騎士団寮のシングルファザー

 


 翌々日。

 瞬く間に国王陛下の誕生日になった。

 朝から下準備を続け——具体的に言うと肉をこねた。ひたすらこねた——夕方からじっくりと焼いた。

 パーティーは夜六時からで、貴族たちが続々と集まっていく。

 ハンバーグを焼き終えてからは城のシェフに任せ、タキシードに着替えた悠来はドレス姿の真美と合流した。


「わあ! お父さんかっこいい!」

「ありがとう。真美も美人だぞ。……なんか、ますます歩美に似てきたな……」


 黒い髪は結い上げられ、上品な黄色い宝石の付いた髪留めで飾られている。

 同じく黄色いドレスは真美の歳では着こなすのが難しいのでは、と思うような大人びたデザイン。

 しかし、色合いのせいかとても真美に似合っていた。

 ほんのりと化粧も施されていて、それがドレスのデザインに合わせたものなのか、ドレスが化粧に合わせたものなのか……見事に似合っている。 

 そして、生まれたての姿、おむつを変えた時、お風呂に一緒に入っていた頃、初めての海……様々な思い出が走馬灯のように駆け巡った。


「っ!」

「お父さん!?」


 娘がいつの間にかこんな大人びたドレスの似合う淑女になっていたなんて。

 メイリアや城のメイドたちに、真美が夜会などに出られるよう最低限のマナーを教わっているとは聞いていたが……。


「お、大きく……立派に……真美……っ!」

「……お、大袈裟だよぉ……」


 大袈裟なものだろうか。

 あのよちよち歩きだった赤ん坊がドレスでヒールまで履いているのだ。

 これを感動せず、なにに感動しろと?

 化粧までして……もうそんな歳になったのだ。

 この世界の結婚は四年後辺りから活発化するというので真美もあと四年もしたら……。


「ううっ!」

「お、お父さん?」

「そうだな、真美がお嫁にいったら……お父さんも……!」

「な、なんの話になってるのぉ、もう!」

「マミ」

「…………あ」


 声をかけてきたのは、濃紺の髪と紫紺の瞳の若者。

 彼は聖殿の長、リツシィ・ハウだ。

 相変わらず白いローブに、フードを深く被っている。

 フードの隙間から覗く顔貌は大変に整っているのにもったいない事だ。


(つーか……異世界ってのはイケメンが多すぎないか? 城の……いや、貴族が多いせいかねぇ?)


 確かリツシィも貴族出身だったはず。

 まじまじと眺めていると、恥ずかしそうにフードを深く被り直されてしまう。

 シャイだ。


「お父さん、わたし王様に挨拶してくるね。聖殿長が一緒に行ってくれるっていうし」

「おお、そうか。じゃあ俺はリュカたちが引っ掛けてくるのを待つかな」

「?」


 リツシィにはなにを言っているのかよく分からなかっただろう。

 そう、分からないように言ったのだ。

 これから有力貴族を罠に嵌める、など口が裂けても言えない。

 とは言え、リュカがサウザールを出し抜きつつ陛下にハンバーグを食べさせ、悠来を完全に諦めさせる。

 それまで悠来にはやる事がない。

 リツシィと真美を見送り、二階の手摺り付き廊下から下のダンスホールを見下ろした。

 真美はリツシィにエスコートされて、国王のもとまでややぎこちなく歩いていく。

 その様がなんとも……しみじみ大きくなったものだと感慨深くなる。

 その後方で、正装の騎士がサウザールとその息子、ゾワールへと近付いていく。


(そろそろ始まるようだな)


 幸いにも「なにがあるか分からないからユウキは隠れていてくれていい」と言われている。

 段取りも聞いているので、もしもリュカが言いくるめられそうになれば飛び出せばいい。サウザールはゾワールほどアホではないはずだ。

 だから悠来も、成り行きを見守っていた。

 二人は会話している。

 ここからでは会話はもちろん聞こえない。


「失礼、あなたはもしかして、聖女様のお父様では?」

「?」


 振り向くと派手な化粧のおば……女性と若い少女が三人。

 なんとなく面倒臭そうな気配を感じて、笑顔で胸に手を当て、頭を下げた。


「いえ、違います」

「あら、今し方聖女様に『お父さん』と呼ばれていたのはあなたではないの? ここには他に殿方はいなくてよ?」

「いえ、残念ながら。先程聖女様と共にダンスホールに降りて行かれましたよ」

「……そう?」


 扇で口元を隠す女性。

 顔を見合わせる三人の少女たち。

 にっこり笑って見せると、彼女らはさすがに不審そうな眼差しになる。

 狙い通りだ。


(リュカの誘導が終わるまでは大人しくしていないとな……)


