約束の剣
カンザキ
第1話 アリスと”ナイト”
助けて……。
その日、アリスはその言葉を聞いた。
助けて……。
自分と似たような声。弱く、今にも消えそうな声。
お願い……助けて……。
「助けてって、あなたは……あなたは――――」
「――――誰なんですか!?」
バンッと机を叩いて立ち上がる。そこは、学校の教室だった。
周りの生徒達が黙ってアリスを見たまま動かない。「え?」となったまま立ち尽くしているアリスの前にやってきた教師が持っていた教科書でポンと頭を叩く。
「授業中に居眠りはいかんぞ、椎名」
このタイミングで教室から笑いが起きるのだった。
「しっかし、珍しいな。椎名が居眠りなんて」
「もうっ! その事は忘れてください!」
放課後。学校の帰り道でアリスは一緒に下校する男子生徒に真っ赤な顔で言った。
「誠義さん、忘れてくれないなら絶交しますからね!」
「絶交って……悪かったよ、ごめんって椎名」
誠義と呼ばれた男子生徒が謝る。アリスは頬を膨らませていた。やれやれと頬をかく誠義を見ながら、アリスが言う。
「メロンパン奢ってくれたら許してあげますっ」
「今月ピンチなのに……分かったよ……」
誠義が渋々頷く。
「で、寝不足か? 昨日、夜更かしでもしたの?」
訊く。アリスは軽く首を横に振った。
「そんな事は……。ただ、声が聞こえて……」
「声?」
「助けてって、私に助けを求めてるような感じで、私とそっくりな声をしていたんです」
「椎名に助けて、ねぇ……そっくりな声なら、椎名自身が助けて欲しいとか?」
「そんな事は……。今、困っていることはありませんし、あえて言うなら……」
と、頬を赤らめつつ誠義の方を見る。アリスは誠義のことを意識していた。
たまたま一緒になったクラスで、となり同士になった男の子。毎日気さくに話かけてくれる男の子。それが誠義だった。
誠義が首を傾げる。それが全てのはじまりだった。アリスも首を傾げる。
「誠義さん?」
目の前で手を振ってみる。が、誠義は何も反応しなかった。まるで、時間が止まっているかのように。
否、本当に止まっていたのだった。
『今、あなた以外の時間は止まっています』
突然聞こえた声。自分と同じ声。アリスは声の方向へ目を向け、そして驚いた。
そこにいたのは、自分だった。いや、自分と同じ顔をした、服装だけが違う自分。
「私……!?」
『いいえ、私はティア。あなたとは同じ存在でも、あなたとは違う人間……』
「ティア……さん……?」
ティアと名乗る自分と瓜二つの女性。ティアが話を続ける。
『あなたとお話をするために、時間を止めました。あなたの助けが必要になったために』
「私の、助け……?」
『今、世界が――――星が滅びの危機にあります』
突然言われた危機という言葉。アリスは目をパチパチとまばたきをした。
「危機……?」
『私にできるのは、あなたに助けをお願いする事。そして、あなたを私たちの世界へ連れていく事だけ……』
「あなた達の世界……?」
『お願いします、世界を……星を救ってください……!』
ティアが頭を下げ、アリスに触れる。アリスの体が光を放った。目を見開きつつ、ティアに訊く。
「救うって、どうやって……!? 私にはそんな事……」
『あなたならできます。あなたは、私と同じだから……』
「あなたと同じ……?」
『全ては彼――――”ナイト”から聞いてください』
「”ナイト”……? それって……」
『もう時間がない……お願い、世界を”ナイト”達と共に――――』
ティアの体が光となって消えていく。アリスはティアに手を伸ばした。だが、何も掴めなかった。
アリスの目の前から消えるティア。声だけが聞こえた。
『世界を救って……あなたと”ナイト”達なら必ず……』
「待って! 一体何が……世界を救うって、”ナイト”って……お願い、待って――――」
目の前が光に包まれ、思わず目を閉じたアリスが次に目を開けたのは、ベッドの上だった。
「……ここは……!?」
真っ先に見えたのは木で作られた天井。起き上がって周囲を見る。全く身に覚えもない、どこなのか分からない場所だった。
「良かった。気がついたみたいだね」
扉が開き、一人の男性が入ってくる。アリスが目を見開きつつ、声を上げた。
「誠義さん!?」
短髪の黒髪に、見たこともない服を着た同級生の誠義だった。が、アリスが誠義と呼んだ男性はクスリと笑いつつ、首を横に振った。
「悪いけど別人だ。僕はゼウル、ゼウル=アシュベイン」
「ゼウル、さん……?」
「そう。セイギ、が誰かは知らないけど、君が村の近くで倒れていたのを子ども達が見つけて、ここに運んだんだ」
「村……?」
「それで、君の名前は? なぜ村の近くで倒れていたか、何か思い出せる?」
ゼウルと名乗る男性はとても落ち着いていた。アリスが「えっと……」と口を開く。
「わ、私は椎名アリスです」
「シイナアリス? シイナって名前?」
「いえ、椎名は名字で、名前はアリスです」
「アリスが名前か。それで、なぜ村の近くに?」
「その……」
口をごもらせつつ、アリスはゼウルに話した。
ティアと名乗る自分と同じ顔をした女性のこと、世界を救って欲しいと言われたこと、目の前を光に包まれ、気づいたらベッドで横たわっていたこと全てを。
話を聞いたゼウルが「そうか」と頷く。
