魔王を倒したので、あとはスローライフを満喫するだけだと思っていたのに・・・

 三年後。


 俺は魔王を倒した凄腕冒険者として名を馳せていた。


 魔王を倒してからというもの様々な挑戦者が俺に勝負を挑んで来るが、俺のスキルは相手が男であれば負けなしだった。


 どんな屈強な戦士でも、訓練された騎士でも、バニーガールの格好やらビキニアーマーやら危ない水着を着せたら無力化できた。

 みんな戦意を喪失して逃げて行った。


「魔王も男で助かったな」


 あいつにはサキュバスが着ていそうな露出の激しいボンテージをおみまいしてやった。

 わりと似合っていた気もするが、お気に召さなかったらしい。

 悲鳴を上げながら魔界の奥に逃げ帰った。


 かくして俺は「不殺の勇者」と呼ばれるようになった。


 挑戦者を倒し続けていたせいか、エロ装備にされる噂が回っているのか、最近は挑戦者が減っている。


 魔王討伐時に報奨金で貰った三千万ゴールドもあるし、しばらくは遊んで暮らせる。

 憧れのスローライフを始めちゃうか!


「お前が魔王を倒した不殺の勇者か? 手合わせを願いたい」


 背後から声が上がる。噂をすれば挑戦者か。

 スローライフへの出鼻が挫かれた。


 だが男の声だ。男なら俺の敵じゃない。


 振り返ると立っていたのはかなりの美男子だった。

 俺より少し年上みたいだ。


 肩まである黒髪を一つに束ね、腰に日本刀を下げている。


 全身に引き締まった筋肉がついているな。

 魅せるための筋肉ではなく戦うための無駄のないものだ。

 俺だってこの三年で強い男(の、全裸に近い姿を)をたくさん見て来たからわかる。


 ひと目で察する強者ぶり。

 だがなによりも俺を驚かせたのはそいつの格好だ。


 日本刀の男は防具どころか服すら身に付けていなかった。

 透け感のある白い腰布一枚と黒い刀ベルトが装備品の全てだ。

 ほとんど走れメロスのラストシーン状態だった。


 そいつを見た瞬間、「俺はこいつには勝てない」と悟った。


 エロ装備のオーバーキルだ。

 せめて腰布の下には何か穿いていて欲しい。


「あっ」


 風が吹き、腰布は捲れ上がった。

 俺のささやかな願いも虚しく、男は限界の先の先まで装備を削ぎ落していたのだった。


 こんな奴、俺がスキルを発動したところで露出度が下がるだけだ。

 かといって武器の腕は一目瞭然で、あっちの方が上の上の上のもっと上だ。


「聞こえなかったか。手合わせを願いたい」

「お、お断りします」

「何故だ。お前はこれまで様々な挑戦者と戦い、その全員から勝ち星を上げて来たんだろう?」

「それはただ相性がよかっただけですよ。貴方には絶対に勝てない」

「やってもいないのに諦めるとは。お前には期待していたんだがな」


 日本刀の男はどこか寂し気に呟いた。


「お前が想像通りオレの期待に応えられる奴ならパートナーにスカウトするつもりだった」

「こんな奴が勇者ですみません……」


 失望されても仕方なかった。


 俺はスキルで魔王や挑戦者を倒して有頂天になっていたけど、戦いの実力は何も変わっていなかった。

 それどころかスキルを得た時から剣の練習を怠っていたから昔より弱くなっただろう。


 運頼りに生きて、ただ運がよくて成り上がれただけだ。

 ずっと努力をして来た奴には敵わない。


 俺はこの三年間、剣を使って戦わなかったことを後悔した。

 もしやり直せるなら今度こそ真面目に戦いの腕を上げたい。


 日本刀の男は立ち去ろうとして足を止めた。

 そのわけは俺にもわかった。

 四方を殺気に囲まれていたからだ。


「見つけたぜ、不知火しらぬい


 それが日本刀の男の名前みたいだ。


「不殺の勇者様もいるじゃねぇか!」

「こいつら殺して名を上げてやんぜぇ!」