 リュカの作戦は簡単である。

 サウザールに「シェフを探していると聞いたがこの料理『ハンバーグ』の味はどうだ? 騎士団寮の使用人が発明したのだが」と話し掛けるだけ。

 悠来を欲しているサウザールには二つの選択肢が突き付けられた状態となる。

『騎士団寮の新しい使用人を聖女の父』だと、ある程度の情報で推察している状態でそんな事を言われれば……当然勘繰るのだ。

 それは頭の回転の速い貴族なら当然である。

 明らかな、罠。

 危機意識の高い貴族なら当然「紹介しろ」と言ってまずは確認をしたがる。

 だが、普通の使用人ならばこの場にはいない。

 後日……という事になるだろう。

 しかし、その時間が命取りだ。

 なにしろ今その決断をしなければ、悠来はおそらく国王に褒められて城の料理も任される立場となる。

 と、リュカたちは予想しているが——。


「そうかしら?」

「…………」


 こてん、と首を傾げて見せた。

 この淑女たちは、悠来をしげしげと眺めて品定めをする。

 これは困った。


(さっさとダンスホールへ誘導しよう)


 使用人にしてはやや豪華なタキシードを纏っている。

 国王の前に出る事になるかもしれないからだ。

 この女性たちはそれを怪しんでいるのだろう。

 だが、ここで尻尾を掴まれるわけにはいかない。


「どうぞ、お足元にお気を付けて」

「…………あなた、お名前は」

「私など、名乗る価値もない者でございます」

「それはこちらで決めます。よいから名乗りなさい」


 弱った。

 なんでこんなにこの人たちはしつこいのだろう。

 仕方がなく、リュカの方を見る。

 サウザールと会話中。

 これは助けは望めない。

 ハーレンも下の階で警護の任務。


「…………」


 もしも……もしもここで名を名乗り、後ろの少女たちが『婚姻申し込み』をしてきたら——その時は、リュカもまた悠来に『婚姻申し込み』をしてくれる。

『婚姻申し込み』を避ける方法はそれしかない。

 複数の申し込みがあれば、その中から選ばされるらしいのだ。

 それなら、悠来はリュカに申し込んで欲しい。

 あの可愛い歳下の恋人がどんなプロポーズを聞かせてくれるのか。


(ああ、俺はほんとに悪い大人だな)


 真美はどう思うだろう。

 悲しむ? 怒る? 拗ねる? それら全部?

 それでも悠来も一人の人間として、あの男が欲しいと思っている。

 真美にとっては衝撃だろう。

 父親が男と再婚したいと言い出したら。

 けれど、あの子は聡い。

 話せば理解してくれる。


「高遠悠来と申します」


 笑顔でそう名乗る。

 だが名乗った後しまったな、と思った。

 彼女らがどんな立場か知らないが、政略結婚の為に、おっさんに婚姻の申し込みをしなければいけないとは。

 それ含め、断られる理由が男同士の婚姻。

 目の前で見せ付けてしまうのだから、女性相手にはとんでもない悪手だった、と。


「まあ! まあ! まあ! やっぱりあなたが聖女様のお父様! やだわ、早くおっしゃってくだされば良かったのに!」

「あー、いや実は『婚約者』が来ていたので、今日は陛下に正式に認めてもらう予定なんです」

「え?」


 ぴしり、と固まる女性たち。

 やはり目的は『それ』であったようだ。

 半笑いになりながら、ちらりと下を……リュカを見る。

 目が合う。

 そして、柔らかく微笑まれた。


(イケメンめ……)


