アフターストーリー 鎮魂歌
あるクリスマス・イヴの夜。
一人の少女が、公園と近くの交差点に花を供えて、街の広場へと向かった。
広場では様々なアーティストが、ピアノを囲んで各々クリスマスソングを披露している。
多くの人が足を止め、その演奏や歌声に耳を傾け、楽しいひと時を送っている。
やがて奏者が少なくなり、零時を回ると広場に集まっていた観客も減ってきた。
最期の演奏でピアノを弾き終えた者が、ピアノの蓋を閉じてその場を去った。
広場に静寂が訪れ、照明が落ちて広場を暗がりが支配する。
雲の切れ間から一条の光が差し込む。光は静かに広場のピアノへと注がれた。
──ポロン♪
ピアノの弦を弾く音。
薄っすらと静かに、誰も居ない広場へと染み渡る。
──コツ。
その波紋に踏み入る人の影がひとつ。
コツ、コツ、と足音がピアノに近付く。
──ポロロン♪
ピアノが独りでに弦を弾く。
そう、ピアノの蓋は閉じられている。
人影が遂にピアノへと到達する。
「ようやく、ここまで来れたよ」
ピアノへ注がれていた月光が、影を浮き彫りにすると、そこに現れたのは先ほどの少女だった。
「アンジェラお姉ちゃん」
少女の名前はガブリエラ。アンジェラの妹だ。
ガブリエラは投薬治療の後、医者も驚くほどの回復を見せ、孤児院を支援している教会の聖歌隊へ所属し、声楽とオルガンを習っていた。
ある日、教会へ訪れた黒服の老人が、自らを音楽家だと称し、ガブリエラの英才教育を申し出た。
ガブリエラは喜んでそれを受け入れ、日夜練習に明け暮れたのだ。
後に聞かされた黒服の老人の話では、彼はガブリエラの姉アンジェラと、マイケルと言うホームレスに助けられたのだと言う。
彼は発作で倒れただけだったので、病院に運ばれてすぐに回復したが、彼は助かった経緯を主治医に聴いて、とても驚いたと言う。
先ずホームレスの男が公園の外の大きな交差点で、救急車を呼んでくれと皆に大声で懇願したが、誰にも取り合ってもらえず、近くに公衆電話も無かった為に、彼は自ら交差点へ飛び込んだらしい。
ホームレスの男はやって来た救急隊に老人の事を伝えると、そのまま意識を失った。
救急隊が公園へ行くと、男の言う通り、老人が倒れており、小さな少女が自らのコートを老人へ着せて、老人に抱きつく様に意識を失っていた。すぐに別の救急車がやって来て三人共病院へと運ばれたが、助かったのは老人だけだった。
発作が収まり、特に体調には問題が無かったので、直ぐに退院の運びとなったが、自分を助けてくれた、ホームレスの男性と少女が助からなかった事を知り、愕然とした。
老人は居た堪れない気持ちが後押しして、公園へと足を運んだ。何が残っているわけでもない。しかし、足の赴くままに、交差点へと足を運ぶ。人々は何もなかったかの様に行き来している。
雪が降って来て、冷え込んで来た為に、その場を立ち去ろうとしたその時。
何処からか美しい歌声が聴こえてきた。
老人はその歌声に誘われるように、街の広場へと向かった。
零時を回っているにもかかわらず、広場には多くの人が集まっていた。
見れば少女が見事な歌声でクリスマスソングを歌っている。聴き入っていると、ピアノの伴奏が入り、一段と人が増えてきた。
少女の歌が終わると、伴奏をしていた男性が即興でピアノを弾き始めた。
広場に人が次々に集まりだし、やがて大勢の観衆が彼のピアノを耳にした。
それは、この世のものとも思えぬ見事な演奏で、そこにいる者たちを魅了した。
演奏が終わり、老人は広場中央のギターケースに目を遣る。孤児院の名前とガブリエラへと書かれた文字が見えた。
老人は自分が救われた事もあり、誰か他の人を助ける一助になればと、ありったけのお金を放り込んだ。
ギターケースはみるみるお金で一杯になったが、演奏が終わってみると、少女とピアノの男性は居なくなり、ギターケースだけが残されていた。
広場には老人以外、誰も居なくなった。
老人はギターケースを拾いあげ、孤児院へ送り届けた。名前の少女ガブリエラは病弱でこれから投薬治療を受けるのだと言う。
