第2話 オレのVRビジネスの話②
「『PornVチューバー』って言ってな。この手のVチューバーは、アニメ風キャラのスキンをかぶって、自分が演者になって、そういう……エロい動画を撮影して、アダルト動画サイトで配信するんだ。結構人気があるんだよ。こういう人気の『PornVチューバー』とチケットを購入した客をVRのワールド上で合わせて、バーチャル上でそういうことをさせるんだ」
「あ、実際にエッチするわけじゃないの?」
「ああ、違う。あくまで、バーチャルだ」
「それじゃお客さんは満足しないことない?」
「でもよ、考えてみてくれ。バーチャル上とはいえ、推しの演者とそういうことができるんだぜ? ちょっとお値段がはっても、チケット買ってくれるお客さんは結構いたぜ」
「なるほどねぇ……一回いくら?」
「嬢にもよるが……一番人気の嬢は、一回五万くらいだったかな。オプションとか抜きで」
「はああ?! たっか!!! バカ高くない?!」
「高いと感じるか、安いと感じるか、それはお客次第だろ。さっきも言った通り、利用者は結構いたよ。だから、ビジネスとして成り立ってたんだ。その他に、客と嬢の行為を、動画にしてアダルト動画サイトで配信してたんだけどよ、それもなかなかの広告収入になってたぜ」
「へえ! なんかアタシにはよくわからない世界だなあ」
ナツキは畳の上にゴロンと寝転がった。
しばし、沈黙。
その後、自信なさげな口調でナツキがぽつりとつぶやいた。
「ねえ、アタシたち、本当にバーチャルでうまくやっていけるかなあ?」
――しまった。
赤裸々に話しすぎた。ジョウジは冷水を浴びた心持ちになった。
二階から、アオイとツバサの笑い声が聞こえる。酒を飲めない高校生と小学生の妹二人は、大人とは別に子供の時間を楽しんでいるようだった。
母の墓参りを終え、明後日には各々、今住んでいるところに帰らなければならない。ジョウジは大阪、アオイは愛知、ツバサは山形へ。そうなったら、容易に会うことはできない。
ナツキは、いつかまたキョウダイと一緒にこの柴又で生活することを夢見ている。そしてジョウジはその夢に賛同した。自分には家族がいないと感じながら過ごしたこの六年があまりにも殺伐としていたからだ。
バーチャル上で定期的にキョウダイが集まることを提案したのは他でもない、ジョウジだ。一緒に暮らせるようになるまでの空白期間を埋めるために。
しかし、今、自分が話した内容で、姉がバーチャルに嫌悪感を持ってしまったのではないか。ジョウジが懸念したのはその点である。
「……すまねえ、少し調子に乗って話しすぎたな。でもよ、信じてくれ。こういう稼業からはもうすっかり足を洗ったし、姉貴も、アオイもツバサも、こういう汚ねえ世界には絶対に触れさせねえよ」
仰向けに寝転がったまま、ナツキはフフっと笑った。
「わかってるよ。お母ちゃんが死んで、離ればなれになった後、アンタが大変な思いをして生きてきたこと、よくわかってる。そして、キレイな身体になってくれたことも。久しぶりにアンタの顔を見たときに、それくらいすぐわかったよ。だって、キョウダイだもん」
ジョウジは、黙って姉の話に耳を傾けた。
「でもね、アタシの不安は違うの。アタシはさ、高校を卒業してからずっと夜の世界にいたでしょ? そこでは、ずーっと生身の人が相手だったんだ。だから、生身じゃなくってバーチャルで、本当にアタシたちキョウダイが血の通った関係になれるのかなって、まだピンと来てないの。それがアタシの不安」
ナツキは本当に、本気でキョウダイをまた一つにまとめようとしているのだとジョウジは感じた。
キョウダイ一緒に暮らす。妹二人はまだ学生だ。いくら経済力があるとは言え、長女のナツキだってまだ二十五歳。足を洗ったとはいえ、ジョウジはつい最近までまっとうな仕事なんてしていなかった。
そのキョウダイたちが、一緒に暮らそうとしている。しかも、始めはバーチャルで。周りから見れば、おままごとにしか見えないだろう。でも、ナツキは本気でやろうとしている。それほどまでにキョウダイのことを想っているのだ。
友達以上で、キョウダイ未満。それがオレたちだとジョウジは思った。
もう一度、本当のキョウダイになりたい。ジョウジだって、本気でそう考えている。
だから、ジョウジは声を絞り出した。声がうわずるのを隠そうともせずに。
「バーチャルでも、その向こう側にいるのは生身のオレたちだ。なにもAIやbotじゃねえ。問題ねえさ」
「そうか……。そうかもね……」
しばしの間二人の間に流れた沈黙は、少しだけ暖かかったような気がした。
「よし! もうちょっと飲も!」
ナツキはガバっと跳ね起きて、氷を補充するためにアイスペールを持って台所に移動した。
「でもさ、あんたエッチなVチューバーとどこで知り合ったの? 人脈がなければそんなビジネス始められないでしょ?」
「……もともと、オレが所属してたグループは会員制のデリバリー風俗でメシを食ってたんだよ。でもこのご時世、アウトローな大人たちと仕事してるとすぐに目を付けられちまうから、店を畳んで、その女の子たちを演者にして動画配信を始めたんだ。もともとみんな会員制のお店で働くくらいだったからすぐに人気が出たよ。んで、オレたちは『PornVチューバー』の管理事務所を始めたんだ。事務所にしてたアパートの部屋番号にちなんで、『一○四号室』って名前で」
「ふうん、なるほどね。エッチなVチューバーを自前で育てたってことか。……にしても、アンタの所属してたグループのボスはやり手だね。そういうビジネスを考えたり、人気のVチューバーを育てたり。育てるにしたって、元が良くなきゃどうにもならんわけだから、スカウトの才能もあったということでしょ?」
「そうだな……。頭のいい人だったし、地元での人脈もあったから、人集めも得意だったよ」
「やっぱ怖い人? それともイケメンだったりして。だからいい女の子スカウトできたんじゃない?」
「怖いというか……厳しい人だったな。そういう意味じゃ、おっかなかったよ。それに……」
ジョウジはハイボールを口に運んだ。
「男じゃねえよ。女だ。しかも、姉貴と同い年、二十五歳だぜ」
オレのVRビジネスの話 常夏 @tokonatsu20231015
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