 自分の顔が緩むのが分かる。

 気が付けば彼女らに背を向けて階段から降りていた。

 リュカが少し驚き、サウザールに軽く頭を下げてから歩み寄ってくる。


「リュカ……その……」

「?」


 結婚とは、二人で協力しながら……寄り添いながら生きていく事。

 悠来は妻と、経済的な理由で別れた。

 あれは、悠来がグダグダと夢を追い求めて妻に負担を強いすぎたのが一番の原因だ。

 彼女は悠来の夢を誰よりも応援してくれた。

 それに甘えすぎて最初の誓いを忘れたのは悠来。

 彼女を幸せにする。

 彼女の両親に宣言したにも関わらず。

 だから彼女の両親に見限られても当然だ。

 真美が「お父さんと行く!」と言わなければ、経済的にも母親のところへ行くのが真美の為だったろう。

 そんな情けのない悠来だが、この世界で出来る事は——。


「俺は見ての通り、家事ぐらいしか得意な事はない」


 役者として、舞台にも立てないこの世界。

 ならばこの世界で自分が出来る事は家事や料理ぐらい。


「こんな俺でも良ければ、もらってくれるか?」

「え?」

「なんだよ、俺から申し込んじゃいけなかったのか?」

「……え? えっ」


 騎士団長とは思えない顔になっている。

 だが、そんな顔にしているのが自分で、きっと隙のない優秀で最強の騎士団長をこんな顔に出来るのが自分だけなのだとしたら——。


「リュカ、一生美味い飯を作ってやるから俺と結婚しよう」

「………………。————っっっ!」


 真っ赤になって狼狽たリュカの手を掴み、国王の方へ向かう。

 悠来が結婚するには国王の許可がいるそうなので、それをもらわねばならない。


 真美がぽかーんとしているが、ケロリと「お父さん、リュカと結婚したいけどいいか?」と聞くと「え? あ、う、うんんん?」と微妙な返事をされた。

 後できちんと話し合う必要はあるだろうけれど……。


「え、待っ……お待ちください!」


 呼び止められて振り返ると、顔を真っ赤にした先程の女性たち。

 一番歳上であろう女性が憤慨した様子で歩いてくる。

 その姿に、真美もリュカも察してくれたようだ。


「ど、どういう事なのかしら!? はあ!? うちの娘たちでは不足だと言うの!? 騎士団長をお選びになるなんて! 男同士で結婚だなんて! 騎士団長がお世継ぎをお産みになるのかしら!?」


 おや、聞いていた話と違うな?

 リュカを見上げると困った顔をしている。

 男同士では、あまり偏見がないような物言いをしていたのに。


「認めませんわ……ええ、認めませんわよ。それなら、うちの娘たちをまとめて娶ってくださいな!」

「いや、それはさすがに……」


 無理。

 そう、言おうとした時だ。

 リュカが青ざめたのに気が付く。

 そして、その理由も。


「ダメ! お父さんは真美のお父さん!」


 ザワ……。

 会場が文字通り騒めいた。

 しかも、悠来の知る意味での騒めきではない。


「ひっ!」


 そんな声を上げる者や、腰を抜かしてしまう者。

 皆辺りを見回して、目を向いている。


(え? なに? なになになんだ?)


 異様だ。

 リュカが慌てて「マミ様! お鎮まりください!」と叫んで真美の前へ回り込み、膝をつく。


「!?」

「だって! こいつ! わたし、ダメって言ったのに!」

「はい! 分かっております! たまたまです! たまたま! そういう話が出ていただけです!」

「団長もじゃん! お父さん! 団長と結婚するってなに!?」

「え? いやー、なんかリュカが可愛くて、結婚したくなったから」

「…………」

「………………かわいい?」


 二人のあんぐりとした顔を、クックッと笑う。

 真美は特に首を傾げてリュカを見下ろす。

 無理もない、リュカは悠来よりもムキムキだ。

 そんな男を「可愛い」などと、表現するのはきっとこの世界で悠来だけ。

 そしてゆっくりリュカに近付いて、膝を折る。

 同じ目線になってからその顔……頰に手を添える。


「可愛いよ。独占して、真美と同じようにどろどろに甘やかして可愛がりたくなるほど」

「…………。っぅ〜〜〜〜!」


 そう甘く囁くと真っ赤になるリュカ。

 その姿を見た真美が、スン……と表情を消す。

 怒られるかな、と覗き込むと、肩を落とされた。


「……団長とおんなじあつかいはなんかやだ……」


 ごもっともすぎる。


「結婚していいか?」

「いいよ」

「ええ!? い、いいんですか!?」


 あっさり答えた真美に、リュカが大層驚いて聞き返す。

 それに真美は「だってお父さん、結構頑固だし。どっちかっていうと団長さんがお父さんに転がされてる感じだし」と目を逸らしながら言う。

 両手で顔を覆う騎士団長の姿に、会場は静まり返った。





 世界はまだまだ問題が山積みだ。

 真美はこれからも聖女として様々な試練に直面していく事だろう。

 悠来はそれをずっと側で支え続ける。

 それは悠来だけの権利だ。

 けれど、この日から悠来と真美の側にはもう一人……二人を大切にしてくれる人が立つ。

 どんな困難も、三人なら乗り越えていけるだろう。

 こっそりとカーテンの後ろから悠来たちの様子を、眺めていたメイリアは柔らかく微笑んだ。


「というわけでリュカと結婚したいです」

「構わん。ところでこのハンバーグにお代わりはないのか?」

「え、えぇ……へ、陛下……?」









 了

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騎士団寮のシングルファザー 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi

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