カオドトさん。カオドトさん。おいでください。
ぴのこ
カオドトさん。カオドトさん。おいでください。
私はアイスコーヒーを。あなたは何になさいますか?そう、アイスティー。ふふ、そうですわね。これほど暑くては、冷たいものしか飲みたくありませんわよね。
このアームカバーですか?それは暑いですけれど、日焼けはしたくありませんもの。ええ、本当。この喫茶店がよく冷房が効いていて良かったですわ。蒸し暑い中では、語る
ですがあなたにご満足いただけるお話ができるかどうか。小説の種にできる話を集めているとあなたは仰っていましたけれど、私のお話は、よくあるものに似ていますのよ。
こっくりさん。ご存じでしょう?当時、私の学校にはこっくりさんと似た類のものが流行っておりましてね。そのお話なのです。
…そう、かまわない。ではお話ししましょうか。ああ、でも一から十まで本当のこととは思わないでくださいね。なにぶん昔のことですから、忘れている部分もありますの。そこは、作り話で補ってお話しさせていただきます。
どこからどこまでが本当なのかは、あなたのご想像にお任せしますけれど。
あれは私がまだ、女学生だった頃です。同級生の間で、奇妙な噂が流行っていました。なんでも、紙と硬貨を用いて行う、降霊術めいた儀式らしい。降ろした霊に質問すると、どんなことでも教えてくれるらしい。その霊は、色々な姿をしているらしい。
らしい、らしいと噂ばかりで、実際のところは良くわかりませんでした。けれど、その霊の名前がなんだか不思議な響きで、私は興味を惹かれました。
カオドトさん、と。
当時の私はとても好奇心が旺盛でしたから、カオドトさんのことが気になって仕方ありませんでした。それで、聞いてみたのです。カオドトさんの儀式を行ったと言う女生徒に。彼女の話では、カオドトさんの儀式にはいくつかの禁止事項があるとのことでした。
ひとつ。儀式を途中で中断してはいけない。
ひとつ。カオドトさんに、恋愛に関する質問をしてはいけない。
ひとつ。カオドトさんを降ろしている最中に、音楽を流してはいけない。
そして、カオドトさんの前で、絶対に怒ってはいけない。
カオドトさんは怒る人が嫌いだからと彼女は言いました。そして、放課後に一緒にやってみようとも。
放課後の空き教室に集まったのは、私を含め四人でした。私たちは机の上に一枚の紙を広げ、カオドトさんを降ろすための儀式の準備を始めました。紙に大きく『はい』と『いいえ』を書き、その下に五十音をすべて書く。その紙の上に硬貨を置き、儀式に参加する全員が硬貨に人差し指を置く。このあたりは、こっくりさんと同じですわね。もちろん、硬貨から指を離してはならないというのも同じでした。儀式を途中で中断することになりますから。
カオドトさん。カオドトさん。おいでください。
私たちは声を揃えて、カオドトさんを呼びました。カオドトさんには様々な姿があるという話がありましたが、何かが姿を現した様子はありませんでした。そうしたら私、驚いて硬貨から指を離していたかもしれませんから、良かったのかもしれませんわね。
初めに質問をしたのは、
硬貨は、ゆっくりと動いていきました。『いいえ』と書かれた文字の上へと。能子はそれを見ると、嬉しそうに笑いました。
皆、気づいていたのかもしれません。これは誰かが動かしているのだと。ですが、皆で集まってカオドトさんの儀式を行う。それ自体が楽しかったのですから、誰かが硬貨を動かしていたとしても、問題ではありませんでした。
しばらくは、『はい』か『いいえ』で答えられる質問ばかりしていたのですが、やがて一人の女生徒が、こんな質問をしました。
カオドトさん、あなたの正体はなんですか?
