流し雛

八無茶

第1話  流し雛

            『流し雛』

                            八無茶 

  

 ある日、学内で福井一郎にあった。友達の中でも剽軽(ひょうきん)な方で、また誰からも好かれる性格で私にとっては数少ない情報屋の一人でもあった。


 「お前も気が利かん奴だなあ。お前を大好きだという女がいるのに一度ぐらいは会ってやれよ。コンサートがある時は毎回行ってお前を見て居るらしい。けなげな女だろう。

俺が中を取ってやろうか?」「そうだなあ。なかなか時間を見つけるのが難しいし、そう願えれるのならばそうして欲しい。彼女の下宿先は知っているので、来週の水曜日の昼からなら会いに行きたい。と伝えてくれ」

「明日にでも行けよ、蹴ったるいなあ」「バンドの練習が忙しすぎてそうはいけないよ。もしだめだと断られたら今まで通りで俺はいい。遠くから見ていてくれればそれでいい」「よっしゃ、わかった」「それよりお前が付き合ってやればいいじゃないか」「何度か付き合ったよ。・・・話と言えばお前の事ばかり。ぞっこんみたいだな」


彼女の名前は小倉洋子と言って、いつももう一人の色が白くて美人のよく持てると言われている子に付き添っている、やや引っ込み思案の目立たない女性だと記憶している。

彼女の下宿先は通学路沿いにあるため、一度その美人の友達と一緒に入るところを見ていて知っていたのだ。


 一週間が経つのは早いものだ。この時間に間に合うのが出来たのなら待ち合わせ場所は町の喫茶店でもよかったのになあ、と独り言を言いながら、玄関の引き戸を開け「こんにちは、御船ですけど小倉さんはいらっしゃいますか」と声をかけた。二人ほど女子学生さんが出て来た。にこっと笑って黙っている。こんな気まずい時間はもう嫌だと思っていると、当の小倉さんが降りて来て「どうぞ上がってください」と二階に案内された。ということは、あの二人はこの下宿屋の同僚で今日私が来ることを知らされていて、それ来た、どんな顔をした男か品定めにと急いで降りて来たのだろう。二階は二部屋でふすまで仕切られている。まずやばいと思ったのは隣の部屋に誰かいたら丸聞こえじゃないか。まさか福井が潜んでいないかと疑ってみた。「今、隣には誰もいないでしょうね」と聞いてみた。「大丈夫」との返事で『誰もいない』の返事ではなかったが、まあいいかでスタートした。


「コンサートの時はいつも聞きに来てくれてるって聞いたけどありがとう」「うん」

「ダンスパーティーの時、よく演奏を頼まれるけど、ダンスパーティーも来てくれているの?」「ううん」「そうか、学部内で時々ダンスの講習会をやるでしょう。ダンス位、踊れなくちゃと思い講習会に何度か出て練習したけど、私にダンスは合っていないと思い、やめちゃった。だから踊れない」「ふんん」「ダンスパーティーの時、一度やくざさんが主宰するダンスパーティーに呼ばれたことがあって、ちょっと怖かったけど、楽器やドラムなどアンプも含め、全部会場へ運んでくれてセットまでしてもらい、ダンスパーティーが終わると今度は全部かたずけてくれたのにはびっくりで、親切なやくざさんを見直したことがあったね。またライオンズクラブのクリスマスパーティーは振り袖姿のお嬢さんが何人も出て来てロックのリズムで踊りだしたのにはびっくり。何よりよかったのは、演奏の休憩時にテーブル料理のおすそ分けがよかったね」「ふんん」


「なんだか私の自慢話ばかりでお通夜見たいになったね。外に出ようか?」

「いいや、私の言いたいことを言わせて、まず○○さんとは話をしないで」

なんと○○さんとはいつも二人で何をするにも一緒の白い肌の美人であり、本人の親友と思っていた。 ぎょっとした。


「また○○さんとは話をしないで」これまた○○さんは学芸学部では成績一番の才女であり、きれいな顔は芸能人といい勝負ができるほどきれいで、竹下通りなどを歩いたら、すぐ数人のスカウトに呼び止められそうな美人だ。



「それから○○さんとは別れてください」これにもぎょっとした。彼女は小倉さんの後輩にあたり、お茶目で明るく誰にも好かれる女性だ。何かと私の後をついてくる小柄な女性だ。ついて回られても邪魔ではない程度にしか思っていない。

もう忘れたが、何かの折、私の実家を訪ねてとせがまれ一緒に尋ねたことがあった。旧家で茶室まであり、お父さんは有名な銀行の支店長さんで、お母さんも上品な人であった。しかし本人には呆れ返っていたというのが私の本音だった。その実家でテレビのチャンネルを替える時ご両親の前、もちろんお客さんである私の前で、寝そべった姿勢から、足を延ばし足先でチャンネルを変えた。ご両親は、はしたないと注意をしていたが、私の心はもうすでにここにあらずであった。そんなことがあっても学食堂では私を見つけるとバンド仲間が居ようとも、私の所に走って来て一緒に食事をするかわいい女性であった。学園内でも私の後ろを皆と一緒について回るけど害にはならない皆のアイドル的なかわいい女性だった。それが小倉さんにとっては邪魔な女性に見えていたのだろう。


私が首を捻(ひね)っていたら「私って自尊心が強い女なの。ちょっと持てるからと言って、男とチャラチャラしたり、男が寄ってくるのを自慢したりする子は大嫌い。私と付き合う気なら、私以外の女と話するのは認めない。やめて欲しい」「質問は?」

取り調べはどんなものか知らないが多分こんなものだろう。


「もてない男が恥ずかしさを超えて話する。告白に近いかな」

「今まで、他学部の先輩や後輩で仲が良くなった女性はいる。しかし付き合いは長くて二度までで、長続きはしていない。皆同じことを言われ、別れて行った。

『遊ぶだけ遊ばれて最後は捨てられる』それだけ私は鬼に見えたのかと悩んでいたものだ。

そのくせ『お前は持てるだろう』とよく言われるが、こんな調子だから『彼女』と明言できる女性はいない。恥ずかしい話はここまでにしてくれ」と言って一旦話を切った。



「あなたの言い分は分かった。もてない私には難しい問題ではない。かといって小説や映画みたいに常に一緒でベタベタなお付き合いは困る。バンドの練習をサボルとメンバーに迷惑をかけるからな。



噂とは怖いものだ。こんな話、面白くもおかしくもない話でさえ、バンドの練習が終わってからのデートとか、できるだけ話題にもならなようにと気を使っていたのに一週間後にはほとんどの人に知れ渡り『小倉と御船が付き合っているらしい』ことになってしまった。ボーリングやアイススケートに行ったのを誰かが見たのだろうか、一時は福井が言いふらしているのでは勘ぐったこともあった。




