第14話 知力5の人間が考えたみたいなふざけた名前
孤児院の皆が寝静まった頃を見計らい、
「知力5の人間が考えたみたいなふざけた名前……確か、闇堕ち玉でしたっけ?」
「アラクネ。今の俺だけでなく、前世の俺。いや、数多の人の心を傷つけたぞ」
テーブルの上に載ったアラクネは真っ先に俺たちの傷を
俺以外にも原作ゲームの〈神獣戦争のレジェンディア〉を遊び、そう呼んでいたプレイヤーたちがいたはずだ。きっと、多分、いや絶対。
「事実を言ったまでですが、傷ついたのであれば謝罪します。しかし、契約者が心に傷を負うのは珍しいですね。知力5の人間が考えたみたいなふざけた名前、と言われたくらいで」
「何度も言わなくていい……。正式名称はアンチブースト・ダークマター。長いから呼びやすいようにしていただけだよ」
「なるほど、そうでしたか。なら、得心がいきました」
俺の方はなぜか得心がいかないが、いつまでも引っ張るような話じゃない。
本題に入ろう。
【アイテムボックス】からそのアンチブースト・ダークマター……がはめられた指輪をテーブルに置く。
「分かってくれたのならいいさ。で、アンチブースト……やっぱり、闇堕ち玉でもいい?」
「構いません。理解はできましたから。契約者が呼びやすい名で呼べばいいかと」
「あ、ああ。じゃあ、闇堕ち玉。うん。こっちの方がしっくりくる」
気を取り直し、咳払いをする。
「闇堕ち玉は負の感情を増幅させ、善性を反転させ、闇に引きずり堕とし、歪ませる。堕ちた分だけ力を得る魔法道具だよ。本人の能力も影響するが、振れ幅が大きければ大きいほど効果が増す」
「なるほど、どうりで先の男が貧弱だったわけですか」
ラウィードだったからあの程度であり、マッシブロッコリー・ゴーレムキングだったからあのくらいの強さになったわけだ。
そして闇堕ち玉を破壊だけでなく、浄化できるのは主人公たちだけ、みたいな話の流れも原作ゲームにはあった。
俺の毒でも破壊はできた。
実際に描かれなかっただけで、主人公以外の神獣や神獣代行者でも可能と見ていいだろう。
「そして、その不浄の堕落は私や契約者にも適用される可能性があると?」
「ある。俺たちに限って言えば、まず堕ちるだけの善性があればの話になるがな。お互い耐性はありそうな感じだし」
「言ってくれますね。とはいえ、間違いなく私たちには効果が薄いのは事実でしょう」
お互いの姿を見て笑う。
俺もアラクネも善性の塊、象徴ってキャラじゃない。
「しかし、私が封印されている間に、物騒な代物が出回るようになったのですね。あの貧弱な男に売りつけた行商人は何者なのか。気になりますね」
「本当に何も知らないただの行商人かもしれないが、まともではないのは確かだな。やばい魔法薬を売るような奴だし。ただ追ったところで収穫はあまりないと思う」
「その口ぶりは出所を分かっているようですね」
「ああ。出所は俺の元所属先――〈黎明の影〉だよ。俺たちがいなくなったから、他の計画を前倒しにしたってところかね」
原作ゲームでは闇堕ち玉が出回るのは、オープニングが始まって少し経ってから。
なにせこの俺が初めて使う描写があるのだから。
「ええ。あそこならアンチブースト・ダークマターを精製する技術はあるでしょう。損失が発生したのならば、別口で補填はするでしょうね」
オープニングなんてものはこの世界に存在しない。
とっくに始まっていて、もう俺の知らない未知のシナリオの上を歩き続けている。
「契約者、ちょうどいい機会なので聞いておきましょう。〈黎明の影〉を操っている神獣は誰ですか?」
動じることなく問いかけてくるアラクネ。
八つの瞳が俺をじっと見つめる。
下手に伏せても、意味はない。
ネタバレタイム――いや、情報共有を深めておこう。
「神獣第二柱――神龍のウロボロス。ヨルガンド帝国を築いた神獣様だよ」
「だいたいの見当はついていましたが、やはり陰険龍でしたか。しかし、解せないこともあります。今回の件で与えられた者たちが暴れたところで、なんの意味もない気がします」
