第13話 毒をもって毒を制す

「ご迷惑をかけて真に申し訳ありませんでした!」


 この世界にも全身全霊の土下座スタイルの謝罪が存在するらしい。

 ゾナフィマに帰った後、ラウィードは街のど真ん中に住民を集めて自白をした。


 物証といえば、黒い魔力結晶がはめられた指輪だが、危険なので差し出すわけにはいかない。


 なので本人の自白だよりだが、鬼気迫る土下座を見ては住民たちも信じるしかなかった。

 そりゃあ、本人にしてみれば自白しないと死ぬと思っているのだ。


 必死にもなるよな。

 気持ちは分かる。


 そして全ての罪を自白したラウィードは全力でトイレ防衛中だ。

 一旦トイレで落ち着く頃には、処遇が決まっているだろう。


 冒険者のおっさんたちは診療所に運ばれ、数日もあれば回復する見込みだ。

 万事解決、俺が関わることはもうない、ってわけには早いらしい。


「まさか、あのラウィードがこんなことをするなんて……。信じられません」


 俺はリュキたちを助けたお礼として孤児院に招かれ、クレアと面会する運びになった。


 女性職員のクレアは噂どおりの美人だった。

 ラウィードが惚れるのも頷ける。

 クレアはベッドから半身を起こして話を始めた。


「何をやっても失敗するけど、それでも諦めないで頑張る姿が眩しい人でしたから。決して誰かに迷惑をかける人ではありませんでした」


 クレアの言動を察すれば、同僚からの言伝を聞いた時に驚き悲しんだのが伝わってくる。


「私が彼のデートの誘いを受ければ防げたんでしょうか?」

「自分を追い込むのはやめておけって。むしろその成功体験が、あいつの欲望を悪化させたかもしれないぞ。でも、どうして断ったんだ?」

「私の知っているラウィードとは似ても似つかない。高圧的で別人に変わっていましたから。怖かった、のかもしれません」

「そうか」


 他の住民は黒い魔力結晶でドーピングしたラウィードを心酔していたが、クレアは影響を受けなかったみたいだ。


 だからこそ、ラウィードは素を見ていてくれたクレアに惚れたのかもな。

 ま、人の色恋に深入りするのはやめておこう。


「体調はまだ優れないのか?」

「そうですね。指先一つ動かすのも一苦労です」


 クレアが懸命に笑みを作り、手をあげようとする。


「分かった。無理はしなくていいさ」


 問題が一つあった。

 クレアが飲まされた魔法薬。


 ラウィードが言うにはそれも行商人から買った一品物。

 既に魔法薬は処分され、成分も不明。

 クレアの顔色は今も悪く、息苦しそうだ。


「クレア姉ちゃん、イサナ兄ちゃん! シチューもらってきたよ!」


 シチューの皿が載ったトレイを持ってリュキが入ってきた。


 湯気が立ち上る白いルーの中に、ゴロゴロとしたクラウンブロッコリーとニードルプレートボアの肉が入っている。


「わざわざ俺の分までありがとな」

「当然じゃん! だってイサナ兄ちゃんのお師匠さんのプレゼントだし!」


 リュキが嬉しそうに言った。

 すっかり俺にもなついてしまったが、まあ、そういうことだ。


 ラウィードが自白すると同時に、じゃあ誰がSランク認定のマッシブロッコリー・ゴーレムキングを討伐したかって話になる。


 街の住民たちにしてみれば、恐怖の存在であると同時に唯一の希望にも等しい存在だ。

 肝心のクラウンブロッコリーを持って行かれましただと、不信感も芽生える。

 噂に尾ひれがつくよりは、俺の方でコントロールできた方が楽だ。


 だから、冒険者協会に手紙を添えてクラウンブロッコリーを半分くらい置いてきた。

 受付嬢や受付婆さんがうまく手配してくれたおかげで、孤児院で調理する流れになったわけだ。


 なんだかんだラウィードが討伐したニードルプレートボアも役に立ったし、少しは報われるだろう。


「クレア姉ちゃん、手伝おうか」

「……そうだね。お願いしようかな」


 リュキは自分が食べるよりも先に、クレアの食事の補助を懸命にした。

 そんな姿を見せられると、さすがに俺の食べるペースも落ちてしまう。


「ありがとうね、リュキ。お腹いっぱいだから、少し眠くなっちゃった……」

「うん。おやすみ」

「おやすみ、なさい……」


 眠りについたクレアを見て、リュキがまた心配そうな顔に戻ってしまった。


「クレア姉ちゃん……元気になるよね……」


 残念ながらクラウンブロッコリー自体に回復効果はあっても、解呪効果はない。

 ラウィードが短期間に肉体改造をし、強くなったのは黒い魔力結晶との相乗効果だからだ。


 魔法薬による呪いを解くには、それ相応の魔法が使える回復術師が必要だ。

 既にこの街にいる回復術師による診察を受けている。