「金も奪っちまえ!」


 見たところ三十人近くの男がいる。

 どいつもこいつもガラが悪く、山賊みたいな薄汚い格好をしている。

 大して強くはなさそうだ。

 だから群れているんだろうけど。


「……有名人はつらいな」


 不知火は日本刀を鞘から引き抜いた。

 刀身が赤く輝き、炎を纏った。


 男たちの群れに向かって不知火が跳んだと思った瞬間、悲鳴を上げて男がひとりその場に倒れた。

 ざわめきが起こる。

 不知火は次の獲物に狙いを定めていた。


 舞いでも見ているような美しい戦い方だった。

 筋肉のつき具合から、勝手に実践的で無骨な戦闘スタイルだと思っていた。

 思わず見入ってしまいそうになるが、チラチラと捲れ上がる白布が気になって集中できなかった。

 近くに女性がいなくてよかった。


「よそ見してんじゃねぇよ。勇者様ぁ?」


 男のひとりが、斧を俺に向かって振り回して来た。

応戦しなければ……!


 戦闘では三年ぶりに、腰に刺した剣を引き抜いた。

 手入れだけは怠っていなかったから剣はさび付いてはいない。


 俺はこの戦いで「スキル」は使わない。

 自分の力だけでやり抜いてみせる。

 それがこの三年間を無駄にした俺の、ちっぽけな悪あがきだ。


「不殺の勇者が剣を抜いたぞ」

「こりゃ本気ってわけか」


 剣の腕はすっかりさび付いていた。

 攻撃がまったく当たらない。

 一人の男の攻撃はかわしたものの、もう一人の男に思い切り棍棒で殴られてしまった。

 今のは痛かったぞ。


「なんかこいつ弱くね?」


 ダメージを受けた腹を押えて苦しむ俺を見て、男のひとりが言った。


「剣捌きも素人くさいし」


 これでも18歳になるまでは毎日剣の腕を磨いて来たのに。

 三年のブランクは思った以上に重かった。


「やっちまおうぜ!」


 俺の実力の無さに気づいたのか、向かって来る男はさらに三人増えた。

 五人から一方的にフルボッコにされる。


 体中が痛い。

 だが、例え負けても俺はスキルを使いたくない。

 誰かから貰った力を使ったら、勝ちも負けも俺の物じゃなくなると思ってしまったから。


「何故スキルを使わない?」


 不知火が、俺に群がっていた五人の男を蹴散らしてから言った。


「あんなものは俺の力じゃない。だからもう使いたくないんです」

「いや、スキルはお前の力だ」

「泉の精からランダムに付与されたものなんですよ?」

「外付けの力でも、お前が持っているならお前の物だ。強いスキルを引き当てる運も、弱いスキルを生かす発想力も、全部そいつの物だ」


 なんて清い奴だ。


「……貴方は凄い人ですね。俺は迷ってばかりだ」

「お前は真面目すぎる性格なのかもな」


 不知火は動きにも迷いがなく、すぐ次の獲物に向かって行った。

 俺はエロ装備でも清さでもあいつに敵わないのか。


 こういうところが真面目すぎるとか言われるのか。

 わからない。

 俺はもうどうすればいいのかわからない。


「隙ありぃぃぃ!!!」


 ガラの悪い男のひとりが俺に向かって棍棒を振り下ろした。

 慌てて攻撃を避ける。


 今、考えているところだったのに。

 ひとが考えている時とヒーローや魔法少女の変身中には襲うなよ。


 ひとから貰ったスキルが自分の力と言えるのか、正直俺にはまだわからない。

 考えても仕方がないことを考え、どつぼにはまって来た。


 だいたいなんで俺はこんなことを考えているんだよ。

 さんざん殴られて体中痛いし。

 不知火と、襲って来た男たちのせいじゃないか。

 本当はスローライフを送りたかったのに。


 少なくとも、今覚えている苛立ちは俺の物だ。


 俺はありったけの魔力を集中させた。

 お前なんか、お前らなんか、全員エロ装備にしてやる!