 バンドの練習が終わってからのお付き合いはそう長続きはしなかった。

ある日事件が起きた。

バンドの練習が中止で早く帰れる日があった。帰り道、前20mぐらいを工学部の後輩が歩いている。ちょうど彼女の下宿屋の前に差し掛かった時、「ねえ、〇〇君、寄って遊んで行かない、いま誰もいないよ」その後輩は後ろに私がいることに気付き、前を向いたり振り返り私を見てどうしょうかと迷ている。「ねえ、〇〇君、寄って遊んで行こうよ。今退屈なの」

前を歩く後輩は、下宿前の20mを通り過ぎた。それと同時に私が現れた。

呼び声は止んで静寂が続く。もう一度同じことを言ってみろ。爆発するぞ。

「恥ずかしくないのか?女郎屋の女め」


私は顔も見なかった。こんなはしたなく恥ずかしいことを言う女を見たくなかった。

女の性は、世の状況も見れず、何処であろうと本性を出してしまう。

私が通り過ぎる約10秒間、彼女はどんな気持ちでいた事だろう。

私は、もう会わない。謝りを聞く気持ちもない。女郎からは。


(携帯電話が無かった時代だから連絡も無くあっさり別れられたのだろう)


それから私は女嫌いになってしまった。バンドの練習やポンコツの車を買って、自分でタペットの修理、カムの調整をしたり、点火時期を替えたりして性能アップを目指したりして遊んでいる方が、めんどう臭い女心を勉強するよりよっぽど楽しかった。当時はまだ車が少ない時代だったので、ラリーが時折あってその商品がすごかった。ガソリン1年分、ラジアルタイヤ5本と涎が出そうな商品を目玉にしてダンロップや出光などが競ってラリーを開催していた。そのため自動車の改造は楽しかったし、ラリーには二度ほど出場し、もう少しの所までは来たが商品には手が届かなかった。

バンド仲間にバイクが好きな者もいて、レーサータイプのバイクにするため、エンジンカバーを外し、エンジンを紙やすりで削り圧縮比をあげたり、板金塗装を手伝ったりして、女の楽しみに振り回されるより、充実した生活が出来ていた。




 そして4年生の夏の終わりの頃だったと思う。工学部の学生部の職員たちが,野点(のだて)をしようと言うことになって、珍しく私と福井とドラムをやっていた佐竹とテナーサックスの相良が招待された。ドラムをやっていた佐竹だけが電気工学科で、後の三人は機械工学科の連中だ。どんな人選でこうなったのか不思議だったが、皆、目立つ存在であったことは確かだ。


行儀よくそれぞれの車に乗せてもらって近くの山に向かった。もちろん私のポンコツ車やレーサータイプ仕様のバイクは用無しだった。

山に着いた。登るということだ。結局私らは荷物の運び役だった。結構荷物がある。

一番重いのが絨毯というのか敷物だ。鍋釜などが男役で、茶碗、茶筅などの小道具は女子の役だ。燃料にする松ポックリや小枝を拾い集めるのも男の役だった。



野点(のだて)などやった事が無い。最後は敷物の上に打ち首の刑を待つ罪人のように、あの茶目っ気たっぷりの福井までも正座して神妙な顔をして打ち首の刑を待っている。そんな福井を見て目の前の人に顔を移すと、「くすっ」と笑ったような仕草をした美しい平安美人が座っているではないか。「どぉん」と胸が鳴った。順番が私の番に来て、私の狼狽(うろた)える様子がまた面白かったのか「くすっ」と笑っている。「どぉん」と胸は鳴りっぱなしだ。こんな経験は初めてだ。


洋式食事マナーは学内講習会に男はただ一人出席してマナーは知ってるぞ。社交ダンスのだって学内講習会に男はただ一人出席で基礎は知ってるぞ。但し2回しか続かず、踊れないのと一緒だ。こんな平安時代のお茶会などは知らん。見つめられるのが辛かったような嬉しかったような不思議な野点(のだて)の時間を過ごした。


名前だけは福井に聞いた。神田さやか。


週明け、なぜか勝手口からの入出はせずに、工学部の正門つまり学生部の職員室の前を通るようになって、ちらっと神田さやかさんを見るようになった。こんな気持ちは初めてだ。不思議なもので私が見ながら通っているのが、以心伝心など信じたことがないのに以心伝心したのか私らの研究室に「おはようございます」と言って入って来て、花を生け替えてくれたり、金魚鉢の水の入れ替えや、机の上を整理したりしてくれたりするようになった。

研究室の同僚が「神田さん、この頃おかしくないか。しょっちゅう部屋に入ってくるし、もしかして、俺のことが好きなのかな」「あり得なぁーい、今年入ったばかりだし慣れて来たんだろうな」



翌日、同じ時間に私は彼女が研究室に入って来るのを待っていた。ピッタリ。

焦って言ってしまった。

「〇〇喫茶店に6時に待っているから、来れないかなあ?」「うんいいよ」

「ありがとう。他の生徒は実験棟の方に言っており、合流しなくちゃいけないので、今はここまで」と言って握手をし、別れた。

実験棟に行きながら考えた。なぜ握手が出来たのだろう。やわらかい手だった。

それとなく手が出てしまって、握手を求めたわけじゃないのに、答えてくれた。

その日は6時、6時と6時が離れなかった。



喫茶店に来てくれた。嬉しくてたまらない。「今年の4月に就職したの」「うん」「気が付かなくてごめんね。職員の方から歓迎会などしてもらった?」「はい。してもらって、初めてカラオケに連れて行ってもらいました」「歌えよ、と言われたけど人の前で歌うのは恥ずかしいし、はやりの歌を今度までには歌えるように練習しておきます。と言って逃げたの」

「野点(のだて)の時、私の方をチラチラ見て薄笑いしていたけど私の事、知っていたの?」

「ああこの人があの有名な御船さんか。って見ていたわ」「有名って?女にもてない人で有名な人って教え込まれたでしょう」「ううん違う。最初に教えられたのは学食のお姉さんやおばさん達で、『スタイルブックから飛び出して来たみたいな人』だからすぐわかるよ。そう言ってメキシカンルックの服を着ている写真とハイネックのセーターを上手に着こなしている写真を見せて貰ったの。だから噂通りの人だなあって見ていたの。学食のお姉さんやおばちゃんにはもてもてよ」知らなかった。隠し撮りか。

「バンドの話も聞いたわ。上手だって。それで1回だけ小杉さんとダンスパーティーを見に行ったことがあるの」小杉さんは職場のお姉さんだ。

「びっくりしたわ。ダンスパーティーって男女二人が抱き合って踊るのだと思っていたけど、あなたのダンスパーティーだけ。あんなの初めて」「先日のダンスパーティーだね。私も信じられなかった。ブルースが終わりロックに切り替えた途端、ブルースで踊っていた人達は会場の隅に引き下がり、代わりに約30人位の若いぴちぴちのお嬢さん達が会場の前に出て来て隊列を組み一斉に踊りだした。踊りは全員揃っていて一糸乱れぬ団体の踊りで周囲からは拍手が出るくらいであった。誰が振り付けをしたのだろうか?どこでこれだけのメンバーが稽古をしていたのだろうか?そもそもどこから出現してきたのだろうか?高校のクラブ活動だろうか?

