第2話 はじまりと救世の姫

 アリスの前に立ったのは、白銀の鎧を身に纏った――――”ナイト”と名乗る姿をしたゼウル。

 悪魔のような存在がその姿を見て驚く。

『馬鹿な……”ナイト”だと!?』

「そうだ。お前達が全滅させたと言った”ナイト”は、ここにいる」

『そんな訳が……お前達”ナイト”が存在するわけが……!』

 動揺する敵。ゼウルが剣を向けた。

「お前達に全滅させられたと思わせる為に、今まで隠れていたんだ。世界を救う為に……!」

『俺達に全滅させられたと思わせる為だと……ふざけた事をっ!』

 敵が炎を放つ。ゼウルは剣でなぎ払い、瞬く間に掻き消す。それを見た敵が目を大きく開いた。

「光の精霊よ、魔を払いし刃と化せ」

 剣に光が集まる。

「シャインスラッシュッ!」

 振るう。剣に集まった光がゼウルの命令通りに刃と化し、悪魔のような存在を一瞬のうちに両断した。

『な……ば……か……』

 両断されたからなのか、塵と化す敵の姿。ゼウルはアリスの方を向いた。

 男の子がゼウルに抱きつく。

「ゼウル……怖かったよぉ……」

「外に出るからだ」

「ゼウル!」

 呼ばれる。村の人々だ。村長と思わしき、ヒゲの生えた男性がゼウルの姿を見て話し掛ける。

「……なったのだな、”ナイト”に」

「はい。奴らは倒しました」

「そうか……。では、彼女が?」

 村長がアリスを見つつ訊く。ゼウルは軽く頷きつつ、燃え盛る村を見ながら言った。

「まずは、この火事をどうにかしましょう。彼女については後で……」

 敵を倒したものの、まだ村の火事は収まっていない為に安心はできない。

 どうするか考えていると空が急に曇り、雨が降りだした。突然の雨にアリスが驚く。

「雨……?」

「光の精霊が、水と風の精霊に雨を降らせるよう頼んだみたいだ」

 ゼウルの身に纏う鎧が光となって消えていく。

「アリス、君がなぜ異世界に来たのか、そこから全部話そう」




「まずは、アリスがこの世界に来た理由。ティアが君をこの世界に連れてきた」

「はい。ティアさんからお願いされて……」

 村に雨が降り、消火が問題ないことを確認したゼウルは、アリスを家に入れた。

 そして、アリスに説明する。なぜアリスがこの世界に来たのか。

「君がこの世界に来たのは、ティアと同じ存在で、この世界を救うには君が必要になったから」

「その……ティアさんと同じ存在と言うのは一体……?」

 訊く。ゼウルはゆっくりと頷いた。

「ティアは、この世界を存続を担う存在。救世の姫だ」

「救世の姫?」

「この世界は二つ存在する。一つはこの世界、マナスフィア。そしてアリスがいた地球」

 それぞれの世界には救世の姫と呼ばれる存在がおり、救世の姫がいなければ世界は存続できない。

 そして、二つの世界は互いに干渉できないが、表裏一体。どちらかが存続できなくなれば、二つの世界は滅んでしまう。

「二つの世界にいる救世の姫。一人がティア、そしてもう一人がアリス、君だ」

 ゼウルが言う。アリスはポカン、としていた。首を横に振りながら我に返る。

「……わ、私が!?」

「そう。ティアが君をこっちに連れてきたなら、間違いない。君が地球における救世の姫だ」

「そんな……私にそんな力とかは……」

「救世の姫に力とかは必要ない。その存在が重要なんだ」

 世界は救世の姫の存在があるからこそ、存続できる。ゼウルが話を続ける。

「そして、救世の姫を守るのが僕達”ナイト”だ」

「あの悪魔のような相手から?」

「そう。僕らは魔族と呼ぶ」

 昔から現れては人間を襲い、命を奪う存在。

 魔族はどこから現れるのか、何の為に人間を襲うのかなど全て謎とされ、さらには普通の武器では戦えない。

「魔族に通用するのは精霊の力だけ。しかし、精霊は戦う術を持っていない。だから、僕達は精霊と契約し、”ナイト”になって戦うんだ」

「それが”ナイト”……」

「そう。アリス、君を――――救世の姫を、世界を守る使命を持つのが”ナイト”」

「私を……ティアさんは……?」

 アリスが訊く。ゼウルの表情が曇った。

「ゼウルさん?」

「……ティアは死んだ。先の戦いで守れずに」

「……!」

 魔族との戦いでゼウルを始めとする”ナイト”は、魔族の大群にはあまりにも不利だった。


「敵が多すぎる……!」

「このままだと、こちらが力尽きるぞ!」

 精霊の力で魔族を退けられは出来るものの、その数に”ナイト”は苦戦させられた。

「…………」

