オレのVRビジネスの話

常夏

第1話 オレのVRビジネスの話①

「オレの仕事は……VR上で客とVチューバーをセッ〇スをさせることだった」


――ああ、ついに言っちまったな。


 いつかは話さなければならない。覚悟は決めていた。しかし、いざ自分の恥ずべき過去を口にしてみると、もっと違う言い方があったんじゃないか。オブラートに包んで伝えるべきだったんじゃないか。湯島ジョウジは、そんな後悔にも近い気持ちに包まれた。


 ジョウジは、氷が解けてすっかり薄くなってしまった手元のハイボールから視線を上げ、ちゃぶ台を挟んで正面に座っている姉、湯島ナツキの様子をうかがった。軽蔑されても仕方ない。そんな気持ちで。


 しかし、そんなジョウジの想いとは裏腹に、ウイスキーのエナジードリンク割りを飲んでいたナツキの声はのんきなものであった。


「『ぶいちゅーばー』ってなに?」


 予想していなかった回答に、ジョウジは全身から力が抜けるのを感じた。


 ――相変わらずだな。


 ジョウジは率直にそう感じたが、何が相変わらずなのか、ジョウジ自身も上手く説明ができない。強いて言えば、自身のシリアスな心境とは真逆にある姉の能天気さ、それがジョウジにそう感じさせたのかもしれない。


 ジョウジはグラスを置き、ちゃぶ台の上に身を乗り出した。


「オレの記憶が確かなら……姉貴は結構なアキバ系だったよな? それなのに、Vチューバーも知らねえのかよ?」


 ジョウジの中でのナツキは、「オタクに優しいギャル」ならぬ、「オタクなギャル」であった。


 派手に盛られたまつげ、ゴテゴテのネイル、明るい髪。


 そんな身なりで勉強机にかじりついている姉の姿をジョウジは思い起こす。ナツキが高校生、ジョウジが中学生の頃の話である。


 夢中になってペンを走らせている姉の後ろから、ジョウジがひょいと覗きこむと、目に飛び込んでくるのは、へたくそなアニメキャラのイラストと、やたら擬音の多い文章だった。


 つまり、好きなアニメキャラの夢小説を執筆していたのである。


「ギャー! やめて! 変態! 泥棒! パクるつもりでしょ!」


 いらぬ心配をする姉であった。


 そのくせ、しばらくするとニヤニヤしながらジョウジのもとへやってきて、「ねえ、最高傑作が生まれたんだけど……読みたい?」とかなんとか言いながら、頼んでもいないのに、その最高傑作とやらをジョウジに読み聞かせるのである。


 その最高傑作とやらの出来栄えは……推して知るべしであった。


 このように、かつての姉は夢小説を書くほどアニメキャラにのめり込んでいたわけだから、比較的アニメと文化的距離感の近い「Vチューバー」という単語を聞いて、姉がピンと来ないことにジョウジは納得がいかない。


 ジョウジがそんな心持ちでいると、そんな弟の気持ちを察してか、ナツキが言い訳を始めた。


「違うの、聞いて? アタシはね、夜の仕事を始めてからもうほんとに忙しくってね、気が付いたら古のオタクになってて、最近のオタ用語は全然わからないの。この間もね、お店にいる十代のオタク女子の悩みを聞いてあげてたら、最後に『ナツキさん、サンガツ!』って言われて、『は? 今は十月でしょ』って返したのね。そしたら、『アハハ、ナツキさんって面白ーい』ってあからさまにバカにされた笑い方されて……」


 おしゃべりな姉である。ジョウジはたまらず、話を遮った。


「うるせえな、わかったよ。もう姉貴も若くねえってこった。これからはレッ〇ブルじゃなくて養〇酒でも飲んでろよ……。そんなことよりほら、Vチューバーってのはこういうヤツだよ」


 ジョウジは有名なVチューバーをスマホで検索し、その画像をナツキに見せた。


「見たことねえか? こういうアニメっぽいキャラクターで動画配信してるやつのことをVチューバーって言うんだよ」


 んん? とスマホ画面を覗き込んだナツキだったが、すぐにぱっと表情を輝かせた。


「ああー、この娘知ってる! テレビのバラエティで見たことあるよ。なんかバズった曲あったよね。知ってる知ってる。ああ、一安心。アタシが若者ってことが完全に証明されたわ。……ってか、ん? アンタ、まさか、この娘にそんなことさせてんの?! ダメでしょ、そんなことしちゃ! ファンが悲しむでしょ! こういう娘を推してるのはね、大体が若い娘に相手にされない中年のおじさんなの!! 推しに裏切られたら、おじさんはもうむなしく死んでいくしかないでしょ!? ……でもさ、ぶっちゃけどうなの? こういう子ってさ、そういう時もやっぱカワイイ声で鳴くわけ? いや、ひょっとしたらもっとすごい声で……」


「違う違う、勘違いすんな。この娘にそういうことさせてるわけじゃねえよ。この娘はVチューバーの例えで見せただけだ」


「なんなのよ、もう……わかるように説明して」


 ぶつくさ言いながら、ナツキは、慣れた手つきでハイボールを作り、ジョウジの前に置いた。自然とこういう動きができるのは、夜の仕事に長く従事している女ならではかもしれない。


 ジョウジは作ってもらったハイボールで喉を湿らせ、説明を続けた。


「Vチューバーって言ってもいろんなタイプがいてよ……オレが一緒に仕事してるのは、ポルノ専門のVチューバーなんだ」


 いつの間にか、ジョウジの口調から後ろめたさが消え、声にハリが戻っていた。

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