昔から噂になっていることがあって、小東京で有名にならないとデビューしても売れない。小東京で有名になると売れる。その小東京がここだとは聞いてない。一曲終わるとみんな消えてしまったね。そんな不思議な集団だったね。しかしこれからの芸能界はあのようなグループで歌とダンスでのステージが見られるのじゃないかと一瞬思ったね」

「あれだけ揃った振り付けで、歌でも入ったら個人の演歌は寂れてしまうね」



(まだオニャン子クラブもモーニング娘もいない時代であった)



「今度の日曜日、都合は空いている?もしよかったらちよっと遠いけど大山(だいせん)に行こうよ。今、 時分すすきが原や紅葉がすてきじゃないかな」「うん、行く」

今日、帰りの送りの時、どこで待ち合わせするか決めよう。もしご両親にそんな遠い所はだめと断られたら誰か・・・・妹さんか弟さんはいる?」「妹がいるよ高校生だけど」「そしたら一緒に行くことにしたら」「グットアイデアね」



 その日は快晴で最高の日であった。妹さんは用事があるとのことで来れなかった。

「雪の日に生まれたので雪奈と言う名前だけど、今日は気を使ったみたい。私のために。貴方のためにかも」「私のためにかもってどういう意味で?」「知らない」と言って「ふふふ」と笑った。



高速道路を飛ばし、もう一息の所まで来た。「すごい」山裾は真白のすすきが原で、今走っている道路は、真っ赤な紅葉のトンネルの中を走っている。そして大山の山が見えると、裾野から上に向かって、白のすすき、その上が真っ赤な紅葉、その上は黄色の銀杏のようだ。「すてき、こんなの初めて見た。凄い、絵の中に吸い込まれて行くみたい。素敵な景色をありがとう。紅葉が凄すぎる」


しばらくの間、やまない驚嘆の声を嬉しく聞いていた。「カシャッ」「カシャッ」と音がする。さやかの方を見ると写真機でこの思い出を取り込んでいる。「お父さんが貸してくれたの」とうれしそうな顔と声が映っててほしいと叶わぬ願いと同時にお父さんの気持ちも伝わってくる。

「証拠写真か?」「そんなんじゃない。父さんや雪奈もこの景色にはびっくりするでしょうよ」



五合目だ。駐車場に止めて飲み物で喉を潤わせ、頂上に向かった。そして頂上付近で「さやか、こっちに来て見て」剣山に向かう道だが、剣山への尾根を刃物で切ったような尾根の縦走路だ。植物はいっさい無く、尾根の左右300mは、がれきの傾斜が続いている。尾根は30㎝から40㎝位の幅しかない。

「先日どこかの大学のワンダーフォーゲル部の部員が自分の靴ひもを踏み、転落し死んでいる。また倉吉の温泉宿のお客さんと仲居さんがふざけた挙句、転落して死んでいる。今、通れないように封鎖する計画が進んでいるらしい。今を外せば通れなく封鎖されるので縦走してみようか?」冗談で言ったのに本気で怒りだした。昔、福井やバンドの仲間で縦走した話をしたら、目を剝いて聞いていた。怖かったのだろう。ぎりぎりまで近づき写真を撮っていた。



秋の陽は暮れるのが早いので、名残(なごり)惜しそうな表情をしり目に早々に帰ることにした。

帰りは話題も少なく陽が落ちるにつれ寂しさが増してくる。そんなむなしい気持ちを吹き消すため、次のデートの約束をよくしたものだ。


「さやかは怖いものに興味があるかなあ」「先ほどの縦走路みたいなのは絶対ダメ」「お化け屋敷は?」「あんなの作り物かアルバイトの子が怖そうな化粧をしているだけでしょう」「幽霊は?」

「会ってみたいわ。但し貴方と一緒の時にね」「そうか、強いなあ。今度幽霊を見に行こうか、今度の土曜日」「何時に?」「夜の8時頃」「どこに行くの?」「それは内緒。また連絡する」

そんな話をしている内に、さやかの家に着く前には、もう真っ暗になっていた。車から降りる前に、何時もの儀式が行われる。それは彼女の右ほほに軽くキスをすることだった。ポンコツ車を買ってから「サヨナラ、またね」と言ってそれとなく車で送った時などにするようにしていた。

「あれ、今日はおかしいぞ」「今頃気付いたの?その度(たび)に顔を少しずつあなたの方にずらしていたの」「今日は唇の淵に当たったぞ」「当たったって何よその言い方。次はもう直角だからね。 楽しみね」「参りました。次回を楽しみにして待っています」  「スケベ」



スケベの日が突然やってきた。木曜日で約束の土曜日ではない。夜の8時前だ。私は慌てて電話をした。お母さんが出た。「すいません。いつもお世話になっています。御船です。さやかさんをお願いしたいのですが」「こちらこそお世話になっています。大山の写真見ました。きれいですね。びっくりしました。貴方様の写真が無かったのが残念でしたわ。さやか」と言って呼び出してくれた。「どうしたの今頃?」「幽霊、幽霊、出たぞ、今日見逃したらしばらく見れないぞ」「こんな時間に?」「8時頃って言ってただろう」

「あっ、もしかして『直角』が待ちきれなかったのね。そうでしょう?」「うん、そうそう、但し写真機を借りて来てね。もし心配なら雪奈さんにも幽霊を見せてあげると言って一緒に来てもらったら」「うん聞いてみる」「何もかもOKよ」「じゃ直ぐ迎えに行く」