 そんな中、彼ら”ナイト”の後ろにいた女性――――ティアが口を開いた。

「私がやります」

「ティア……まさか!?」

 ゼウルがティアの元に寄り、肩を掴む。

「ダメだ! そんな事をしたら、ティアが……」

「今、この状況を変えるにはこれしかないの。世界を救う為にも、私の力で魔族の侵攻を止める」

「ティア!」

 ティアがゆっくり微笑む。

「大丈夫。いつか、地球の救世の姫が世界を救ってくれるから……」

「地球の……?」

「その時が世界を救う時。ゼウル、強くなってね。地球の救世の姫を守ってあげて」

 ティアの周囲に光が集まり、眩く照らし始める。そして、辺り一面を強い光が覆った。

「ゼウル、約束だからね。世界を救う為に――――」

「ティア……ティアァァァァァァッ!」


「僕達は弱かった……。ティアは僕達を守る為に自らの命と引き換えにして、魔族の侵攻を防いだ。僕達は身を隠した。その時が来るまで、強くなる為に」

「その時……?」

「ティアは言っていたんだ。いつか、地球から救世の姫が来る。その時が世界を救う時だと」

 ゼウルが拳を作り、強く握る。

「アリス、君がこの世界に来たのは、ティアの代わりに世界を救う為……伝承にある通りに」

「伝承?」

「『世界に破滅の危機訪れし時、救世の姫、平和の祈りを捧げん』……これが僕達が知る伝承だ」

 世界は救世の姫の存在があるから存続できる。しかし、救世の姫が世界から消えてしまった時、世界は滅んでしまう。

 だが、もう一つの世界の救世の姫なら滅びを止める事ができる。そう、ゼウルが説明する。

「……その、私が救世の姫だとして……一体どうすれば……?」

「それは僕にも分からない……。けれど、賢者様ならきっと……!」

「賢者様……?」

「この世界を知る人。過去に起きた世界の救世を知る人」

 ゼウルが立ち上がり、頭を下げる。

「アリス、力を貸して欲しい……ティアの代わりと言うのはあまりにも白状だけど、世界を救って欲しい」

「ゼウルさん……」

 アリスが戸惑う。突然の異世界で自分が世界に救って欲しいと言われて。

 しかし、ゼウルが嘘をついているとは思えない。ティアの言葉にしても、信じて良いと思っていた。

「……私に何ができるのか分かりません。けれど、ティアさんが私にお願いしてきたのは本当なら……」

「……ありがとう。必ず、君は僕が守る」

「はいっ」

 アリスが「それで……」と首を傾げる。

「これからどうしたら……?」

「まずは、ルグルさん――――”ナイト”の仲間を集める」

「仲間……ゼウルさん以外の”ナイト”?」

「そう。仲間を集めて賢者様に会おう。そして、世界を救う方法を知ろう」

 ゼウルの言葉に、アリスは頷いた。




「すまんな、ゼウル……。馬の一頭も用意してやれなくて……」

「いえ、村の復興が大事ですから」

 数日後、アリスは旅支度を済ませたゼウルと共に村の入り口にいた。

 村長がアリスに頭を下げる。

「救世の姫よ、どうか世界を……」

「え、あの、は、はい……」

 戸惑う。この数日、アリスは村で救世の姫として丁重に扱われていた。ゼウルが言うには、この村では昔から”ナイト”を支えてきていたらしく、救世の姫もまた、大事にすべきだと。

 アリスを見て、ゼウルがクスリと笑う。村長が話し掛ける。

「それで、どこに行くつもりだ?」

「まずはルグルさんを訪ねるつもりです」

「そうか。救世の姫をしっかり守るのだぞ」

「はい。皆、お元気で……」

 手を振りつつ、村を出る。ゼウルの隣を歩くアリスが訊いた。

「ゼウルさん、ルグルさんとは……?」

「ルグルさんは、僕や僕と同じ頃に”ナイト”になった仲間の師匠みたいな”ナイト”の一人だよ」

 まだ”ナイト”になったばかりの頃、戦い方や”ナイト”としての役目などを教えた人。”ナイト”としての実力は十分で、一人でも魔族と戦える人。

「ルグルさんなら、きっと力になってくれる」

「頼もしい人なんですね」

「うん。たまにお酒を飲み過ぎるけど」

 苦笑する。

「ルグルさんが住んでる村までは遠いけど、頑張って歩こう。アリス、疲れたらちゃんと教えて。休み休み行くから」

「はい」

 アリスが頷き、二人はゆっくりと歩き始めた。


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約束の剣 カンザキ @kanzki-vard

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