街灯の下の友達【皇国魔女航空戦隊 二次創作】
京野 薫
前編
【この作品は田舎師様の著作「皇国魔女航空戦隊」より着想を得て、書かせて頂きました。誠に有難うございます】
カチ・カチ・カチ……
冴え渡る耳にアナログ時計の秒針の音が響く。
普段ならどんな静寂でも決して聞こえる事のない音。
それはそうだろう。
耳に常時秒針の音が聞こえてたら、欠陥品だ。
でも……今は聞こえる。
でも、それは苦痛でもあるけど癒しでもある。
なぜなら、その音を。
1秒ごとに聞こえるその音を意識する限り、いつの間にか時間が過ぎて気がついたら翌朝、と言うことにならずに済む。
私は秒針の音にすがる様に耳を傾けながら、もう何十回目になるだろう。
手元のデジタル時計を手にとって時間を確認する。
23時5分。
私はホッと安堵の息をつく。
良かった……起床時間まで後6時間20分もある。
秒にすると……21600秒? そのくらいはこの平和な世界……ベッドの中の世界に居られる。
安堵した私の脳裏にフッとある光景が浮かぶ。
過去の戦場……そう、空軍のパイロットとして空を飛び、敵を海の藻屑としてきた光景。
それらが鮮明に浮かぶ。
旧世紀と呼ばれた頃、一度滅んだ人類は再び再興を果たそうとしていた。
だが、そんな人類の歩みを妨げるのは皮肉な事に「天使」と言う異名を持つ化け物だ。
宇宙人? ロボット? なんでもいい。
私のような1戦闘機乗りには分からない。
ただ、怖い。
同じ空軍には「悪魔」と呼ばれる少女たちが居る。
彼女たちはこんなオールドタイプの非にもならない、特殊なユニットを用いて強大な力と高水準の訓練を受けている。
この皇国にとって少女たちは戦争の流れを左右するいわば「切り札」なのだから……
私たちのようなオールドタイプの戦闘機とは違う。
私たちは捨て石なんだ……
この考えが歪んでいることは分かってる。
あの子達もまだ10代なんだ。
同じ人間なんだ。
怖さだって一緒。
分かっているけど……響く秒針の音が私の中の光の部分を、まさに1秒ごとに何かの色で塗りつぶしていく。
明日は過去にない大規模な作戦だ。
犠牲も過去にないものになると、お偉いさんが言ってた。
私もその1人にならないとも限らない。
いや、かなりの確率でそうなるだろう……
また少女たちの姿が浮かぶ。
あの子達は帰りを待つ人たちで一杯なんだろうな……
お互いに強い絆で結ばれて、命を支えあってるんだろうな……
だってさながら物語の主人公なんだから。
皇国の光なんだから。
私には……誰も居ない。
親の顔も知らず孤児院で育ち、友達も無く口減らしのような形で空軍に入った。
皇国の空軍であれば飢える事はない。
それに……空軍には「魔女」と呼ばれる、一人ひとりが戦闘機一機に匹敵する戦闘力を持つ少女たちが居る。
そんな強力な子達といれば生き残る確立は上がる。
そこで生き残れば……私を口減らしで軍に送った孤児院の人たちを見返せる。
私だって英雄になれるかも知れないんだ。
そんな思いは早々に崩壊した。
「天使」と呼ばれる存在は一言で言うなら悪夢だった。
本で読んだ慈愛に富んだ美を体現する容姿。
それらがまるで餌に向かう肉食動物のように、ただ向かってくる。
それは子供の頃、動物園で見た「捕食しようとする動物」そのものだった。
私は餌だ。
そう感じ原始的な恐怖に支配され、コクピット内で嘔吐した。
だけど、なぜか生き残ってきた。
そんなある日の戦い。
誰だっけ……名前は分からない。
私みたいなその他大勢には知る良しもない「魔女」の誰かが……なんかもっと小さな女の子と一緒に行動してたような……ショートボブの女の子。
その少女が光り輝く剣で悪夢のような敵を倒してくれた。
命からがら逃げ帰った私だったが、軍は辞めなかった。
いや、辞める事が出来なかった。
孤児院にいたある日、知能テストと言われて受けさせられた試験。
その成績がどういう訳か飛び抜けて優れていたらしく、軍のエージェント? と名乗る人から誘いを受けた。
そこで提示された条件が、私が軍に入る代わりに孤児院で今まで私にかかった養育費全額を軍が肩代わりしてくれる、と言う物があったのだ。
それが無ければ私はとっくに、孤児院から委託された業者の斡旋によるどこかの山奥か海上での強制労働で死んでいた。