「つまり、君はティアと名乗る女性によってこっちに来た。それでいいかな?」
「はい……その、信じてもらえないかもですけど本当の事なんです……」
「その人は他に何か言ってた?」
訊かれる。アリスはゆっくりと頷いた。
「ティアさんは『世界を”ナイト”達と共に救って』と……」
「”ナイト”……そうか、”ナイト”か」
「あの……”ナイト”って一体……?」
アリスがゼウルに訊く。ティアに言われた”ナイト”とは何か。それがずっと頭に引っ掛かっていた。
ゼウルが説明する。
「”ナイト”は、この世界を守る為に、精霊と契約した人達の総称なんだ」
世界には様々な精霊がいる。精霊は人には見えないが、この世界の発展に力を貸してくれる。
しかし、その精霊を見えることができ、さらに契約を交わした者達がいる。それが”ナイト”だ。
「”ナイト”は唯一、奴らから世界を守る為の存在」
「奴ら?」
「そう。その為に――――」
「ゼウルー!」
扉がバンと強く開く。男の子だった。
肩で息をしつつ、目には涙が浮かんでいる。ゼウルが「どうした?」と立ち上がった。
「や、奴らが……奴らが村に……!」
「何!? 村の人達は!?」
「みんなどうにか……でも僕らを逃がすために村長たちが……」
「分かった。二人は外に出ないでここにいてくれ。僕は様子を見てくる」
近くにあった剣を手にする。それを見たアリスが立ち上がり訊いた。
「ゼウルさん、一体何が……」
「あとで説明する。アリス、君の話を僕は信じている。世界を救う為にも」
そう言って駆けるゼウル。そして、男の子も続く。アリスが慌てて男の子の手を掴んだ。
「待って! ゼウルさんからここにいるようにって……」
「放してよ、僕だって戦えるもん!」
「ダメだよ! 怪我でもしたら……」
「僕も村を守るんだ! だから、僕も行く!」
アリスの手を振り払い、男の子も駆け出す。アリスはその姿を追いかけた。
ゼウルの家を出た瞬間、アリスは思わず息を呑んだ。
少し離れた場所に見える村と思われる場所では、真っ赤に燃える多くの家々が映る。
「もうこんなに……」
男の子がその場に座り尽くす。アリスは駆け寄った。
「大丈夫!?」
「まだ……ゼウルを呼びに行った時はまだこんなんじゃ……こんなんじゃ……」
「……これは、一体何が起きて……」
「奴らだよ……」
男の子が言う。奴ら、とは何か分からず、アリスが首を傾げる。すると、村の方から高々と笑う声が聞こえた。
『ギャーハハハハハハァッ! 燃やすのは呆気ないものだなぁ!』
黒く、翼を生やした――――悪魔のような姿が三つ。アリスは目を見開いた。これが、男の子の言っている奴らなのだと、すぐに分かった。
悪魔のような姿をした存在がアリスと男の子を捉える。
『こんなところにも人間がいたか。それもガキとオンナの二匹』
長く伸びた爪を向けられる。アリスの脚は震えて動けなかった。それでも逃げなければ。そう思っても動けなかった。そんなアリスの前に男の子が立ち、悪魔のような存在に叫ぶ。
「お前たちなんか……お前たちなんか”ナイト”が……きっと”ナイト”が倒してくれる!」
男の子の脚も震えていた。”ナイト”という言葉を聞いた悪魔のような存在が笑う。
『ガキ、いいことを教えてやる。”ナイト”は俺達が全て殺した』
アリスが目を大きく開く。男の子は首を大きく横に振った。
「そんなことない! ”ナイト”はお前達なんかに負けるわけない!」
『事実だ。お前達が”ナイト”と呼ぶ奴らは皆、俺達が殺した』
男の子が「嘘だ!」と何度も叫びつつ、涙を流しながら首を横に振る。アリスは男の子を後ろから抱き締めた。
「だ、大丈夫……”ナイト”は必ず……必ず……」
『”ナイト”は存在しない。お前達人間は俺達に殺されて終わり、それだけなんだよ!』
悪魔のような存在が手を振りかざす。その手には炎があった。
アリスと男の子に向けて放たれる炎。アリスは目を強く閉じた。
――――光の精霊よ、彼女達を守りし結界となれ。
炎は、二人には届かなかった。光がアリスと男の子をまるでバリアのように覆い、炎を防いでいたのだ。
目をパチパチとさせながら、何が起きたのか分からないアリス。
「これは……?」
「……全く、外に出ないでと言ったのに」
二人の前にゼウルが立ち、相手を睨む。アリスが声を上げた。
「ゼウル……さん……!?」
「その結界から外に、絶対に出ないで。すぐに終わらせる」
『あぁ? 何だテメェは!?』
悪魔のような存在がゼウルに炎を放つ。ゼウルはその炎を防いだ。
否、光がゼウルの前に集まり、まるで盾のように炎から守っているのだ。ゼウルが何かを唱え始めた。
「光の精霊との契約の証たる剣よ、今こそ我にその力を貸したまえ……我が名は、ゼウル=アシュベイン!」
ゼウルの前に集まった光が剣を形成し、ゼウルがその剣を手にする。瞬間、周囲に強い光が放たれ、視界が奪われた。
光が弱まり、視界が戻る。それを見たアリスは目を見開いた。
白銀の鎧を身に纏ったゼウルの姿。それは、まるでゲームなどに出てくる騎士のような姿をしていた。
「ここからは、僕が――――”ナイト”が相手だ!」
世界を守る為に、精霊と契約した”ナイト”と呼ばれる存在が、アリスの目の前に現れた瞬間だった――――
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