーブルに皿を置いてから笑った。店長のほうが年上ではあるし晴大は本当にアルバイトとして働いているけれど、社長の息子の晴大には全員が〝さん〟を付けているらしい。

「みんな言ってくれてるけど、楓花は嫌らしいわ」

「ええー、そうなんですか?」

 仕方ない、食事の邪魔になるので向こう行きます、ごゆっくり、と言ってから店長は厨房へ戻っていった。

「とりあえず楓花、冷める前に食べろ」

「うん……いただきまぁす……」

 ensoleilléの料理は、もちろんスカイクリアの店舗全て──全ては、行ったことがないけれど──美味しい。食材にも拘っているので、高級なのも納得がいく。

「そういえば、前に来たのって……Emilyが来てたとき?」

「そう、かなぁ? そんな前? Emily元気かなぁ。晴大は、アメリカで会ったんよなぁ」

「そうやな。……卒業したらJamesと日本旅行するって言ってたな」

 そのときにはできる限りのおもてなしをして、都合があえば彩里にも声をかけたい。EmilyとJamesが日本のどこに行くのかは分からないけれど、そのとき──。

「……楓花?」

「私、社員登用の話、受けてみる」

「ホテルの?」

「うん。いまEmilyのこと考えてたら、もちろん一緒に出掛けられたら嬉しいけど、浮かんだ映像で私、ホテルの制服着てた。どんなおもてなしできるか考えてた」

「……それが、楓花が一番やりたかったことかもな。それがつかえて、他の会社には踏み込めんかったんちゃうか?」

「そうかも……。内定、って言葉に拘りすぎて、見えてなかったかも」

 長く落ち込んでいた楓花に笑顔が戻り、晴大と楽しく食事をすることができた。晴大は食後はアルバイトに戻り、楓花はホテルに戻って支配人に話をしに行った。試験があるので確定したわけではなかったけれど、話を聞いたパートたちは、楓花とこれからも働けることを嬉しそうにしていた。

 楓花は晴大がアルバイトを終えるまでロビーで待っていた。夏休みなので普段よりも宿泊客が多く、日本人もいつもより多い。フロントに向かう人たちを眺めていると、入り口から晴大が入ってくるのが見えた。

「お待たせ。……なんか楓花、……化粧変えた?」

「ううん? ちょっとは直したけど、帰ってないし、朝のままやけど」

「──わかった、笑顔やから可愛い」

 そんなことを言うのも晴大は楓花の前では躊躇わなくなり、反対に照れる楓花の手を引いて駐車場へ行った。車に乗ってエンジンをかけ、どこに行こうか、と呟きながら晴大はアクセルを踏んだ。

「歩いてる人多いな。何かあるんか?」

 若者を中心に大勢の人が、駅から海のほうへ向かって列を作っていた。親に肩車してもらっている子供や、浴衣を着ている人も何人かいた。

「もしかして、花火?」

「あっ、そうや、それや。店でポスター見たわ」

 晴大は車を山のほうに向かって走らせた。停まっている間にどこかに電話して、海側の個室を予約していた。

「どこ電話したん?」

うちスカイクリアと提携してるホテルのレストラン。花火も見える、はず」

 スカイクリアは長く飲食店のみの経営だったけれど、最近になって近隣の観光ホテルと提携して割引券を宿泊客に渡しているらしい。

「今から行くとこは徒歩では遠いけど親父の知り合いがやっててな。楓花のとこも、なってるはずやで」

 ensoleilléからはそれほど遠くないところにある観光ホテルは、電車でも行けるけれど車のほうが便利だ。最寄駅前からはくねくねした道を車で五分ほど上る。

 晴大が予約してくれたレストランからは、海のほうを遠くまで見渡せた。昼間にも洋食を食べたので違う種類のものを選び、料理が届くのと花火が始まるのを待った。

「いつやったかなぁ……一年ときかなぁ……翔琉君とも花火行った」

「……何もなかったんよな?」

「うん。今年は翔琉君、彩里ちゃんと行くんやろな」

 翔琉に彩里から電話がかかって来た日、四人で合流したあと、楓花と晴大は先に帰った。彩里が楓花にかけてこなかったのは、晴大と過ごしているのではないかと遠慮したのと、なんとなく、翔琉に会いたかったかららしい。

 電話しながら翔琉は本気で心配していて、そんな彼を見て晴大は、〝翔琉は彩里が好きだ〟と確信したらしい。相手のことを本気で考えろ、と言ったのは、それまで翔琉は楓花と彩里の間でふらふらとしていることに気づいていたからだ。楓花は晴大を選んだし、彩里は年上にしか興味がなかった。だから翔琉はどちらとも付き合えないながらも、楓花に傾いてしまっていた。

 彩里は恋人に浮気されてものすごく落ち込んでいた。翔琉はそこに入り込むような卑怯なことはせず、彩里が立ち直ってから改めて告白して、彩里もOKの返事をしたと聞いた。『一生懸命な翔琉が可愛いくて楽しい』と彩里から連絡があった。

「やっとあいつ、俺に構わんようになったわ」

「そんな暇あったら彩里ちゃんと話したいんちがう? 私も晴大といられるし」

「あの頃の俺に教えてやりたいわ。楓花が嬉しいことばっかり言ってくれるって」

「だって、悪いとこないもん。あ──できたら、翔琉君とも仲良くしてほしいなぁ……」

「桧田……くっそう……」

 晴大が下唇を噛んで楓花が笑うと、遠くのほうで花火がドンと打ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Pure─素直になれなくて─ 玲莱(れら) @seikarella

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画