 最低で最強のスキルを最大出力で解き放った。


 辺りでざわめきが起きる。

 悲鳴が上がり、困惑する声が上がる。


 俺のスキルは襲い掛かって来た男たちだけじゃなく、この町全体に影響を与えてしまったようだ。

 町中が大混乱に包まれていた。


「俺、なんかやっちゃった?」


 さっきまで俺は魔王を倒した勇者様だったのに、今この瞬間から、町中の男たちをエロ装備にした犯罪者だ。


 終わった。

 人生終了のお知らせ。

 一時の感情に呑まれてしまったばかりに。


 俺を襲ってきた男たちは、全員逃げたか不知火に倒されていた。


「思った通り素晴らしいスキルだな、不殺の勇者」

「不知火さん……」


 不知火の装備に、はだけた着物とサラシが追加されていた。

 やっぱり俺のスキルはこいつに負けたようだ。


 不知火は追加された装備を脱ぎ始めた。


「貴方はどうして裸みたいな格好で戦っているんですか」

「裸が一番強いからだ」


 どこの世界の忍者だよ。


「防具や衣服をつけると動きが遅くなる。それにオレのスキルは肌に触れる気配で相手の攻撃を読むものだ。脱いだ方が生かせる。……本当は裸でいたいんだが、世の中が許してくれない」

「今の格好でも十分許されないような気がしますけど」

「だからお前をパートナーにスカウトしようとしたんだ」

「意味がよくわからないんですが……」

「お前のスキルで世界中の男の装備を改変すれば、それがもはや普通の装備になる。オレが好きな格好をしても誰も文句を言わないだろう」

「俺に常識を変えろと?!」


 なんだか壮大な話になって来たぞ。

 自分がしたい格好のために世界中を巻き込もうなんて、不知火は羨ましいほどに清いエゴイストだ。


「常識なんて、放っておいても時代によって変わりゆくものだ」


 昔は許されたことが今は許されなくなる。

 その逆もしかり……。

 変わって行くものなのに「常」識ってなんだろうな。


「不殺の勇者、新しい『普通』を創らないか?」


 不知火の思い描く世界になれば、俺の犯罪も犯罪じゃなくなる。

 そして俺のスキルは何の意味もない、本当の外れスキルとなるのだ。

 俺のメリットが微妙じゃないか!


「お断りします!」

「どうしても駄目か?」

「駄目です!」


 しかもエロ装備が普通の世の中になったら、俺も着なくちゃいけなくなるだろ。

 絶対に嫌なんだけど。


「お前の気が変わるまで付きまとう」


 一生付きまとわれる羽目になるじゃないか!

 ほぼ全裸の男がいつも周囲にいるなんて、俺までどんな目で見られるか。


「オレがパートナーになれば身の安全は保証する。お前、戦闘は全然駄目だからな」

「これからはちゃんと鍛えて戦闘もできるようになるので!」

「何年……いや、何十年かかるだろうな」


 ちくしょうめ。


「付きまとうのは百歩譲って好きにしてください。でもその恰好は駄目です」


 俺は不知火に向かってスキルを解き放った。

 不知火の装備に、はだけた着物とサラシが追加された。

 俺のスキルがこんな風に役に立つ時が来るなんて思わなかった。


「せめてその恰好でお願いします。戦闘中は脱いで貰って構いませんので!」

「……仕方ない。だが絶対にお前を口説き落としてやるからな」


 不知火は宣言通り俺に付きまとい、さらに俺は迷惑をかけてしまった町の警察と挑戦者から追われる生活となった。

 俺のスローライフは出鼻をくじかれたまま開催されなかった。


 だが俺は諦めない。強くなることも、スローライフも!


 そこに至るまでにある悲喜こもごもは、また別の機会にでも話そうか。

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【短編】『相手をセクシー装備に変える』スキルを貰った。外れスキルだと思っていたのに魔王まで倒したことだし、これからスローライフを送りたいと思っていたのに・・・【ファンタジー/コメディ】 桜野うさ @sakuranousa

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