未完で終わる愛の話
@miyusab010
出会いの話
初冬の風が、丘を撫でる。男達はそれぞれ寛ぎ、アジスも太陽を真上に横たわっていた。身体の芯の疲れに、眠りに落ちようとした時。彼はやって来た。
「隊長」
近づく足音には気づいていた。彼が驚いた理由は、それが幼い声だったからだ。眠気を払って、上半身を起こす。
他の傭兵達が見守る中、隊長も遠慮なく相手を観察した。
黒衣のマントから覗く、革鎧。この地では珍しい、片刃剣。目深に被ったフードの下で、白い顎だけが見える。年は上に見積もっても、十二歳頃だ。
「どうした坊主」
話はだいたい見えていたが、聞いてみる。
「仲間に入れてほしい」
やはり、とアジスは笑いを噛み殺す。周囲も苦笑していた。隠さず、笑った者もいる。
「家に帰りな」
傭兵を格好良いと思う者は多い。特に、子供はその傾向が強かった。
少年の返事は短い。
「家は無い。殺されたから」
声音に悲しみはなかった。全ての望みを喪ったかのような、木枯らしに似た声だ。
アジスは眉をひそめる。
「誰に殺された?」
一呼吸置いて、子供は有名な盗賊の名を口にした。
一瞬、言葉に詰まり、流石に不憫に感じたアジスは、無言で手招きする。
「酒は得意か?」
「ありがとう。でも、水がいい」
酒に強いと見栄を張る者はやたらといるが、この子は違うようだ。飲み干すのではなく、味わうように口にする。その間、アジスの幼なじみが、耳を寄せた。
他の隊員に来訪者を任せ、二人は離れた。隊長はタケモルに頷き返す。
「確かに変だな」
「 だろ?」
傭兵隊[獅子の尾]は敵兵への奇襲を企てるべく、街から数刻離れた森にいる。子供一人で、此処まで辿り着けるはずがない。
アジスは目をすがめて、雇い主の天幕を見た。子供である身を利用して、要人を暗殺する話は時折、聞く。これは、腹を探るべきだ。隊長は愛嬌のあるタケモルに任せた。
「名前は?」
「ルシエルと名乗っている」
つまり偽名だな、と判断した。傭兵には、幾人かいるだろう。
「何処から来たんだ?」
「南の方。名のない村だ」
タケモルは話とは別に、聞き惚れていた。美声による好奇心から、フードの下を覗き込む。直後、硬直した。胡乱に思う周りに、ルシエルは諦めたのか、素顔を晒す。
その場の全員が、絶句した。
雪花石膏の肌。稀有な青紫の目を、長い睫毛が縁取る。艶やかな銀髪を編み上げ、勝気な少女にも見えた。芸術家の求める姿から、そこにいる。
居心地悪そうにフードを被り直すと、やっとタケモルは我に帰った。何とか気持ちを切り直し、少し踏み込んだ。
「どうやって、此処まで来たんだ?」
沈黙が不信へ確定する寸前、ルシエルは答えた。
「僕は嘘を吐きたくない。だから、言っても信じてもらえない事は言いたくない」
明言を避けた事で、疑惑は深まる。逆に言えば、誠実とも言えた。
タケモルは頭を回転させる。荷物を調べれば、何か分かるかもしれない。
「珍しい得物だな」
実物の刀を見るのは、初めてだ。
「見せてくれるか?」
少年は躊躇う様子を見せたが、結果的には渡してくれた。
「よく切れるから、気をつけて」と、言い添える。
鞘を抜かずとも、名品と知れた。タケモルは他の荷物に、目をやる。使い古した鞄は、小さいが良い品だ。商人だった両親の息子は、それなりに見る目がある。
武器を返すと、話題は尽きた。否、聞きたい旨はある。ただ、話を自然に持っていく術が思いつかなかった。
結局、単刀直入に聞いた。
「誰の協力で、此処が分かったんだ? 仲間になりたいなら、教えてほしいな」
台詞だけでは詰問だが、タケモルの口調は親しげだ。功を奏したのか、ルシエルが鞄を開けた。取り出したのは、高価な植物紙。木炭で何かが記されている。
描かれた物を見たタケモルは思わず、黙り込んだ。
それは、たった三日前に戦死した、仲間の死に顔だった。
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