第15話 一宿一飯の恩義がありますからね

 朝目覚めると、そこかしこから楽しそうな声が聞こえてくる。

 朝の体操でもやってるのか?

 荷物をまとめ、アラクネを引き連れて部屋を出る。


 孤児院の中を歩いただけで理由は分かった。

 段々と重くなる足取りで、一番賑やかな声が響く食堂に入る。 

 こ、これは……。


「あ! イサナ兄ちゃん!」


 俺に気が付いたリュキたちが駆け寄ってくる。


「これもイサナ兄ちゃんのお師匠様がしてくれたの!?」


 紫色のパーカーみたいな服を着て、聞いてくる。


 食堂はテーブルクロスや椅子のカバー、主張が激しい垂れ幕。ここに来るまでにも、ベッドのシーツにブランケットにクッション。全員分の衣服。果ては可愛い動物のぬいぐるみまで。

 とにかく全ての布製品が紫色に統一されていた。


(アラクネ。お前の仕業か?)

(ええ。一宿一飯の恩義がありますからね。それ相応の礼はしないと神獣の名折れです)


 アラクネは自信満々に答えた。


「そうらしいな……」

「やっぱり! イサナ兄ちゃんのお師匠様って凄いね!」


 リュキは目を輝かせて喜んでいるが、俺の目は死んでるっぽい。


(フフフ。厚化粧蝶の領地を侵犯するのは気が引けましたが、悪い気はしませんね)


 アルヴェン碧樹へきじゅ国は神蝶しんちょうのティターニアを信奉しんぽうする国で、緑色が好まれている。

 この孤児院も緑を基調とした家具で統一されていた。


 アラクネは分かった上で、全部紫色に塗り替えたわけである。

 悪気があって、反省はしていない。


 気がついたら天井の片隅やとんでもない隙間に、蜘蛛の巣が張られて驚かされた気分だ。


「でも、なぜかこの色を見ると震えてしまうの……」


 妖精のミンミンは喜びではなく、震えている。


 アラクネとお話した記憶が引きずったままらしいが、その反応の方が正しく見える。

 苦手意識はしばらく続きそうだな。


「ありがとうございます。今まで見たこともない高級な品ばかりで。どうお礼をすればいいか……」


 昨日まで寝込んでいたクレアはすっかり元気になった様子だが、さすがに困惑気味だ。


「師匠が好きにやったことなんで気にしないでくれ。本当に、気にせず、いつもどおりで。俺たちのことは本当に気にしないでくれ。礼はいらない」

「そこまで言うのでしたら分かりました。貴方もお師匠様も高潔な方なのですね。ただ朝食くらいは振る舞わせてください」


 そんなことは全然ないと思う、とは今は言える空気じゃない。


「そうだな。朝飯くらいならいただくよ――」

「イサナ兄ちゃん!」


 ことを荒立てないように考えていると、リュキが俺の手を引っ張った。


「僕も冒険者になる!」

「リュキ!? 何言ってるのー!? リュキみたいなビビりには無理なの!」

「ミンミンの言うとおりよ。冒険者の仕事は危険なのよ? 本当に分かって言っているの?」


 突然の冒険者宣言にミンミンがぶんぶんと飛び回り、クレアが腰を下ろして言い聞かせる。 


「やめとけやめとけ。冒険者なんてろくなもんじゃないぞ」


 俺も便乗する。


 ここなら冒険者以外にも選択肢がある。

 わざわざ危険をおかす必要はない。

 今後起きることを考えればなおさらだ。


「だから冒険者になる! イサナ兄ちゃんのお師匠様みたいに強くなるんだ!」


 リュキはまだ折れなかった。


「あの時は助けてくれたが、ありゃ気まぐれだ。普段の師匠は極悪だぞ。憧れるもんじゃない」

「でも……僕も強くなりたい」


 さすがに俺の意見は聞いてくれるらしく、リュキの言葉尻が弱くなっている。

 それでも両手はまだ強く握りしめられている。


(なあ、アラクネ。糸を編む製法に名前はあるのか?)

(突然ですね。名前はありませんよ。私にとって裁縫は息をするのと同じで、当たり前の行為ですから)

(そうか。じゃあ――【神蜘織しんくおり】って呼んでいいか?)

(ありきたりですか。いいでしょう。契約者の好きに呼んでくださって構いません。何をする気ですか?)

(ま、俺もいらないお節介だ)


 俺も腰を下ろし、リュキと視線を合わせる。


「リュキ。好きな色はあるか?」

「うーん。ティターニア様の緑に、バハムート様の白かな」


 アラクネ。イラッとするな。俺の頭の上で暴れないでくれ。


「でもまあ……アラクネの紫もちょっと好きになったかも!」


 その心配はいらなそうだ。


「そうか。じゃあ――」


 肩にかけていた袋に手を入れ、意識を集中する。

 イメージした物を編み込み、形作り、色づけも試みる。

 いい感じにできた気がする。


「リュキ。お前にこれをやろう。手を出せ」

「え? なに?」


 リュキの手にそっと、ハンドグリップを載せてやる。

 グリップ部分が紫色に上のライン一つ分が緑、円形の金具部分が白。


「使い方はこうやって握り込む」


 もう一個のハンドグリップを握り込み、実践してみせる。


「こっちはぜんぜん動かないよ? 壊れてない?」


 んー! とリュキは両手でハンドグリップを押し込むがびくともしない。


「そんなことはないさ。ほら貸してみろ」


 もう一個の方も握り込んで、不良品ではないと教えてやる。

 実演を終え、改めて二つのハンドグリップをリュキに渡す。


「師匠から貰った物だ。これをしっかりと奥まで握り込めるようになったら、冒険者協会に行け。できないのなら諦めて、別の道に行け。冒険者に大事なのは頭脳といい筋肉だ。両方だからな。知識も磨くんだぞ」

「うん! 分かった! ありがとう! イサナ兄ちゃん!」

「いい返事だ。もし冒険者になる時がきたら、冒険者協会でおっさんたちや受付嬢に受付婆さんがチュートリアルをやってくれるさ」


 落としどころとしてはこんな感じだろう。


「ありがとうございます。こんな物までいただいてしまってよかったんですか? 大切な物じゃ……」


 クレアは言った。

 視線の先にはリュキとミンミンが一緒になってハンドグリップを押し込もうと頑張っている。


「俺にはもう必要がない負荷だからな。鍛えがいがある奴に使われた方がこいつも喜ぶさ。師匠だってそう言うよ」

「そういうものなのですか。貴方達は面白い考えをしているのですね」


 クレアはくすりと笑った。

 そんな面白い考えなのか?


(彼女の言うとおりですね。契約者。私の【神蜘織】でなんて物を作っているんですか)

(これも実践の一つだよ。初めてにしては中々の色合いの出来映えだろ?)

(まあ、そうですね。初めて人に授ける物にしては上出来です)


 なんだかんだ褒めてくれたみたいだ。

 さて。あとは朝食を食べてからとっと帰るかね。これ以上の騒動はないと思うが。


「チュートリアルおっさんとは俺たちのことかな、ルーキー!」


 ありそうだった。

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神獣の蜘蛛と契約したゲームの悪役に転生したので、死亡エンドを回避して自由に生きたい 春海玉露 @harumigyokuro

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