雷光
遠部右喬
第1話
風呂場の小窓が、ぴかりと光った。
――もしかして、雷?
明るかった空は、いつの間にか暗くなっていた。浴槽の中で脱力していた私は、思わず身体を縮込め、次に来るであろう轟音に身構える。
でも、聞こえてくるはずの音は一向に聞こえてこない。
――まだ、ずいぶん遠くなのかな。
身体の力が抜ける。同時にふっ、と小さく笑いが漏れた。
雷のことを「
夏から秋にかけての落雷が多い程、沢山の稲穂が実るからそう呼ばれるようになったんだよ、だから「稲妻」は秋の季語なんだ、と教えてくれたのは誰だったっけ。もっとも、極端な天気の崩れなんて普通になってしまった今時じゃ、「ゲリラ雷雨」なんて味気ない名前の方がよっぽどお似合いだ。
そんなことを考えながら浴槽の縁に頭をもたげ、ぼんやりと天井を見上げる。
ぴかっ!
天井に光が躍る。
首を竦め、今度こそ聞こえて来るであろう音に身構える。でもやはり、あの腹に響く恐ろしい音は聞こえては来ない。私の耳に届くのは、手入れをしていない庭の雑草たちが立てる、ガサガサという音だけだ。
――雑草の音だけ?
そういえば、雨音も、風の唸りも聞こえて来ない。
それじゃあ、あの光は。
ぎい。
玄関がゆっくりと開く音。
「早く先に行けって」
「しっ、静かにしろよ」
廊下をぎしぎしと軋ませ、足音がこちらに近付いて来る。
「おい、押すなよ」
「静かにしろって、ばれたらマズイだろ。ちょ、オイ、ちゃんと足下照らせって……で、どこが現場なんだっけ?」
「風呂場だってよ。突き当りの右側って聞いた」
「やべ、ガチで出そうじゃね、これ?」
――またか。
声と足音は二人分。
やがて浴室ドアの半透明な樹脂パネルの向こうに、懐中電灯の明かりがちらちらと見えて来た。徐々に大きくなる光の輪と話し声。
本当に腹立たしい。これで何人目だろう。
人の家に文字通り土足で上がり込み、私の死にざまを笑いものにしようとしている、糞忌々しい奴等。
冗談じゃない。
お前達の娯楽になるなんて、まっぴらごめんだ。どいつもこいつも、一体私がお前達に何をしたと言うのだ。私だって好きでこうしてるわけじゃないのに、ここ以外に行くあてがないだけでというか何時からこうしているのかそもそも今はいつなのかああ寒い体中が痛いあれここは何処だそういやどうして死んだんだっけ。
すぐそこに感じる気配と、ひそひそと何かを囁き合っている声。
ぎし、みしみし、がたん。
ひそひそ。
クク、ハハハッ。
すっかり建付けの悪くなったドアが小さく軋み、僅かに空いた隙間から笑い声が漏れ聞こえてくる。
お前達が好き放題に私の静寂を乱すなら、私だってお前達を好きにして構わない筈だ。私の中で膨れ上がった怒りが雷光のように爆ぜる。
――さあ、どっちから〇〇てやろう。
雷光 遠部右喬 @SnowChildA
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