廃業

ハナビシトモエ

廃業

 うろんな目つきに右手には酒瓶、空のペットボトルの底には原稿用紙。

 今の時代、パソコンで原稿を作る方が多いらしい。今持っている金では中古のパソコンを持つことは出来ても、ネット回線を繋ぐことは出来ない。


 名前の源氏は、そのまんま源氏。素人作家の両親が当時百点満点の良心を持って名付けた。

 意味は分からずそれを習う日に自分は笑いものにされて、世の薄情さを思い知った。そこから作文をさぼるようになり、中学では下を向いて絵を描いていた。そうだ。俺は絵描きになりたかった。


 今の時点で気づいてももう遅い。年齢は五十半ば、絵を描くチラシすら無い。ただ俺に残されたのは俺にいつか文章を書かせようとした両親の遺品、原稿用紙一千枚。期待は重かった。もう嫌だ。文章なんて書きたくない。でも生きていたい。文章の要素を持たない場所で生きたい。


 両親の書いた作品が純文学のいい賞を取ったのが十年前、もちろん書きますよねという期待を背負い会社も文筆を応援するといって切られた。元々、扱いづらい社員だったはずだ。そういう時に行われる壮行会も無く、こびた課長の先生呼びで退職金の資料を渡されただけだった。


 五年前に両親は事故で亡くなった。

 ご両親の意思は作ることです。


 でも今日で終わりだ。


 この名も知らぬ酒を一飲みして、死を恐れ、怠惰を愛した俺はアルコールで死ぬ。


 絵、いまさら書けないよな。

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