 それでも原因不明というなら、現状快復する見込みはない。


 アルヴェン碧樹へきじゅ国は回復魔法の研究においては、世界で一二を争う国家だ。

 首都から高名な回復術師を呼び寄せれば、どうにかなるかもしれないが。


「そうだな。一晩ぐっすり眠れば元気になるさ」


 リュキの髪を雑に撫でてやる。


「……うん! 元気になるよねっ!」

「元気になるよ。ほら。せっかくのシチューが冷めちまうぞ。友だちと一緒に食べてこい」

「分かった! イサナ兄ちゃんも一緒に食べる?」

「俺はちょっと野暮用があってな。気にせずに行ってこい」


 はーい! とリュキは素直に部屋を出て行った。

 周囲の気配を探る。

 気配は目の前で寝ているクレアと部屋の天井に張り付いているアラクネだけ。


(行きましたか。それで野暮用というのは?)

(実験というか、実践ってやつだ)


 今日は人に初めて【ポイズンギフト】を使って毒を付与した。

 だから今度は解毒、治療というわけだ。


(なるほど。そういうことですか。ですが、その女をむしばんでいるのは毒、ではありませんね)

(そうだな。でも、毒に等しい効果の呪い、ではあるんだろう?)


 クレアの手をそっと握り、目を閉じる。


(ええ。毒をもって毒を制す。私の権能ならば、この程度の呪いは容易に滅ぼし、癒やせます)


 以前アラクネが見せてくれたアーツを思い浮かべる。

 クレアの中を流れる気を探り、呪いの根源を見つけ、詠唱する。


(【ピュア・アンチドート】)


 目を開く。

 クレアの全身が紫色の光に包まれ、苦しそうな寝顔が穏やかになった。


(成功か?)

(成功です。侵すよりも癒やす方が難しい。繊細な神力操作が必要ですからね。契約者にはこちらの方が不得手ふえてだと思っていましたが、初めてにしては見事と言っておきましょう。明日の朝には自力で立って歩けますよ)

(それならいいさ。じゃあ、俺たちも飯にするか)


 ◆


 孤児院の裏手にある木の枝に腰を下ろしてシチューを食べる。

 俺が作るよりも数倍うまいな。

 さすが日々子どもたちの腹を満たすために腕を振るっている人たちだ。


「ヘブンオーバーヘブンフォールギガンティクネオドライビングシュート!」


 表の庭の方からなんかよく分からない必殺技が聞こえてきた。

 サッカーでもしてるのかね。


 しかし、立派な孤児院だ。

 隙間風なんて吹かないし、全員分の服も寝床もあるし、元気な子どもたちの声が聞こえてくる。


 俺がいた施設とは別世界だ。

 そりゃ、この街で冒険者になりたい奴が少ないわけだな。


(アラクネも食べるか?)

(そうですね。相応の報酬は受け取らないといけませんから)


 さすがに元の大きさになると目立つので、アラクネは猫くらいの大きさになる。

 スプーンでアラクネに飲ませてやる。


(いい筋肉つきそうか?)

(私は契約者と違ってパワータイプじゃないので必要ありません)


 あっさり否定されてしまう。


(アラクネの身体は細いしな。逆にムキムキだと怖い)

(自分で聞いておいて、けなすとはどういう了見ですか)

(悪かったよ。アラクネは繭を引き連れて疾走ってキャラじゃないしな。【ウェブポータル】だっけ? 俺も使えるのか?)


 アラクネと森で別れた後、一瞬で街に到着したしらせが念話で届いた。

 アラクネ曰く、【ウェブポータル】は自分の領地である巣から巣へ転移するアーツた。


 今の今まで教えてくれなかったのは、自分の足で歩いて見て聞いて鍛えろということだったのかもしれない。


 確かに転移に頼りすぎはよくない。

 反応が鈍って手痛い一撃を食らう時もあるだろうからな。

 とはいえ、使える手札が多いに越したことはない。


(ええ。習得はできます)


 鍛えることはまだまだある。

 明日にはまたリナバルジオ大森林に帰って特訓再開だ。


(契約者。私の方から質問を一ついいですか?)

(アラクネの方から質問は珍しいな。なんでも答えてやるよ)

(ありがとうございます。木偶でくの坊のコアや男がしていた指輪。あの不快極まりない黒い魔力結晶はなんですか?)


 口に運ぼうとしていたスプーンを止める。

 神獣のアラクネなら気になって当然の疑問を伝えてきた。


(ちゃんと話しておかないとな。さすがにここで話す内容じゃないし。部屋に戻った後でいいか?)


 今日は孤児院の一室で寝泊まりさせてもらえる話になっている。


(構いません。大事な話になりそうですからね。腰をえて話すべきでしょう)

(そうだな。大事な話だ。今言えるとすれば――あれは、闇堕やみおち玉だ)

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