老人はガブリエラが無事に回復するのを待っていたのだと言った。
──今に至る。
ガブリエラはピアノの前の椅子に座る。
ピアノの蓋を開けて、鍵盤を眺める。
「アンジェラお姉ちゃん、マイケルさん、聴いてください……二人に送る鎮魂歌……」
ポロロン……ピアノの音を確かめる。
〜♪(優しいタッチでとても緩やかな導入)
眠れよ眠れ 小さな私の
眠れよ眠れ
儚く消えた 歌声は
クリスタルのように 透き通り
絶えず溢れる 微笑みは
どんな花より 美しい
小さな口から こぼれ落ちる
愛に溢れた 音の粒
大きな目から こぼれ落ちる
慈愛に満ちた 光の雫
足を抱えて震え 凍えることはない
ガブリエルは 今ここにいる
肩を抱えて怯え 孤独に耐えることはない
ガブリエルは 貴女のそばに
〜♪(間奏は少しテンポアップして低音を増やして荘厳に)
眠れよ眠れ 翼の折れた
眠れよ眠れ
壊れた鍵盤を 撫でる指
疲弊した魂を 音にする
白と黒の鍵盤が 色鮮やかな
色彩を放ち 風になる
指の隙間から 溢れ出た
極彩色の 音の波
ピアノを通して 溢れ出た
優しく熱い 心の波
人に怯えて 隠れることはない
ガブリエルは 今ここにいる
明日を夢見ず 絶望することはない
ガブリエルは 貴方のそばに
眠れよ眠れ 安らかに
眠れよ眠れ
眠れよ眠れ 私は来た
眠れよ眠れ ここにいる
〜♪ 最後の一音が今にも消えようとする中。
ガブリエラの手元に月明かりが差し、彼女の額を撫でるように、スッと優しく風か吹いた。
「お姉ちゃん、マイケルさん……」
刹那。
ブワっと風が吹いて広場の雪が巻き上がる。白い粉雪がガブリエラの居るピアノの周りを囲んでシュルシュルと回転を始めた。
舞い上がった粉雪が眩しいほどの月光を浴びて、ガブリエラを包み込む。
光の雪がガブリエラを包み込むが、冷たくはない。むしろ優しい温もりを感じる。
そして懐かしい。
「ガブリエラ!」
「お姉ちゃん!?」
ガブリエラを包み込んでいたのは雪ではなくアンジェラだった。ガブリエラはアンジェラの顔を確認すると、思い切り抱きついた。
「お姉ちゃん!」
「ガブリエラ……素敵な歌と演奏をありがとう!」
「僕からもお礼を言うよ、ありがとうガブリエラちゃん」
男性の声にガブリエラがはっとして目を遣ると、そこにはマイケルと思しき男性が立っていた。
「私こそ……私こそ二人にお礼を言いたくって! お姉ちゃん、マイケルさん、二人がくれたクリスマスプレゼント……この命、この身体、大切にします!! 本当にありがとう!!」
ガブリエラはアンジェラに今一度しがみつき、マイケルは二人をそっと包みこんだ。
♪Happy Christmas to the angels in love♪
静かな夜 街は眠り 雪は降り積む
白む街 踊る妖精 星は降り積む
軽やかな鈴の音に 胸がときめく
私の隣にはあなた あなたの笑顔
今夜はクリスマス 天高く輝く星のもと
クリスマスツリーを 雪と星が飾り付ける
冷たい空気に 息が白い
あなたがくれた プレゼント
力強く脈を打ち 胸に輝くこの想い
溢れる涙は止まらない 私はここに生きている
聖夜を彩る歌声に 鍵盤を跳ねる音符たち
全ての人に祝福を 眠れる者には良い夢を
私に伝わる あなたの温もり
あなたがくれた プレゼント
流れる天使のメロディ 広がる天使の歌声
溢れる愛は止まらない 私はここに生きている
二人の頭上にミスルトゥ 広場に人は他に居ない
優しい天使に恋の灯を 二人の愛に祝福を
今夜はクリスマス 世界に笑顔をプレゼント
今夜はクリスマス 優しい世界が全てを包む
聖なる夜
世界が優しさと
笑顔に包まれますように
♪Happy Christmas♪
─fin─
『ホームレスと家出娘』〜天使の夜想曲〜 かごのぼっち @dark-unknown
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