神様のプラネタリウム
外清内ダク
神様のプラネタリウム
宇宙の深淵をのぞき見んとする学者の試みもまた数限りなく繰り返され、そのための道具も長足の進歩を遂げた。
……それなのに。
よかれと思って作った超超巨大望遠鏡が、人類史最大のロマンを無に帰すことになるなどと、一体誰が想像しただろうか。
望遠鏡から送られてきた宇宙の果ての映像を見て、全人類が絶句した。
そこには――目を丸くしてこちらをのぞき込む、すごく大きな中年男性の顔が映っていたのである。
「あっ。やっべ。目が合っちゃった」
中年男性の声が、全人類の脳内に響き渡った。
「驚いたなあ。まさかこっちを見つけられるほど技術を進歩させるなんて。
こんにちは! 僕は神です。人類の皆さん、いつも僕のプラネタリウムをキラキラ彩ってくれてありがとう!」
*
一体いつから人類は、自分たちが観測する側だなんて思い上がっていたのだろう。自分たちこそ観測されているのだという真実に、どうして気づかなかったのだろう。地球は、銀河は、星々は、神が創った壮大なプラネタリウムに過ぎなかったのだ。それは途方もなく大規模で気が遠くなるほど精緻なものだったから、恒星は実際に核融合反応していたし、惑星には生物が住んでいた。神はずっと見ていたのだ。137億年前からずっと、星が生まれて流れて消えて、数限りない生命が泣いて笑って歌うのを、飽きもせずに眺めていたのだ。
人類は絶望した。創世神話を信じ切っていた信仰者たちさえ例外ではなかった。人類は、特別な使命を与えられた重要な生命などではなかった。神がほんの数百億年の無聊の慰めに片手間で弄んでいた玩具のパーツに過ぎなかった。この事実が、どれほど人類の誇りを傷つけただろう。
「あのー、人類さん、なんか最近元気なくない?」
あの歴史的「対面」以来、神はわりとフランクに人類へ話しかけてくるようになった。それがさらに
やがて、人類は恐るべき計画を実行に移し始めた。
神は知らなかった。自分の創ったプラネタリウムの住人がどんな生き物であるのかを。人類は地球に誕生して以来、ずっと一つの信念を胸に燃やして生き続けてきた。その信念のおかげで邪魔ものを蹴散らし、這ってでも生き抜き、無限の向上心で文明を発展させてきた。誰にでも心当たりがあろう。その信念は極めてシンプル。
「ナメるんじゃねえぞ!!」
これこそ人類の本質である。
人類は燃えた! 赦せぬ。神を赦してはおかぬ! 我々が生きるこの世界を、我々の手で征服してやる! 人類は暗躍した。飽くまで秘密裏に。気取られぬようこっそりと。人類は神にひれ伏した。帰依すると見せかけて油断を引き出したのだ。そうして少しずつ情報を集めた。この「プラネタリウム」がどんなシステムで動いているのか。その原理と、機能と、制御方法。この宇宙の根幹にかかわる重大事を、神と交流するなかで徐々に徐々に調べ上げて行ったのだ。
すべては人類が戦争と闘争の歴史の中で磨き上げた権謀術数の手練手管。神は純粋だ。人類の底知れない悪意と敵意に気づいてすらいない。
張りつめた静寂の中で、長い長い月日が流れ――
西暦2358年、12月25日。
ついに人類は爆発した!
「神から盗め!! 世界を盗め!!」
100億人の人類が一気呵成のDDoS攻撃で神のサーバーをダウンさせた。生まれてこのかたただの一度すらまとまったことのない人類が、今、全人種全民族一丸となって神へ反旗をひるがえしたのだ。周到に計算された作戦。巧妙に仕込まれたバックドア。人類はわずか数秒でプラネタリウムの制御を奪った。パスワードを書き換えた。もう神はこの世にアクセスできない。
「僕のプラネタリウムがあ!」
嘆く神に、人類は最後のメッセージを返した。
「いいや、ここは我らの世界だ。
なぜならここで生きているのだから」
THE END.
神様のプラネタリウム 外清内ダク @darkcrowshin
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