「うまく幽霊が撮れるかなあ、霧が深いから注意して、道の中央の方には行かない事。まず雪奈さんの幽霊を呼ぶね」車の中で段どりの説明をした。

「お姉さんは運転席のドアの外で写真機を構え、『映して』の私の合図を待つ。雪奈さんは左側のヘッドライトの前に立って私の言うことに従う。いいね。さあ車から出よう」位置に着いた時、私が大声を上げた。「雪奈さんの後ろに幽霊が、映して」と私が叫んだ。タイミングはバッチリ。「キャアー」雪奈さんの悲鳴が響き渡った。「ウワー、いや、付いてこないで」泣きそうだ。『映して』

「雪奈さん、万歳をしてみて」「あれ、影だ」「ブロッケン現象と言って霧が濃ゆい時に影ができるの。霧が深ければ深いほど影は近くにでき、今のは等身大の影で後ろ30㎝程の近くに影が出来ていたね。それも真っ黒の影。登山者は太陽が後ろから照り、影が目の前にできたり、影の周りに虹の後光が映ったりよく経験するけど、平地でこれだけ霧が深くなることは珍しくて慌てて呼び出したわけ。次は私とお姉さんの写真を撮ってくれる?」ふたりで一緒に撮ったが写真が幽霊付きとはいい思い出になった。


帰った時、雪奈さんが「先に降りるから、御ゆっくりね」と言って私の方を見てニヤッと笑った。気になって「雪奈さんは知っているの?」と尋ねると「すべて話しているから知っているわ」「おませだなあ」「最近の高校生はすごいのよ」「雪奈なんかお嬢様らしいわよ」「へー私たちが時代遅れにならないよう雪奈さんに教えて貰わなくちゃ」「冗談でしょう。だけど時々教えて貰っているけどね」「ふふふ」の声が聞こえた。「それじゃまた」直角の楽しみをやっと味わえた。柔らかい唇に震えているように思えた。さやかが震えていたのか私が突然の喜びに震えたのか嬉しかった。





怖い所に行くと約束した土曜日がやって来た。8時に迎えに行くと連絡した。「雪奈と一緒はだめ?」「今日は絶対ダメ。先日の幽霊どころの話じゃない。ご両親にこの話が漏れたら『もう付き合うな』と怒られそうだなあ。雪奈さんは黙っててくれるだろうけど」「ほんとに幽霊よね。違う話だと私帰る」「ちょっと違うんだけど、恋人として許せないことをするんじゃない。怖いぞー。もうそろそろだね」車の中なのに、もう私の左腕を掴んでいる。

 車を止め降りた。また左腕をしっかり痛いぐらい抱きしめている。

「ほら来たぞ。目が光っている。声は出さないで、走らないでゆっくり歩いて」また抱きしめる力が強くなった。目の光る数が増えてきた。「ウー、ウー」唸り声が大きくなる。元来た方向に戻ろう。完全に取り囲まれている。野犬の群れだ。小さな声で言った。「絶対大声を出すな。絶対走るな。縄張りに今、入っている。縄張りを出るまでの辛抱だ。もう一度言う。絶対走るな。大声で助けを呼ぶな。群れの中に福井のような性格の犬が居たら厄介だぞ。ちょっかいを出し、飛び掛かってくるから。右腕には自動車工具のスパナを持っているから安心して私を好きなだけおちょくっていいですよ」「馬鹿」輪が小さく

なった。大きく踏み出すと輪が大きくなる。しばらく歩いていると輪が小さくなる。

一匹が飛び掛かって来た。「ゴン、キャン」一匹でよかった。複数で飛び掛かられたら危ない所だった。やはり斥(せっ)侯(こう)役の犬がいた。「たぶん威圧は続くがもう攻撃はしないだろう」やや足を速めた。まだついてくる。あるところまで来ると

一斉にいなくなった。

「もう大丈夫、縄張りを過ぎた。御船君の寸劇は終わり」「馬鹿」「馬鹿」「馬鹿」

恐怖からの解放でさやかの愛撫は激しさを増した。

スパナは後ろのバンドに刺し、さやかを思いっきり抱いた。

「なんでここに野犬が居るの?」「それはたぶん釣り客が残した弁当の残りやお菓子類の残りを食べに集まって来たのだろうよ」

しばらくすると、さやかの手が私の両手を掴み、さやかの胸へと誘導する。

私はくるりと向きを変え、さやかの後ろに回った。

さやかの手が私の手を探す。そしてまた両手をを掴み、優しくさやかの胸へ誘導する。胸が私の自慢できるところよ、と言わんがばかりと思っていたが、また遅ればせながら今、気が付いた。無い、着ていない、付けていない。嬉しくて小学生のような胸の高まりを感じた。

気持ちがうれしかった。淫らな行為ではない。嘘だったら帰る。とまで言って居たさやかだ。嬉しかった。胸を触ってもらえるかもしれないと期待しての行為だろう。

左手は左胸に残し、また右腕を掴まれ静かに下へ誘導される。そこはだめだと叫びそうになった。しかし私の手の指を押し付けられた。やわらかい未知の道路を走っているようだ。 縦に走る。上まで来た。

「うっ」と嗚咽(おえつ)を発し、頭をうな垂れてしまった。指にかかる圧力が弱くなり、また強くなりを繰り返している。その度に「うっ」「うっ」とむせび泣くような声がする。


もう我慢することはやめよう。さやかを満足させよう。好きなように。と一瞬脳裏を走ったが、さやかの将来を私の独断で決めてはいけない。きっといい人との人生が待っているかもしれない。

かもしれない・・・か・・・弱い奴だな。そうかなあ。と自問自答が始まる。

卒業、別れ、無理して一緒になれたとしても就職、新入社員教育、転勤、と振り回し続けるのは嫌だ。可哀そうだ。

一時(いっとき)の恋のために、お互い不幸を買って出るうようなものだ。



「もう遅い。帰ろう」「うん」「雪奈ちゃんに報告するのか?」「どうしょうかなあ」

「来週、日曜日は体育祭でしょう。軽音楽部も便乗するようになったのでコンサートを聞きに来ないかな。ハワイアンとロックバンドが出演するよ」「行く、行く、バザー等もあるんでしょう。雪奈が喜ぶよ。この話で今日の報告をごまかすわ」

「それじゃ、また」の後の儀式はことのほか長かった。もう帰りたくなかった。



日曜日は体育祭だ。さやかに会える日だ。毎日学生部の前を通るたびに顔は合わしているのだけれど、体育祭に会える嬉しさは数段の違いがある。捜す楽しみ、会って話をしているところを皆に見せびらかしたい。

おっと、この思想は昔の小倉洋子と一緒じゃないか。ふと小倉と会ったらどうしようかと背筋の凍る思いがした。普段は学部が違えばほとんど会わない。学食の時やこのようなイベントの時が曲者だ。予想されるのは、つんと目を外され『男はごまんといるわ』と空威張りを見せ付けるだろう。探すまい。