「そうだな。意味なんてない。あるとすればただの腹いせ、嫌がらせ、気に入らないから、とかだと思う」
「……そんな理由で。いえ、ありえなくはない話ですが」
この世界においては俺よりアラクネの方がウロボロスと面識はある。
反応を見ればそこまで間違っていない予想だと思える。
「アンチブースト・ダークマターはこれ一つだけではないのでしょう?」
「おそらく世界各地にばらまかれてるな。どこでもおかしなことが起こり始めてるだろうよ」
「ですが、そんなことをすれば他の神獣や神獣代行者も感づきます。そうなれば……なるほど。戦の口実ができやすくなる」
なるほど。そういう見方もあるのか。
「しかし、それでも。陰険龍にしてはずさんすぎる。もっと用意周到に暗躍する根暗で陰険な龍ですよ」
頭を悩ませるアラクネを見て、俺は立ち上がる。
「仮に他の神獣や神獣代行者にバレてもいいんだよ。遅かれ早かれ星を終わらせて、新しい星を創造するんだから」
「それがウロボロスの目的ですか。ですが、それは私たちを生みだした創造主への
「それさえ気に食わないんだろうよ。自分が誰かに作られ、役割を決められた存在だなんてな。だから一度綺麗さっぱり星を終わらせて、自分が新しい星の神となって全てを統べる。〈黎明の光〉になりたいんだよ」
それがラスボス様の考えだった。
……俺もある意味似たような結果の存在か。
なにせ一度死んで転生したっぽい身だからな。
やり直しが個人か星全体かの違いだ。
規模が違いすぎて比べる気にもならないが、及ぼす影響も全体になるからしゃれにならない。
「私の封印を解除した時点で、なにか企んでいるのは明白でしたが。まさかここまでの大望を抱いているとは。しかし、これで
「最初からそのつもりだったのか?」
「はい。お互い裏切り、利用する気満々なのは分かっていましたから。いつものことなので平気です。もちろん契約者との契約は
フフフと不気味な笑いをもらすアラクネ。
アラクネなりの信頼の証だ、多分。
「じゃあ、こっちらからも質問だ。今の俺が他の神獣代行者と戦ったら勝算はどれくらいある?」
「一割あればいい方かと」
即答だった。
こういう時に遠慮せずにずけずけと言ってくれるのはありがたい。
「五割に持っていくにはどれくらいかかりそうだ?」
「まずは半年を
「半年か」
「もうウロボロスに挑むつもりですか?」
「まさか。あっちにはウロボロス以外にも他の神獣や神獣代行者に、帝国の軍隊に〈黎明の影〉だっている。無茶な真似はしないさ」
闇堕ち玉を軽く弾く。
「ただまあ、俺が脱走したせいで、闇堕ち玉が出回るのが早まったのなら。それなりのケジメはつけないとなって。一度、〈黎明の影〉の本拠地に挨拶に行こうと思う」
「相手を打倒しての勝利を得るのではなく。生き延びることだけを考えれば、半年もあれば十分に勝算はあります」
俺の考えてることを推察し、アラクネは進言してくれる。
その答えに頷く。
「半年は先輩たちの頑張りに期待するか。アラクネ、また明日からよろしくな」
今は猫サイズのアラクネなので、人差し指を近づける。
「ええ。契約者に死なれてはまだ困りますからね」
ひんやりとした前脚がちょこんと触れ、離れる。
「それで契約者。このアンチブースト・ダークマター。少々お借りしてもいいですか?」
「いいけど。何に使うんだ?」
アラクネは俺の許可を得ると、指輪を糸で包んで繭にした。
「解析し、これに効率よく効果を発揮する専用の毒を生み出そうかと。いわばアンチブースト・ダークマターアンチポイズン……いえこの場合はベノム……デストロイ……略してAB・DMDV……」
「長くて舌噛まない? 闇堕ち特効毒とかじゃ駄目?」
「……契約者がそういうのであれば従います。ですが、契約者はやはり知力――いえ、なんでもありません」
「ごめん。好きに名付けてくれ」
あからさまに落ち込むアラクネを励ます。
また一つお互いを理解し、一歩前進したと思ったが、かなり後退した気がする。
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