後編

 あの……時の。


 私は慌てて立ちあがり敬礼した。

 確か彼女たちは准尉。

 階級は遥かに上だ。


「お見苦しいところを申し訳ありません! 明日の出立への喜びに睡眠を取れず」


「え……そうなんですか? でも、泣いてるようでしたけど……」


 私は心臓が止まるようだった。

 こんな醜態を報告されたら……ましてやエリート部隊である魔女の口からでは、それこそ軍法会議ものだ。


「そのような軟弱な行為、誇り高き皇国のパイロットとしてありえません。皇国にたてつく逆賊どもを打ち落とせる喜びに興奮しておりました!」


 早くどっか行ってよ。

 もう充分でしょ?

 私みたいな石ころに関わる時間はあなたには無いでしょ?


 だが、少女は近づいてきた。

 悲しそうに微笑みながら。

 街灯の光に照らされるその姿は……綺麗だった。


「あ……」


 私は敬礼のまま呆然と見とれていた。


「大丈夫です。私は……誰にも言いません。怖かったんですよね?」


 私は必死に首を振る。

 すると、少女は急に恥ずかしそうに笑うと言った。


「実は私もそうなんです。すっごく怖くなっちゃって、眠れなくて……だから一緒ですね。仲間です」


「仲……間」


「はい。おんなじ怖がり友達ですね。私はミサキ・カナタと言います。あなたは?」


 ミサキ……さん。


「カナタ准尉! 私などに名乗っていただき光栄です。私などは名乗るほどの名前は……」


 そういいかけたとき、カナタ准尉はムッとした表情になると、私に足音荒く近づいてきて言った。


「仲間ですよね! 仲間に名乗る名前が無いって、失礼ですよ」


 あ……確かに。

 私は全身の力が抜ける気がして、ポツリと名乗った。


「わあ……すっごくいい名前。私もそんな名前が良かったです」


 そう言ってニコニコと笑うカナタ准尉は、まるでどこにでもいる女の子に見えた。

 この子が……魔女?


「もし違ってたら……ごめんなさい。……あ、言いにくいですよね! だから私から先に言っちゃいますね。実は私も、ずっと歩きながら泣いちゃってたんです。怖くて……」


「へ……」


 皇国の切り札が?

 戦闘機級の攻撃力をもち、光の剣を使う英雄が? 泣いてた?


「死んじゃったらどうしよう。妹を守れなくなったらどうしよう、って考えたら怖くなって……って言うか、私良くやっちゃうんです。ふふっ、軍人失格ですよね」


「そんな……事……ない」


 私は気がつくと口から言葉が零れていた。


「私も……泣いてました。死にたくないから。だって……私、もっと物語を書きたいんです。友達だって欲しいし、好きな人だって欲しい……家族に囲まれて暮らしたい……」


 カナタ准尉は私の手を取ると、ベンチに座らせてくれた。

 そして何も言わずに私の目をじっと……優しく見つめていた。

 ああ……その瞳……もっと、聴いて欲しい。


「それ……書いてるお話ですか? 良かったら……読ませていただけますか?」


 う……

 とっても恥ずかしいけど、上官命令には逆らえない。

 顔から日の出る思いでノートを差し出す。

 誰かに読まれるのって……初めてだ。


 カナタ准尉はノートをしばらく無言で読んでいたけど、最後のページを読み終わると紅潮した顔でため息をついていった。


「凄い……面白かったです」


「そ……そんな」


 私は身体の奥から震えるような心地だった。

 私のお話が……面白い!?


「はい! すっごくワクワクして、もっと先が知りたい! って。凄いですね……絶対才能ありますよ!」


「そう……ですか。ありがとう……」


 そう言いながら、私は自分の心がシャワーを浴びた後みたいにポカポカとほぐれているのを感じた。

 そして心の奥を話していた。


「私、ずっと一人ぼっちだったんです。誰にも見てもらえない。石ころと一緒。でも私……石ころなんかじゃないです。捨て石になるために生まれたんじゃない! 空を飛ぶなんて嫌だ。殺したくないし殺されたくない。書きたいお話……沢山ある。ヤダ……もっと……書きたい」


 いつしか敬語も忘れて、泣きながら言い続けた。

 なぜか……カナタ准尉はだれにも言わない。

 聞いてくれる。

 そう思えたから……


「私、孤児なんです。パパもママも知らない。兄弟だっていない。友達だって。私……何のために生まれたんですか? 軍隊の記録される兵士数ですか? 数字の1になるため? 勝ち負けとかどうでもいい。だって、何のために戦ってるんです? 戦ってる人たちに何ももたらさない。ただ死んじゃうだけ。皇国の偉い人の目的を果たすためだけじゃないですか……」


 ここまで話して私はギョッとした。

 しまった……

 大変な事を……これは……紛れもなく不敬罪。

 ああ……もうおしまいだ。


「わ……わたし……大変なこと……」


 震えながら私は頭を抱えた。

 私、どうなるの?

 銃殺刑? それとも強制労働120年?

 拷問とか、されるんだろうか?

 そばで見たことあるけどアレされるなら、死んだほうがマシ、と先輩が言ってた思想教育?