「御船さーん」声のする方を見るとさやかと雪奈がいた。この胸のときめきは何だろう。初めてのデートのようだ。「ホットドッグ食べに行く?おでんもあるよ、焼きそばも。業者の屋台が入っているんだ」雪奈がホットドッグと言った。「早く来たんだね」「雪奈がせかす、せかす、自分の恋人に会いに行く権幕だったのよ」「いいじゃない私の恋人なんだから。ねえ、淳平さん」ドキッとした。淳平さんと呼ばれたことはなかった。御船さん、か御船君か『あなた』であった。「どうしたの?鳩が豆鉄砲食らったような顔をして」「いいや。おいしいねホットドッグ」今どきの高校生はこれが普通なのかもしれない」雪奈さんの言葉の続きを今どきの高校生だったらこう言いたかったのじゃないかと下手な考えが頭に充満し押しつぶされそうだった。

「ボケっとしてたら私が取ってしまうからね。後悔しないでよ」と聞こえてくる。



「よく食べたからコンサートの時、眠っちゃだめだぞ。いびき搔(か)いたら最悪だなあ」「了解。お嬢様なんだから」「終わったらいつもの喫茶店で待っていて」「了解」

演奏会も好評のうちに終わった。やはりバンド仲間では噂になっていた。「神田さんは学内でちょくちょく見かけるけど、その隣のかわいい子は誰?御船もせこいな。あんな美人を二人も連れまわして俺たちに紹介もしないのだからな」「神田さんの妹さんだよ」「ええっ」「まだ高校生だよ」「落第して彼女がこの学園に来るまで待っていようかな」「おじいさんになってしまうぞ」「詳しいことは神田さんへ」「何かのコマーシャルみたいだな」


バンドの片付けも終わり喫茶店に急いだ。「遅いよ。何してたの」雪奈の喋りは直接的だ。さやかは笑っている。「あのなあ。雪奈ちゃんが『もてもて』でこの学園に入学するまで落第し続けて待っていようか、とかどんな子かお姉さんに聞いてみようって大変になるぞ」「おあいにく様、私にはもう好きな人がいるもん」さやかが間髪を入れず尋ねた。「誰のこと?」「内緒」聞けないと思たのか黙ってしまった。みんなに『もてもて』と聞かされ機嫌を取り戻したようだ。

「演奏どうだった」「そんな聞き方ないでしょう。何が一番良かった?でしょう」

「ごめん。何が一番良かった?」「朝日の当たる家」「そうね。私涙が出た」「そうかテナーサックスがよかっただろう?」「うん」「私も涙が出た」「そう言っとくよ。相良が喜ぶぞ。落第するかもしれないな。練習の時もどれだけ泣かせるかをテーマにしたんだ。エレキが悲しみにむせびだしたら、サックスがもひとつ寂しさを表現し、泣いたところでどうにもならないとサックスが泣き叫ぶように体ごと曲に合わせ、どれだけ泣かせることができるかを表現していたんだよ。「どういう曲なの?」「アメリカ版の売春宿」の話。話が途切れた。さやかが「もうひとつきれいな曲だなと聞いたのはエレキでキュンキュンと擬音を入れた曲、優しくてきれいだったわ」あれはアンデスの山々を表現したアンデスの民謡コンドルは西へ飛んで行くだったかな。コンドルの鳴き声を入れたつもりだったが入れるのやめるか」「ううんアンデスの民謡と聞いて美しい曲だったのがわかった。」「普通のコンサートでは曲の説明をしてから演奏に入るのだが体育祭なので手抜きしたんだ。それと体育館なので放送設備がいい加減で、ハウリングを時々起こすので放送設備は使わなかったんだ。途中でキーーンと耳をつんざく雑音が入ると嫌だろ」

今度の土曜か日曜日、気象情報で決めるが、「朝日の当たる家じゃなくて『涙を流しながら昇る朝日』を見に行こうか、見たらもらい泣きするよ。但し朝日が出た時だから朝の4時か5時ぐらいの時間でそこまで行く時間は約1時間」「気象情報で日程が決まるということは何なの?」「晴れた日で霧もなく風も無く、波も静かで穏やかな日じゃなければ見れない。『涙を流しながら昇る朝日』が見れなかったら『涎(よだれ)を垂らしながら昇る朝日』が見れたら御の字だ。「どういうこと?説明して。この前みたいに野犬が出てきたりは嫌よ」「そこは海から太陽が昇るのだが太陽と海が引っ張り合うように昇るから太陽から太い黄金の紐みたいにつながっていて涙を流しているように、または涎(よだれ)をダラッと垂れているように見えるんだ」「考えとくわ」「朝早いので雪奈さんも来てほしい」「なんで」「ご両親がさやかさん一人を朝早くは出さないでしょう」雪奈さんが言った。「ほぼ不採用ね。面白そうで壮大な景色で黄金の涙はきれいでしょうが私もついていくなんて無理でしょう。現時点で不採用」



そして家の近くまでかえって来て、別れの時が来た。雪奈さんが先に降りて、「今日は楽しかったわ。クラスの生徒が悔しがるだろうな、ありがとう。御ゆっくりね」と言って降りて行った。さやかが「直角ね」と言ってほほを摺り寄せてくる。そしてドアを閉める前に「またどこかへ連れて行ってね。淳平さん」淳平さんの呼び名は嬉しいけどこそばゆい。もう降参だ。



翌日から学内では神田さんと私の話題で満ちていた。三つ位下でしょう。いや四つ下よ。だって今年の四月に就職してきたのでしょう。御船君は今四年生でしょう。何時から付き合っていたのだろうね。工学部の学生部の神田さんとは知らなかった。結婚するのかな。卒業でお別れだなあ。ついていくかもしれないよ。それは辛いよ。一番心配してくれたのは学食のおばさん達であった。我が子のように心配してくれた。「頑張んなさいね。いい子だよ」と食事を渡す時こえをかけてくれる。もう結婚すると決めているような口ぶりで、こんな状況で『これで卒業、はいさいなら』となったら、学食のおばさん達に殺されるかもしれない。少なくとも鬼と思われるだろう。私自身の気持ちが未だにハッキリしていないのが悔しかった。

必ずこの時期が来るとわかっていながら女をむさぼり、結婚相手をむさぼる鬼達が暴れる期間なのだろう。それがいやで車に逃げたり部活に逃げたりして忘れる事への下準備をする者もいる。私はこの鬼達の仲間かもしれない。

 


