気が回らない話

 確かに知っている顔だ。盛大に蓄えた顎鬚。頑固そうな眉毛と、少し曲がった鼻。

「彼が教えてくれた」

 ルシエルの声に、後ろめたさは聞き取れない。

 タケモルは、堪えきれず呻いた。まさか、内通者がいたなんて。

「ミズイチは裏切ってないよ」

 隊長の幼なじみは、ぎょっとする。内心が口に出た? いや、そんなはずない。

 フード越しに、少年の強い視線を感じる。タケモルは呼吸の乱れを自覚し、額の汗を拭った。唇を湿して、聞き返す。

「雇い主は誰だ」

 そこに優しげな青年はいない。タケモルは背に縄を隠し、冷徹に睨む。先程の動揺は、上書きされていた。いつでも、縛り上げる。

 一方、ルシエルは不穏な空気に気づいていないのか、静かに返答する。すっと、指さした。雇い主の天幕だ。

「彼になる予定」

 話題の人物は、ヤマキ・ヤナサト。貴族の指揮官で、軍人の才はまるで無い。しかし、戦略は全部こちらへ丸投げなので、逆に助かっている。

 タケモルは頭の中を、整理した。ミズイチは生前、ルシエルと接触した。そして、何者かの指示を伝えた。これが、妥当な推察だろう。

 隊長に報せなくては。タケモルは子供の相手、と言うより監視を隊員に任せる。もちろん、ルシエルには悟らせない。

 ちょうど彼は、天幕から出たところだった。雇い主と打ち合わせをしていたのだろう。少年と距離を取ってからは、駆け足で近づいた。

「本気か?」

 アジスの言葉に、タケモルは唖然とする。隊長は人の悪い笑みを浮かべた。

「入隊じゃない。表向きは、保護だ」

 下手に追い出したら、ウチの情報が漏れる。ならば敢えて受け入れ、勘違いするよう煽て上げ、ボロが出るのを待つ。隊長の考えに、タケモルは感心して納得した。

 その晩。火を起こし、食事を作る。間もなく、良い香りが立ち込めた。率先して調理を行うのは、タケモルだ。彼は滅多に他人に任せない。自他共に一番、料理の腕を認めている。

 若い森鹿の下処理をし、食べやすく切った。摘んできた野草と、温存していた香辛料で、ゆっくり煮込む。臭みの無い味に満足して、タケモルは大きく頷いた。

 なるべく具を多くすくい、椀に盛る。ルシエルを、目で探した。当人はさり気なく監視され、男達に囲まれている。

 渾身のスープは、警戒心を解くための力作だった。が、意気込みは空振りとなる。

「シェロリは苦手か? それとも、ニジン草?」

「ごめんなさい。宗教上の理由で」

 申し訳なさそうに謝る。肉は駄目らしい。タケモルだけでなく、他の隊員まで一気に暗くなった。ルシエルに合わせれば、自分達も肉無しだ。

「何が食べたい?」

「蜂蜜のかかったヨーグルト」

 およそ旅路では、縁遠い。

 落胆しかけたタケモルは、名案を思いついた。

「今まで、何を食べていたんだ?」

 この流れなら、自然に少年の荷物を調べられる。

 ルシエルは疾しさひとつ見せずに、鞄を開けた。中身はナイフ。ソーイングセットに水筒。衣服。笛や植物紙。計算高く仕舞われていて、想像以上が出てくる。けれど、怪しい物は無い。

「見てもいいか?」

「? どうぞ」

 タケモルは紙の間、水筒の蓋と覗く。調べ尽くした。泥棒じみた挙動は、ルシエルより怪しい。

 ぼんやりとした頭で礼を言って、アジスに報告する。タケモルは気が回っていなかった。


 ルシエルの食料に、水筒しかなかった事を不審に思わなかった。

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未完で終わる愛の話 @miyusab010

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