正体を探るような質問をしていいのかと、私はどきりとしました。ですが、聞く限りではカオドトさんの正体を探ってはいけないという禁止事項は無かったはずです。それに、私としてもカオドトさんの正体には興味がありました。私は、硬貨の行く先を胸を高鳴らせながら眺めていました。
『こ』 『ろ』 『す』
カオドトさんカオドトさんお帰りください。
質問をした女生徒は、早口で告げて儀式を終了させました。彼女はとても怒った様子で、変な真似はやめてと叫んでいました。彼女の言う通り、誰かの悪ふざけだったにしても度が過ぎる。そう考えていた時…見たのです。
廊下からこちらを覗き込む、知らない制服の女学生の姿を。
その日からです。カオドトさんの儀式の禁止事項に、カオドトさんの正体を探ってはいけないというものが追加されたのは。
あら、追加された理由なんて、感づいておりますでしょうに。亡くなったからですよ。あの質問をした彼女が。その夜に家が火事になり…焼死でした。
もしかしたら、本当の死因は心不全だったのかもしれませんけれど。
ああ、いえ。そんなことがあったものですから、あの日カオドトさんの儀式を行っていた面々は、すっかり怯えていました。能子も、もう二度とカオドトさんには関わらないと言っておりましたね。しかし私には、気になって仕方が無かったことがあったのです。
私は能子に頼み込みました。もう一度だけでいいから、カオドトさんを一緒にやってほしいと。他の人でもよかったのですが、彼女が一番、やりやすかったものですから。
何度も頼み込むと、能子はどうにか折れてくれました。私と能子はその日の放課後、空き教室でカオドトさんの儀式を始めました。前回使った紙は処分してしまいましたから、もう一度紙に『はい』と『いいえ』、そして五十音を書き込んでいくのは手間でしたわね。
私は準備が済むと、能子とともに指を硬貨に乗せました。そして、カオドトさんを呼び出す言葉を唱えると、続けざまに言いました。
カオドトさん。カオドトさん。おいでください。
能子とお付き合いしている男性は、他の女性と性行為をしていますか?
カオドトさんに恋愛に関する質問をしてはいけない。しかし、これであれば恋愛に関する質問には含まれないと踏んだのです。
果たして、硬貨は『はい』の上へと動きました。その答えが『はい』であることは、以前から知っていましたが。
能子は、硬貨から指を離して立ち上がると、顔を真っ赤に染め、烈火のごとく私を罵りました。
わかりますね。儀式を途中で中断してはいけない。カオドトさんの前で、絶対に怒ってはいけない。能子は、禁止事項をふたつ破ったのです。
がしりと、剛腕が能子の顔面を掴みました。ふと横を見ると、大柄の男性が姿を現していました。私は悟りました。あの見知らぬ女学生も、この大男も、カオドトさんなのだと。
カオドトさんは、怒っていたように思います。自分の前で怒りを見せた能子へ。
カオドトさんは、能子の顔面に深く指を食いこませると、ぶつり、と能子の顔を引きちぎりました。
いいえ、それは私の幻覚だったのかもしれません。次の瞬間にはカオドトさんは消えていて、床に倒れる能子にはしっかりと顔がありました。
私はぼんやりとした頭で、ああ、カオドトさんとはそういう意味なのだと悟りました。
顔を、激怒して、取る。だから。
あの幻覚はなんだったのでしょうね。カオドトさんに顔をむしり取られた者が見る幻覚なのか。それを私も見ることができたのは、能子とともに儀式を行っていたためか。
能子ですか?亡くなっていましたよ。その場で、心不全で。
私は…カオドトさんの前で怒った者がどうなるのか、焼死した彼女は、カオドトさんに殺されたのではないか。どうしても気になったのです。私は、能子を怒らせることができる秘密を知っていた。だから、能子を儀式に誘ったのです。
まあ、嫌ですわ。作り話も交えると言ったでしょう。そのように殺人鬼を見るような目で見ないでくださいませ。
ああ、そうですわね。儀式の禁止事項のひとつ、儀式を途中で中断してはいけない。儀式を中断したのが能子とはいえ、同じ儀式に参加していた私にも、カオドトさんの怒りがいくらか降りかかったのかもしれませんわね。
…失礼。お見苦しいものをお見せしますが。
このアームカバーの下、両腕ともひどい火傷でしょう?
いかがです?この火傷、カオドトさんの怒りのせいだとお思いになります?
カオドトさん。カオドトさん。おいでください。 ぴのこ @sinsekai0219
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