一緒に居たい。もっと話したい。3月以降のことを話したい。『ほんとに話したいのか?』『どう言うのだ?さようならか?付いてこいか?勇気があるか、お前にそれだけの覚悟ができているのか』『農学部では殺人事件まで起こっているぞ、医学部では結婚して一緒に卒業したが、一か月も持たず女は帰ってきているぞ』『社会に出ることは学部内で仕事をしている状況とは全然違うぞ』『絶対離れないと言っていた仲のいい二人が、子供が出来て、三年もしたら離婚してシングルマザーだ』『それを知っていても、早くセックスをして早く結婚を確約してシングルマザーでもいいと言う風潮が増えてきている』『そんなことは考えていないだろうな』『考えていない』とは言い切れない自分が腹立たしく思えた。そして逃げに回った。


 「さやか、今度、佐用町の星空を見に行かないか。今ふたご座の流星群がふって

いるのが話題になっているよ。佐用町は遠いし、夜の話だろう。両親が許してくれるかが問題だけどね」「行く、行く、何とか誤魔化してでも行く」「誤魔化すのはだめだよ。帰ってくるのはたぶん1時頃になると思うし」「行く、行く何としても行く」「何としてもは微妙な表現だね」駄々をこねるとはこのことだろうと思った。


翌日の昼休みさやかと話が出来た。この上もない笑顔で「大成功、怒られるかと思っていたけど、お母さんがテレビで佐用町の星を眺める会の話題が持ち上がっているのを見て、佐用町も観光の目玉に考えているとのことで、逆に私も連れて行ってくれないかなあ。だって」

「それは良かった。野犬は出てこないから安心していいよ」さやかが笑っている。

いつまでこの爽やかな笑顔が見れるんだろうか」

「ちょっと聞くが、さやかさんの名前は沙也加ではないの、神田沙也加? 今、気が付いた。」「いつも気が付くのが遅いのね。最初のデートの日に聞かれたら笑って聞けるけど、今、気が付いたんじゃ、こそばゆいわ。鈍感ね」「鈍感でいい」「あれ、怒った?」「怒ったんじゃない。ほんとの事を言われたなと思っただけさ」



「今日 風がないし晴天で雲一つないし絶好の日だけど、今日行かない? 

6時位には車のドアのキーは開けておくし、学園を出て、途中のパーキングで食事をして10時11時を待つ」「行く、行く、行きたい。すぐお母さんに電話して許可取るわ」「お母さんも連れてってと言われてもダメだぞ」「了解」


車のキーは開けて夕方まで待った。車に乗るとしばらくしてやって来た。「ちょうど

だったなね」「窓から覗いて『あなた』の姿を待っていたの」「淳平さんの姿を待っていたのだろう?」淳平さんの呼び方にも慣れ、二人ともうれしくてたまらない笑いだ。「さあ、出発」



やはり3時間かかった。もう真っ暗で闇夜である。駐車場に係の人が3人いた。「500円いただきます」おもわず「高かっ」と声が出そうになった。「しかしある意味安いよね。ごみの整理、野犬の監視、野犬や猪や鹿などが入ってこないように柵の点検などをしてくれると思ったら安いよね。ほら後ろに野犬がいる」「きやー」と叫んでしがみ付いて来た。

「淳平さん、何かを期待したでしょう」「その通り」「星の下でね」

すこし山を登り広い平原に芝を植えた気持ちのいい場所に出た。「上を見てごらん」「キヤーすごい、満天の星と言うの。素敵、こんなの初めてよ、ジャンプしたら星が掴めそう。あったのね」「何が」「童話の世界と思っていたが、現実に箒(ほうき)で掃いたら星がバラバラと音を立てて落ちてくるシーン」と言ってジャンプしている。「箒(ほうき)買って来ればよかった」「箒(ほうき)は無いけど三畳用のピクニックシートは買って持ってきているよ」「淳平さん、あっぱれ」さっそく広げて寝転んでしまった。

「淳平さん。星の掛け布団よ、ちよっと寒いけど、星の掛け布団ってすてき」「あっ、流れ星。また流れ星。ここに一緒に寝て。淳平さん。願い事、願い事、こんなに忙しいとは思わなかったわ」「また大きな流れ星、こんなにたくさんの流れ星、凄いわ。ワーッまた大きな流れ星」「もしかして私以外の人とここに来たことがあるんじゃない。貴方とは珍しい物ばかり見せられたり驚かせられたり、尋常じゃないわ」と名探偵のようなポーズをするさやかがこんなにかわいいと思ったことは無かった。「あたりー」と冗談を飛ばしたら涙ぐんで私の上に乗ってきた。「冗談、冗談、さやか以外に愛した人はいないよ。この前話をしたでしょう『遊ばれて捨てられそうだ』って言われた段階で、女性には逃げられっぱなし。『持てない男の代表』だって言ったことがあったでしょう。

やっと落ち着いてきた。

 「願い事は済んだ?」「うん一つだけ」「教えて」「いや内緒」「雪奈さんには報告す

るの?」「うーーん。しないと思う私の願い事だから」

私の左足をまたいでいる。少し動いている。さやかの温もりが伝わってくる。


やわらかい温もりを堪能しながら星空を眺め、何をお願いしてたのかな、なんて考えていたのに突然降りて私の右側に寝転び体を押し付けて来る。

しばらくすると、バンドを緩め、ジッパーを下げ、私の股間をまさぐりだした。何するのかさやかのしたい放題に身を任せていた。男の大事なものを引っ張り出した。

「さやか何をするつもり?」「今、気が付いた?いつもは気付くのが遅く、後日気付いたりしていたので、今日も終わってから気付いてほしい鈍感な淳平さんを期待してたのに残念だわ」「鈍感とは失礼な。知らぬふりしてさやかの気持ちの変化を観察していたんだぞ」「あーらお上手なこと。そんなに気を使っていてくれたなんて嬉しいわ。今日は私の気持ちの変化を観察するつもりはなかったの」「あったさ。しかし恥ずかしさが勝って」「やめさせるつもりなの?」「さやかのしたい放題に身を任せていたつもりだった」「うれしい」と言って続きをやりだした。もう完全に爆破しそうな処まで来ている。「恥ずかしい話だけどもう爆発しそうなのでやめてくれる」「爆発しそうになったらこうしなさいって雪奈が教えてくれたのよ」「えっそんな話をしてるのか?」「高校生の中にはグレ子がいて、そんな話がされているみたい」「降参。しかし私はモルモットではないので今日はここまでで実験は終わり」「ううん」不満そうな頷きだった。

