黄金林檎の落つる頃

ゴオルド

次のアダムとイブが来るまでに

 温暖化もずいぶんと進みましたね。


 リンゴ農園を見回して、私は少し首をかしげました。赤いリンゴが見えたのです。そんな馬鹿な。でも、近づいてよく見てみると、それは夕陽が当たって赤く見えていただけで、メタリックな金色に輝くリンゴでした。だいじょうぶ、リンゴ農園には何の異状もありません。ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちがしました。


 この広大な農園には数千本のリンゴが植わっています。どれも金色のリンゴです。赤いリンゴはありません。地球の温暖化があまりに進んでしまったため、赤いリンゴは絶滅してしまったのです。


 今、地上では、黄金林檎という品種が主流となっています。ぱっと見にはゴールド製の置物のようなリンゴです。

 果肉は柔らかく、水分は控えめですが、甘みが強い品種です。果皮が分厚くて金属並みにかたいのは、地上の乾燥と熱に耐えるために改良された結果です。

 昔の人類は林檎を丸かじりしていたそうですね。でも黄金林檎を丸かじりしようとしたら、きっと前歯が折れてしまうことでしょう。ですから、皆さんにはきちんと皮を剥いてから提供するようにしています。人間の歯はもろい。お気の毒だなと思います。


 十月のよく晴れた朝、私は黄金林檎を収穫するため、背中に収納バッグを取り付け、腕を四本に増やして、リンゴ農園に行きました。

 果実にセンサーを当て、完熟の一歩手前ぐらいでもぎ取り、バッグに優しく詰めていきます。

 本日の私は腕が四本装着されておりますから、四個同時にもぐこともできます。でも糖度センサーは頭部に一つ搭載しているだけなので、結局一個ずつチェックして、一個ずつもぐしかなくて、腕はいつものように二本で良かったかなあ、などと思うのでした。でも、どうしてでしょう、収穫の時期になると、私はついつい腕を四本装備してしまうのです。なんとなく張り切ってしまうからでしょうか。


 一月になりました。凍てつくような寒さで、冷気に当てられた虫や鳥が地上に黒い染みのように横たわっています。いま地上はマイナス60度、通常の生物が生きていける環境ではありません。でも、関節のオイルを冬季仕様にしているので、私はだいじょうぶ。問題なく動けます。

 死骸を片付けて、リンゴの枝を剪定します。本日の私の腕は2本ですが、先端を剪定バサミに交換しています。枝を挟んで切るたび、胴体に林檎の悲鳴のような振動が伝わります。ああ、ごめんね、かわいそうに。でもきみのためなんだよ。これは春がきたときにきみがたくさん花をつけるために必要なことなんだよ。そう話しかけながら、ぱちん、ぱちんと切っていきます。

 枝は切ったそばから凍り付いて、ぱりぱりになっていきます。温暖化なのにどうして冬はこんなに寒いのでしょうね。ちょっと変な気がします。季候管理システムに接続したら理由がわかるかもしれませんが、私はそういうことにはあまり興味がありません。


 春になり、リンゴ農園は白い小さな花が咲き乱れ、優しい甘い香りに包まれました。

 無事に冬を生き延びた虫たちが木々の間を飛んでいます。どれほどの犠牲を乗り越えたのかわかりませんが、ともかく命をまた一つ次の季節へとつなげることができたのです。私は嬉しくなります。リンゴの枝は太陽に向かってどんどん伸びて、どこかからか小鳥の声もします。もしかしたら空耳かもしれません、でもきっと。あえて空を探すことはしません。視認用感覚器をオフにして、鳥が飛んでいるところを想像します。そうしていると、私も生まれてきて良かったなと思うのでした。こんな機械の私ですけれども、生まれてきて良かったなと春が来るたびに思うのでした。


 ところで、私には好きな人がいます。彼女はベルタちゃんといいます。人類の生き残りを地下シェルターにかくまい、彼らを安全な惑星へ送り出す仕事をしています。

 ベルタちゃんは、あと少しで仕事が終わると言っていました。あと少しで、この地上から人間はいなくなるのです。そうすれば私はベルタちゃんと一緒に毎日を過ごすことができます。とても楽しみです。でも、人類がいなくなってしまったら、私は誰のためにリンゴを育てたらいいのでしょう。それを考えると悲しくなってしまうのでした。



 夏になりました。冬と同じぐらい過酷な季節です。最高気温は70度を超えています。さすがの私も体が火照ってしまいます。

 黄金林檎はたくさんの青い実をつけて、じっと熱気に耐えています。なんて健気なのでしょう。水切れしてしまわないよう、私は一日五回の散水を行います。まだ緑色をした小さな果実。秋には大きく、輝く黄金になってくれることでしょう。



 ついさっき、ベルタちゃんから通信がありました。

 全ての人類を宇宙に送り出したそうです。もうこの地球に人類はいないそうです。

「これからそっちに行くね」

 彼女はそう言って、通信を切りました。

 私は嬉しくて、悲しくて、途方に暮れてしまいました。

 黄金林檎はたわわに果実をつけています。この子たちは、一体どうしたらいいのでしょう。

 私は一体、どうしたらいいのでしょう。



☆ ☆ ☆


 いま、誰もいなくなった地球で、私とベルタちゃんは、リンゴを育てています。

 黄金林檎ではなく、赤い林檎を育てようと頑張っています。

 賢いベルタちゃんが品種改良を行い、特別強化型の赤い林檎をつくってくれようとしていますが、なかなか結果は出ません。どうしてもリンゴは黄金になりたがるのです。でも、私たちは諦めません。


 私は見てみたい。

 赤い林檎がなった、リンゴ農園を。

 人類の記憶に残る赤いリンゴを一度でいいから見てみたいのです。


 いつか人類が地球に帰ってきたら、私は赤い林檎でおもてなししたいなって思うんですよ。どうか楽しみにしていてください。



☆ ☆ ☆


 きょうの気温は120度を超えましたね。どうしましょうか、ベルタちゃん。……ああ、もしかしてベルタちゃんは100度を超える環境では活動できないのでしょうか。気づいてあげられなくてごめんなさい。可哀想に、私のために無理をさせてしまいました。すぐに地下に運んであげますね。私もちょっと……パーツの接合部が……どうも調子が良くないみたいです……。少し休んで、また明日から頑張り……ましょう……ね……。


<完>


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黄金林檎の落つる頃 ゴオルド @hasupalen

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