季節の使者
あじふらい
季節の使者
僕はバイクに跨る。
久しぶりの二連休を手に入れたのだが、悲しいかな、これが歳をとるということなのか、一日を睡眠についやしてしまっていたのだった。
時間は午前三時、街頭の明かりに照らされながらゆっくりと発進する。
一日目を寝て過ごしてしまった分、今日は精一杯休日を味わうという使命がある。
冷たい夜風がジャケットの中に流れ込む。
金木犀の香りがどこからか漂っている。
「秋が来ていたのにも気が付かなかったし、近所なのに金木犀があるのも知らなかったなぁ。やっぱり労働は人を駄目にするんだよ」
住宅地を抜け、幹線道路に出たのをいいことにアクセルグリップをひねる。
声に出してしまった愚痴を風に乗せて、ギアを変え、それを置き去りにする。
音楽は聴かない。
風の音、遠ざかる街の音、木々のざわめき、そして学生の頃からの付き合いの相棒が唸れば僕は幸せなのだ。
トンネルに入った瞬間、体が包まれるように温かく感じた。
もう冬はそこまで来ていて、雪と氷に覆われた相棒には酷な季節がまた来る。
反響したエンジン音が少し物悲しく聞こえた。
「そんなに寂しがるなって、来年こそは南に転勤になるかもしれないだろ?」
トンネルの出口へ向かって走る車体がオレンジの明かりを反射してきらきらと煌めく。
対向車はいない。
まっすぐ前を見据え少しだけ加速する。
はやくこの先の景色が見たい、そう思ったのだ。
トンネルを抜けた瞬間、冷たい空気と共にそこには一面の赤が広がっていた。
朝焼けの空、それを映す朝露、朝露を湛える木々の葉、見下ろすうろこ雲、すべてが秋に染まっている。
僕の相棒は季節の使者だ。
灰色の街で今日が何月何日であるかも忘れてしまいそうになる僕に、こうして今と少し先の季節を届けてくれるのである。
今日はまだ始まったばかりだ。
日常は全て風に乗せて夜に溶かした。
今はただ直感に任せて気の向くまま走ろう。
このまま海沿いまで抜けて、秋刀魚を食べるのも悪くない。
それとも山をこえて、凍えながら湖畔でソフトクリームでも食べようか。
峠のカフェで温かいコーヒーを飲むのもいい。
「迷ってんなら全部やっちまえよ」と麗しの季節の使者が鼻を鳴らした気がして、僕は口元を緩め、アクセルを握り直した。
季節の使者 あじふらい @ajifu-katsuotataki
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