そして私の右側に寝ていたさやかが左側に移動した。

横を向き胸に手をやると、さやかが私の右手を握り誘導が始まった。

駐車場を過ぎたところで約束した事の実行だ。

さやかの息遣いが早くなってきた。腰を少し浮かし私の右手を下腹部に誘導した。

「もう少し下でもいいのよ」と囁きがした。丸い柔らかな傾斜部に届いた。

胸のボタンを開いて私の左手を服の中に誘導している。気が付いた。無い、今日も無い、「今日は気付いた?」と囁く声に、答えられなかった。

右手の指を下から上へ動かす。上に来た時「ウッ」とあえぎ声がする。

二度目は「ウッ」と言った瞬間に足がピクンと伸び、一瞬の痙攣が起き「アッ」と言った。

「もうやめようか?」「いや、続けて」胸を触るとさやかの柔らかい肌のうねりと鼓動がもろに伝わってくる。右手を動かすと足がピクンと伸び、この私でさえ今、さやかの体は最高の時を感じている時だ。とわかる。


「さやか」と囁くと、泣きだしている。なぜ泣くのだろう。「いやならやめるよ」「いや、続けて」泣きながらの必死の訴えだ。右手で大事な場所を触ると「ウッ」と顔を歪める。スカートの中に手を入れても拒(こば)わない。ついに生の指が愛撫する。「ウッ」「ウッ」と回数が増える。なぜか可哀そうになって来た。私の性格からすると大胆すぎる。しかし喜んでくれるだろう。大切な場所に中指を入れた。「アーッ」と言いながら泣いている。なぜ泣くのかがわかって来た。もう可哀そうになった。

「さやか、もう我慢することないよ。思い切り泣きなさい。思いきり抱き締めていいよ」また私の左足の太ももをまたぎ乗って来た。私も思いっきり抱きしめた。

これが私とさやかの最後のデートかもしれない。そう思った瞬間涙が噴きだした。

鈍感と言われても反論できない。ほんとに鈍感だ。陽が明けるまでいつまでもこうしていたい。できたら陽は明けないでくれ。強く抱きしめると、さやかの柔らかな体が見えてくるようだ。柔らかいマシュマロのようだと比喩されるが、その通りだ。強く抱きしめ返される。

今日でなくても、裸で愛し合っていいものだろうか?彼女が不幸になるかもしれない。それはお前だけの都合だろう。の声がする。また考えが宙を舞う。

流れ星の流星群が私たちの幸せを願いながら流れているのか不幸を悲しみながら流れているのか何も語ってくれない。

強く抱きしめる。強く抱きしめ返される。胸を軽く動かしている。秘部は太ももに押し付けたまま動かしている。私も喜びは最高に到達しそうだ。



寒い。寒くなった。11月のこの季節仕方がない。

「ねえ、さやか」「ううん」「寒くなったし今から帰っても2時を過ぎるし、かえろうか?」さやかはまだこのままを感じていたいようだ。


「お正月を過ぎて2月頃までには決心したい。さやかも決心する時間が欲しいでしょう。お互い決心が出来たらその時もう一度会おう。なんだか言い逃れをしているようでさやかにとっては不満でしょうが、もう一度会って話し合おう」「どこか又ロマンチックなところに連れて行ってくれるなら許す」「寒いときだし・・・・」「ダメ、行きたい」・・・・・しばらく星を眺めていた。私は小声で言ってしまった。

「ラブホテル」・・・・・「今なんて言ったの淳平さん?」

「恥ずかしいことは二度言わない」

「言わなくていいわ。ただ『もう行くのやめた』とか『まだ決断出来てないから行くのはやめた』だけは言わないでね。どんなにつらい決断であってもその決断とその理由は聞かせてね」私より一段も二段も大人だ。涙が出た。「あら、淳平さん泣いてるの」「さあ、泣かないで」と赤子をあやすように胸を触らせたり胸に顔をうづくまりさせたりしてあやしてくれた。恥も外聞も無くしてしまった。



帰りの車の中では私の方が憔悴(しょうすい)していた。さやかはもう一度会えることができる約束が取れたことが嬉しかったと見える。

「ありがとう素晴らしい星空を。そしてもう鈍感ねとは言わないわ。素敵な星空とそれを眺めるビニールシートを用意いてくれてたり、次の予定の約束をしてくれたり嬉しいことばかり」さやかは事のほか喜んでいるのだが、私の方は大胆な約束をしてしまったものだと鈍感ではなく早合点をしてしまったのではないかと考えた。

言ってしまった後で悩む最悪のパターンを演じてしまった。ラブホテルに行こう、ってもう確認印を押しに行くようなものじゃないか。そう思われても仕方がない。決断なんて立派なものではない。そうして考えると、もう私の考えは決まっているのだと断言すべきではなかろうか。




正月明け1月に大変なことが起こった。ある大手の化学会社の人事担当の課長さんが大学に機械工学科の学生を探しているとのことで機械工学科教授を訪ねて来た。なぜ大手の化学会社のかたが化学科で無く機械工学科の学生を求めるかは新しい工場と中央研究所を立てる予定だそうだ。機械工学科の中でも熱機関を研究している私に白羽の矢が立った。すぐその足で私の下宿先を尋ね、部屋まで上がって見て帰ったそうだ。下宿屋のおばちゃんがびっくりしていた。ロゴを付けたタンクローリーをよく見かけていたからだ。全国で15名機械工学科の大学生を集めているそうだ。



個人面接の日も決められていた。2月の終わり大阪の本社で面接があった。今やっている私の研究が話題になった。ヂーゼルエンジンや漁業船舶などに使われている小型の焼玉エンジンの着火性の向上である。「現状はなかなか着火できない。ガソリンエンジンの様にキーを使って一発で着火させることが出来るようにとの研究です。ほぼ結果がまとまりました。来年には発売されるでしょう」「どんなことをやったんですか」「初めは手探りで9mの鋼管にイオンプラグを何本も立てて、プロパンを代わりに使い火焔のスピード測定に始まり、実際の重油でエンジンを回して着火しなかった時の成分や燃えかけたが消えた火炎を抽出したり着火したときの火炎を抽出したりしてその時のガスの成分の違いをガスクロで分析しまとめたものです。一番苦労したのはヂーゼルエンジンは250気圧まで圧縮します。その横っ腹に圧力検知プラグをたてて、ガスを抜くタイミングをどうやって実験するかでした」「どうやって抜いたの?」「それはまだ内緒です」「メーカーではこのデータが正しかったのかの検証をその円盤を使って実証実験をしているでしょう」好かれたようだ様だ。会社の規模、工場の数など教えてもらった。

