第一傷初めて、初めての裏垢男子と鐘 第8話

 放課後、学校の徒歩圏内で一番遠い駅に沙々は呼び出された。そこに零がすみっこで立っていた。


太刀川タチカワさん」


 話しかけると、零はイヤホンを外し太陽のように顔が晴れた。


「沙々くん、来てくれたんだ」


 一方、沙々はぶんむくれていた。


「授業中にライン送らないでほしい」


 授業中に来たラインはこの駅への呼び出しだった。

 きいろには病院に行くと嘘を吐いてきた。

 悪いことをしているみたいで胸が躍る。

 きいろに秘密をつくったことが無かったから尚更だ。


「ごめーん、わたし保健室にいたから時間感覚がわからなくなってた」


 わざとらしい謝罪だったが、不満を口にすることなく、沙々は口をつぐんだ。

 こんな所で悠長に話している時間はない。


「じゃあ、学校の人に見つかる前に行こ」


「どこ行くの?」


 勝手に進んでいく零の手を掴んだ。


「ごっ、ごめん」


 すぐに手を放して謝る。

 混乱している沙々を見て、くくくと零は喉を鳴らした。


「きゃー積極的ー。行く場所はショッピングモールだよ。デートってやつさ」


 ずんずん進んで改札を通る零について歩く。


「え、デート?」


「そうだよ、付き合ってんだから当然でしょ」


 駅のホームのベンチに腰かけた。


「僕、飲み物買ってくるよ」


「頼もしいね。甘いのがいいかな」


「わかった、甘いのね」


 自販機でコーンポタージュと缶コーヒーを買った。おっつりを取り出しているその時。


「沙々?」


 背後から名前を呼ばれた。

 秒速で反応し振り向く。

 そこには九十九利一ツクモ リイチがバトミントンのラケットを担いでいた。


「利一っ」


 沙々のテンションが急上昇する。


 利一はきいろと同じ幼馴染で、高校はバトミントンの強豪校に通っている。

 カラスのような真っ黒の学ランが似合っている、短髪の好青年だ。

 別々の高校なので、久しぶりの顔合わせだ。

 来月きいろと三人で勉強会をしようと話が上がっていたところだった。


「どしたん、こんなところまで来て」


「な、なんとなくだよ」


 沙々は利一から目をややそらし、頬を淡く染めていた。


「二つも買ったのか、欲張りだな。それともきいろもいんの?」


 利一は当たりを見渡す。


「ううん、僕ひとり。ショッピングモールに行こうと思って。ほら、僕のお母さんが誕生日が近いから」


「ああ、そう。俺は部活が早く終わって、病院に行くところ」


「えっ、どこか悪いの?」


心配の眼差しを向ける。


「ま、すぐに治る程度の怪我だよ。初期に対処しとけってコーチに言われてさ」


とおちゃらけながら、利一は右脚を前に出した。


「そっか、よくなるといいね。今度大会があるんだっけ? それまでには全快するといいね」


「……ああ、大丈夫だって‼ 俺、身体だけは強いから、これくらいじゃへこたれないぜ」


利一はピースサインを前に突き出した。


「そうだね、利一なら大丈夫だよ」


「大会、見にに来いよ。って言ってもちっせー大会だけどな。でも腕試しに本気でやる。先輩を倒して優勝するぜ。優勝したら、打ち上げがタダなんだ。じゃあ、俺時間だから行くわ」


 利一はガッツポーズをした。


「小さいとか関係ないよ。活躍期待してる」


「あのさ俺、優勝したら――やべ来たわ。じゃ、またな」


「うん、また」


 利一の背中を見届けて、沙々は零の下へ戻ろうとした瞬間。


「お兄さん、お釣り忘れてるよ」


 零が自販機の裏から顔を出し、沙々が取り忘れたお釣りを渡す。

 急に現れた零に、沙々は硬直した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月20日 18:00

痛いの、痛いのさようなら 瑞木 玖 @Mizuki9KyuKyuKyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