 震えて歯がガチガチ鳴っている私の頭が突然フッと柔らかいなにかに包まれた。


 それはカナタ准尉の胸だった。

 私……抱きしめられてる?


 准尉の胸は年齢相応の膨らみだったけど、その柔らくて、暖かい温もりは今まで経験したことのないものだった。

 とってもホッとする……


「怯えないで下さい。……辛かったんですね。大丈夫です……大丈夫」


 辛かった……大丈夫。

 その言葉は私の中に驚くほど染み込んだ。

 ああ……

 私、ずっと誰かにそう言って欲しかった。


 自分でもビックリしたけど、私は子どものように泣きじゃくりながら、准尉の胸に顔を埋めた。

 そして、しゃくりあげながら言った。


「怖いよ……戦うのやだ。恋もしてない……お友達だって欲しい。恋人やお友だちが出来たらカフェにも行きたい。ショッピングだってしたいよ。書きたいお話も沢山あるの……みんなみんなしたことないの。もう……朝を怖がるのは嫌……なんでこんな事しないと行けないの? 何で……殺さないと行けないの?」


 准尉の服……涙でべたべただ。

 ごめんなさい。

 でも、どうせ軍法会議なんだ。

 だったら……


「今だけでいいです。ギュッとして下さい」


「……はい」


 そう優しい声が聞こえたと思ったら、強く抱きしめられて、頭を優しく撫でられるのが分かった。

 ああ……気持ちいい。


「怖い……怖いよ」


「私も怖いです。一緒ですね」


 それから数十分、准尉に抱きしめられながら泣き続けた。 


「有り難う御座います……これで思い残すことはありません。どうぞ通報して下さい。皇国の思想に背く犯罪者です」


 すっかり落ちついた私は晴れ晴れした顔でそう言うと、頭を下げて両手を差し出した。

 銃殺刑でも、もういいかも知れない。

 もう戦わなくていい。


 しかし、ミサキ准尉はその手を無視して指を口に当てながら言った。


「沢山話してくれて有難うございます。じゃあ、私もとびっきりの秘密、教えちゃいます」


 そう言ってミサキ准尉は私の耳元に口を近づけると、小声でそっと言った。


「私も……戦争なんて大っきらい。皇国なんてどうでもいいです」


 耳元にミサキさんの声がくすぐったく響く。

 それと共に驚きが水に落ちた小石のように小さく……そしてすぐに大きく心の中に広がった。


「えっ! ……ええっ!?」


「わわっ、声……大きいです!」


「ご、ゴメンなさい」


「ビックリした……せっかくできたお友達だから打ち明けたんですよ」


 そう言って頬を膨らませるミサキさんを私は呆然と見た。


「友達……」


「そうです。だって私たち一緒ですもん。私も昔、天使に教われて両親を亡くしました。それからは妹と二人で肩寄せあって生きてます。私は妹を守りたい。そして幸せにしたいと思って戦ってるんです」


「守るため……幸せに……するため」


「はい。でも……今はまた増えちゃいました。あなたの事も守りたいです。だって、今書いてるお話の続きも読ませて欲しいもん! ……ううん、それだけじゃない。私たち、友達だから」


「ミサキ准尉……」


「ミサキでいいです」


「ミサキ……さん。私も……ミサキさんをお守りしたい。そのためなら、戦える」


「でも死なないで下さい。私……これも言わないでくださいね! 戦争って勝つことが目的じゃない。生きて、大切なものの所に帰ること。戦争が終わるその日まで帰り続けることが目的だって思うんです」


「帰り続ける……」


「はい。私にとって戦争ってそういうものです。戦争が終わって、妹と一緒にどこかでささやかに暮らしたい。で、その時にあなたの書いたお話も絶対お店に並んでるはずだから、それも妹と一緒に読みたいです」


 私はいつのまにか自分がボロボロと泣いてるのが分かった。

 私……石ころじゃなかった。

 一人ぼっちじゃなかったんだ。

 この人は……友達って言ってくれた。

 私の心から大切なお話を楽しみって……戦争終わったら読みたい、って……


「私も、そうしたいです。どこか小さなお家でお話しを書いて暮らしたいんです。いつか……お二人のおうちに……戦争が終わったら、遊びに行ってもいいですか?」


「はい! もちろんです! うわあ、やった! 明日ソロネ……あ、妹の名前なんです。ソロネにも教えてあげよ。絶対喜びます」


「そんな……」


 そう言いながら、私は自分の中の恐怖心がビックリするほど薄くなるのを感じた。

 もちろん怖い。

 でも、それ以上にこの人を守りたい。

 そして、生きて帰りたい。

 怖い思いを全部全部、生きて帰る力にしたい。


 ※


 翌日、港を出る船の甲板で私はノートにペンを走らせていた。

 ドンドンとアイデアが浮かぶ。


 このペースなら作戦が終わる頃には完成するはずだ。

 そしたら、読んでもらえるといいな……


 私は絶対に死なない。

 

 だって、大切な夢が待ってるんだから。

 そして待っている人が居る。

 

 私の大切な友達が。


【終わり】

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街灯の下の友達【皇国魔女航空戦隊 二次創作】 京野 薫 @kkyono

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