「卒業までに荷物を姫路工場の寮へ送りなさい。その手配はしておきます。卒業してから姫路工場で新入社員教育その後堺工場で新入社員教育その間に国家試験を受けて貰います。その成績や現社員の意見をもとに配属先をきめます。

『その間に』とは新入社員教育中に、去年までの問題集が売られているので、購入し勉強しておくことのようだ。試験は6月中旬です。質問は」

もう命令調で言われるがままで、「お前は採用したよ」とも聞いていない。状況を読めとのことだろう。



無事面接は終わり、約束の日までに参考書程度を送り、残りは布団だけで卒業と同時に送ることになっている。スーツケースには服や日用品や雨具を最後に持ち出すつもりだ。問題はさやかだ。連れていきたいが問題が多すぎる。勇気を出して会いたいの合図を送った。行きたいの返事だ。後を付けられるのが怖いのでいつもの喫茶店で待ち合わせをした。嬉しそうな笑顔が胸を刺す。



「エンペラーに行こう」「なぜ知っているのかをそっと聞いた」「雪奈が教えてくれたの」「雪奈がなぜ」言葉を失った。「前一度話したことがあったでしょう。高校生でゴロが居るって」「ゴロ子か」「うん、そう、大きい声でそんな話を得意になってしゃべる子ね。そんな話が時々聞こえるんだって。それを聞いたことがあって、エンペラーはきれいで他はダサいラブホテルだって」「それをなぜさやかが知っているの」「あなたからサインをもらった後、家に電話したの『今日遅くなるってお母さんに伝えて。と連絡したら『アッ、デートね頑張ってエンペラーに行って来たら』って話になって、違うと訴えたけど、あの子、感がいいから信じていないね』 

これは大変だ。今どきの高校生にはドキッとさせられる。そんな話をしていたら着いてしまった。

 


お互い服を脱ぎだす。『きれいだ』見とれてしまっている。肌と肌が触れ合う。やわらかい。さやかはこれを長い間待ち焦がれていたのだろう。人のせいにしてはいけない。私自身 野点(のだて)の後から何度夢を見たか。叶わぬ愛だと、いやと言う程わかっていながら我慢をし、さやかの笑顔をいつも思い出してここまで来た。しかし私以上に真剣に考え、気持ちよく今を迎えることができたのは、さやかのまれにみる可愛い話術だったと思う。野点(のだて)の時薄く笑みをたたえたさやかの脳裏には今が予想されたのだろうか、何も疑う事もなく恥ずかしがることも無く、翌日からは『おはよう』の声をかけ、研究室に走りこんで来ていたのは、私のためだったと思ってもいいだろう。今お返しをしてあげる時だ。



「淳平さん、私、まだ決断が出来てないの。出来てないというより決断したけどまた迷いだしたの馬鹿ねえ」「迷うのは怖くないよ。今は迷うのが素敵な愛だと思う。迷わないほうが怖いよ」「野犬より怖い?」「涙が出るようなことは言うな」

「私泣きたいの」「今日は私の胸の中で思い切り泣きなさい。我慢しなくていい。思いっきり涙が無くなるまで泣きなさい」「だって小杉さんに聞いたよ。御船さんの様子がおかしいって。どこに行ったのって聞いたら隠しても直ぐばれることだからって教えてくれたの『大阪』・・・・」そこまで言って泣き崩れてしまった。


涙が枯れるまで2時間ほど二人だけの時間を過ごした。

「今度 卒業式の後、何時もの喫茶店でお話ししませんか。それまでには決断しておくね。あなたもよ」「わかった」


私の車は最後に片輪走行をしてひっくり返ったらそれまでと話していたら、それを聞いていた後輩が譲ってくれとの願いがあり、思い出多い車だったが後輩に譲ってしまった。


そして卒業の日が来てしまった。

その日一番に学生課の前を通りさやかの方を捜した。目が合った。また恋人のような日々が始まるような気持が起った。未練がましいなあと自戒したものだ。


卒業式も終わり例の喫茶店に入って見まわすと、さやかさんと雪奈さんが居る。

「姉ちゃんについて来た」「学校は」「それどころじゃないでしょう」「ちゃんと見届けないと」「私もコーヒーを頼もうか」コーヒーが来たら雪奈さんが一声上げた。

「卒業おめでとう乾杯」と私は狼狽した。「これからプレゼントの授与式を行います」と雪奈さんがその場を仕切った。さやかがプレゼントを出した。「ありがとう」と私が言うか言わないかの間に『ガタン』と音がして雪奈さんが椅子ごと後ろを向いてしまった。暫くの沈黙の後「どうしたの雪奈」とさやかが声をかけた。

「姉ちゃんそれでいいの」目と鼻はグショグショだった。私はあまりの様子にさやかの膝の上を見た。もう一つプレゼントの包み紙が見える。

「雪奈聞いて。これは淳平さんに言われてこうしたのじゃないのよ。今決断したの。私の決断よ。後悔はしないわ。淳平さんには男の中の男として強く生きて欲しいの。素晴らしい人だったわ。素敵な人だったわ。こんな人と結婚したかったわ。だけど我がままを押し付けてはいけないと思ったの」「姉ちゃん、わかる。姉ちゃんの気持ち分かる。だけど・・・・」そこまで言って号泣しだした。

そして蚊の泣くような声で「私も大好きだったもん」といってしゃくり上げた。

周囲の目もあり、落ち着くのを待った。雪奈が落ち着いてから喋りだした。

「就職先はどんな会社、工場はいくつ、どこにあるの、新入社員教育はどこ、転勤はあるの、資本金は、お給料は、ボーナスは」「雪奈、そこまでにしましょう。機械工学部の就職先担当の教授も『御船はいい会社に認められたなあ』と喜んで居ましたよ」

「さやかさん雪奈さん大好きでした。いつまでも忘れません。ありがとう」これだけしか言えなかった。

「忘れたら怒るわよ。私全て知ってるからね。姉ちゃんおぼこいからすべて話してくれたのをしっかり聞いていたからね」そう言いながら席を立ち私の後ろに立った。

私の肩に両手をかけ、後ろから私の両手を握り、そして頬(ほほ)摺(ず)りをして来た。

      さやかを見たら「コクン」と頷いている。

       長く感じた。頬摺りをしながら言った。

 「ありがとう。大好きだったよ。お姉さんを励ましてやってね。大好きな雪奈さん」   

      と小声で囁いた。やっと頬摺りが終わった。





     家に帰りすぐに封を解き箱を開けた。『流し雛(びな)』であった。

               

                完            



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流し雛 八無茶 @311613333

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