育った孤児院からの莫大な借金を返すために。
それから開放される代わりに、私は最低でも10年は除隊できない。
最初は部屋のカレンダーに除隊の日をチェックしてたが、あまりに辛くなり止めた。
10年って……長すぎる。
私みたいに物語を書く以外に何の取り得も無い女の子が生き残れるはず……ない。
ああ……ダメだ。
差し込むような胃の痛みに、ベッドから起き出してトイレに篭る。
でも、この痛みも心地よい。
だって、生きてるって実感できる。
眠りが一番怖い。
だって、何の実感も無く気がついたら朝だもん。
体調も崩せない。
あまりに出撃が滞ったら軍を追い出されてしまうから。
そうなったら莫大な借金だけ残る。
軍をクビになったら違約金も発生するらしい。
嫌だ……
トイレから出て、隣の部屋から聞こえる、確か……ユカリっていったかな? の寝息を聞く。
名前程度しか知らない、交流も心のつながりもない部隊って……
特に交流を禁じている軍規になってる訳ではないが、なぜか私のいる舞台は一匹狼の集まりだ。
気楽な反面、以前ヨイザカ港に面した飲食店街で見た光景……ショートボブの少女とその妹さんかな? の楽しそうな姿が目に焼きついた。
あの子達は恐怖とか無いんだろうな……
私は、食堂の恥の席で不安に押しつぶされそうになりながら、カレーをただ胃に押し込んでいた。
誰も……私なんて……
私は静まり返った宿舎の闇の中、呆然とたたずんでいた。
私は捨て石なんだ。
何も考えず、魔女の……皇国の光のために……死に……
私は奥歯をかみ締めると、部屋に戻って小さなノートとペンを取ると宿舎の外に出た。
嫌だ……嫌だ……
ああ、怖くて頭が混乱する。
何も考えずに街灯の下を歩くと、ベンチに腰掛けてノートにペンを走らせる。
私のたった一つの世界。
たった一つのゆりかご。
子供の頃から好きだった物語を書くこと。
書きかけのお話。
港町の食堂で働く平凡な女の子が、そこで知り合った女性仕官と恋に落ちて時に衝突したり、冒険したりしながらも理解のある友人や両親に囲まれて、女性仕官と結ばれる、と言うもの。
孤児院の頃からずっと書いてきた。
物語の世界だけが私の現実なんだ……
今はすっかり居なくなった旧世界では「小説家」といわれているお仕事。
皇国では国威発揚を題材にした作品ばかり書く人になっている作家と言うお仕事も旧世紀では色んな人を楽しませる作品が沢山作られてたらしい。
私も……そんな時代に生まれたかった……
小説が山場の場面に入る。
身体がカッと熱くなって、鳥肌が立つ。
小説を書いてて、このときが幸せだ。
このために生まれてきたんだと思える。
でも……時計を見ると、いつのまにか深夜の1時になっていた。
うそ……
私は泣きたくなった。
最後まで書きたい……
で、無いと明日には……もしかしたら……
「もう……無理……」
私はペンを止めると、自分の目から涙があふれていることに気付いた。
軍人が泣くんじゃない!
そんな教官の言葉が浮かぶ。
でも、どうでもいい。
このお話は書きたかったの……
たまらず私は小さく声を出して泣いた。
戦いなんてヤダ……天使なんて怖いよ。空なんて怖い。
死にたくない。
怪我なんて嫌だ。痛いの嫌だ。死にたくない。
顔も分かんないパパ、ママ……どこにいるの?
私を……助けて。
なんで誰も……私を見てくれないの?
「私……石ころなんかじゃ……ない」
その時、私の脳裏にフッと先輩のパイロットが使っていた、注射の事が浮かんだ。
彼女が言うには、これを使えば怖いのもなくなっちゃうらしい。
(その代わり長生きは出来なくなるらしいけど……どっちみち長生きできないんだからさ)
そう言って笑ってた。
あれなら……
私は、その注射器が宿舎の食堂に隠されてることを知っている。
あれがあれば……
そう思ってふらつきながらベンチを立ったとき、女の子の声が聞こえた。
「こんな時間に……どうされたんですか?」
自分の邪な考えを見透かされた気がして驚いて声のほうを見ると、そこには前に見たショートボブの少女が立っていた。
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